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折れた翼の回想録

 マシュマロで感想を送る

コマンド・ポストCPより、イカロス・ワン、機体の状態チェックを実施せよ」
「イカロス・ワンよりCP、ヤオヨロズ機関、動作正常。全身へのエネルギー伝達チェック、オールグリーン。フライ・バイ・ライトFBL、問題なし。揮発性神性メモリ「デミパドマ」エネルギー充填ペース、正常の範囲内」
「CP了解。本日の天候は晴れ。弱い南西の風。雲は10%に満たない。最高の飛行日和だ。ジェームス大尉、試験飛行を開始せよ」
了解ラジャー。イカロス・ワン、YMF-01、発進します」
 ジェームズ大尉がフットペダルを踏み込み、ジェームズ大尉の乗る人型の機体が一歩前に踏み出す。
 機体は通称「飛び込み台」と呼ばれる台の先端で停止する。ジェームズ大尉がフットペダルを短く踏んで戻すと、機体が跳躍し、飛び込み台から落下を始める。
 ジェームズ大尉は右の操縦レバーから手を離し、モード変更用のダイアルスイッチを切り替える。
 モニターが変形プロセスの起動を伝えながら、奥へと移動していき、代わりにジェームズ大尉からするといつもの見慣れたHUDや操縦桿が迫り上がってくる。
 そして人型だった機体は航空機のような形に変形し、後方に推力を発して飛行を開始していた。
 これこそがYMF-01最大の特徴。航空機形態への変形機構。今、アメリカ空軍の主力兵器として採用されそうになっているマキナギアであった。
 
 1972年に始まったインドとイギリスの戦争、通称『封印戦争』においてインド有利の講和条約締結のきっかけとなったインドの新兵器であり、イギリスとアメリカが共同開発でこれを模倣して以来世界中で使われている人型兵器「マキナギア」。
 かつて人類を襲った白い巨人「ルシフェル」が持っていた通常兵器をほぼ無力化する「神性防御」を身に纏い、また、攻撃にすら転用する恐るべき兵器。
 それゆえ、マキナギアに対処するにはマキナギアしかなく、現在、主な大国は他の大国からの攻撃を警戒する名目でマキナギアを多数開発、保有している。
「だからといって、空軍までマキナギアに転向ですって? F-22ラプターはまだ四年前に運用が開始したばかりですよ、まだやれます」
 思わず反論したが、受け入れられることはなかった。
 マキナギアの持つ圧倒的な強さとヤオヨロズ機関と言う永久機関動力が生み出す無限のエネルギーはアメリカ首脳にマキナギア万能論を植え付けるのに十分なものだったのである。
「これは本来なら君が知る必要のない情報だが、中央情報局CIAの情報によるとインドは次期マキナギアに飛行能力を搭載する予定があるらしい。これが実現した場合、我が国がインドと戦争した時、制空権を完全に喪失する可能性が高い。そうならないためにも、我が国にも航空マキナギアが必要だ」
 現在この世界は、月面に住む異星人「ルシフェル」との戦争を生き延びた三つの国、アメリカ、イギリス、インドの三か国が主要三大国家として君臨している。
 そんな中、アメリカ合衆国はイギリス・ヨーロッパ連合と同盟関係にあり、インド・パンアジア共栄圏とは敵対関係にある。
 それゆえ、アメリカとしてはインドの新型マキナギア導入という情報は決して無視できるものではなく、ましてそれが現在アメリカが到達していないマキナギアを空に投入するという事項であればなおさらであった。
 繰り返しになるが、通常兵器を無効化する神性防御をまとうマキナギアを相手出来るのは同じく神性防御を持つマキナギアだけなのである。
 敵だけが空にマキナギアを投入出来るという状況は、制空権をみすみす敵に渡すということを意味し、圧倒的不利な戦場での戦闘を余儀なくされるということを意味する。
 ゆえに、現場の強い反対があってなお、アメリカは空軍にマキナギアを導入するつもりだった。

 

 そんなことを回想しつつ、慣れ切った航空機動のテストをしていたジェームズ大尉のもとに無線連絡が飛んでくる。
「CPよりイカロス・ワン、緊急事態だ。そちらの現在位置から方位3ー0-0スリー・オー・オーに複数の未確認機ボギー匍匐飛行NOEで移動中のようでレーダーではとぎれとぎれにしか捕捉出来ていないが、まっすぐパールハーバー・ヒッカム統合基地に向かっている。まだ確認が取れていないが、ヤオヨロズ機関の起動波形を確認したとの情報アリ、現在第15航空団の第19戦闘飛行隊がスクランブル発進を開始しているが、あらゆる面で貴機が適任だ、直ちにコンタクトせよ」
「イカロス・ワン、了解ラジャー、方位3ー0-0スリー・オー・オーに旋回」
 このハワイ近傍にまで敵だと? とジェームズ大尉は首をかしげる。
 マキナギアはその辺の小国が簡単に手に入るような代物ではない。となれば敵はイギリスかインドだ。だが、イギリスがアメリカに攻撃を仕掛ける理由はないし、インドは日本近傍に展開しているイギリスの哨戒艦隊を抜けてはこれないはずだ。
 だとすると、敵は何者だ?
