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太平洋の世界樹 第5章

by:メリーさんのアモル 

「ドヴェルグ、撃退完了。非戦闘員は安全確認が完了するまでセーフルームにいてください」
 シルフによって風を媒介として伝わってくる、〝無線〟から、少年たちのいる場所に連絡が入る。
 セーフルーム、と呼ばれているそこは退避壕のように地下の空間である。世界樹連合は、常にその所在を明らかにしているため、ドヴェルグはもちろん、〝過激派〟の特異空間騎兵部隊や、その他の敵対的な異種族(その多くが黒妖精たちである)たちの攻撃をうける。そのため、非戦闘員を守るためにこのような空間が作られているのだ。この空間は多くの種族のそれぞれの技術によって構成された強固な空間であり、様々な種族が集まる「世界樹連合」という存在を表す一つの証でもある。
「安全が確認されました。セーフルームを解放します」
 セーフルームの外側にいた守衛が扉を開ける。
 そこに立っていたのは二人の人間であった。元特異空間騎兵部隊の人たち。彼ら曰く「世界を正しい形に戻すため正しく行動している特異空間騎兵部隊」。まだ十分に馴染めてはいなかったが、セーフルームの守衛を任せられる程度には、馴染んでいた。
「よ、少年」
 特異空間騎兵部隊の女、少尉が少年に声をかける。
「あ、少尉さん」
「いや、少尉さんはやめてよ、もう特異空間騎兵部隊じゃないんだから、階級に意味なんてないわ」
「でも、みなさん少尉って呼んでますし」
 その通りであった。少年や特異空間騎兵部隊からやってきた人間たちに限らず、今では、世界樹連合に所属する多くの者が彼女を「少尉」と呼んでいた。
「まぁ、それはね」
 少尉は照れくさそうに頬を掻く。
「あ!」
 そこにドライアドの少女が声をかけてくる。少年もそれに気付くが、手を振り返して。
「じゃ、僕は食堂の手伝いに行ってきます」
 といって、走り去っていった。
「……」
 そこには不思議そうに立ち尽くすドライアドの少女と、やはり違う意味で不思議そうに二人をきょろきょろと見る少尉が残った。
「なんかあった?」
 少尉が少女に声をかける。少女はまったく心当たりがなく首を横に振る。
「んー、だって君たち仲良かったよね? 恋人同士みたいだった」
「恋人同士!?」
 少尉の言葉に顔を赤くするドライアドの少女。
「そ、そんなんじゃないです……」
「ドライアドは人間と恋するの?」
 少尉はそのまま気になった事を聞く。
「えっと、少尉さんは世界樹が出来上がるより前のドライアドと人間の関係を知っていますか?」
「いや、よくは知らない。私そういう伝承には疎いから」
 ザ・体育会系! という筋肉を見せて笑う少尉。
「あはは……」
 愛想で笑う少女。
「ま、立ち話もなんだし食堂行きましょ」
 少尉が少女の手を握る。

 

