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行開け

星が綺麗でも、素敵でしょう?

 

 惑星アカシアでは、毎年歳末の七巡を「ウィンターホリデー」と称して、深夜帯まで盛り上がる一種の行事のようなものになっている。
 とある童話で「ウィンターホリデーの一巡目と二巡目を大切な人と過ごすと、その人とその後もより幸せに過ごせる」というフレーズが語られている。
 人々は自然と、ウィンターホリデーの一巡目と二巡目に、家族や恋人と過ごす習慣ができていた。

 

 ざわざわと教室が賑やぐ昼休み。給食も食べ終わり、生徒たちは思い思いの時間を過ごし始めていた。
 そんなとある中学校の二年三組では、仲睦まじい様子の男女が、手を取り合って教室から出ていくところだった。平凡な雰囲気だが、薄紫の目がなんだか印象に残る男子生徒と一目見ただけで「とびきりの美人」とわかる女子生徒。二人は見ているだけでその親密さが伝わってくる。男子が話しかけ、女子に何やら教えると、女子は繋いでいるのとは逆の手で口元を押さえ、朗らかに笑う。笑いながらさりげなく腕を引き寄せてくっついている。友達という距離感ではなかった。
 ふと二人の目が合うと、どちらからともなく顔を寄せ合って、唇と唇を軽く重ねる。ひゃあっと教室のどこかから悲鳴が上がったが、大抵の生徒はなんだか慣れた様子でおませな二人を受け入れている。
 中学二年、彼苑かれその度流わたる荒崎あらざき優音ゆねは小学生の頃からずっと仲良しなほぼ地域公認レベルのカップルである。未成年なのでキスから先のことはさすがにしないが、その仲睦まじさを知らない者がいるとしたら、そいつはもぐりだ、と茶化される程度には浸透している。
 二人共、中学生になり、小学生の頃は背伸び気味に見えた関係も、心身共に成長したことにより、等身大に近づきつつある。これは二人を取り囲む同級生たちの情緒も成長していることが関係するだろう。「マセガキめ」と言われていた二人だが、中学生になって、特に優音の方が大人びてきたことにより、人々が素直に祝福するカップルとなりつつあった。
 そんな二人が、昼休み、教室を抜け出してどこに行くのかというと、文献保存室である。これは歳末が近づいてくると起こる恒例行事のようなもので、二人がウィンターホリデーにデートに行く約束をし、デートプランを立てる密談なのだ、ということを大抵の人間が察していた。何せ、同級生の大半は小学校からの繰り上がりで、もう八年もの付き合いになる。
 それを把握していないのは、中学からの付き合いの者くらいだろう。
 二年三組の眼鏡をかけた絵に描いたような冴えない女子が口元をノートで隠し、ぼそぼそと呟く。
「待ってこれ黙って見送っちゃったけど、サボり魔の天辻あまつじくん文献保存室にいるのでは!?!?
 天辻、とは、度流や優音とは別の意味で目立っている二年三組の一員だ。天辻日翔あきと。眼鏡女子が呟いた通り、学校に来はするものの、授業をサボタージュすることで有名な生徒である。不良生徒と言われてしまえば、返す言葉がないが、カツアゲをしたり、喧嘩沙汰を起こしたりするわけではないので、問題児と呼ぶに呼びきれない、教師がやや扱いに困る生徒である。
 眼鏡女子の呟きに、何人かの生徒が食いついた。
桜庭さくらば、それ本当か!?!?
「え、ハイ」
「とうとう!」
「てあえてあえー!!!!
「修羅場じゃ修羅場じゃー!!!!
 教室がどっと盛り上がる。なんだかんだ、クラスの有名人たちの話題に群がるあたり、二年三組一同も俗っぽいのだ。
 発端になる発言をした桜庭という少女を置き去りに、クラスの話題は度流、優音、日翔の三人による修羅場妄想へと膨らんでいく。
「男が二人いて、女が一人しかいなかったら、起こることは一つ! 修羅場じゃ!!!!
「彼苑と荒崎カップルも今日までか!?!?
「実況の桜庭さん、どうぞ」
「えっあっえっわた、わたしですか!?!?
「桜庭は一人しかおらんだろ」
「それはそうですけど……え、ええと、わたしはわたゆね推しです、とだけ……」
「? わたゆねって何?」
「っあーーーーーーーっ!!!! 忘れて! 忘れてください!!!! 荒崎さんに殺される!!!!
「何があったんだよ……」
 賑やかな二年三組。実況にされた桜庭は眼鏡を取って顔を机に伏し「南無」やら「ハラキヨ」といったあらゆるまじない言葉を唱え始めた。
 そんな桜庭の様子に「これもう使い物にならねえわ」と判断した一人が、話題を女子に振る。
「これが女二人で男が彼苑一人だったら……」
「荒崎さんの圧勝だね」
「荒崎が負ける理由ないよ」
「そんなことするくらいなら裸足で逃げるわ」
「逆立ちしてくるくる回りながらわんわん言わされてもいいからVS荒崎優音だけはやめてくださいお願いします……」
「まじで荒崎、情報が出るたびにおかしな強さになっていくじゃん……」
 女子たちの息の合い方にドン引きする男子たち。
 だがまあ、納得はできる。荒崎優音に勝てる女子など存在しないだろう。優音は勉強でも当たり前に学年トップを走り、一般普及している電脳、GNSについての研究を行うという小難しくて避けられ気味な「電脳科学部」に所属し、論文を書いて表彰されることもある才女だ。
 そして何より美人である。彼氏持ちとわかっていても、優音に恋心を抱く男子は跡を絶たない。中学になり、情緒も育ち、優音の端麗さに磨きがかかったとなれば、度流ほどのマセガキでないにせよ、優音に心の一つや二つ奪われること請け合いである。女子たちには「よく負け戦とわかってて挑めるねー」と揶揄されるが、男には、負けるとわかっていても勝負をしなければならないときがあるのだ。当然、度流に勝てた男子は0である。
「あー……でもなあ……」
 男子の一人が遠い目をする。その呟きにクラスのほぼ全員の目が向いた。
 顎のところにニキビのある男子は苦々しい面持ちで、それを不思議に思った中心の男子が問いかけた。
「どうしたんだよ、崎山さきやま?」
「んやー、ね? みんな荒崎ばっかり強いみたいに言うけどさあ……彼苑、あいつ、荒崎のことに関してだけは絶対的に強気だぜ?」
