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環礁事件

by:tipa08  マシュマロで感想を送る

 物資輸送のために飛び立った、飛行艇、東風号とうふうごうは巡航速力で心地よい飛行を続けていた。
 パラソル翼に取り付けられた四発のエンジンも、異常なく動いていたし、出発地から目標地点の中間点の環礁に差し掛かっていた。
 乗員はこの後起こるトラブルなど、知る由もなかった。
 搭載物資と共に輸送されている乗客なら予想はできたかも知れないが、いずれにせよ、ここまでするとは思っていなかっただろう。
 右側のエンジン二基が唐突に火を噴き出した。
 あわてて、機関士がエンジンの方を見ると、火を噴いているエンジンとその周りにある黒い穴や、何かが擦れた跡を発見した。
 それは明らかに攻撃であった。被弾痕から考察するに、上空から、つまり航空機からの攻撃で、威力が高い弾丸である。
 戦闘機による攻撃だと判断した機長は、無線手に命じて通信を取る事を求めた。
 しかし、運が悪いのか、必然なのかはわからないが、無線機が被弾で大破してしまっていた。無線手も一人負傷していた。
 機長は、このままだと危ないと判断して、近くの環礁へ着水しようと考えた。
 しかし、それを制する者があった。
「機長、このまま飛んでください。荷物が原因だ。不時着すればやつらの思惑通りになってしまいます」
 それは、物資と共にこっそりと乗っていた乗客の言葉であった。
「そんな荷物とは聞いていない。こちらの命を大事にさせてもらう」
 その機長の言葉に対して、高い銃声が答えた。
 弾丸はコックピットの窓にヒビを入れて食い込んだ。

「言う通りにしないと、ここで死ぬぞ、できるだけ飛べ。深いところで着水しろ。そしたら、海に投げ捨てられる」
 機長はしかたなく、指示に従った。反抗する時間よりも指示にしたがって着水する時間の方が短いと判断したためだ。
「おい、見えたぞ! 左側を狙ってる!」
 窓から後ろを伺っていた機関士が叫ぶ。
 その影が光り、左側の外側のエンジンも発火、内側も停止してしまった。
 機長は残った速度だけでなんとか深いところまでいけると考えた。
 しかし、終わりは唐突だった。
 最初に被弾した右側の内側エンジンの被害は甚大であった。そして、激しい燃焼の結果、甚大な被害の中、かろうじて翼の形を維持していたフレームの強度が低下し、そこからへし折れたのだ。
 片側の揚力を失って、制御不能に陥った機体は、派手なスピンをしながら、降下していく、左翼ももがれ、尾翼も吹き飛んだ。
 そして、乗客にとっての不幸は、環礁内、しかも一番浅い所へ機体が落下した事と、少なくとも自分は絶命してしまった事である。
 攻撃したパイロットは、攻撃が深すぎた事を後悔したが、墜落地点を見て、微笑を浮かべた。
 機体の残骸は、いくつかに分かれていたが、大体が形状を維持していて、粉々になった物は無い。狙っている物資は、かなり頑丈であるはずだから、何も問題は無いのだ。パイロットは無理やり増設されたせいでコックピットが窮屈になっている原因であるモールス通信機を叩いた。その信号は、暗号化されており、誰かが受信しても問題は無いものだったし、内容そのものも暗号であったから、計画に携わる者でないと、わからない内容であった。