 不思議と操縦桿を握る力が強くなる。
「CPよりイカロス・ワン。先ほど空中管制機AWACSが離陸した。そちらと通信をつなげる。無線上の呼び名コールサインはハウメア・マザーだ。以降はハウメア・マザーの指揮下に入れ」
「ハウメア・マザーよりイカロス・ワン。久しぶりだな、クラウン。元気でやってるか?」
 懐かしい声に思わずジェームズ大尉は笑う。クラウンはジェームズ大尉が戦闘飛行隊に所属していた頃につけられたあだ名TACネームだ。
「あぁ、おかげ様で元気にやってるよ。状況は?」
「突如レーダー上に出現した未確認機ボギーは、依然我々の基地に向けて東進中。まもなく我々の領空に入る」
「だいたい、突如レーダー上にってのはどういうことなんだ?」
「不明。匍匐飛行NOEでレーダー網を潜り抜けてきたというのが現状の司令部の予測だ」
 レーダーは完全に全周を警戒できるわけではなく、構造上の死角がどうしても生じる。対空レーダーはその性質上、高い高度の敵を発見するために低空の警戒は比較的甘いことが多く、低高度を這うように飛行されると、つまり、匍匐飛行されると発見が遅れる場合がある。
「ヤオヨロズ機関の起動波形が確認されたって話は?」
「悪いニュースだが事実だ。現在、本機は未確認機ボギーの位置をアクティブレーダーではなく神性エネルギーの放出をパッシブで受け取って確認している。間違いなく、敵はヤオヨロズ機関を搭載している。つまり、マキナギアだ」
「その上、飛行してるんだろ? ってことは敵はインドか」
「いや、インドとアメリカ及びイギリス我々が使用している主機は種類が異なり、波形も違う。今回確認されているのはインドのアヴァタール・ドライヴではない、我々が普段用いているヤオヨロズ機関だ」
「じゃあ、イギリスだっていうのか?」
「不明。それを確認するためにも、コンタクトを急いでくれ」
了解ラジャー
 これは急いだほうがいいな、とジェームズ大尉は左手で握るスロットルを奥へと押し込む。
 すると、ヘッドアップディスプレイHUD上に「A/B」という、推力増強装置オーグメンターが起動したことを示す表示が出現する。
 オーグメンターとは、ジェットエンジンの排気に対してもう一度燃料を吹きつけて燃焼させ、高推力を得る装置である。
 YMF-01は無限のエネルギーを持つヤオヨロズ機関を搭載したマキナギアではあるが、マキナギアから得られるエネルギーを推進力に転化する方法をアメリカ及びイギリスは持たない。それゆえ、飛行には通常の航空機と同様、航空用燃料とジェットエンジンが用いられている。
 つまり、飛行に用いるリソースは有限である。そのため、高推力を得られる代償として余分に燃料を消費するオーグメンターを使うのを避けてきたのだが、その結果、基地が敵に攻撃されては意味がない。
 やがて、黒い点が見えてくる。
「イカロス・ワンよりハウメア・マザー、未確認機ボギーを遠方に視認。これより接触を図る」
「ハウメア・マザー、了解。気をつけろ、クラウン」
 ジェームズ大尉のYMF-01が徐々に黒い点に接近していく。そして。
「人型だ! やはり敵はマキナギアか。数は三! 見たことがない形状をしている」
 ジェームズ大尉は一通り現在存在しているアメリカ、イギリス、インドのマキナギアを把握していたが、目の前のマキナギアを見たことがなかった。
 脚部に推進機を搭載しており、その力で飛行しているようだ。その特徴だけを見るとインドのマキナギア「クリシュナ」に類似している。
「イカロス・ワンよりハウメア・マザー、これより、未確認機ボギーに呼びかける」
「ハウメア・マザー、了解。通信をモニターする」
「前方のマキナギアに告ぐ。貴機は我々の領空を侵犯しようとしている。直ちに進路を変更せよ、繰り返す……っ!」
 直後、先頭にいたマキナギアがその手に持っていたライフルをYMF-01に向けた。
 慌てて、ジェームズ大尉は操縦桿を手前に引き、上昇すると直後までYMF-01のいた場所を赤い熱線が通過していく。
