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アサシン・チャイルド 第2章「微睡の中で見たもの」

 

 
 

 

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 暗殺者だった二人の父に育てられた少女・天辻あまつじ 雪啼せつなは、父の仇を討つため、暗殺者として活動していた。
 そんな雪啼と、その父役を務めるウィザード級ハッカー・水城みずき 鏡介きょうすけは、ついに一つの情報を得る。それは、山手やまのて組が密かに雪啼の両親の情報を集めていた、という事実だった。
 雪啼の両親は、暗殺者から足を洗う際、山手組の情報を渡すことで、山手組の一斉摘発を手伝った経緯がある。これはその報復なのだろうか?

 一時の微睡。
「辰弥ぁ、浮気かぁ!?」
「浮気じゃないよ。俺は日翔一筋だよ!」
 騒がしい声が階下から聞こえる。
 あぁ、これは夢だ。と雪啼は理解する。
「だったらなんで他の女と二人っきりで出掛けてんだよ!」
「日翔だって、よく風俗街に遊びにいってるじゃん」
 でも、夢だと分かっていても、一目会いたい。大事な大事な二人のパパに。
 ベッドから降りる。
 あぁ、歩幅がいつもより狭い。まだパパが生きていた頃の夢だから、自分もまだもっと小さいのだ、と雪啼は理解する。
「あれは遊びだからいいんだよ!」
「それ言ったら、こっちはあの人は常連さんだから相談に乗っただけだよ。仕事だよ、仕事」
 必死でヨタヨタと階段を駆け降りる。
 階段を降りるのも一苦労だ。今は六歳くらいだろうか?
 六歳。ちょうど、事件が起きた歳だ。今の自分の姿が、現在の自分の姿であったなら、燃え盛る店舗の中に飛び込んで、二人を助けられただろうか。
「パパ!」
 階段を降り終える。
 雪啼は必死で大声を出して、二人にアピールしながら、扉を開ける。
「おっ、雪啼!」
「雪啼、起きたんだ」
 二人がこちらを向く。久しぶりに二人の顔が見られる。
 だが、振り向いたその顔はのっぺらぼうのように、なんのパーツもついていなくて……。

 

「はっ!?」
 雪啼がベッドから飛び起きる。
「はぁ……はぁ……」
 びっしょりと汗をかいているのを感じる。
 視界に映る時計に視線を向けると、まだ時刻は起床予定時間より早い。
「シャワー浴びてこよ」
 雪啼は起き出して、シャワー室に入って、シャワーを浴びてスッキリする。
「起きたか。食事が出来てるぞ」
 シャワー室を出て体を拭き、制服を身に纏いながら、ダイニングに入ると、エプロンを身に纏った鏡介がフライパンを片手に雪啼を出迎える。
「今朝はエッグマフィン?」
「あぁ、マフィンが安かった」
「ふーん、プリントフードでいいのに」
 フードプリンターが普及したこの世界、自炊する人間はごく僅かな趣味人だけだ。
 けれど、鏡介は朝食だけは自分で作ることを信条としていた。その理由は。
「いや、朝食は全ての始まりだ。本物の食材を摂取するのが良い」
「まぁ、その信条は知ってるけど。ウィザード級ハッカーらしくない非科学的な発言だよね」
「なんだと、朝食が三食の中で一番重要であるというのは科学的に」
「でも、それをずっとやってきた鏡介はもやしじゃん」
「誰がもやしだ!」
 ドドン。と太鼓の音が鳴る。
「やった、成功だ!」
「なんだ今のは」
 突然、雪啼が喜ぶのを見て、鏡介が思わず困惑する。
「私が開発したプラグイン。鏡介が『だれもや』を言ったら、太鼓の音がする」
「何が、『だれもや』だ。誰がお前に戦闘術とクラッキング術を教えたと思っている」
「鏡介」
 雪啼が鏡介にずいっと近づき、皿に持っていたエッグマフィンを強奪すると、そのまま、学生鞄を手に取る。
「じゃ、行ってきまーす」
「おい! ……全く」
 扉が開く。
「夜は仕事が入ってる。早く帰ってくるんだぞ」
「はーい!」

 