「あー、エグゼク。こちら一番機、墜落機を確認、謎の電波は救難信号の可能性が高い」
 環礁の近くに飛来した偵察機は、墜落機を確認した。
 それがトラブルによって落ちたのだろうと思っていたから何の警戒もしていない。
「こちらエグゼク。詳細を知らせよ」
「国籍は日の国、四発旧型飛行艇」
 この路線ではそれしか就役してないのだが、別の機体だったら大問題だ。なのでしっかりと通告する必要がある。
「了解した、すぐに向かう。上空で観察を続行せよ」
 環礁内はどこの領土にも含まれていないから誰でも侵入する事ができる。だから、たまたま近くにいた軽巡洋艦エグゼクが救助に駆けつけるのは正しい事であった。
 だが、それが、日の国とも、物資を狙うある国とも違う国家の所属、王国所属であった事が問題を大きくする事となる。
 当然、まだ誰も知らない事であったが。
 偵察機は、生存者や浮遊物を確認するべく、徐々に高度を下げ、情報の収集を行っていた。その後席に座る、ジョン曹長がふと上を見上げ、叫んだ。
「不明機! 八時方向!」
 キラッっと光ったそれを見逃さなかった事が、運命を決めた。
 その声を聞いた操縦桿を握る機長、ベイズ少尉は、操縦桿を力強く引き、急旋回をかけた。
 バリバリっと、空気が裂けるように機関砲が通り過ぎる。
 もし、旋回してなかったら直撃であったであろう。
「ジョン! ゼン! 敵機は何処の何だ!」
 ベイズはジョンと、無線手のゼン少尉に向かって叫ぶ。
「国籍不明! 型は合衆国の輸出型!」
 にしては発砲音が大きい、独自改良型か、ベイズはそんな事を考えながら、次の指示を出す。
「無線で艦隊に連絡! 発砲してかまわん!」
 名前を出さずに指示したが、それぞれにできる事は決まっている、個別に指示しなくても問題はない。
 旋回をし続ける偵察機を銃座の射角外である側面から攻撃しようと機動を取り続けていた敵戦闘機は、しびれを切らしたのか、真後ろに追従する、危険ながら確実な攻撃位置につく。偵察機の機関銃は小口径のものであったから、撃墜される危険性はほとんどない。それでも敵パイロットは、この作戦の特殊性を意識して、撃墜されない行動をとっていたが、撃墜を優先するべきだと判断を変えた。
 しかし、それは誤りであった、運命は偵察機に味方した。
 放たれた七・七ミリ弾は、液冷エンジンの最も大切な部品である、ラジエーターを傷つけた。酷使していたエンジンの冷却を担当する部分が失われて、エンジン温度を示す針が急激に動くのを視認した、敵パイロットは急速に反転して離脱した。捕まる事が最も危険であると判断した結果であった。
 堅固な作りで有名な名機であったから、ラジエーターを失っても、ある程度の速度で、しばらく飛び続ける事ができた。
 その速度は、旧式もいいところの偵察機よりも遥かに早いものであった。
「なんかやばそうな感じだ」
 ベイズはゼンに艦隊に速力を上げて急行する事を求めるように指示して、海面を凝視した。
 波は穏やかであったが、緊迫した事態に、すこし荒れているように見えていた。

 