「ブ、ブラフマーストラだ! やはり敵はインドだ! イカロス・ワン、回避機動ディフェンシブ! ハウメア・マザー! 未確認機ボギーから攻撃を受けた!」
 ブラフマーストラ。それは世界で唯一インドが持つ神性エネルギーを粒子として撃ち出すビーム兵器だ。
 直後、ビープ音が鳴り響く。
「ハウメア・マザー、こちらイカロス・ワン、レーダー照射を受けているレーダー・スパイク! 反撃の許可を」
「こちらハウメア・マザー。敵機バンディットとの交戦を許可する。全兵装自由オールウェポンフリー。ただし、そちらは数で負けており、またYMF-01は依然として大きな欠陥を抱えた状態と聞いている。危なくなったら撤退せよ、現在、基地ではマキナギアによる水際迎撃の準備が始まっている」
了解ラジャー。イカロス・ワン、交戦エンゲージ!」
 YMF-01は急旋回し、敵マキナギアの側面を取る。ジェームズ大尉の視界にあるHUD上に三つの緑色の四角コンテナが表示される。それぞれ敵マキナギアの位置を示すオーバーレイだ。
「やってやる、アメリカはお前らの好きにさせないぞ」
 HUD上で先頭の敵マキナギアにオーバーレイされているコンテナに緑色の菱形が重なり、コンテナが赤く変化する。
目標捜索装置シーカー起動オープン、イカロス・ワン、ミサイル発射フォックス・スリー!」
 ジェームズ大尉が親指で操縦桿のボタンを押すと、YMF-01の翼からぶら下げられていたミサイル、AIM-120アムラームが切り離され、敵マキナギアに迫る。敵マキナギアは回避の必要を認めなかったのか、前進を続けたまま、肩のミサイルランチャーからミサイルを発射する。
 それは急角度で旋回し、YMF-01に向けて進む。
 空中で二つのミサイルが交錯する。
「撃ってきたか」
 接近するミサイルを回避するため、YMF-01は敵マキナギアの後方へ旋回しつつ、オーグメンターを起動し加速する。
 対する先頭の敵マキナギアはミサイルを最後まで回避せず、爆発炎上する。
「ヤオヨロズ機関の波形が一つ消失。敵機撃墜スプラッシュ・ワン
「へっ、ただの航空機と侮ったか? こっちもマキナギアなんだよ」
 恐らく、ジェームズ大尉の考えが正解なのだろう。先頭の敵マキナギアが撃墜された直後、残り二機の敵マキナギアが左右に分散、ランダムな軌道を取って移動し始めた。
 今この瞬間、ようやくYMF-01は正式に敵として認定されたのだろう。
 ばらばらに散った二機がしかし、同期を取っているのだろう、同時にライフルから熱線を放って攻撃してくる。
「ちいっ」
 ジェームズ大尉は巧みに操縦桿を操ってそれを回避する。
 これはジェームズ大尉の勘が優れているのではなく、YMF-01にはインドのマキナギアとの交戦を想定し、画像認識で敵に銃口を向けられていると警告が出る仕組みが搭載されており、実は回避はほぼそれ頼りなのである。
「こいつら、あくまで二次元的にしか動かないな。もしかして、こいつら、レーダー探知を逃れるために匍匐飛行してたんじゃなくて、海面を這うようにしか飛行出来ないんじゃ無いのか?」
 だったら、やりようはある、とYMF-01は高度を上げる。
 それを追うように赤い熱線が飛び、YFM-01の周囲を通り過ぎていく。
「上を取ってミサイルを撃てば、よけられまい!」
 そこから旋回し、敵マキナギアの上を取る。
目標捜索装置シーカー起動オープン、イカロス・ワン、ミサイル発射フォックス・スリー
 YMF-01の翼にぶら下げられていたミサイルが切り離され、飛翔していく。
 しかし、残念ながらそれは甘い見積もりだった。
 標的にされた敵マキナギアは上方に飛び上がり、ミサイルを回避、そのまま、腰に装備されたナイフを抜いて、YMF-01に迫った。
「!」
 咄嗟に操縦桿を左手前に倒し、衝突を回避する。
 ナイフがYMF-01と衝突し、ナイフの先端の神性エネルギーと装甲の神性エネルギーが衝突する。だが、YMF-01は高速で飛翔中。即座にその衝突は終了する。