「おーい、そっちの皿洗い終わったか」
「はい、ただいま!」
 食堂は大忙しである。巨人のように規格外の大きさの種族にはまた別の食堂があり、この食堂は、人間本位な言い方ではあるが、「人間サイズ」用の食堂である。といっても、人間の2倍近い大きさの鬼たちも利用しているので、これもあくまで人間である少年から見ての呼称であるが。
「おーい、少年、こっちを手伝ってくれんかー」
「今行きます」
 確か整備班だったと思う、大柄の鬼が部屋の外から呼びかけてくる。ちょうど頼まれていた皿洗いが終わったところだった少年は、それに応える。
「おぉ、助かる。実は今作ってるアレのことなんだが……」
「アレ?」
 鬼が嬉しそうに笑いながら少年に話しかける。
「おぉ。なんといったか、そうユッグだ、ユッグ」
「ユッグ?」
 鬼のよく分からない言葉に首をかしげる少年。もしかしてドライアドの少女から教えてもらった言葉に何か不備があったかな? なんて考える。
 そうすると必然的に思い浮かぶのはあの宿り木の中に二人で入った時。二人でドヴェルグから逃げた時、追い詰められた時、デックアールヴの女に助けられた時。連想ゲームのように記憶がよみがえってくる。思い浮かぶのはずっと側にいた愛しい彼女の姿。本当は、今も側にいたいはずなのに。気が付けば意識的に距離を置き続けている。
「というわけだ。……どうした?」
 鬼がずっと説明してくれていたらしいが、少年はぼーっとそんなことを考えていたので、全くそれを聞けてはいなかった。
「……ま、いいか。要するに、ユッグってのは俺たちの希望なのさ。人間も小人も鬼も妖精も黒妖精も……つまりみんなの技術が結集して作られた、世界樹に向かうための船なのさ」
「船?」
 それは妙な響きだった。ここ、特異空間騎兵部隊が「光の特異空間」と呼んでいたらしい場所は海や川には面していない。飲み水は湧き水だ。
「おうよ、白妖精の力で空を飛ぶんだぜ! なんと……」
 本当は二回目だろうに、律儀に説明してくれる鬼。鬼は元々世界樹の膜を超えて他の種族を見る事ができる種族らしい。鬼はその特性ゆえ世界樹の膜を超えて他の種族を認識できた方が良いだろうと判断されたとされているらしい。けれど、ずっとずっとそこにいるのは見えるのに、触れ合えない。それはどんな気分なんだろうか……。
 想像してしまう。ガラスの向こう側、そこにはドライアドの少女が見える。それでも、どれだけ叫んでもその声がガラスを超える事はない。叩こうと、何かをぶつけようと、そのガラスは割れる事はない。おまけにそれはマジックミラーのごとく、向こうからはこちらに気付く事はない。
「それでも、見えるだけ幸せなのかな……」
 なんとなく、そんなことを考える。見えないなら、いつか忘れてしまうかもしれない。今は忘れるなんて考えられない彼女のぬくもりも、声も、笑顔も、何十年も経てば、その記憶はきっと消えてしまう。今だって、彼女と宿り木に溶け合った記憶を思い出すのは時間がかかった。……けれども、見えなかったら、諦めがつくかもしれない。見えてしまったら、きっと永遠に彼女を忘れる事はできない、一生触れ合えないのに。そう考えると、そっちの方が苦しいような気がする。
「人間ってのは考え込みやすい種族なんだなぁ」
 と、隣から呟きが聞こえる。そのまま無言で廊下を歩いて、巨人も入れる大きな扉の、下にある小さな扉(私たちが巨人だとすれば猫扉みたいなものだろうか)を開けて中に入る。
「ほら、見ろ少年。これこそがユッグだ。作りかけだけどな」
 そこにあるのは木造の大きな帆船だった。それはブリガンティンと呼ばれるタイプの船であったが、少年にはそこまでの知識はない。
「これが、世界樹に至るための……船」
「おうよ、少年、お前のおかげだぜ! お前があの少尉さんたちを連れてきてくれたから、こいつはさらに良いものになった。本当にあと少しで完成だぜ」
 鬼が本当に嬉しそうに少年に笑う。
 でも、少年は思い出さずにはいられない。
『君の英雄的行動によって、世界樹を復活させる可能性はかなり高くなったと言える。しかし、そうなってしまえば、君は君の大切なガールフレンドとお別れしなければならないんだよ?』
 エルフの男の声が、まるで今でも耳に残っているようだ。あれから数カ月、未だに少年の心にはエルフの男が取りついていた。

 