「おはよう、雪啼ちゃん」
「おはよう、シンディーちゃん」
 雪啼が学校の校門をくぐると、寮の方から歩いてきたシンディーと出会う。
「今日は朝早いんだね」
 と、シンディー。雪啼と言えば、予鈴ギリギリのタイミングで駆け込んでくるイメージがある。
「うん、ちょっと変な夢見て、目が覚めちゃって」
「あぁ、あるよねそういうこと」
 特に隠す事ではなかったので、雪啼が素直に答えると、シンディーも頷く。
「そういえば、今日の小テストの勉強ってした?」
「そんなのあるんだっけ?」
「あるよー。六限目にある算数の授業。成績に反映されるって言ってたよ、雪啼ちゃん、成績悪いんだから、小テストは頑張っておかないと」
(面倒だなぁ……)
 しかし、こうなるとシンディーは意外と世話焼きだ。
 そこからの休み時間は全て、シンディーによる算数小テスト対策授業が開催されるのだった。
(はぁ、テロリストでも襲撃して来ないかなぁ)
 退屈な授業中、雪啼はいつもの妄想に耽り始める。
 テロリストがこの教室を占拠しようとすれば、今の自分であれば瞬く間に制圧出来るだろう。
(でも、ただ制圧するだけじゃダメ。まずは、重要人物であるシンディーちゃんの身の安全を確保して……)
 シンディーは雪啼にとって数少ない、否、唯一と言っていい友人であるが、実はその関係には雪啼側の打算が潜んでいる。
 実はシンディーはIoLイオル出身の大手軍需産業系巨大複合企業メガコープ「サイバボーン・テクノロジー」の社長、その第二子なのである。会長から見れば孫に当たり、孫の中でも一番のお気に入りであるとさえ言われている。
 そして、雪啼の両親が経営していた惣菜屋「日時計」を支援していた「御神楽財閥」に対し、「サイバボーン・テクノロジー」は、歴史的に対立している関係にあり、頻繁に小競り合いを繰り広げている。
 つまり、可能性の一つとして、「サイバボーン・テクノロジー」からの攻撃の一環として、「日時計」が襲撃を受けた可能性があるのだ。
 そこで、ふと気付く。
(あれ? 復讐相手が山手組で決まりなら、シンディーちゃんと仲良くする必要ないんじゃ……)
 とするなら、わざわざシンディーのハリキリ休み時間授業に嫌々付き合う必要もない。
《せっかくの友好関係、切り捨てるなよ》
「うわっ!?」
 突然、脳内に響く鏡介の声に、思わず雪啼が声をあげてしまう。
 教師の声以外聞こえない静かな授業中だったので、雪啼は当然注目を浴びる。
「あ、む、虫が目の前を飛んできて……」
 教師の鋭い眼光に、雪啼が苦しい言い訳をする。
「また、雪啼だぜ」
「どうせ、寝てたんでしょ」
「だな。それで驚くような夢でも見たんだろ」
 もはや聞き慣れたヒソヒソ声に雪啼は眉も顰めない。
(ちょっと鏡……いや、Rain!? なんでいきなり人の心読んで、通話してくんの!?)
 そんなことより、問題は突然脳内で声をかけてきた男である。
《手が空いたから、お前のくだらないプラグインを解体しにきてやったんだ。俺の潜入クラッキングに気付けないようではまだまだだな》
(えー、『誰もや』太鼓いいじゃーん)
 という雪啼の抗議に鏡介は無言を貫いた。
(それで、なんで、友好関係を切っちゃダメなの?)
《お前、本当に話を理解してるのか? まだ山手組が黒かは確定してない。少ない可能性だが、「サイバボーン・テクノロジー」が黒である可能性も残されているんだ》
(そうだったんだ)
《そうだったんだ、ってお前な……》
(だってRainの話長いし、分かりにくいんだもん)
《そうだ、こいつ日翔に似てアホだった……》
(誰がアホだよ。そっちはもやしのくせに)
《誰はもやしだ!》
 ドドン。と太鼓の音が響く。
《なに、まだ鳴るのか。クソ、分散型ネットワークに配置して簡単には削除出来ない仕組みか。無駄に変な知識ばかり蓄えやがって》
(まぁいいや。じゃあ、引き続き、シンディーちゃんとの「お友達作戦」は続けろってことね?)
《そういうことだ。復讐を完全に遂げたことが分かるその時まで、決して油断するな》
(分かった)
 キリリ、と、雪啼が顔を引き締める。
 もちろん、その引き締めは長く続かず、シンディーのハリキリ休み時間授業の前に、すぐ崩れてしまうのだけれど。

 