 ニキビを弄りながら、崎山が答えると、場がしん、となった。それから沸き起こるのは爆笑である。
「強気な彼苑とか想像できねえ!」
「蚊も殺せなさそうな彼苑くんが?」
 男子も女子も腹を抱えて大笑いである。それくらい、彼苑度流という人物に対する認識は「気弱な人間」というものに偏っていた。
 というのも、度流は他人の意見に流されやすく、他人の意見を全肯定する傾向があるのだ。自分の意見を持っていないわけではないが、他人の意見に「そういう考え方もあるんだ。僕じゃ絶対思いつかなかったよ。みんなすごいなあ」みたいなことをけろっと言って「じゃあその前提で話し合おうよ」と自分の意見をあっさり鞍替えするのである。少数派にいるのが嫌だとかそういう主義はなく、純粋に多数派に引っ張られる、よくいる人間だった。
 度流は人の意見を受け入れやすく、信じ込みやすい。そのため、毎年四環の一巡目エイプリルフールには、「彼苑度流に面白い教えを授けたやつが勝ちゲーム」などという面白おかしい催しがある。小学五年のときに優音にバレて何人かが締められたが、ある程度の倫理に基づいたルールの付与により、相も変わらず、毎年開催されている。
 言ってしまえば、度流に嘘を教えるゲームなのだが、これが面白いほどに引っかかるので、優音は優音で面白いと感じたらしい。優音にバレて以来、なんだかんだで優音が毎年優勝している。
 そんなわけで、誰かを疑うとか、誰かの意見に歯向かうといった姿が、度流のものとして想像できないのだ。笑うのも無理はなかった。
 だが、ごくごく一部の者は知っていた。度流は優音のことになると、普段からは想像もできないほどに頑固になると。優音に告白した経験のある猛者は、そのほとんどが度流と対峙するより先に優音に口先三寸であしらわれてしまうので、本当に限られた者しか知らないのだ。
「それに、天辻、荒崎に興味なさそうじゃん」
「そうそう、年度始めは必ず席隣になるのに、ほの字もないよねー」
 それも一つ、修羅場が起こらない理由としてあった。
 天辻、と荒崎、のため、五十音順で席決めされる年度始めは日翔と優音は必ず隣同士になる。男子なら食いつかない者はいないだろうと言われるくらいに顔だけで飯が何杯でもいける優音なのだが、日翔は興味なさげに、いつもしらーっとしているのだ。
 そのため、日翔には同性愛者説やブス専だのといったかなり不名誉な噂が立ったものだが、「同性愛はともかくブス専だったらわたしに来ません!?!?」という桜庭の破壊力のある説得に全員が納得してしまった。
 世の中、小学生でも愛だの恋だのを語るマセガキは大量にいるのに、日翔にはその気がない。誰もが振り向くような美少女の優音にすら食指が動いていない様子は、まあまああらぬ誤解を招いても仕方ないと言えるのかもしれなかった。
 日翔は中学からの合併組だが、優音レベルの美人に微塵も動じる様子がないのは若干男子の反感を買っていたりした。
 ただ、一年のとき同じクラスだった者たちは日翔の性格というか、性質を理解していた。親がアンチ御神楽思想で、日翔はその親の思想を信じきっているのだ。だから、御神楽の恩恵を受けながら生きている多くの生徒たちと馴染めないし、日翔自身、馴染もうとしない。
 というところまで思い至った一人の女子生徒が呟く。
「待って、荒崎さんは置いておいて、天辻くんと彼苑くんで修羅場っちゃ修羅場は起きるくない?」
「あ」
 一同があんぐりと間抜けに口開けて黙った。
 何故忘れていたのだろう、というくらいの恒例行事である。天辻日翔VS彼苑度流。日翔がアンチ御神楽なのもそうだが、度流は度流で少し大袈裟では、となるほど御神楽を盲信している。そんな二人が衝突するのは火を見るより明らかで、殴り合いにはならないものの、かなりの口パンチが飛び交うのを他のクラスの生徒でさえ、把握している。
 それはそれで修羅場なのだが、間にいる優音はにこにこ笑って、仲裁もせず、ほどよいところで「喧嘩するほど仲がいいのね」と一言告げ、「仲良くない!!!!」と日翔と度流の声が揃うところまでがワンセットだった。
 それが文献保存室で起こるとなると、司書の先生に出禁にされないだろうか、と誰かの胸に不安が灯った頃、がらがらと教室の扉が開いた。
 自然と全員の目線が扉を向く。入ってきたのは、学ランの襟をちゃんと締めていない日翔だ。その表情はなんだか胃もたれをしているような「うへぇ」とでも言いたげな顔だ。
 親の影響で思想に偏りがあるだけで、日翔はこのように感情を素直に出す、裏表のない性格をしている。その辺りの誤解が解ければ、クラスメイトたちも日翔のことを受け入れられていた。ちょっとやそっとの妬み僻みはあれど、そよ風のようなものだ。
 クラスの中心で盛り上がっていた男子が、天辻、と気軽に声をかける。日翔は気怠げに反応したが、ちょいちょいと手招きをされて、ひょいひょいと人の波を縫って中央に入っていく。
 男子が切り出した。
「文献保存室でサボってたんだろ? 今しがた、彼苑と荒崎が行ったけど、何もなかったか?」
 半ば解答はわかっているだろうに、わざわざ聞いてくる男子に、日翔が溜め息交じりにだれた声を出す。「聞いてくれよ~」と項垂れる日翔の姿は、たった一年と言えど、クラスメイトにある程度心を許した様子が伺えた。
「確かに、彼苑と荒崎には会った。会ったけどさあ、あいつら、俺がいることなんて、アウトオブ眼中でさぁ~……ウィンターホリデーのデートプランの話始めるんだぜ? 甘ったるくて、いらんねえよ。……あれ、毎年やってんの? まじでよく続くよな……」
 そんな日翔のぼやきを拾って、期待していた修羅場ではなかったものの、教室中の空気が変わる。
 日翔の口振りからすると、日翔は度流と優音のウィンターホリデーデートのプランのほとんどを聞いてしまったらしい。小学校入学前から砂糖吐きレベルの甘々カップルである度流と優音の毎年糖度の上がるウィンターホリデーデートだ。それは聞いているだけで、胃もたれもするというものであろう。日翔の心情を思い、南無三、と思いつつも、彼らは中学二年生。抑えきれない好奇心を秘めている。
 彼らは間髪入れず、日翔に迫った。
kwsk詳しく!!!!