「なるほど。ドライアドってのは元々人間とくっつく生き物なのね」
 少尉がドライアドの少女の話を聞いてそう返す。厳密には人間には限らない、しかし、他の妖精達のように木以外の何かと親和性が高かったり、鬼や巨人や小人のようにドライアドと背丈が極端すぎたりすると、ドライアドはほとんどの確率でその他者とは一緒になれない。人間はその点において必ず一緒になれる確かなパートナー候補種族であるとは言えた。
「でもそれって不思議よね」
「え?」
 少尉は続ける。
「ドライアドにセイレーン、ライン……、白妖精には人間がいて初めて成立する種族が多いわ」
「え、そうですね」
「それなのに、世界を種族別に分割するの? だって話を聞く限り少なくともドライアド族はずーっと恋も愛を知らないんでしょう?」
「は、はい」
「あぁ、つまりね、人間を必要とするのは白妖精の特徴というなら、白妖精と人間は同じ世界でもよかったのに」
「あー、それは……なんでなんでしょう?」
 少女は少尉の疑問に首をかしげる。確かに白妖精は人間に仇を為す事は基本的にない。むしろ人間と共生関係に至る事をよしとする白妖精は多い。もし、世界樹が人間と白妖精を別の世界に分けなければ、白妖精は今以上に繁栄していたはずだ。
「少尉、願います!」
 元特異空間騎兵部隊の一人が、少尉に近寄り、声をかける。
「あぁ、分かったわ。ごめんなさいね、また話は今度」
 少尉が立ち上がり、元特異空間騎兵部隊の一人と歩いていく。
「……結局、肝心の相談を聞いてもらえてない……」
 むぅ、と少女はうなるが、悩んでいても仕方ない。
「いったん宿り木に戻ろうかな……」
 悩み事は宿り木に限る。宿り木の中は誰にも邪魔されない一人だけの空間だ。宿り木に入れるのはその宿り木に宿るドライアド一人だけ、例外はドライアドに魅入られ、選ばれた一人の人間だけだ。
「いっそ……」
「やぁ、ドライアド!」
 立ち上がり、廊下に出たところで声をかけられる。振り向くと誰もいない。
「あー、ほらほら、こっちだよ」
 声は下からだった。
「ホビットさん」
 そこにいたのは小人族ホビットの一人だった。
「なんだかとぼとぼ歩いてたみたいだけど、何かあった?」
「え、うん……まぁね……」
「おぉ、ホビットの気のせいかと思ったが、どうやら本当に元気がないらしい」
 小さな通気口から飛び出してきたもう一人の小人はグラスランナーだ。
「グラスランナーもいたの?」
「おう。まだ、コロボックルも隠れてるよ」
 少女の驚きにグラスランナーが通気口を指しながら答える。
「で、どうしたんだい、ドライアド、何か悩みかい?」
「うん……実はね……」
「おいおい、俺が先に聞いたんだぞ」
「なんだって、どっちでも同じじゃないか」
 ドライアドが打ち明けようとすると、小人二人がキーキー言い合い始めた。
「えぇ……」
「ごめんね……」
 ひょっこりとコロボックルが現れ、少女に頭を下げる。
「え、いや……」
 三人の小人のあれやこれやに困惑する少女。
「あの……よかったら、私が聞くよ?」
 コロボックルが喧嘩する二人を見つめてから、少女に向き直る。
「あー、抜け掛け!!!」
 二人の小人がコロボックルに叫ぶ。
「きゃあ」
 コロボックルは驚いて通気口の中へ逃げ込む。
「あはは……」
 本当どうしたらいいのかな、と悩む少女。
「キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!」
 と、突如、悲鳴にも似た甲高い声が響いた。
「うそ、敵?」
 今のはバンシーの悲鳴であった。バンシーは常の外を警備し、敵を発見すると叫んで、その叫び声で敵の動きを一時止めるとともに、味方に襲撃を知らせてくれる。
 すぐに周囲の壁の明かりが、常夜灯というらしい赤い明かりへと変化する。外が夜の場合、明るい場所からいきなり暗い場所に出ると、夜目が聞きにくくなるため、襲撃時が夜であった場合、明るくなりすぎない常夜灯が使われる。
「急いで逃げよう!」
 コロボックルが言うが早いか、通気口の中へ駈け込んでいく。
「あ、おい……。またな!」
「また、話を聞かせてね!」
 そして二人もそれに続く。
「私も逃げないと……」

 