 そして、ようやく学校が終わり、帰宅すれば、鏡介も雪啼も裏向きの顔になる。
「それでは、仕事の話を始めよう」
 ブリーフィング用の窓のない部屋で、鏡介が宣言する。
「今度の仕事は……」
「そんなことより、前回の仕事から随分空いたと思わない?」
 仕事の話を進めようとする鏡介に対し、雪啼が割り込む。
「そうだな、二週間空いた」
「空きすぎだよ!」
「そうは言っても、俺達は暗殺者連盟アライアンスとは距離を置いているから、仕事を取るのも大変なんだ」
 多くのフリーランスの暗殺者は各地に存在する暗殺者連盟アライアンスと呼ばれる組織に所属することで仕事を仲介してもらう。
 暗殺者連盟アライアンスは発注者と受注者を互いに匿名化して仲介するため、仕事の安全性も、仕事の結果そのものの安全性も保たれる、というわけだ。
 だが、これには問題があった。それは暗殺者連盟アライアンスそのものがどうしても組織のパワーゲームから逃れられないである、という点だ。
 それ故、雪啼達のいる地域の暗殺者連盟アライアンスはパワーゲームに勝つために山手組と組んでいるのである。結果、山手組と敵対するような仕事は受注しない。山手組が問題解決係ケツ持ちだからだ。
 しかし、山手組と積極的に敵対したい雪啼はそれでは困る。故に、雪啼と鏡介は暗殺者連盟アライアンスとは距離を置いてきた。とはいえ、暗殺者連盟アライアンスと距離を置くということは、仕事を自分達でとってこなければならない事を意味する。とはいえ、暗殺者連盟アライアンスを通さない仕事は依頼人を信用出来るかどうかなど、暗殺者連盟アライアンスを通して受ける暗殺任務より格段に危険が多い。
 鏡介はそう言った全ての事情を勘案して仕事を探し、受けるかどうかを決めねばならない。
 雪啼や鏡介の戦意に反して、二人の動きが鈍いのはそう言った理由が背景にあるのだった。
「というか、暗殺者連盟アライアンス周りの話はお前も十分承知のはずだが……」
「そうだっけ?」
「こいつ……」
 ゴホン、と咳払いし、鏡介が気を取り直す。
「改めて、今回の仕事を説明する」
 鏡介と雪啼の電脳GNSがリンクし、二人の視界に見取り図が出現する。
「今回のターゲットは山手組のサーバだ」
「サーバ? じゃあ、Rainがポチってして一発じゃん」
 鏡介はウィザード級ハッカーだ。余裕で可能なはずだった。
「そうはいかない。このサーバは閉鎖型で設計されており、電波暗室に存在する」
「直接踏み入って接続するしかない、ってことか」
「そうだ」
「依頼主の話によれば、六つの中継ターミナルが同期して、データの保全を行なっているから、それらを一斉に乱してやれば、メインターミナルに侵入する必要はないとのことだ」
「じゃあ、Rainがトロイの木馬を作って私が六つの中継ターミナルに感染させればいいんだね?」
「本来なら、その通りだ。だが、俺達は山手組の情報が欲しい」
「じゃあ、メインターミナルに侵入するの?」
 雪啼が目を輝かせる。復讐のための情報を得られるとなれば、話はまるで変わってくる。
「そうだ。だが、メインターミナルへのアクセス権は中継ターミナルから制限が可能らしい。もし、潜入中に発見されれば、即座にメインターミナルへのアクセス権は制限されてしまうだろう」
「つまり……どういうこと?」
「絶対に! 見つからず! 痕跡も残さず! メインターミナルにアクセスしないとならないってことだ!」
 首を傾げる雪啼に鏡すけが簡潔に説明する。
「おぉ、分かりやすい」
「もし、失敗しても、中継ターミナル六つにアクセスしてのウイルス作戦は有効なままだ。だから、メインターミナルへのアクセスする作戦が失敗した場合は、このウイルスを使え」
 そう言って、鏡介が雪啼に携帯型の記憶媒体を投げつける。
 それは雪啼がいるより手前に落ちかけたが、雪啼がトランスで腕を伸ばしてキャッチしたので、特に問題はなかった。
「言うまでもないが、ターミナル関連施設周辺では、俺の支援は使えない。最悪、死の危険もある。それでも行くか?」
「当然。私は、パパの仇を討つんだから」
 鏡介の一睨みに、雪啼は自信満々に頷いた。

 

To Be Continued…

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 AWsの世界の物語は全て様々な分岐によって分かれた別世界か、全く同じ世界、つまり薄く繋がっています。
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