 

 昼休みの文献保存室はしん、としていた。文献保存室は紙の本を保存している部屋だ。紙の本は存在するが、かさばるそれより、外部端末CCTやネットワーク検索で出てくるような電子書籍やWEB小説の方が主流で、紙に拘るのは一部のマニアのみとされていた。
 そのため、現在の図書室とは、実際に目録を見ながら、電子書籍をCCTや電脳GNSにダウンロード出来る部屋の事で、紙の本を保管するのは文献保存室と呼ばれていた。
 度流と優音はどちらかというと、そういった一部のマニアマイノリティの部類である。二人共、世の中の九割は導入している電脳を入れていない数少ない人間だ。GNSを入れていないとなると、検索でWEB小説を読むのも比較的難しい。その上、度流が極度のネット音痴であり、中学二年生、電脳社会の世の中で基本中の基本とされるネットリテラシーすらよくわかっていない人間だった。
 そのことに周りは頭を抱えることが多々あるのだが、度流の恋人でいつも隣にいる優音は「それも度流くんの個性だよ」と言い、紙本を一緒に読むのだった。そんな彼女が、裏では「彼苑度流全肯定bot」と呼ばれていることを度流は知らない。
 それはそれとして、今時紙の本を扱う人間は少ないため、文献保存室は基本的に司書を除くと人がいない。なので、日翔のようにこっそりサボりたい人間がサボりに来たり、この二人のように静かな場所でコミュニケーションを取りたい人間がコミュニケーションを取りに来たり、といった目的でも使われている。
 大声で話すのは禁じられているが、穏やかにコミュニケーションを取る場としては最適な場所だ。
「度流くん、今年もこの時期がやってきたね」
「うんうん、デートはいつもしてるけど、やっぱりこの時期のは特別だよね」
 ふふふ、と二人は微笑み合い、あっという間に二人だけの世界になる。第三者が見ていたら、二人の周囲に花畑でも見えていたかもしれない。
 席に就いて尚、二人は腕を組んだまま、ほとんどゼロ距離で会話を続けた。
「毎年恒例といえば、プレゼント交換はどうする?」
「……まさか、去年の約束忘れた?」
 優音の問いに、度流が問いを返す。窺うように上目遣いで優音を見上げて、薄紫の目が丸く優音の姿を映す。その中の優音は「まさか」と微笑んだ。
「度流くんとの約束だよ。忘れるわけないでしょう? でも、そういうってことは」
「うん、準備できてる」
「やった!」
 優音が無邪気に喜ぶ。この姿を他の者たちが見たら、きっと驚くだろう。優音が夢の叶った子どものように笑う姿なんて、見たことがないはずだ。実際、優音は度流の前でしかこんなに無邪気で無防備な姿を見せない。
 喜ぶのもほどほどに、度流は文献保存室の蔵書の中から地図帳を持ってくる。それを見て優音はふふっと笑った。
「地図なら、CCTを使えばいいのに」
「むう、僕が機械弱いって知ってるでしょ」
 優音の隣でむくれながら地図帳を広げる度流。優音はその頬を「可愛い」とつついた。
 優音が笑えば、度流も釣られたように笑う。二人の世界は繋がっていた。
「それならまず、待ち合わせの場所の確認だね。いつものところは……ここ、中央商店街前」
「うーん、でも、今年は中央商店街は、混むと思うんだよね」
「どうして?」
「角のぬいぐるみ屋さんで、ショーウィンドウのぬいぐるみが変わるのがウィンターホリデーの初巡なの」
「あ、冬の模様替えうさぎさん! 今年はまだだったんだ。毎年人気だもんね」
「そうそう。混むっていうか、親子連れが多くなるかな?」
 中央商店街の冬の模様替えうさぎは子どもに評判の定番行事だ。大きなうさぎのぬいぐるみが、その年に作られた新しい衣装を着て、ショーウィンドウを飾るのである。
 混んでも、度流と優音は二人でいられれば充分なのだが、せっかくの特別なデートだ。雰囲気を大切にしたいので、親子連れが多く、子どもが走り回り、事故が起きそうな中で待ち合わせるのは気が進まない。
 じゃあ、と度流が一つ隣の広場を指差す。
助竹すけちく公園はどうかな」
「うん、いいかも! あそこはカップルの待ち合わせ多いっていうし」
 優音が期待にきらきらと目を輝かせ、度流がCCTのメモ機能に助竹公園と書き込む。
「となると、待ち合わせ場所が違うから、いつもとは違うデートコースを考えないとね。まずはお昼どうしようか」
「助竹公園の近くだと……あ、カメダ珈琲店があるね」
「ん、優音ちゃんが行きたいって言ってたところだよね。亀の置物や亀モチーフの小物がいっぱいあるところだっけ?」
「覚えててくれたんだ!」
 度流の口から正確な情報が出てきたことに、優音は感涙せんばかりに喜んだ。本当に度流にしか見せない表情をする。
 それくらい互いのことを大事にしている恋人同士ということなのだが、優音からの度流への感情の傾き方が少々おかしいかもしれない。
「カメダではミドリガメも飼ってるんだよ。みんなカメダに行ったら亀と触れ合いもできるんだって」
「それはすごいね。優音ちゃん亀好きなんだ」
「度流くんの方が好きだよ」
「ありがとう。僕も優音ちゃんが好きだよ。んー……大好き」
「あ、度流くんずるい! 私だって大好きなのに!」
「ふふふ」
 甘い、幸せの濃度の高い空間で、二人は身を寄せ合って、デートプランを話した。

 