 直後、レーダー照射を受けていることを示す警告音が鳴り、それはすぐにミサイル警告のビープ音へと変わる。
 ナイフを抜いた敵マキナギアが後方からミサイルで追撃してきたのだ。
「イカロス・ワン、後方からミサイルが接近中」
「ちいっ!」
 YMF-01は高度を上昇させつつ後方に振り返るマニューバインメルマンターンで、ミサイルを振り切ろうと機動しつつ、ナイフを抜いたマキナギアに機首を向ける。
「これでどうだ!」
 ジェームズ大尉が人差し指で操縦桿のトリガーを引くと、YMF-01は機首に取り付けられた機関砲を連射し始める。
 神性エネルギーを纏った砲弾が敵マキナギアに命中し火花を散らす。
 敵マキナギアもまけじと、ライフルをYMF-01に向ける。
「流石に機関砲を軽く当てただけじゃダメか」
 操縦桿を倒し、ライフルから放たれた熱線を回避しつつ、ジェームズ大尉はもう一機のマキナギアがどこにいるか把握してないことに気付き、慌ててレーダーを確認する。
 直後。
「しまった!」
 慌てて、操縦桿を左に倒すが、遅い。敵マキナギアは正面に飛び出してきていた。その手にはナイフ。
 ナイフは一直線にコックピットに向けて伸びてくる。
 慌てて、ジェームズ大尉はミサイルを放とうとするが、距離が近すぎて、自爆の危険があるためミサイルを発射出来ない旨がコンテナにバツ印がつくという形で示される。
 再び神性エネルギー同士がぶつかり合う。が、今度はYMF-01の運動エネルギーが攻撃の勢いに手を貸しており、ナイフがキャノピーを破壊し、ジェームズ大尉に向けて伸びる。
「冗談じゃねぇ、死んでたまるか!」
 ジェームズ大尉はミサイルリリースボタンを親指で長押しする。するとミサイルは強制的にリリースされ、放たれる。
「イカロス・ワン、ミサイル発射フォックス・スリー!」
 同時、手元の機械を操作して防御用の神性エネルギーを前面に集中させる。
 直後、前方の敵マキナギアに衝突し、ミサイルが爆発する。
 YMF-01もその爆発の衝撃で派手に吹き飛ばされる。
「敵機反応の消滅を確認」
 派手に吹き飛ばされ、ジェームズ大尉は派手に頭を打ち付け、一瞬意識を失う。
「イカロス・ワン、失速している。イカロス・ワン、どうした? おい、クラウン、しっかりしろ」
 ジェームズ大尉はおぼろげな意識の中でそんなAWACSエイワックスの声と「警告コーション! 機首を上げよプル・アップ!」という機械の警告音声とビープ音だけが聞こえていた。
「イカロス・ワン、レーダー照射を受けているレーダー・スパイク! 回避せよブレイク! 回避せよブレイク!」
 AWACSの声とレーダー照射の警告が聞こえてくる、体を動かさなければ、と思うが、体が言うことを聞かない。
「イカロス・ワン、ミサイルが接近している! 回避せよブレイク! 回避せよブレイク! おい、クラウン、聞こえないのか!」
 視界の隅で操縦桿が見える。何としてもあれを握って、高度を上げないと。
 右腕を必死で伸ばして、操縦桿に手をかける。そのまま、機体がどちらを向いているかもわからないまま、操縦桿を手前に引く。
 YMF-01は派手に吹き飛ばされたのち、機首を下に向けて落下していたため、操縦桿が手前に引かれると、機首は上に向き、高度を上げ始める。
 これで、ひとまず海面に激突する危険は回避された。
 が、意識がおぼろげな状態で操縦桿を握って手前に引いたので、機体は空中で上方宙返りインサイドループを披露し、そこで、速度が足りずに失速を始めてしまう。
「く、そ、今度は……速度か」
 必死で左手をスロットルに伸ばし、掴む。頑張って力を入れて、スロットルを奥に倒す。
 機体が速度を上げ、ようやくYMF-01は安定を取り戻した。
「意識を取り戻したか、クラウン」
「あぁ、すまん、心配をかけたな」
 頭を振って意識を取り戻すジェームズ大尉。額の上のほうから眉、頬と何か液体が伝っているのを感じる、頭を負傷したのかもしれない。だが、それを確認する暇はない。