 艦隊の対応は早かった、護衛を担当していた駆逐艦の一隻を先行させて先に現地に到着させ、警戒に当たらせた。
 艦隊はエグゼクを中心に三隻の駆逐艦で構成されている。
 駆逐艦の内訳は、S級と呼ばれるものが二隻、T級と呼ばれるものが一隻で、最新型で速力に優れたT級が急行した。その名前をタンクと言う。
 偵察機は任務をタンクに引き渡し、一度エグゼクに帰還し、補給を受けて再出撃する予定である。
 タンクの任務は警戒だけであった。
 積み荷の回収、調査というものも必要なのであるが、戦闘機を持ち出して、輸送機を撃墜するだけが目的という事はないだろう。
 積み荷の回収、それが相手の目的であると考えると、回収手段を用意しているはずである。
 それが何かわからないが、攻撃手段を有している可能性は高い。大抵の攻撃は、停泊状態で回避する事は困難である。船の加速は鈍重であるから、停泊して回収するなら護衛が必要となるわけである。
 当然、日の国の輸送機の物資を勝手に回収、調査する事も問題となりうるのだが、保護という事で正当化はできるだろうという考えから、これは障害とならなかった。
 攻撃への危惧は正しかったと証明されるのは、すぐであった。
 見張り台で海面をくまなく見つめていた水兵が叫んだ。
「左舷に魚雷! 二発!」
 叫び声を聞いて、舵輪を握る航海長は全力で舵輪を回した。
 機関が全力で回転し、タンクに速力を加える。
 早期発見と、適切な対応によって、事なきを得た。
 艦長は、反撃の指示を下した。その指示に従って、艦尾では爆雷の用意が行われ、聴音手は敵潜を探すべく仕事を再開し、見張り員は僅かなサインも見逃すまいと必死で海面を見つめた。
 聴音手が潜水艦のおおよその方位を突き止めたため、ASDIC(アクティブソナー)の探信音を鳴らして、攻撃の意思をはっきりと伝える。
 一応、警告をしなくては、面倒事につながる。少々危険も伴うが、戦時中ではない、仕方のない事だ。
 アクティブソナーは目標までの距離を測るものであるが、目標の真上で必ず計測できるわけではなく、ずれの分深度が深くなるため、一隻だけでは、なかなか正確な深度がつかめないものである。しかし、環礁付近は浅い海であるから、海底ぎりぎりで爆発させても、真下で炸裂すれば、水上艦に大ダメージが入りかねない深さなのだ。
 警告のため、上を通りすぎたあと、もう一度アプローチして、今度は攻撃を行う。
 敵の攻撃はなかった。艦尾に装備されている爆雷投射機からボン、ボボンと爆雷が、爆雷投下軌条からゴロンゴロンと爆雷が投下される。
 タンクは最高速で航行し、即座にその場を離脱した。
 最高速だったのにも関わらず、炸裂した爆雷の水柱は、タンクに雨のように海水を降り注がせた。
 海面は白く泡立ち、何も見えない状態だったが、しばらくすると落ち着いて、海面に重油や、鉄の破片等が浮かび上がってきた。
 間違えなく仕留めた、タンクの水兵たちは全員、とりあえずは安心した。
 しかし、一隻とは限らない。また、気を引き締めて警戒を始めた。
 幸いにも、艦隊が合流してくるまで、何も発生しなかった。