 ――という時点で、日翔はわりと吐きそうになっていたが、よそでやれ、というには、文献保存室は静謐だったし、二人の会話に水を射せなかった。
「で、そこからさ――」
「待て待て、その先も聞いたのか!?!?
「出ていくのも憚られたんだよ!!!!
「天辻、お前、意外と気遣いしいだな」
「意外は余計だ!」
 そんな軽口を叩きつつ、日翔の口から、愚痴のように垂れ流されていく二人のデートプランの情報。「ように」という形容は正しくない。紛れもなく愚痴である。
 クラスメイトはデートプランのほぼ全部を黙って聞いてきた天辻日翔という猛者に脱帽するしかなかった。だって度流と優音と言ったら、二人きりだと思い込んでいるのをいいことに、見たこともないくらい互いに甘え散らかしているのである。「たぶんキスしてた。見なかったけど」と日翔が発言したのが、話を通して五回くらいあった。誰もいないとはいえ学校ぞ!?!? と一同は思ったが、それから思い出す。度流と優音は人前でキスすることに一切の抵抗がないバカップルであった。むしろ、他者への牽制のために白昼堂々熱い口づけを見せつけてくるレベルである。
 ちなみに、見せつけのほとんどは優音からであるが、ごくごく稀に度流から優音に、というパターンがある。優音が押し気味なことが多い印象のあるカップルなので、度流優位になったときは「明日はバギーラレインが降るかもしれない」と周囲を震撼させるのであった。
 日翔の話によると、助竹公園集合、カメダ珈琲店で軽食、それから近くのショッピングモールでぶらぶら歩いて、カラオケで二時間ほど歌うらしい。二時間って短めだな、という意見が出たが、助竹公園近くのカラオケボックスだと、カップル割や少人数料金がお得なのは二時間までらしい。度流と優音は脳に脳ミソがないのではと疑わしくなるカップルであるが、きちんと資金管理については考えているらしかった。
 三日目夜日に差し掛かる頃には、中央商店街の方へ来て、イルミネーションデートをするとか。中央商店街はウィンターホリデーになると電飾がされ、商店街一体となって、毎年カラフルなイルミネーションが施される。それはSNSでも話題になるくらいのもので、毎年カップルが「エモいウィンターホリデー」とタグをつけて投稿し、話題になる。どうやら、度流と優音もそれが目的のようだった。
 二日目から三日目にかけて深夜出歩くことになるが、優音の両親も了承しているので問題ないらしい。
「あれ? でも……」
「ん、桜庭、どうした?」
 何かを口にしかけた桜庭に日翔が声をかけるが、桜庭はいえ、なんでもないです、と首を横に振った。
 大したことではないだろう、とクラスメイトたちも気にした様子はなく、日翔に話の続きを促す。
 夕食はファストフードを持ち帰りするらしく、遅くならないうちに家に帰るらしい。恋人同士なら、ウィンターホリデーくらいもっとはっちゃけてもよさそうだが、彼らは恋人同士である以前に未成年の学生である。あまり遅くまで出歩いていたら、ウィンターホリデーとはいえ補導されかねないし、家族にも心配をかけるだろう。……それに、帰るとはいえ、度流と優音の家は隣同士であり、結局、帰るまでがデートなわけである。
「で、買った夕飯食べて、プレゼント交換して、帰るんだと」
「プレゼントは何?」
「知らね。なんか、お互い当日のお楽しみなんだと」
 よくやるよなあ、と苦い顔をする日翔にクラスメイトたちが更なる甘々エピソードを披露していく。
「荒崎が冬になるとつける赤いマフラーあるだろ。あれ、彼苑が小学三年生くらいのときに渡したウィンターホリデーのプレゼントだぞ」
「荒崎さん、毎年彼苑くんに手編みのセーター贈ってるらしいね」
「あれはウィンターホリデーじゃなくて衣替えの時期だろ?」
「毎年サイズぴったりなんだって彼苑くん言ってたよ。採寸したわけでもないのに優音ちゃんすごいよねーって」
「恐ろしいエピソードだな!?!?
 というように、度流と優音のラブラブエピソードは尽きることはない。が、昼休みとは、限られた時間である。
 そこで、中心にいた男子がぐっと拳を掲げる。
「というわけで、有志の者たちよ! 今こそ立ち上がるときだ!!!! ウィンターホリデーのイチャイチャカップル許すまじ!!!! デート妨害チームをここに立ち上げる!!!!
 おおーっと歓声が上がる中、日翔がしらーっとして言った。
「いや、恋人の逢瀬に水射すのは野暮ってもんだろ」
「馬の脚に蹴られて死ぬのに日和ってるやついる? いねえよなぁ!?!?
 おおーっと再び声が上がる。が、先程より人数が少ない。
 日和ってるやついるじゃねえか、と思いながら、サボりに出ようとした日翔の腕ががっしり掴まれる。
「何すんだよ、志賀しが!」
「この作戦、彼苑と荒崎の動向を把握している天辻の協力が必須だ。参加してもらうぞ」
「なんでだよ!!!!
 中心となっていた男子――志賀が日翔の腕をがっしり掴んでいた。ぶんぶんと振って振りほどこうとしたが、志賀の力は思うより強い。桜庭が「南無……」と日翔に憐憫の目を向ける中、有志の十人ほどが、志賀を中心に話し合いを始めた。
 ――意外と僻まれてるんだな、あいつら、と日翔は遠い目をした。

 

