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鉄血福祉 第1章

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 宇宙空間を二機の戦闘機が飛行していた。そこに通信が入る。
「ハート・ワンよりアウトリーチ3。アセスメンターより報告があった。そこから平面方位2-0-1の方向、小惑星帯の中に、小惑星に偽装された敵の基地がある。アウトリーチ3、貴隊がもっとも近い、直ちにインテイクせよ。情報が真実であると判明した場合、直ちに爆撃機部隊を編成、出撃させる」
「ピジョン・ワン。了解」
「クローバー・ワン。了解」
 哨戒任務中に突如入った新たな任務。二機の戦闘機で構成されるその哨戒部隊はそれに動じず、直ちに指定された方角に進路を転換、新たな目的地に向けて飛行を開始する。
「ねぇ、ココ、ふと思ったんだけど……」
 そのほとんどが何もない空間である宇宙空間において、その移動時間は退屈との戦いである。現在、宇宙を移動するほとんどの乗物には目的地までの自動操縦機能が搭載されており、彼らの戦闘機もまたその例外ではないが、だからと言って、居眠りなどしようものなら、その間に敵の襲撃を受け、反応出来ないまま撃墜される、という可能性もある。今の時代、長距離飛行を行うパイロットに求められるのは何よりも退屈に負けずに集中力を維持する能力であると言える。
 もっとも長距離偵察などと言う珍妙な文化を未だに持ち続けているのは、彼らネオ・アドボカシーボランティアーズくらいのものだ。
「どうした、ニュー?」
 もちろん、ただ集中し続けるというのもまた困難である。それで様々な「退屈を紛らわせる何か」と「周囲に目を配る」の両方が同時に実行する能力が求められる。この二人はそれをバッチリと取得していて、しっかりと周囲を警戒しながら、お喋りに興じることができる。
「前々から思ってたんだけど、元ネタである相談援助としては、順番、逆よね?」
「そうなのか?」
「えぇ。だって、インテイクしてから、アセスメントだもの、普通は」
 彼らの組織においては少し独自の用語が使われている。アセスメンター、アウトリーチ、インテイク、などがそれだ。これらは相談援助という、戦闘とは全く関係ない行為の一工程から名前を取られており、そして、ニューと呼ばれた女性が言うには、本来とは実行する順番が違うらしい。
「ふーん、そう言うものなのか」
「そう言うものなのか……って、あぁ、そうか。ココはソーシャルワーカーの資格、取ってないのよね」
「あぁ、別になくても戦えるからな」
「それはそうね」
「変わったところだよな。戦闘要員が戦闘に関係ない資格を取ってるかどうかで、昇進に関わるなんて」
「えぇ、けれど、知らなかったら福祉は行えないわ。私たちはそのためにいるんだから」
「そう言うものか……」
 どうやらこの2名は組織の理念については若干の考え方の違いがあるようだ。
「ハート・ワンよりアウトリーチ3。間も無く当該小惑星帯だ。スキャンを実行しろ」
 そうしてのんびり雑談をしているうちに、どうやら目的地についたらしい。
「熱源スキャンを実行。データ転送中」
 二機はその場で完全に停止し、ニューと呼ばれたほうのパイロットの乗る戦闘機が機体翼上の機外兵装ステーションハードポイントにぶら下げた多機能センサーアレイの機能の一つをアクティブにし、小惑星帯を解析していく。
 熱源探知自体はこのような装備がなくても可能だが、多機能センサアレイはそれよりも極めて高い分解能で解析を行うことが出来る。
「熱源スキャン、反応なし、妙だね、敵の基地があるなら、絶対に何かしらの熱源があるはずだけど……」
 多くの種族が住むこの宇宙だが、その殆どの生物が何らかの熱を発するし、熱を発する何かを使う。熱がある、と言うのは何らかの生物が生活をしている証となるのだ。逆にそれがないと言うことは……。
「ガセネタだったんじゃないのか? 俺たちがここでスキャンをしたのを遮熱潜航艇辺りがこっそり見ていて、そのアセスメンターがこの後摘発される、とかじゃないのか?」
「あり得る話だ。だがその前に、他の方法によるスキャンも試してみよう。それこそ、遮熱潜航艇を発見できるかも知れん」
「確かに」
 多機能センサーアレイはさまざまなセンターの集合体であるが、その全てを同時に使うことはできない。それぞれのセンサーが相互に干渉しあってしまうからだ。
「となると……重力波ソナーはこの小惑星帯じゃ使えないし……、距離表面積測定センサを使ってみましょう」
 距離表面積測定センサは大きさと距離の概念が曖昧になりがちな宇宙空間において、対象との距離と大きさを厳密に計測するセンサだ。
 これまたそもそも戦闘機にも内蔵されているが、やはり多機能センサアレイの方が高性能である。
「おいおい、これでかすぎるだろ……」
 デーてリンクされてくる情報をモニターで見ていたココが思わず声を漏らす。