 エグゼクを中心とする艦隊は、環礁内に侵入し、墜落機の引き上げを開始した。
「司令部によると、日の国は何も反応を示していないらしい。だから、回収を行い、物資を調査せよとの命令が下りた」
 再出撃の準備を整える偵察機の乗員を集めて、エグゼク艦長が話す。
「日の国が無線、電信を受け取っていないという事はないはずだ、反応がないというのは、どうにも怪しい」
 艦長は、神妙な顔で言葉を紡ぎだす。
「だから、接近してくる日の国軍も、厳重に警戒する事。危険な飛行となるが、よろしく頼む」
 話が終わったため、乗員達は敬礼をした、艦長はそれに答え、敬礼を返すと、艦橋へ颯爽と戻っていった。
 カタパルトに乗せられた機体に乗り込みながら、ベイズは呟いた。「これが最後の歩行かもな」
 最後の陸かもな、と言いたかったのだが、残念ながらここは艦上であった。
 歩行の語呂の悪さが気になったが、これ以外の表現は特に思いつかなかったのである。
「なにもなくて拍子抜けできたら、よいのですがねえ」
 ジョンもそんな言葉を呟きながら、搭乗する。
 この機体は、雷撃機にフロートを取り付けた機体である。フロートという重量増加がありながら、それなりの搭載量を持っているから、機体下部に二百五十キロの対艦用徹甲爆弾(貫通力の高い爆弾)、翼下に三十キロの対潜爆弾四発が搭載されている。
 どんな船舶に対しても対応できる装備ではある。
 二百五十キロクラスでは、大型艦艇に対してあまり有効でないのだが、そのクラスが接近してきた場合には、艦隊も逃げるしかないため、問題ではない。
 水上機やカッターを運用するために使われるクレーンによって、墜落機の引き上げ作業が始まるのを見ながら、偵察機はカタパルトによって打ち出された。

「なんだこりゃ」
 墜落機の貨物室から、木箱を引き上げる作業は順調であった。
 中身は毛皮であるとか、手紙、植物等、そこまで重くない物が中心であったのだが、それは、異質であった、木目調に偽装された金属製の箱であったのだが、金属製という事を考慮しても、重たい物であった。
 その箱を確認しようとした水兵は、そんな異質さに、その言葉で答えた。
 彼はすぐに上官に連絡し、対応の指示を求めた。これが目的である可能性は高い、そう考えたのだ。
「確かに怪しいな」
「ですね、ウラニウムでしょうか」
 この墜落機の出発点で、一番軍事的に貴重である物は、核爆弾の原料となるウラニウム鉱石だ。
「いや、あれは専用の護送船団が最近出たばかりだ。到着前に急に必要になったりしないだろう」
 この艦隊を展開させた理由の一つとして、ウラニウム船団展開時の警戒状態を調べるというものもある。船団が港に着いたという情報は入ってくるはずだった。
「航空機で運ぶ理由は特に思いつきませんね」
「そうだな、ではこれはなんだ?」
 開けるという選択肢もあるが、毒ガスとか、細菌の可能性もあり、うかつに開ければエグゼクの乗員が壊滅的な打撃を被る可能性がある。ガスマスク等、化学防護装備の用意には時間がかかるから、後しばらく、疑問はおいておかなければならない。
 それに、不明機編隊接近、という情報をもった伝令が駆けてきた、中身を見るのは少し先延ばしとなった。