 ウィンターホリデー当日。助竹公園では待ち合わせ時刻一時間前の時点で、寒空の下、度流は優音を待っていた。デート時に男が女を待たせてはいけない、なんて俗説を度流は健気に信じている。まあ、優音はそれより三時間前から公園の草むらで待っているのだが。
「度流くん、お待たせ!」
「優音ちゃん早いね。今来たところだよ」
 そんな定番の会話を当たり前のように交わせるのがこの二人だった。
 だが、そこへ。
「あーーーーーーー!!!! 荒崎さんだあ!」
「おーーーーーーー!!!! 彼苑、偶然!!!!
「きゃあ!?!?
「ふえ?」
 だだだだだ、と雪崩れ込んでくる人の波。どの人物も制服じゃないだけで見たことのある顔だった。優音と度流の間を割り、女子は優音に、男子は度流に巻きついて、見事に二人を引き離した。
「ちょ、ちょっとなんですか? 私は今、度流くんと」
「わーーーーーー、優音ちゃん、近くで見ると本当かわいい!!!!
「ウィンターホリデーだからちょっとメイクしてる? リップの色いいね!」
「ほええ、前から髪型凝ってるなあって思ったけど、近くで見ると、こんなに細かく編み込んでるんですね!」
 女子たちは優音に言葉を紡がせないように、マシンガンのように、口々にきらきらとした言葉を唱える。声を呑み込まれて、さすがの優音も閉口する。優音は視線だけをさまよわせ、度流を探す。
 度流は優音以外の人間に囲まれて、目を白黒とさせていた。
「かーれっそのっ! おうおうどうした? 迷子にでもなったか?」
「なってないよ。みんな、どうしたの?」
「どうしたって、ウィンターホリデーに友達ダチと遊ぶのに理由がいるかよ!」
 普段、優音以外との付き合いのない度流は友達という言に疑問符を浮かべたが、すぐにまあそうか、と納得する。
 小学校の頃から同じクラスの子は「友達」と呼んでいた。先生が「お友達の名前を覚えましょうね」なんて言っていたのがきっかけだろうか。そう、だから、同級生は喋ったことがなくても「友達」だ、と度流は納得した。
「でも、それなら優音ちゃんも一緒に……」
「いいじゃんか。荒崎は荒崎で女子に囲まれてるしよ。ほらほら、女子同士でしか話せねえこともあるんじゃねえの?」
「そういうものなの?」
「そういうもんだよ! それでもって、男には男同士でしか話せないこともあるしな」
「え、そうかな……」
 僕は優音ちゃんとなんでも話すけどな、という度流の呟きはわいわい騒ぐ男子たちの声に呑み込まれる。
「いつも優音ちゃん優音ちゃんばっかでよー、水臭いじゃねえか。たまには俺たちとも話そうぜ」
「どこ行く? 近くにはハンバーガー店あるけど」
「はあ!?!? 何言ってんだ、こんだけ人集まってんだから、カラオケ一択だろ」
 勝手に話が進んでいく。度流は優音の姿が見えなくて、諦めてCCTのメッセージアプリから、優音にメッセージを送る。
 優音はCCTに通知が入ったのに気づく。女子にもみくちゃにされながら、端末を覗くと、度流の名前が見えた。それだけで優音の表情が緩んでしまう。が、メッセージの内容を見て、すぐ表情を引き締める。
『ごめん、優音ちゃん。抜けられそうにないや。抜けられたら、約束の場所で。何かあったら連絡して。優音ちゃんのためならどこにでも駆けつけるから』
「度流くん……」
 誠実な度流らしかった。優音は度流にこんな気を遣わせたことを悔しく思う。
『必ず合流しようね』
 そうとだけ打ち込み、送信した。
 普段の度流なら、優音のメッセージには一分以内に既読をつけ、返信をする。が、待てど暮らせど返信はおろか、既読すらつかない。優音は女子たちの話を半分に、CCT画面の時計表示が、一分、二分、三分と進むのを眺めた。一向に既読すらつかない。
 今日はデートで、先程のやりとりからして、度流は優音からの通知に殊更注意を払っているはずである。そうでなくとも、いつも一分以内に既読と返信をつける彼が、三分も未読放置するだろうか。いや、考えられない。
 だとすると、答えは一つ。度流に通知が届いていない
 こいつら、と優音はゆらりと顔を上げた。
 優音ではなく、度流の方に、電波妨害装置を置いている。絶対にわざとだ。
「荒崎さん、カメダ珈琲店行ったことあります? あそこの季節のケーキ、美味しいって評判なんですよ!」
「カメダいいなぁ! 行きましょうよ、荒崎さん!!!!
「もちろん個別会計しますから!」
「あ、え、あ」
 戸惑う優音の背中を押したり、手を引いたりと、女子たちはあっという間に優音を連れ去っていった。
「女子ってすげえな」
「あれ、天辻くんもいるんだ?」
 度流が驚いたように声をかける。日翔はあぁん? とガンを飛ばす。
「いちゃ悪いかよ?」
「そんなことないよ! ただ、僕たち普段から『友達じゃない』って喧嘩ばっかりしてるから、天辻くんの友達カウントに僕が入ってるの面白いなあって」
「面白いってなんだよ。嬉しいとかじゃねえのかよ……まあ、友達ではないけどさ」
「やっぱり?」
「やっぱりじゃねえよ、こいつ……! でも、まあ、付き合いってやつ?」
「付き合い……ああ、友達付き合いってこと?」
「お前の友達のボーダーライン低くね?」
「いいじゃん。クラスメイトは友達だよ。先生が言ってた」
「それ、御神楽の洗脳じゃね? 勝手にやってろ」
 相変わらずな会話をしながら、日翔と度流は並んで歩く。それを男子の一人が茶化した。
「やっぱ、天辻と彼苑は仲いいな!」
「仲良くない」
 度流と日翔の声がぴったりと重なり、ラブラブ~、と男子が茶化したため、日翔から鉄拳制裁が下る。ちなみに度流はそれをいつものにこにこ顔でただ眺めていた。後に語られる。このときは日翔より度流の方が怖かった、と。
 そんな戯れ言はさておき、男子一同はカラオケボックスに向かう。六人で一部屋となり、まあまあぎゅうぎゅうであるが、それなりに盛り上がっていた。
「彼苑もなんか歌えよ」
「ってか天辻も歌ってねえじゃん! そういえばお前ら、どんなん歌うん?」
「歌わねえよ」
「歌わないかな」
「お前らカラオケに何しに来たんだよ……」
「ドリンクバー飲みに来た。あとポテトも食えんだろ」
「タダじゃねえし、ファストフード店より高いからな!?!?
「奢れよ」
「ふてぶてしい!!!!
 言わないが、日翔はじろりと男子を睨む。その真意は「ついてきてやってるんだぞ」というものだ。
 日翔だけは、度流と優音のデート妨害ゲームというこの悪趣味な企画に賛同していない。にも拘らず、参加しているのは、日翔がデートコースを把握しているからだ。それに、クラスメイトたち曰く、日翔がいた方が優音視点からの不自然さが和らぐとのこと。
 そのため、日翔は強制参加となった。不服なのでふてぶてしくもなるというもの。日翔には馬の脚に蹴られる趣味はないのだ。
「で、彼苑は……タンバリン?」
「うん、マラカスもあるよ」
「歌わないの?」
「僕、レパートリーが優音ちゃんとのデュエットソングか洋楽しかないから」
「ふぁっ!?!?
 度流が優音とのデュエットソングをレパートリーに持っているのは想定内のことだったが、洋楽は少し斜め上に飛んでいて、一同が驚く。日翔だけがつまらなさそうにメロンソーダを飲んでいた。
「なんで洋楽!?!?
「ファミレスとかで流れてる曲、好きで覚えたんだよね」
 さすが芸術家気質の天才肌。何を言っているのかさっぱりだ。と、度流の話に全員が夢中になっている間に、日翔が頼んだメニューが運ばれてくる。ポテトにオニオンリング、唐揚げとなかなかジャンキーで脂っこい。
「天辻ー! ポテトや唐揚げはともかく、オニオンリング高いんだぞ!?!?
おりおんりんふふへえはんオニオンリングうめえじゃん
「食いながら喋るな!!!!
「テーブルいっぱいなんだが!?!? 彼苑、タンバリンとマラカス返してこい」
「みんなもやらない? 打楽器楽しいよ?」
 マイペースオブマイペースの度流に、振り回すつもりが振り回される一同。混沌とした中、一曲目が流れ始める。
 ポップスが流れる中、度流はジャンルもさっぱりわからず、隣の日翔に話しかける。
「天辻くんはどうしてみんなと? 普段つるまないよね」
「ん? どうしてもって言われたんだよ。んで、仕方なく」
「本当に?」
「なんで疑うんだよ」
「疑ってないよ。ただ、なんとなくらしくないなっておも……ふご」
 会話を続けようとする度流の口に鷲掴みしたポテトを押し込み、自分はメロンソーダを飲みきって、立ち上がる。
「ドリンク持ってくるわ」
「あ、天辻、俺のもー!」
「自分で行け」
 ブーイングやふごふご何か言いたげな度流を置き去りに、日翔は部屋から出る。
 ドリンクバーコーナーへ行き、その片隅にあるごみ箱の前で、ポケットから何かを取り出す。それは小型の機械だった。それを握り潰し、ほい、とごみ箱に放る。
 それはデート妨害ゲームのために一同がディープウェブから入手した妨害電波発生装置であった。よくやるよな、と呆れながらごみ箱を見やり、ドリンクを汲まずにトイレへと向かう。
 妨害電波発生装置の存在はこの企画に参加する以上、日翔は知っていた。ただ小型でカラオケの個室一つ分しか妨害範囲のないものであるため、簡単に壊せるし、どうしても卓上に出しておかなければ、鞄などの布地でも電波が遮られるため、無意味になってしまう代物だ。他の連中は上手く隠したつもりのようだったが、日翔は注文が運ばれてきたどさくさに紛れて回収した。できれば度流に気づかれたくない、というのは、双方のリクエストである。
 ――つまり。
「あー、荒崎? 始末しといたから、もう彼苑には繋がるはずだぞ」
『ありがとう、天辻くん』
 日翔がCCTで通話を繋いだ向こうには、どうにか女子軍を抜け出したらしい優音の声。
「ま、俺はあんまり気が進まなかったからな」
『ふふ、協力してくれてありがとう』
「もう勘弁だ……隠し事と嘘は無理だって……」
 くたびれた様子の日翔は、優音に事前にこのデート妨害計画のことを伝えていた。その結果、優音により、計画に紛れて度流と優音の側を支援する密偵となったのだ。
 ただ、日翔は嘘が吐けない。嘘吐きは彼の大嫌いな御神楽と同じになるから、というのが日翔の主張である。
 その主張すら、優音は利用してみせた。
『嘘は吐いてないでしょう? 元々あちら側が先に天辻くんを利用して巻き込んだのは本当のこと。天辻くんが乗り気じゃないのも本当。それなら妨害ゲームを妨害しようと考えるのなんて、当然のこと。そこに私が協力をお願いしただけ。天辻くんは何も嘘は吐いていませんよ。まあ、誤魔化すのは得意じゃなさそうっていうのはわかりますけど』
「……妨害されてこっちの状況わかんなかったはずだよな?」
 まるで全て見ていたかのような優音の発言に、日翔はぞっとした。が、あまり深く聞かない方が身のためだ、と首を横に振る。
 この恐ろしい女を敵に回そうとしたクラスメイトたちの神経を疑う。妨害ゲームのことを教えたのは日翔だが、もしかしたら優音は妨害ゲームが発生することすら予期していたのではないだろうか。そう思えるくらい、日翔に応援を仰ぐまでの手際が見事だった。
 が、日翔が手を貸すのはここまでだ。
「そうそう、彼苑は彼苑で楽しそうにしてるから、しばらく普通にカラオケしてると思うぜ」
『そうですか。……憂鬱ですけど、あとは私がやらないと……』
 日翔と優音は、この趣味の悪い妨害ゲームを終わらせるために、二人で計画を練っていた。その計画の半分は日翔が持ちかけたものだ。
 これはこれで趣味の悪いものだが……
「荒崎」
『はい』
「背負い込みすぎんなよ」
 日翔が珍しく本気で憂鬱そうな優音にふとそう声をかける。
 向こうからは息苦しそうな苦笑いが聞こえた。それでも、優音は優音らしく紡ぐ。
『私は度流くん以外には口説かれませんよ』