 操縦桿とスロットルと巧みに操り、ミサイルを回避する。
 だが、ミサイルは続けざまに放たれ、簡単には振り切られてくれない。
「くそ、機体の損傷チェックをしなきゃならないのに……」
 このままではそれもままならない。
 そこに悪いことは重なる。
 HUDに【警告・デミパドマエネルギー切れ直前】のメッセージが表示される。
「まずい」
 それは、YMF-01の持つ最大の欠陥。
 実は、YMF-01は航空機形態の間、ヤオヨロズ機関が動かない。これはヤオヨロズ機関は人型のものにしかエネルギーを供給しないからであるらしいが、詳細はジェームズ大尉も知らされていない。
 いずれにせよ、YMF-01は肝心の航空機形態の間、主機が動かない。ではどうするかというと、人型形態の間にエネルギーを揮発性神性メモリである「デミパドマ」に蓄えておく必要があるのだ。
 無限のエネルギーを持つはずが、実際に空中を自由に飛び回れるのは有限、それがYMF-01の最大の欠陥であった。
 そして今、そのエネルギーが切れかけているのだった。
 実はこれは先ほどのミサイルを防御するためにジェームズ大尉が慣れない操作をして防御に多くの神性エネルギーを消費したことに起因する。そのおかげでYMF-01はほぼ無傷で吹き飛ばされた結果、ジェームズ大尉が負傷するだけに留まったのだが、結果的に大きく戦闘可能時間を失ったのだった。
「ハウメア・マザー、こちらイカロス・ワン。まもなく航空機形態を維持できなくなる、どうにかできないか?」
「こちら、ハウメア・マザー、了解、イカロス・ワン。これより直ちに第19戦闘飛行隊がそちらの空域に突入し、時間を稼ぐ。その間にエネルギーを再充填されたし」
「なんだって?」
 ジェームズ大尉の要請はダメ元だった、だが、ハイメア・マザーの返答は予想外のものだった。
 第19飛行隊はF-22で編成される航空隊だ。F-22は最新鋭の戦闘機ではあるが、YMF-01と違い、神性エネルギーは持っていない。つまり、攻撃を加えてもダメージは与えられず、また敵の攻撃はクリーンヒットしてしまう。極めて危険だ。
「問題ない、ブラフマーストラの回避は訓練済みだ。イカロス・ワンは直ちにリチャージに移れ」
「……了解」
 敵のミサイルに追いかけられつつ、高度をあげ、ダイヤルスイッチを操作するとコックピットの構造が変化し、マキナギア用のものへと変化する。
 それに合わせて、YMF-01も見た目もひょろっとした人型の形態へと変化し、そして額から二本の虫の触覚のような青いひも状の何かが飛び出してくる。
「畜生、マキナギアの操縦はまだ全然慣れてないってのに」
 YMF-01の持つもう一つの問題点、それはマキナギアの操縦と航空機の操縦という全く異なる二つの操縦技術を要求されるということだった。
 ジェームズ大尉は優秀な航空機パイロットではあるが、マキナギアでの戦闘操縦についてはまだほとんど経験がない状態だ。
「くそ、当たりやがれ!!」
 ジェームズ大尉はYMF-01を振り返らせながら、胸部に移動した機関砲でミサイルを迎撃しようとする。
 だが。
「ぐあっ!」
 直後、ミサイルがYMF-01に衝突し、体が大きく揺さぶられる。
 YMF-01のコンピュータは敵攻撃の接近を感知し、自動的に前面の神性防御を高めたが、敵の神性エネルギーはそれを上回っており、YMF-01は無視できない大きなダメージを負った。
「くそ、各部のダメージが無視できない!」
 続けさまに明らかになるYMF-01の欠陥。第三の欠陥がこれ。可変機構は戦闘機を無理やり人型にしているに等しい無茶な機構をしており、人型形態はおおよそ戦闘には向かないひょろっとしたビジュアルをしている。
 相手が通常兵器であれば神性防御があるため装甲に意味はないが、相手がマキナギアであれば装甲の不足はそのままの意味を持つ。
 ジェームズ大尉は左右の操縦レバーを動かして各部の動きをチェックするが明らかに鈍っていたり、左腕に至っては完全に動かなくなっていた。