 レーダーで発見された編隊の詳細情報を得るべく、偵察機はエグゼクから誘導されて、不明編隊の上空へ移動していた。
「こちら、エーカー。編隊発見、国籍なし、機種は合衆国の旧式急降下爆撃機。機数十四」
 ちなみに、エーカーはこの機体の名前だ、格納庫に格納されるときに四角に近い形になるから、こう名付けられた。理由に疑問符が付きそうなのは、語呂の良さを優先したからだ。
『こちらエグゼク、了解、対空戦闘を指示する。敵機の武装は確認できるか?』
 ジョンとゼンが身を乗り出して確認する。体を戻して、少しアイコンタクトを取ってから、無線に告げる。
「駄目だ。真上からでは確認できない」
『了解した。確認できなかったとしても、こちらにまっすぐ接近してくる編隊が敵でない可能性は低い。攻撃を実施するため、指示があれば即座に離れろ』
 じゃあなんで確認させたと、後部座席の二人は苦笑した。ゼンは了解と回答して、ちゃんと聞こえていたか、機長、ベイズに確認した。無線は機内に流していたが、装置の不良で届いていない事もあるし、別の事で意識が向いてない事がある。機長はエンジンの様子など、意識する事が多いのだ。古い機体であるからなおさら、気を使わなければならなかった。
 今回のゼンの確認は、蛇足であったが、聞こえていなかったら、巻き込まれて、誤射で落ちたという大変な事となってしまう。
「ようやく、あいつの能力を示せるな。水上戦闘機が役立たずという考えが消えてくれればいいが」
 ベイズはエグゼクで共に任務に就いている、海軍航空学校の同期の心配をしていた。
 エグゼクには二機の艦載機(予備機一機、これは分解されて艦体のあちこちに収められている)があり、ベイズの偵察機、そして同期の水上戦闘機だ。
 水上戦闘機はエンジン出力の高さが売りの戦闘機をベースに製造された高性能機であるが、流石に純粋な戦闘機には能力で劣っており、何に使うかわからないと酷評されている機体なのである。(そもそもは単機の哨戒機に苦汁をなめさせられた経験から製造されたのだが、気が付いたら大規模攻撃機編隊の攻撃を阻止する事が目的になってしまったというのが機体の不名誉の原因である)
 今回の相手は、旧式で護衛もいない。不名誉を少しでもなくす活躍をするには絶好の機会であった。
「水上機自体がレーダー技術の発展で危ういですがね」
 ジョンは少し悲しそうにしながらそう言った。
 水上機の担当していた偵察、攻撃の誘導といったものは、ほとんどレーダーで補えるようになっている。しかも、レーダーは天候の影響が小さい。
 戦艦など、長射程砲の水平線より遠距離の射撃というものは水上機の支援が必要であったが、そのような長距離射撃の必要性、いや、戦艦その物の必要性が疑問視され始めている。艦載水上機というものが姿を消すのは時間の問題だろう。
 戦闘前だというのに、のんきに感傷に浸っている彼らであるが、油断をしている訳ではない。編隊の監視や、周辺の警戒はしっかりと行っている。
 その合間に、緊張をしすぎないように雑談を絡めているのだ。
 会話というより、独り言である。いま自分は集中が途切れたよ、という合図みたいなもので、呟いた事に対して返事が来たり、帰った後、発言を覚えているとか、そういう事はほとんどない。
 発言したくなったらしよう、考えている方が集中できない、という考えは海軍では主流の考え方だった。
『エーカー、ソードが行くぞ、離脱しろ』
 無線の指示に従って、偵察機は敵編隊の上空を離れる。水上戦闘機は上空から、急降下しながら攻撃する、その時、偵察機が、編隊の一部に見えてしまうかもしれないからだ。形が違うから、見間違える事は少ないが、そういう時もあるし、誤って接触コースに入ってしまった場合、急降下時は速度が速いから、偵察機を回避できなかったりするかもしれない。
 だから、上空からは離脱するのが良いのだ。
 敵編隊上空から離脱した数十秒後、水上戦闘機が急降下して、編隊機を二機叩き落した。
 編隊は密度を高めて対抗しようとするが、機体の銃座の死角から、適切に侵入されて、さらに二機叩き落される。
 そのあと、敵の射程外からちまちまと射撃して、さらに一機を撃墜した。爆撃機の残りは九機、あまり減らせていないが、艦隊の対空砲火の射程内だ。巻き込まれるのを避けるために離脱しなくてはならない。
 対空砲火は、熾烈であった。最新鋭の対空砲管制装置は、レーダーを使用して、ほとんど自動で素早く正確に敵機を捉えて、高射砲と連携して敵機を狙い撃つ。
 最近の高速機にも対応するように作成されているシステムが、旧式機を補足し、撃墜するのは容易な事であった。
 しかし、最新鋭システムは、タンクとエグゼクにしか搭載されていない。弾幕の密度はそう高いものでなく、四機の爆撃コースへの侵入を許してしまった。
 しかし、待ち構えていたのは、激しい対空機銃の嵐であった。
 これはすべての艦艇でレーダーによる照準装置を取り付けた高性能なものであったから、旧式機はなすすべもなく、火を噴いた。
 しかし、一機はなんとか制御して、機体をエグゼクに突入させようとしたが、無理だと判断して、護衛のS級、スパイダーに突入、中心部に突っ込んだため、スパイダーでは大火災が発生した。
 しかし、物資には何一つダメージを与えられず、作戦は失敗したといえる。