 

 優音たちはカメダ珈琲店からファミレスに場所を移していた。
「あ、荒崎さん、おかえりー」
「はい、お待たせ致しました」
 カメダ珈琲店にいたときは、事前に知っていたとはいえ、度流と引き離されたことに思うところがあり、ぎこちなかった優音だが、周りに足並みを揃えて話すのは得意な方であるため、今は和やかに振る舞うことができている。
 カメダ珈琲店からファミレスに移ったのには理由があった。カメダに長期滞在が憚られた、というのと、ちょっと騒ぐことになるからだった。
「じゃあ、始めよっか、人狼ゲーム」
 せっかく人が集まったんだから、と大人数でできるゲームをしよう、ということになった。それで提案されたのが人狼ゲームである。
 もちろん、人狼ゲームが提案されたことに作為はある。優音がとある理由から、苦手とするゲームだからだ。そのように日翔から妨害ゲームのチームに伝えられている。
「はあ、人狼を引きたくありませんね」
「ねー。聞いたときはびっくりしたよ。荒崎さん滅茶苦茶頭がいいから、人狼ゲームは得意だと思ってた」
 優音がCCTを取り出して人狼ゲーム用のアプリを開く。女子達のGNSと短波通信でローカルネットワークを形成する。優音は女子たちの言葉を聞きながら、思惑通りであることに安心する。
 どうやら、優音が「不得意」という意味で人狼ゲームを苦手と言っていると勘違いされているようだ。女子たちが抱く印象の通り、優音は頭の回転が速く、人狼ゲームのようなゲームでこそその真価を発揮する謀略家気質なところはある。消して、不得手というわけではないのだ。
 画面に役職が表示される。優音は息を飲んだ。役職なしの村人だ。
 優音は憂鬱な気持ちで画面を伏せた。村人が優音は一番苦手だ。役職持ちを守るために有無を言わせず、吊られたり噛まれたりしなければならないから。

 

「人狼ゲームが苦手? 荒崎頭いいだろ」
 事前の情報交換のとき、日翔にも驚かれた。
「またなんでさ?」
「……から」
「あ?」
 優音は静かに、確かに答えた。
「人に死を強制されるのが、嫌だから」
「あー……」
 なんとなくわかるかも、と日翔は呟いた。
「結局多数決だもんな、あれ。世のことならまだしも、殺すやつ決めるのが多数決ってゲームだもんな。ゲームだとしても、胸糞悪いもんは悪いか。なるほど」
 概ね日翔の言う通りなので、優音は反論しなかった。

 

「メタなこと言うと、荒崎さん吊っておきたいよね」
 ひゅ、と優音は息を飲んだ。
 策士のイメージの強い優音は、脅威と感じられても無理はない。特に最初の話し合いなんてこじつけ合戦である。
「メタなことを真っ先に言うのはあまりに趣旨を無視していませんか? 話し合いをする気がない姿勢は怪しく見えますよ、梁瀬やなせさん」
「ほら、そういうところだってば!」
 ああ、と優音は嘆く。人の言葉尻を取って、鬼の首でも獲ったかのように饒舌になるタイプの人狼プレイヤー。プレイヤーとしてもそうだが、人として苦手な場合が多い。
「そうしてすぐ真っ当な反論を返せるところとか怖いじゃん」
「意見が真っ当なら何も問題はないんじゃないですか?」
「レスバ強くて怖いよ~」
「そんな理由で吊り候補に出されるのは不服なんですが。他に意見のある方は――」
「ほらぁ、そうやって盤面掌握しようとするー」
 溜め息を奥歯で噛み殺す。そうしないとやっていられない。梁瀬が人狼なのではないか、という思考ロックに陥りかけて、冷静になろうと目を瞑る。
「私も、吊るなら荒崎さんがいいな」
「理由を伺います」
「役職あるなら出るでしょう、ここまで言われているんだから」
 優音の中で反論が駆け巡っていく。それらを全部口にしたら、また真っ当すぎて怖いと言われるのだろうか。身の潔白を証明したいだけなのに。
 これだから、人狼は嫌なのである。人の嫌なところが見えた上で、自分がいい思いをすることは決してないから。
「脅威吊りをしている縄の余裕はありませんよ。私にあやをつけるのはかまいませんが、村の目的が狼を吊ることであることを理解してください、月宮つきみやさん」
「わざとらしいよ、荒崎」
「何がですか、前田まえださん」
「縄避けるのがだよ。村なら黙って吊られてよ」
「嫌です。私が狼じゃないのに無駄縄を使わせるのは村に利益がありません」
「生存意欲高いのは、怪しいかも……」
佐藤さとうさんまで……」
 誰も彼もが、寄ってたかって、優音を怪しいと言い、優音を殺そうとする。ゲームだから、殺意はない。
 誰も優音の意見に耳を傾けない。そのまま投票時間になる。票先が優音に揃うのは明白だった。
 それでも、度流がいれば、優音は平気だったのに、ここに度流はいない。
 せめてもの抵抗で梁瀬に入れたが、優音吊りとなった。
「……離席しますね」
「うん」
「じゃあ、夜のターン入ろうか」
 優音は吊られたから、離席しても、何も言われなかった。まるで、存在しなくてよかったみたいだ。
 言いたいことは山ほどある。けれど、それを飲み込もうとして……微かに嗚咽が零れる。
 泣いちゃ駄目、まだ。そう言い聞かせ、慣れた先に通話を開く。
『優音ちゃん?』
「っう……」
 ワンコールと待たずに、当たり前のように、度流が出てくれた。奇跡のように感じられる事実に、優音はもう、こらえきれなかった。
「わたる、くん……」
『……優音、泣いてる?』
 電話向こうの声色が変わる。優音はいつもなら微笑んで、大丈夫と言えるのに、本当に安心してしまって、涙が止まらなかった。
『優音、どこにいる?』
「近くのファミレス……」
『うん、今行くから待って』
「切らない、で」
『ん、わかった。待っててね、優音』
 優音に語りかける度流の声は優しい。優音は涙を雑に拭う。