「敵襲! 敵はドヴェルグ! 敵はドヴェルグ!」
「そんな! さっき撃退したばっかりなのに……」
「気付かれたかしら……」
 シルフの〝無線〟を聞いて、ユッグの格納庫にいた少年が呟いて、少尉が不安を口にする。
 そして、その不安が形を成すように、格納庫の外の壁に何かが衝突する音がする。そして、壁から二本の何かが生えてくる。ドヴェルグの牙だ。
「壁が破られる!! 少年は中にいて!!」
 少尉は少年を半ば突き落とすように、ユッグの艦内に放り込む。
「制圧射撃、スタンバイ! 増援が来るまで耐えるぞ!」
 格納庫に勢揃いしていた元特異空間騎兵部隊のメンバーがアサルトライフルを構えながら遮蔽を取る。
「撃て!」
 そして壁が破られる。黒い巨体が格納庫に侵入してくる。少尉の号令に従い、元特異空間騎兵部隊の半分がアサルトライフルで現れたドヴェルグに攻撃を加える。
「次!」
 攻撃したメンバーがマガジンにある弾を撃ち切った瞬間、もう半分が顔を出してアサルトライフルで攻撃する。
「次!」
 撃ち終わると同時に、最初に攻撃していたメンバーが再び顔を出して攻撃する。ドヴェルグは絶え間ない攻撃に怯んで動けない。
 しかし、撃たれるドヴェルグの背後からもう一体が現れる。
「槍を構えたぞ、待機側、撃て」
 槍を投擲されれば、この遮蔽物は即座に貫通される。やむを得ず、もう半分のメンバーも顔を出し、新たに表れたドヴェルグに発砲する。
 しかし、こうなると、もう次はない。今の制圧が終われば、こちらは狙われるだけになってしまう。
「次、スモーク! やむを得ない、ワンブロック後退!」
「グレネード!」
 弾切れの寸前を狙って、手榴弾投擲される。爆発に怯んだ隙を見逃さず、他の全員も同じく投擲する。一部はスモークグレネードであり、ドヴェルグの視界を封じる。
「後退する!」

 

「それで、結局悩みって?」
 少女が、セーフルームで少年の姿を探していると、いきなり肩から声をかけられる。
「うわぁ!」
「驚かせてゴメンね……」
 下からコロボックルが謝罪してくる。見ると、肩に乗っているのは、ホビットとグラスランナーであった。
「そんな事より悩み事を聞かせてよ!」
 少女は諦めたようにため息をつくと、自分の悩みを話し出した。少年がずっと自分から距離を置いている事、それが寂しい事。自分が何かをしたなら、何とかしたいという事を。
「ふぅん……。分かんないぁ。聞きに行こうよ!」
 グラスランナーが言う。
「えぇっ、でも、……避けられてるのに、良いのかな……」
「だったら僕らが聞いてくるよ! キミは近くでこっそり見てたらいい!」
「でも、見当たらなくて……」
「むむ、それは妙だな、ちょっと探してくるよ」
 グラスランナーとホビットがそれぞれ違う方向に駆け出して行った。

 

 突如、風が吹き、煙の壁が、突如晴れる。
「空気の流動!」
 ドヴェルグの槍が確実に元特異空間騎兵部隊の一団を狙う。

 

「大変だよ。少年、格納庫にいたって! 格納庫に人は逃げそびれてまだ船の中だって!!」
「そんな……」
 コロボックルが驚く。
「お願い……無事でいて」
 少女は祈る。
「とりあえず、ここが解放されたらすぐに格納庫に向かおう!」
 
「いってぇなぁ、おい」
 元特異空間騎兵部隊をまとめて吹き飛ばす力のある槍は、しかし彼らには命中しなかった。
「ヨトゥンの!」
「応よ! 全員無事だな、兄弟?」
 助けに現れたのはヨトゥンの男だった。続いて、鬼や精霊たちも助けにやってきて、元特異空間騎兵部隊の人々の撤退を手伝う。

 

「ドヴェルグ、撃退完了。非戦闘員は安全確認が完了するまでセーフルームにいてください」
「とりあえず、なんとかなったみたいだね」
 ホビットが言う。
「でも、少年が生きてるかは……」
「おい、冗談でもそんな事言うなよ!」
「そうだ、ドライアドが不安になるだろ!」
 悲観的な事を言うコロボックルにキーキーと文句を言う二人の小人。
「あぁ、もう。ありがとう、でも少し静かにして」
 さすがに口を挟む少女。さすがに肩の上でキーキー言われるとやかましかった。
「安全が確認されました。セーフルームを解放します」
 外にいた守衛が扉を開ける。
「急ごう!」
 グラスランナーとホビットが我先にと駆け出す。
「あ、待って」
 それから遅れて、コロボックルと少女もそれに続く。

 