 スパイダーの火災は激しいものであったが、表面が燃えているのみであり、死傷者はそう多くはなかった。そのため、混乱は少なく火災は勢いを失いつつあった。
 煙突が炎上したため、しばらく航行は不可能であるが、修理で動くため、問題は少ないと言える。
 被害が大きければ、救助作業を行う必要があるが、軽微であるため、エグゼクは動かなくていい。
 そのため、箱の開封作業が再開される事となった。
 化学防護衣などのまともな装備、防火服などの効果があるか怪しい装備で身を包んだチームが結成され、開封作業が実施されようとしていた。
 箱に近づいた防護服を着こんだ水兵は、ジェスチャーで作業の開始を周りに伝える。ガスマスクを装着しているため、声を出す事が難しいからだ。
 箱を確認した所、開封装置は存在しない、あまりしたくはないが、工具によって破壊する事が決定された。
 バールやハンマー、万力などの工具を駆使して、箱のみを破壊するために奮闘する。
 空気が遮断されている防護服で力仕事をやるというのは、地獄といっても良い。体から出てくる熱気がこもってしまうのだ。しかもガスマスクは体側と外側の温度差で、曇りが発生してとても見にくくなっていた。
 そんな状態であったが、何とか箱を開封する事ができる状態にする事ができた。
 中身を慎重に、ガスが噴出されないかと、緊張しながら開けると、そこには石板のような物が入っているだけであった。
 なにか不審な箇所はないか、安全な物か、という徹底的なチェックの結果も問題は無く、危険物ではないという結論であった。
「歴史的な物か? にしても厳重すぎやしないか?」
 箱が金属製だというのは強度的な信頼性の可能性もあるが、開けにくいというのは不審だ。
 それに、銃を持った護衛らしき死体も見つかっている。歴史上かなり大事な物というのならわからないでもないのだが、比較的新しく見える物であるし、誰も知らない形、意匠である。
 王国海軍の巡洋艦の主任務というのは、植民地間の通商防護であり、様々な文化を持つ港へ入港する。水兵の中には入港時の娯楽に市場を眺めたりする者も多くいるから、多くの意匠を見た事があるはずである。日の国の芸術品等は世界的に出回っている物であるから知らないはずは無い。しかし、エグゼクの乗員約七百三十人のほとんどが確認しても似たような模様すら出てこないものだった。
 機能的には鏡であると確認されたが、これが大事な物なのだろうか?
 引き上げられた物資の調査は終わったが、これ以外に重要性のありそうな物は見当たらなかった。
 だからこれという事になるのだが、いまいち釈然としない気持ちが艦艇内に漂っていた。
 そんな中、偵察機が帰ってきて、クレーンに引き上げられ、そして、搭乗員たちが下りてきた。
「価値がある物には見えないですが・・・」
「だな、攻撃しているやつらは何かを間違えたのか?」
 ジョンとベイズは鏡を見ながら議論する。
 郵便物の中になにか重要書類がある可能性もあるのだが、ぱっとみてわかる物は無く、そのうえ、防水容器が墜落の衝撃で壊れたため、文字が読めるような状態ではなかった。
 この鏡が何なのか、それがわからないので、間違えとも言い切れず。しかし、価値はわからないので、持って帰るわけにもいかない。
 遺体と荷物は、日の国に引き渡す事となりそうであった。こじ開けた荷物は、正直に内容物を確認するためと、証言する事となった。
 日の国は、墜落機の回収作業が終了したとの連絡にようやく反応し、回収のために艦隊を派遣するという事を伝えてきた。
 攻撃があったが、心当たりがあるかという質問には解答は無かったという。
「回収に日の国艦隊がこっちまでやってくるが、その航路に危機がないかどうか、確かめてもらいたい」
 そして、偵察機の整備に目途が付き始めたころに、そう艦長が指示を出した。
 偵察機は一機だけだから、どうしても酷使されてしまう。
 長年使っている物だから、整備員もだいぶ慣れて、設計側が想定している整備時間よりかなり短くなっているとはいえ、短いスパンである。不安があったが、一番不安なエンジンはこの前交換したばかりで、整備を簡略化してもある程度は問題ないとして、一部省略して整備が行われ、即座に出撃となった。
「無茶ですよね、日中だけで三飛行なんて」
 整備士も、搭乗員も少し文句を口にしながらも、用意を整えていく。無理をさせると、艦上整備では限界が出るほどの異常が出るのだが、国際問題のほうが怖い。損耗したとしても、水上戦闘機で代替が効かない事もないので、酷使される方針に異論はなかった。とりあえず、次回の航行までにもう一つ、搭乗員グループを用意する事を要求する事だけは心に決めた搭乗員達であった。