 そして、それは発見される。ここからは距離があるため単に小さい小惑星にしか見えなかったが、センサによればそれは想像よりずっと遠くにあるらしい。そしてその小惑星の大きさは周囲の他の小惑星の追随を許さない。
「異質だな。パルスレーザーで牽制をしてみよう」
 センサアレイでの観測を続けるニューのため、ココがその役を買って出て、コックピットのエネルギー出力制御を操作し、レーザーの射程が最大まで伸びるように割り振って、20mmパルスレーザーを放つ。
 機首から放たれた青い光の筋が、小惑星に衝突する寸前に白い障壁に阻まれた。
「斥力によるバリア、決まりだな。あそこは敵の基地だ。ハート・ワン、ターゲットはパルスレーザーを防御、まず間違いなく連中の基地だ。一応俺たちは通信を試みるから、そちらには爆撃機部隊を要請する。……ハート・ワン? どうした、ハート・ワン?」
「応答がない? 電波妨害?」
「近距離のレーザー通信は有効なようだな。出来るだけ近くを飛行するようにしよう」
「了解。とりあえず重力波通信を試してみるわ」
 多機能センサアレイを重力波モードに切り替える。本来戦闘機のような大きさでは重力波を使った通信は行えないのだが、彼の吊るす大型の装置はそれも可能にするらしい。
「こちら……」
「ニュー、危ない!!」
 ココの警告がなんとか間に合い、ニューの戦闘機は強引に推力を加速させ、飛来した攻撃を回避する。
「なに!?」
 それは大きな拳であった。
 拳の甲の後ろについたスラスタが火を吹き、拳が後進する。
 そこにいたのは。
「ロボット?」
 8m程度の緑を基調としたロボットだった。黒い鎧のような、外骨格のような装備をしているため、ココやニューからはどちらかというと黒いロボットに見えたかもしれないが。
「腕をこっちに向けてる、攻撃かもしれない、動きを読まれるな!」
 ココはニューに警告を飛ばしつつ、自身も可能な限り複雑に飛ぶ。
「ココ、私は重力波通信でパールマンかハート・ワンに連絡を取れないか試みてみる。そっちは念のため、通信を」
「分かった。こちらはネオ・アドボカシーボランティアーズ、第三艦隊所属の臨時偵察小隊アウトリーチ・スリー。貴機の攻撃意図を説明願う」
 ココが様々な通信波でロボットに向けて通信を飛ばすと、意外にも速やかにで応じてきた。
「攻撃意図? そっちがこっちにミサイルを撃ってきたからでしょう? 私はセントラルアース、第一艦隊所属インダス隊のオリヴィア・タナカ。ここにはこの新兵器の受領に来た!」
「やはりセントラルアースっ!」
 直後、ロボットの両手、おそらく内手首の位置から白い筋が無数にばらまかれる。
「散弾!?」
「くっ、回避しきれない」
 ニューの乗る戦闘機の多機能センサアレイが散弾に被弾する。
「くそ」
「通信は?」
「分からない。少なくとも応答を聞く余裕はなかった。最悪の場合、二人で倒すしかない」
「ハイマニューバポッドなしのSF-19でな」
 彼らの乗るSF-19改はエンジンの高出力エンジンへの換装、翼上にトラスで延長されたハードポイントの取り付け等を行った改良モデルだが、その結果機動力が大幅に低下しており、ドッグファイトのために折角拡張したハードポイント二つにブースター、RCS、リアクションホイールと粒子砲を積んだハイマニューバポッドを積んで補うのが通例である。
 が、ニューの機体は先の多機能センサアレイと、写真撮影用のガンカメラがハードポイントに装備されており、機動力に劣る状態である。
 二人はそのやりとりで速やかに覚悟を決めた。
「散弾の効果を最大にされないよう、可能な限り軌道が重ならないようにコースを取ろう。それから、可能な限り後ろに回り込む。見たところあの腕は後ろまでは向かないようだからな」
 会話の間にも散弾が飛ぶ。弾丸と弾丸の間は以外の隙があるから間を縫うことも不可能ではなさそうだが、ひとまず二機とも腕の動きを上回るように飛ぶことを優先する。
「ココ、散弾は遠くにいればいるほど、拡散して避けやすくなる。見たところ全体の姿勢を維持する小型スラスタだけで高速で移動する手段はなさそうだから……」
「なるほど、一気に距離を取ってロングレンジミサイルで仕留める」
 散弾を回避した後、左右に分かれて距離を取る。
 それを見てロボットは手首から先端に槍のついたワイヤーを射出し、小惑星に突き刺さした。
「なに!?」
 そのままターザンや映画のワイヤーアクションなど、要は振り子の要領で一気に移動する。
 迫る先はニュー。
「くっ!」
 腕がニューの戦闘機に向けられ、ニューの戦術視界はデッドゾーンを示す真っ赤に染まる。
「させるかっ!」
 ココの戦闘機のハイマニューバポッドに搭載された37mm小型粒子砲から緑の〝粒子〟ビームが飛ぶ。
 それはロボットではなく、ワイヤーに命中し、ワイヤーを溶かす。
 するとロボットはその影響で大きく射撃姿勢がズレ、ニューを確実に撃墜するはずだった散弾の射撃は全く明後日の方向へと飛んでいった。
 そのままココの戦闘機はロボットの股下を潜り抜ける。