 こちらが空中で動きを鈍らせていたからだろう、敵マキナギアがナイフを手にこちらに一気に接近してくる。
「第19飛行隊、戦闘空域への突入を確認。交戦を許可する。全兵装自由オールウェポンフリー
 そこへF-22が突入してくる。
 通信機から一斉にミサイル発射フォックス・ツーという言葉が聞こえ、敵マキナギアに向けてAIM-9M/Xサイドワインダーが殺到する。
 後方から殺到するミサイルに対し、敵マキナギアは脚部の推進器を使い急旋回、そして、推進器を前方に向けたかと思うと、光の壁のようなものが出現し、ミサイルを全て受け止めた。
「なっ!」
 敵マキナギアはそのまま肩のミサイルランチャーからミサイルを発射。
回避ブレイク! 回避ブレイク!」
 F-22はこれを回避するため、散開していく。敵マキナギアは散開したF-22を無視、YMF-01に再旋回し、再びナイフを持って迫る。
「やられてたまるかよ!」
 ジェームズ大尉はトグルスイッチを切り替えてから、フットペダルを踏みこむ。
 ジェットエンジンが稼働し、自由落下速度が低下し、上昇に転化する。
 だが、敵マキナギアの方が早い。
 資料で見たことがある、とジェームズ大尉は思い出した。
 インド製マキナギア「クリシュナ」が脚部に持つ推進器は、未知の技術で作られた神性エネルギーを直接推進力に転化するものだ、ということを。
 敵マキナギアの推進器は同種のものである可能性が高い。
「こっちより性能が高くて、燃料の縛りもないってのかよ!」
 旋回して戻ってきたF-22の一部が敵マキナギアに向けてM61A2機関砲で攻撃する。その攻撃を、敵マキナギアは無視して、ジェームズ大尉に追い付く。
「畜生!」
 YMF-01には機関砲以外に人型形態で戦える武装が存在しない。YMF-01の人型形態は貧弱すぎて戦闘を想定されていないのだ。
 それでもマキナギアには必ず存在する最終攻撃手段が存在する。
 ジェームズ大尉はほかに打つ手なしと判断し、右手の操縦レバーの全指ボタンを押し込んだ。
 YMF–01が右拳を握る。マキナギアの持つ神性エネルギーを拳に集中させて対象を殴る技。通称「マキナパンチ」だ。
「これでもくらえ!」
 迫るナイフにレディクルを合わせ、全指ボタンを離す。
 YMF-01が敵マキナギアに向けてパンチを繰り出す。
 敵マキナギアのナイフに宿った神性エネルギーとYMF-01の拳の神性エネルギーが衝突するが、流石に全エネルギーを集中させたマキナパンチの出力には叶わず、ナイフを砕いて握りこぶしがさらに前に進む。
 だが敵マキナギアも黙ってやられてはくれない。推進器を前方に向け、先ほどと同じ、光の壁を出現させつつ後退する。
 マキナパンチは光の壁を破る事に成功するが、結局、敵マキナギアには命中せず。
 敵マキナギアはこちらがマキナパンチを使ったことでYMF-01の武装状況を悟ったのだろう。ナイフを投げ捨て、再びライフルに持ち替えた。
「ちっ」
 飛んでくる赤い熱線をジェームズ大尉は基本的に自由落下に任せて速度を稼ぎつつ、なんとかフットペダルを踏んで離してを繰り返す加減速の組み合わせで前後に移動することで回避するが、そんな単調な方法で出来る回避マニューバには限界がある。
 こと空中にあって、自由自在に移動できる人型は敵マキナギアの方であった。
「くっ、腹にかすった……」
 F-22も必死に割り込みを図っているが、敵マキナギアは戦闘機の攻撃がダメージにならないと知っており、全くの時間稼ぎになっていない。
「イカロス・ワン、まもなく海面」
警告コーション高度を上げよプルアップ!」
 AWACSとコックピットからの警告が同時に飛ぶ。
 ジェットエンジンが海面に浸かれば、再び飛行出来るかはデータが少ない。
「ええい、今たまってる量で戦うしかない!」
 ジェームズ大尉はダイヤルスイッチを操作すると、再びコックピットの構造が変化し、戦闘機に近い様子へと変化する。