 

 ――日翔の提案で、優音は泣いて、度流に助けを求めることにしていた。
「ウィンターホリデーのジンクスは知らねえけど……利用されたなら利用仕返してやるくらいが、荒崎らしくていいんじゃねえの?」
「どういうことですか?」
「どういうって、いつも荒崎がしてることだろ。ちゃぶ台返しかどんでん返しか知らんけど、なんか最後に全部ひっくり返して、それまでの全部が荒崎の手の上だった、みたいな?」
「まあ、度流くんとの大切な日を邪魔されるんだから、報復は考えますけど」
 迷いのない優音の言葉に、報復って、と日翔は顔をひきつらせた。
「まあでも、たまにはお姫様役でもやれよ」
「馬鹿にしてるんですか?」
「ちげえって! ……お前が彼苑を助けるんじゃなくて、たまには彼苑に助けてもらったら? って話」
 日翔が話したのは、妨害ゲーム中に、優音にちょっとした嫌がらせをしよう、という計画だった。なんとも浅はかで、杜撰なものだったが、そのために日翔に「優音の苦手なもの」を探らせているのだという。
 嘘も上手く吐けない日翔が、腹の探り合いなんて器用な真似ができるわけもなく、開き直って優音に計画を打ち明けたわけだ。元々、日翔は妨害ゲーム自体を趣味が悪いと思っていたから、おじゃんにできるなら、それが一番いい。
 ただ、ウィンターホリデーの一巡目と二巡目を大切な人と過ごすと……という言い伝えは、夢があっていい、と感じたのだ。少なくとも、それで度流と優音が幸せでいられるのなら、悪くないだろう。
「度流くんに、助けてもらう……? どうやって?」
「彼苑も男だろ。好きな女が泣いたりしたら、動くんじゃね?」
 まさか、と笑いそうになったけれど、優音は笑わなかった。優音の信じる度流は、きっと日翔の言う通り、優音の涙に黙っていたりしないだろう。
 それは見てみたかった。
「荒崎は嘘が得意だろ。嘘泣きでもいいから泣いて、あいつらをとっちめるきっかけを作ってしまえばいい。……まあ、荒崎からしたら、ちゃちな提案かもしれないけど、これを採用すんなら、苦手なこと教えてくれ。別なの考えるなら、あいつらには知らねえっていう」
「……あは。天辻くんって、面白いこと言うね」
 そうして、優音は、その提案に乗った。

 

 本当に、泣いてしまうはずではなかった。
 日翔の言っていた通り、嘘泣きで済ませるつもりだった。自分を助けてくれる度流は見たかったけれど、誰かに報復する度流というのを見るのが怖い気もしていたから。
 だから泣かないで、私は平気だよ、騙してごめんね、というつもりだった。それなのに、本当に涙が出てしまって、嘘だよ、と誤魔化すには、目が腫れぼったくなってしまっている。
「優音!!!!
 店の出入口で待っていると、走ってきたのだろう、度流の息は荒く、頬と鼻の頭が赤くなっていた。吐息は気温のせいで、白く、白く彼の姿を暈すけれど、優音は惑うことなく度流に抱きついた。
 いつもの穏やかな「優音ちゃん」ではなく、なりふりかまわない「優音」という呼び捨てが、たまらなく愛おしい。それだけ必死に、私を求めてくれた、と実感できたら、また優音の目には涙が込み上げてきて、声を殺して、度流の腕の中で泣いた。
「荒崎、大丈夫か?」
 どうやら日翔もついてきたようだ。どうして、と思って目を向けると、日翔は気まずそうに目を逸らし、彼苑が暴走したときの鎮め役、と端的に述べた。
 日翔が暴走を危惧するのもわかる。それくらい度流には怒気が滲んでおり、店内に踏みいった途端に、客のほとんどがびくん、と反応するほどだった。
 女子たちは度流と日翔の姿に動揺する。
「えっ、彼苑くん、どうして」
「男子たちとカラオケじゃ……」
「なんで天辻までいるん?」
 日翔は呆れたように肩を竦める。
「俺がこんな悪趣味な茶番に素直に付き合うかよ。わりぃけど、今回は彼苑と荒崎の肩を持つぜ」
「えーっ!?!? 協力してくれてると思ったら、内通者だったの!?!?
 佐藤の言葉に、日翔は不満そうに目をすがめた。
「元々お前らの内通者でもねえっての。ほら、あとは任せたぜ、王子様」
 日翔は少しシニカルに度流の背を押す。押されるまでもなく、泣いている優音を抱きしめたまま、度流はその淡い紫の目をぎん、と開いて、女子たちに迫る。
 尋常ならざる雰囲気の度流に、ひっと悲鳴を上げる女子もいた。
「梁瀬さん、月宮さん、前田さん、佐藤さん、稗田ひえたさん」
 優音を連れ出した女子五人の名前を顔を見ながら、度流は丁寧に呼ぶ。ただ名前を呼ばれただけなのに、五人は硬直する。それだけ、度流の雰囲気が普段の穏やかさから駆け離れていたからだ。
 なんでも笑顔で受け流す彼苑度流が、怒っている。それがこんなにも恐ろしくなるなど、想定していなかった。
 強気な月宮が抵抗する。
「な、何よ、涙なんて流しちゃって、荒崎さんったら大袈裟ね。彼氏の気を引きたかったの? どうせ嘘泣きでしょう?」
「月宮さん」
「ひっ」
 気がついたら、ハイライトのない度流の顔が眼前にあり、月宮は思わず身を引く。度流の声は淡々としていた。
「優音ちゃんが嘘泣き? 何を根拠にそういうんですか? というか、嘘泣きだろうと、僕にとっては関係ありません。優音ちゃんが涙を流した事実が全てです」
 度流の断言と迫力に気圧され、誰も何も言えなくなる。畳み掛けるように、度流は続けた。
「志賀くんたちも共謀だったので同罪です。優音ちゃんを泣かせた代償は支払ってもらいますから、楽しみにしていてくださいね。
 ――それと、あなたたちの顔、覚えましたから」
 そう宣告すると、度流は優音を介抱しながら、店を出ていった。
 しばらく呆然とする女子だったが、不意に恐ろしいことに気づいた。
 顔を覚えた、と言い、名前も判別できていた。それは普段の度流にはあり得ないことだ。度流は人の顔と名前を滅多なことでは覚えない。
 何か恐ろしい報復の予感が、彼女らの身を震わせた。