「あー、日の国艦隊補足、柳型三隻、淀型一隻」
 日の国の艦隊は、少し旧式に届きそうな艦隊であった。
 淀型軽巡洋艦、宇都うどを先頭に一列になって航行しており、艦隊速力は高速であった。
「周辺に異常無し。上空に張り付いて、警戒飛行を実施する」
 エグゼクにそう連絡を入れた後、周波数を変更して、日の国艦隊に無線で呼びかける。
「こちら、王国軍偵察機。艦隊の上空を警護します」
『こちら宇都。警護に感謝する』
 短い挨拶で、通信が確立したのを確認できたので、そのまま警戒飛行を行う。なにかあれば、無線で連絡を取れる。
 しかし、襲撃の気配という物は特になく、夜が迫ってくるまで、何も起こらなかった。燃料的にはもう少しいけるのだが、夜間の収容というのは難しいものである。
 夜が来る前にエグゼクに戻るために、艦隊の上空を離れた。
 離脱する際に、艦上で手を振る姿が見えたので、操縦で手を離せないベイズ以外は手を振り返した。

 夜は奇襲に向いている時間帯だ、警戒しようにも、偵察機も、目視も、警戒能力が低下してしまう。レーダーは索敵能力は下がらないのだが、潜望鏡等の小さな目標を発見するにはコツがいるし、見逃しやすい。
 厳重の警戒態勢が敷かれているか、偵察機の搭乗員たちは流石に睡眠が与えられた。
 戦闘が無ければ、夜明け前の出撃準備まで寝ていられるのだが、戦闘が無いとは思っておらず、落ち着いて寝ていられない状況であった。
 こういう時に一番うれしいのは何もない事ではない、むしろ、小さな何かが起こってくれるくらいのほうが良いと考えていて、搭乗員達はその考えで一致していた。それが死者の出ない事であったら良いなと考えながら、緊張した睡眠時間を過ごした。
 しかし、攻撃側に能力がなかったのか、何事も起こらずに、夜が明けた。寝る事は出来たが、緊張のためか寝た気がしない状態であったが、起き上がって、偵察機の用意を始めた。
 日の国艦隊も問題なく環礁付近まで到着したようで、未だに点程度であるが、目視できるようになっていた。
 この様子ならば、昼前には合流して、引き渡しを開始する事ができるだろう。
 しかし、停泊し、行動できない引き渡し中が、もっとも攻撃をしやすい、警戒は厳重にしなければならない。日の国側も偵察機を飛ばして警戒をする事になっている。
 偵察機が飛翔し、環礁内、および周辺の哨戒、監視を行ったが、特に異常は見つけられなかった。
 昼頃にようやく、日の国艦隊は投錨した。
 そして、そこから内火艇でエグゼクに向けて、士官や水兵などがやってきた。
 エグゼクの右舷側に設けられた階段から彼らは甲板に上り、そして遺体と荷物が並べられている後部甲板に誘導された。
「ふーむ、大体引き上げているようです」
 日の国の士官は、遺体に手を合わせてから、引き上げた荷物とリストを照らし合わせ始め、その照会の結果、無い物はほとんどないという事になった。
「それで、この荷物ですね。敵からの襲撃から守ってくれたあなた方には、これが何か話すように言われています」
 慎重に箱から鏡のような物を取り出す。
「これは、鏡です。それは明らかですよね。それでは、用途を説明いたしますね」
 士官は、近くの水兵が持っていたカバンから台座を取り出して組み立てると、その上に鏡を置いた。机のような形となり、鏡は天板に当たる場所である。
 そして、ロウソクに火をつけ、鏡の下に置き鏡を温め始めた。
「鏡をのぞき込んでみてください」
 そう言われて、周りにいる者たちは鏡をのぞき込む。すると鏡面には環礁を俯瞰したような視界が映し出されていた。
 豆粒サイズではあるが、停泊している艦艇が映しだされている。
「半径二・五キロほどを俯瞰で映し出す機能があるのです。原理はわからないのですが、どんな温め方でも五分が限界という事はわかっています」
 士官が一息でふっと火を消すと、鏡は鏡に戻った。
「しかし、欠点として、二・五キロの視界がこの半径五十センチほどの鏡に凝縮されるだけであるので、動きによほどの規模がないと発見できません。我が国で一番長い艦艇である、空母でさえ、五ミリほどの大きさで示されるわけですからな」
 二・五キロが五十センチだから、縮尺は五万の一、艦艇というのはとても大きく感じるものだが、大型のそれでも、一センチに満たないサイズで表示されるのだ。
「そんな感じですから、軍事的には使い物になりません。陸空は目標が小さすぎて難しいですし、海でも、交戦距離に満たない視界ですから駄目なのです」
 でも、と前置きして、
「襲ってきたやつらには、間違った情報が伝わったらしく、自由に俯瞰できるものと思っているようで、相当の価値がある物として考えているようでして。一応護衛をつけるのですが、まさかここまでやるとは思いませんでしたよ」
 士官は、護衛には重要物資であるとしか伝えられてない事を考えていた。彼は守っている物が大した物ではないと考えている者も多いと知ったらどう思うだろうか。そういった事を考えていた。
「襲撃してきたのが誰であるか、わかっているのですか?」
 エグゼクの艦長はグイと身を乗り出さんばかりに勢いよく尋ねた。襲撃で何人かの死者が出ている。部下がなぜ死んだか、それは追求したい問題であった。