 股下のガトリングパルスレーザーが戦闘機に降り注いだが、戦闘機のエネルギー転換装甲が吸収しきった。
「ニュー、あいつ、こっちの速度についてこれてない。高速で両サイドから背面を通って回り込んで、同時に腕にミサイルを当てる、やるぞ」
「わかった」
 二機の戦闘機がショットガンの射撃範囲軌道ギリギリを通って宙返りし、ロボットの真後ろで交差、同時にA型ランチャーからミサイルを二発発射し、両腕のパーツを見事に破壊した。マニュピレーターは無事のようだが、武装は明らかに損傷している。
 一方、ロボットから見て武装からさらに手前の外部装甲は全くの無傷だ。よほど硬いと見える。
「やった!」
 直後、ロボットの黒い外部装甲全てが盛り上がり、その隙間から、無数のマイクロミサイルを発射した。
「ちっ」
 小型のミサイルは誘導性能も限界がある。ココはハイマニューバパックが提供する機動力で自身に向かうミサイルのほとんどを美しく回避し、残るミサイルも機動力を活かして回転しながらの20mmパルスレーザーで撃ち落として見せたが、そうはいかない者もいた。
 ハイマニューバパックの代わりに偵察装備を積み機動力に大きく劣るニューである。
「くっ、振り切れない!」
 ニューと戦闘機後部から四角い機械片が飛び出し、四方に飛ぶ赤外線を発する事で赤外線誘導ミサイルを逸らす、IRデコイだ。
 しかし、ミサイルはデコイに見向きもせずに進む。
「ニュー! ガンカメラを分離パージして誘爆させろ!」
 ココはやや遠くから叫ぶが、レーザー通信が届かないらしく、ニューに反応はない。
「くそっ」
 戦闘機の後部が数回激しく光る。画像認識ミサイルのカメラを機能停止させるためのフラッシュバンだ。
 しかし、やはりミサイルは標的を変えない。
「ニュー!!」
 ココの戦闘機が側面から回り込んで20mmパルスレーザーを放ち、いくつかのミサイルを迎撃するが、ついに間に合わず、ニューの戦闘機をミサイルの爆発炎が包み込む。
「畜生、よくもニューを!」
 ココが戦闘機の旋回し、ロボットに向き直る。
 ロボットは背中に背負っていた両手持ちの装置を取り出し、起動する。
 先端から継続的にレーザーが飛び出し、その一振りがココの戦闘機のすぐそばに浮かんでいた小惑星を両断する。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 ココの戦闘機が一気に加速し、4基の20mmパルスレーザーを連射する。
 しかし、その青い光の筋はエネルギー転換装甲を応用して作られているらしい黒い外部装甲の中に消えていく。
 ロボットがレーザーブレードを構える。
 レーザーブレードが振り下ろされる。
「残り、四発全部持ってけ!」
 ココは済んでのところで左にロールして回避し、ミサイルを放つ。
 放たれたミサイルは全て顔面に命中する。黒い外部装甲に覆われた顔面はそれで損壊することこそないものの、噴煙により、視界は塞がれたはずだ。
「これでも、持っていけ!!」
 ハイマニューバパックの37mm粒子砲に〝粒子〟が蓄積されていく。
 しかし、引き金は引かない。
 どんどん貯まる〝粒子〟エネルギーに粒子砲が悲鳴を上げる。
 ココがロボットの側に上面を晒し接近し、直後、ハイマニューバパックを分離パージした。
 励起した〝粒子〟が空間飽和量を超えて蓄積していたハイマニューバパックがロボットのそばまで接近し、ついに臨界を迎えて炸裂した。
 碧の膨大な光が溢れる。
「任務、完了」
 ボロボロになって空間を漂うロボットを確認し、ココは帰還のルートにつく。

 

◆ ◆ ◆

 

 地球人類が宇宙にその活路を求め、かつて人類同士がそうしたように、宇宙知性体同士で争い、果てに宇宙進出にあたって人類がそうなれたように、宇宙知性体同士が共同の宇宙政府を持つようになって二百幾年が経った新宇宙暦の時代。
 それでも多数派と異なる性質を持った知性体、まだ宇宙に至れない一惑星のみに文明を築く発展途上知性体、単純に絶対数の少ない少数の知性体。そういった者たちは、多数派の知性体に対して不利な状態にあるのが、依然現実であった。

 

 このやむを得ない不正義が蔓延する状況に、武力を以ってでも権利擁護を行おうと立ち上がった集団がいる。
 アドボカシーボランティアーズだ。


 あまりに過激なその活動は一度は人々から目を背けられる事もあり、一部の人間はアドボラとして分裂し、より穏健な活動に移行したが、
 それらを生ぬるいと批判し、従来の活動を続けるために再宣言されたのがネオ・アドボカシーボランティアーズである。
 弱者のために命を恐れず強者に立ち向かい、仲間の死を乗り越えてでも弱者を救う。
 この物語の主人公の片割れ、手塚ココの所属する正義の軍隊である。

 

 To be continue...

 


 

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