 

 波乱の一巡も三日目夜日の半ばを迎える。歳末ともなれば、夜が更けるのは早く、あっという間に街灯だけが道標となっていく。ぽつりぽつりと灯る街灯と家の灯りはどこか温もりを帯びていて、優しい色のように感じる。
 度流と優音は腕を組み、商店街を歩く。度流がきょろきょろと不思議そうにしていた。
 ここは当初のデートプラン通り、最後に訪れる予定にしていた中央商店街である。が、イルミネーションは施されていない。イルミネーションを見て、記念撮影をする予定だったのに。
「イルミネーション、もう少し遅い時間じゃないとやらないのかな」
 度流が呟くと、度流の腕にしがみついていた優音がぱっと手を放す。滑らかな白い手が、ポケットからCCT端末を取り出す。
「度流くん」
 何かのボタンを、優音の指がタップすると、ぱあ、と辺りが華やいでいく。技術の進歩により、アカシアでは薄れつつある「魔法」という言葉が度流の脳裏をよぎった。
 その鮮やかさは魔法のようだった。両手を広げて、宵闇の花畑を自慢するように微笑む優音の濃紫の髪は淑やかで、緑の瞳は星のように無垢な煌めきを宿し、これまで度流が見てきたどんな優音よりも、美しかった。
 まだ引かない目の腫れさえも、彼女の美麗さを引き立てる。度流は目を奪われ、とっくに奪われていた心も、再び奪われたような感覚さえした。
 度流は、そんな彼女の綺麗さを犯してしまわないように、一歩、また一歩、と少しずつ歩み寄った。
 ゆっくりと優音に手を伸ばして、その背に腕を回し、優音の体を引き寄せる。柔らかい抱擁。幸せが全てそこに詰まったような感覚に、脳がふわふわとして、優音のことがもっとずっと愛おしくなる。
 ぎゅう、と互いに抱きしめ合い、優音はぽすんと収まった度流の耳元で告げた。
「本当はね、中央商店街のイルミネーションはウィンターホリデーの三巡目からなの。だから私が、商店街の人にお願いして、サプライズで電飾を用意したんだ。……度流くんを、驚かせたくて」
「うん。ありがとう。とっても綺麗だよ」
 何が綺麗なのか、度流が敢えて言うことはない。代わりに、体を少し離して、優音と目と目を合わせる。
「優音、好きだよ」
 そう紡ぐと、度流は優音の頬に優しく手を添えて、唇をほんのりと重ねた。優音も安らいだ表情で、その唇を受け入れる。
 電飾と、星光が二人を見守る中、しっとりとした口づけを交わした二人は少し名残惜しそうに離れて、二人同時に、示し合わせたかのように、プレゼント交換をしようか、と提案した。
 ふふ、と優音がくすぐったそうに笑う。度流も照れ笑いを浮かべた。二人は自分の鞄から、それぞれ小さなケースを取り出す。中学二年生が持つには、少し高級感のある箱だ。
 度流が優音の前に跪いて、箱を開ける。その中にあったのは、シンプルなデザインの指輪だった。
「僕から、優音ちゃんへ。これからも、ずっと、一緒にいてほしい。まだ結婚はできないけど……去年約束した通り、指輪を用意したよ。受け取ってくれる?」
「もちろん」
 度流から差し伸べられた手に、優音は左手を委ねる。度流がケースから出した指輪をすっと優音の薬指に通す。
 優音はその指輪を胸元で、ぎゅっと愛おしげに抱きしめると、今度は度流に、指輪を差し出した。
「度流くんも、受け取ってくれる?」
「もちろん」
 度流の返答に迷いなんて微塵もなかった。
 二人の左手の薬指に、おそろいの指輪が通る。その手を重ね合わせて、二人は誓いのキスをする。
 病めるときも、健やかなるときも、二人が永遠であるように――そういう拙い誓いを交わして、二人のウィンターホリデーデートは紆余曲折はありはしたものの、穏やかに終わりを迎えた。
 今年もまた、かけがえのない思い出となり、おとぎ話のように、二人はウィンターホリデーを大切な人と過ごすことができた。それだけで満ち足りて、昼間のことなんか忘れたように、二人は笑い合う。
 やはり、この二人の仲を引き裂くことなんて、誰にもできないのだ。

 

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 冬休み明け。昇降口が賑わっていた。
 その扉には、手配書のようなテンプレートに、妨害ゲームを企画し、参加した日翔以外の九名の肖像が、貼り出されており、「彼らはウィンターホリデーに、女の子を泣かせました」と罪状が書かれていた。
 美術に秀でた度流ならではの晒し首報復に、該当者九人はしばらくの間、ネタにされたという。

 

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おまけ

 

 


 

この作品を読んだみなさんにお勧めの作品

 AWsの世界の物語は全て様々な分岐によって分かれた別世界か、全く同じ世界、つまり薄く繋がっています。
 もしAWsの世界に興味を持っていただけたなら、他の作品にも触れてみてください。そうすることでこの作品への理解もより深まるかもしれません。
 ここではこの作品を読んだあなたにお勧めの作品を紹介しておきます。
 この作品の更新を待つ間、読んでみるのも良いのではないでしょうか。

 

  虹の境界線を越えて
 本作に登場した「虹野 空」とは一体何者なのでしょうか。
 彼女を主人公とした作品が存在します。
 この作品を読むことでより本作への理解が深まる……かもしれません。

 

 そして、これ以外にもこの作品と繋がりを持つ作品はあります。
 是非あなたの手で、AWsの世界を旅してみてください。

 


 

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