「それも含めてお教えするべきなのでしょうが、確証はないのです。慎重に扱うべき情報であるので、外交筋で交渉の上、お伝えいたします。今はそれでお願いいたします」
 急降下爆撃機を大規模に運用できる以上、相手は国家だ。間違えた国を伝えて、その国と王国の関係が悪化した後、間違えが発覚すれば、色々と面倒な事となる。それを避けるため、日の国政府はもっと精査をしたいと考えているのだった。
「わかりました、でもうちの政府は隠したがり屋ですからねえ」
 艦長は部下の死因を知れないのは残念に思った。しかし、下手に勘違いをして、戦争になればもっと部下が死んでしまう。素直に引き下がる事にした。
「うちの政府もですよ、そもそも今回の件も、政府の意見がこれは有用である、無用であると方向性がカッチリしていたら、こんな中途半端な輸送にならず、避けられたかもしれないのです」
 士官は王国政府への軽い悪口を聞いて、自分の政府への愚痴をついつい吐露してしまう。おしゃべりな性格であるようだ。
「苦労を語り合うのも悪くはありませんが、止めておきましょう。いまは公的な語り合いなのですから」
 今は、回収物の引き渡しという仕事をしているのだ、政府への愚痴は酒でも飲み交わしながらやるもので、仕事中にするものではない。
「そうですね、では、東風号、つまり墜落機の搭乗員の遺体および荷物を宇都の方へ運びます。よろしいですか?」
 受け渡しをするという事で来ているから、渡しませんとはならないのが普通であるが、仲間に死者が出ている以上、感情的な面で拒否される可能性があったから、士官は尋ねた。
「ええ、かまいません。この船からもカッターを出しましょうか?」
 感情的に引き渡しにくいというのは確かにあったが、上は引き渡せと言っているし、もめて交戦なんて事は避けたい。艦長は感情をセーブし、落ち着いて対応した。
「いえ、大丈夫です。運よく宇都に揚陸用舟艇が搭載されていたので、それで一度に運べます」
 士官は手を宇都の方に動かすと、宇都から戦車なども搭載して揚陸させる事ができる揚陸用舟艇が水をかき分けてやってくる。
 それは内火艇をどかして、階段に横付けされ、小さい荷物は階段で、大きめの荷物はクレーンで積み込まれた。
 荷物はすべて揚陸用舟艇に積まれて宇都へ向かい。遺体は内火艇で士官らと共に宇都へ向かう。
「ありがとうございました、迷惑をおかけしたのに、今は何もできないのは悲しい事ですが」
 その声を遮って艦長が、
「いえ、そういうものです。救助は義務ですが、助けたのはこちらですから」
 艦長の言葉に士官は深く頭を下げて、
「感謝致します」
 そして、内火艇はエグゼクから離れていった。
 しばらくは、積み替えの作業があるから、この環礁に留まる事となる。
 その間、警戒のため両国の偵察機が環礁周辺を巡回していたがあまりにも何もなかった。
 日の国側の偵察機は飽きてしまったのか、それとも、他国軍がいるものだから実力を見せたくなったのか、鋭い旋回などの、曲芸的な飛行をしていた。
 最終的には二連続宙返りなんていう芸当をやって見せて、後席のジョンが、
「あれ、こっちでもできませんか?」
 と言ったので、ベイズが、
「無理だ、あっちは砲撃観測用の専用機だから機動性がいいんだ。こっちは雷撃機の改造機体、機動性は段違いだ」
 観測機は砲撃の観測がやりやすい位置を取りやすいように、高い機動性を持っている。それに対して、こちらは、機動性が高くない雷撃機にさらにフロートを取りつけた鈍重機なのだ。
 それに、日の国の水上機というのは非常に高性能なのだ。王国も島国であるが、日の国は国土のほとんどが諸島であるから、水上機の需要が高く、その技術も他国と比べて優れていると言われている。
 しかし、同じ空に飛んでいる片方だけがすごい飛行をしているというのは少し不満に思う事であった、対抗して、鋭い旋回を試みるのだが、向こうほど鋭くなく、地味な印象であったので、対抗は諦めた。
 そんな事をしている間に、日の国艦隊の用意が終わり、出航していった。王国、日の国共に、余裕のある水兵は全員甲板に並んで、手を振ったり、帽子を振ったりして、お互いを激励した。
 エグゼク艦隊もスパイダーの損傷の修理、死者の供養のため、母港に戻る事になっている。
 偵察機を収容したのち、日の国艦隊とは逆の方向に進路を取り、環礁を離れた。
 母港までの数日間の航海で異常はなく、艦隊は予定通りに母港へ帰還する事ができた。
 戦争中ではないのに、戦闘で死者が出たと、国では先の戦いが大きく取り上げられているらしく、水兵全員の上陸(外に出て遊ぶ事、軍港内ではわりと自由)が許されなかった。上陸して、親しい人に聞かれて隠すというのは難しい事だから、会う環境を作らせないという徹底的な対策だった。
 水兵たちが解放されるのは、この事件の正式発表があってからだ。それがいつになるのかは、わからないのだった。

 


 

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