「間違いなく、気付かれてるわね。何か考えないと」
 と少尉。
「うーむ……。出航の用意は出来てるんだろ? もう行っちまえばいいんじゃないのか?」
「そうね……、でもクルーの選出がまだ……」
 そんな相談をしている中、積み込み作業の手伝いを再開する少年。
「おい、少年!」
 に話しかける小人が二人。
「ん、どうしたんですか?」
「お前、なんでドライアドの少女を避けるんだ!」
「え、そんな直球で?」
 グラスランナーの単刀直入な質問に驚くホビット。
「え、えーっと……」
 答えにくそうに悩む少年。
「言いたくないなら無理に言わなくていいけど、あの子も気にしてる。ここで聞いた事を直接教えはしないから、教えてくれない?」
「えー、直接言った方が早く解決するだろ?」
「……」
「……」
 グラスランナーの空気を読めない言葉に、ホビットが睨む。グラスランナーも流石に黙る。
「彼女の事、嫌いになったのかい?」
「違う。違うよ、別に彼女の事を嫌いになったわけじゃない」
 ホビットの質問に、首を振る少年。
「でも、好きだからこそ、あんまり仲良くしたら、別れる時寂しくなっちゃうから……」
「別れる?」
「ほら、世界樹がまた世界を9つに分けたら、僕ら会えなくなっちゃうじゃないか」
「……変な話、出会いと別れを繰り返す、それが人生ってものじゃないのかい?」
 少年の言葉に首をかしげるグラスランナー。
「常にさすらって、旅に生きるグラスランナーらしいね……。僕らもそりゃ別れも人生の彩だとは思うけど、積極的に別れようとは思わないよ……」
 グラスランナーの言葉を笑うホビット。
「同じ小人でも別れに対してそんなに違うものなんだな……」
 少年は小さく呟く。だったら、彼女は、別れについて、どう思っているのだろうか……。
「緊急緊急! 過去最大規模のドヴェルグ部隊接近!!」
 シルフからの叫ぶような〝無線〟。通路が常夜灯に切り替わる。
「格納庫も壊れてる、もう耐え切れん、今乗ってる乗員だけで行く、ユッグを発進させろ」
「操艦要因はそろっています、いつでも出航可能」
「配置に着け、急げ!!」
「アンカー解除!」
 乗り込み兼固定用のアンカーが解除される。が、それを知らず際にいた少女がバランスを崩す。
「危ない!!」
 それに気づいた少年が駆けだす。
「シルフィード・スカーフ、〝風〟を受け止めました、浮かびます」
「こちら、ワスプ、浮上する、続け」
「こちら、キアサージ、了解」「ボクサー、了解」「バターン、了解」「ボノム・リシャール、コピー」「イオー・ジマ、コピー」「マキン・アイランド、ラジャー」
 ユッグが浮上する。
「大丈夫?」
「うん、なんとか……ありがとう」
 少年に、引き上げられた少女が息をつく。無事だった少女を見て安堵する少年。
 そして、二人の視界に、空を黒く染めるドヴェルグの軍団が。
「砲撃しろ!」
「だめです〝猫〟を降ろすまでは、砲は使えません」
「なら、降ろせばいいだろ」
「無理です、この〝猫〟はターボファンエンジンを切り離してあります、ここで出撃すれば、世界樹まで追従できません」
 空飛ぶブリガンティン船、ユッグは、側面にたくさんの砲を積んでいる。それは様々な種族の技術により多種多様な砲弾を放てる優れものだが、現在砲を隠すように、特異空間戦闘機が張り付けられており、その砲は使えない状態となっていた。これはひとえに、世界樹の近くまで飛び、そこで特異空間戦闘機を切り離す予定だからであった。このため、この艦載特異空間戦闘機は、大気圏内を通常飛行するためのターボファンエンジンではなく、特異空間を飛行するためのイオンエンジンのみを搭載している。ここで切り離してしまっては、その戦闘機たちは世界樹までたどり着けないのだ。
「ん……、この音、ターボプロップエンジン?」
 一人が羽音に混ざって聞こえるその音に気付いた次の瞬間、光の壁を抜けて、巨大な航空機、特異空間爆撃機が姿を現した。

 

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