「くそ、さっきまでの被弾で左前尾翼カナードと右主翼が損傷してやがる、揚力が足りねぇ」
 YMF-01は海面すれすれで戦闘機に変化し、派手に水しぶきを上げながら海面すれすれを飛行する。
 ジェームズ大尉は必死に操縦桿を手前に引いており、昇降舵エレベータもきちんと動いているのだが、先ほどまでの被弾の影響で揚力が不足し、飛び上がれない。
「イカロス・ワン、レーダー照射を受けているレーダー・スパイク
「まずい、このままじゃミサイルを回避しきれねぇ……」
 直後、レーダー照射警告はミサイル警告に変わる。
「イカロス・ワン、ミサイル接近中、回避せよブレイク!」
「こちら、イカロス・ワン。ダメだ、高度が上がらねぇ。さっきの被弾で翼がやられて揚力が足りねぇ」
「ハウメア・マザーよりイカロス・ワン、緊急制御モードを使え、脚部を推力偏向ノズルの要領で使って飛び上がるんだ」
「! 分かった」
 ジェームズ大尉はトグルスイッチをいくつか触り、フットペダルを軽く押し込む。
 すると、YMF-01は脚部を機体から僅かに下に向けて下げ、上昇推力を発生、一気に空中に飛び上がった。
 直後、ミサイルが海面に触れて爆発する。
「ぐうっ」
 ミサイルの爆風と破片がYMF-01の底面を襲い、内部のジェームズ大尉を苦しめる。
「さっきはさんざんやってくれたな! 目標捜索装置シーカー起動オープン! イカロス・ワン、ミサイル発射フォックス・スリー!」
 ジェームズ大尉は機首を敵マキナギアに向けてミサイルを放つ。
 敵マキナギアはこれを上方に一気に飛んで回避。
「やっぱりそう避けるかよ……、だったら!」
 その飛び上がった真下をYMF-01は潜り抜ける。
 敵マキナギアは急旋回して、ライフルを向ける。
 飛んでくる赤い熱線をジェームズ大尉はいくつものトグルスイッチとフットペダルの制御で回避する。
目標捜索装置シーカー起動オープン! イカロス・ワン、ミサイル発射フォックス・スリー!」
 機首を再び敵マキナギアに向けてミサイルを放つ。
 やはり、敵マキナギアはミサイルを上方に飛んで回避する。
「そこだ!」
 直後、YMF-01は人型形態に変形し、敵マキナギアに肉薄。その拳を握っていた。
「この距離ならすぐに推進器の方向を変更するのは無理だろ!」
 マキナパンチが敵マキナギアの腹に突き刺さる。
「敵ヤオヨロズ機関の反応消失。敵機撃墜スプラッシュ・ワン
「グッキル!」
 イエー、とF-22のパイロット達から喜びの言葉が聞こえる。
「ハウメア・マザーより各機、敵の殲滅を確認。あとは回収部隊に任せ、帰還せよ。リターン・トゥ・ベースRTB
「こちら、イカロス・ワン、さっきまでは無理して飛び続けてたが、これ以上は無理だ。海面に不時着するから、回収部隊を頼む」
「ハウメア・マザー了解。敵残骸の回収と併せてお前も回収してもらうように頼むとしよう、クラウン」
「感謝する、ハウメア・マザー。これより不時着体制に入る」
 ふぅ、と息を吐き、ジェームズ大尉は不時着しようと高度を下げ始める。
「待て。なんだこれは……、ヤオヨロズ機関の起動波形? しかも、多いぞ。場所は……海中か!」
 直後、ジェームズ大尉は見た。
 一斉に海面からコンテナが飛び出すところを。
 コンテナがパージされ、中から敵マキナギアが無数に出現する。
敵機バンディット! 数10! 冗談だろ!」
 だが、同時にジェームズ大尉は思い出した。
 最初に確認されたのは「起動波形」だったのだ。本部の予測である「匍匐飛行で接近してきた」なら起動波形が観測されるはずはない。
 一斉に敵マキナギアがミサイルを発射し、空中で炸裂させる。
「馬鹿な、とこから現れたん……」
「ハウメア・マザー? ハウメア・マザーどうした?」
 突如、AWACSとの通信が途切れた。
「くそ、電波欺瞞紙チャフか!」
 敵マキナギアは今度はライフルを構え、F-22を片っ端から撃墜し始めた。
「やめろ!!」
 YMF-01がそのうち一機に迫り、機関砲を連射する。
 機関砲の標的となった敵マキナギアはライフルをYMF-01に向ける。
 ジェームズ大尉は再びトグルスイッチとフットペダルを巧みに操り、高度を上昇させ……。
 そこを、偏差射撃してきた別の機体に撃ち落された。
「うわあああああああああ!」
 機体が炎上している。
「畜生、ここまでか!」
 ブラフマーストラの直撃を受けたが、エンジンに被弾しただけで、コックピットにはあたらなかったらしい。
「くそ、緊急脱出ベイルアウトする!」
 ジェームズ大尉は座席射出のレバーを引き、空中に飛び上がる。
 空中に飛び上がったジェームズ大尉は開いたパラシュートに揺られていたが。
「おいおいおいおいおいおい」
 そのすぐ真横を敵マキナギアが高速で移動したため、大きく揺られ……。
 そのまま安定を取り戻せないまま、他の敵マキナギアに衝突。ジェームズ大尉は意識を失い、そのまま海面に落下した。

 

 デブリーフィング。
 ジェームズ大尉及び何人かのベイルアウトしたパイロットは無事回収部隊に回収された。
 ただし、YMF-01含む作戦にかかわった全機体のフライトレコーダーは発見できず、また、AWACSも長距離狙撃で撃墜されたため、戦闘記録は一切残っていない。
 敵の残骸として回収できたのは、アメリカ製ヤオヨロズ機関とアメリカ製ミサイルポッドのみで、ジェームズ大尉以下生存者が主張するインド製らしきライフルや推進器の残骸は一切発見できなかった。
 結局、真相は闇のまま、残った残骸のみが証拠として、表向きこの事件は「アメリカ軍同盟国の暴走による事件ではないか」という形で幕が閉じられた。
 アメリカ製マキナギアが海面を飛行するなど現時点では不可能だと判明しているにもかかわらず、である。
 ジェームズ大尉はアメリカがインドとの軋轢を恐れ、十分な証拠なしに糾弾できなかったのではないか、と感じた。
 それから、一年。
 YMF-01はテストパイロットからの様々なフィードバックを受け、MF-01ファルコンとしてリリースされた。
 最大の欠陥である飛行機形態ではヤオヨロズ機関が駆動しないという部分はそのままに。
 リリースが急がれたのはやはり先の事件で、インドが飛行能力を有するマキナギアを所持している可能性が高いと判断されたからだろう。
 さらに翌年、ジェームズ少佐は久しぶりに基地を訪れていた。
「模擬戦中か」
 ジェームズ少佐が手近な兵士に声をかける。
「はっ、少佐。MF-01の購入を検討したいという民間軍事会社が現れまして」
「民間軍事会社? MF-01はアメリカ防空の要だろう。それを売るつもりなのか?」
「もちろん、身元確認はしっかりしています。今回来ているのはエーギル・ポドボロドクですよ」
「なるほど」
 エーギル・ポドボロドクといえば、アメリカイギリスに渡って活動する大手の民間軍事会社だ。イギリスおよびアメリカの両方から多くのマキナギアを購入している。恐らく現状ではマキナギア運用を行う民間軍事会社の中では最大手だろう。
 戦い方はさすがマキナギアに慣れているというべきか、あまりに見事だった。
 特に神性エネルギーを腕のカナードに宿らせて武器にするなどは、とてもではないが自分には思いつかなかっただろう、とジェームズ少佐は呟いた。
 だが、マキナギアの操縦は得意でも飛行はどうかな?
 と思ったが、変形して飛び立ったマキナギアはあまりに見事に空を飛んでいた。
 建物の陰に隠れてしまったMF-01を追いかけようと、ジェームズ少佐は腕を動かす。
「少佐、危ない」
 だが、段差につまずいてこけてしまった。
 彼の新しい脚、車椅子から。
「大丈夫ですか、少佐」
「あ、あぁ、問題ないさ」
 ジェームズ少佐は兵士の手助けを借りて車椅子に戻る。
 もう二度といけない空。
 ファルコンは青空に飛行機雲を残し、その空をとても優雅に飛んでいた。

 

 


 

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