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退魔師アンジェ 第3章

『〝居眠り優等生〟ヒナタ』

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 父を魑魅魍魎ちみもうりょうとの戦いで失った少女・如月きさらぎアンジェはいつか父の仇を討つため、父の形見である太刀「如月一ツ太刀きさらぎひとつのたち」を手に、討魔師とうましとなるためひたすら鍛錬を重ねてきた。
 そして最後の試練の日。アンジェは瘴気から実体化した怪異「黄泉還よみがえり」と戦い、これを討滅。討魔組のトップである月夜つきや家当主から正式に討魔師として認められた。
 翌日、月夜家を訪ねてきた生徒会長、中島なかじまアオイは、自身が宮内庁霊害対策課の一員であると明かし、「学校が狙われている。防衛に協力しろ」と要請してきたのだった。
 アオイから明かされた事実、それはアンジェ達の学校が「龍脈結集地りゅうみゃくけっしゅうち」と呼ばれる多くの怪異に狙われる場所であると言うことだった。
 早速学校を襲撃してきた下級悪魔「剛腕蜘蛛悪魔ごうわんくもあくま」と交戦するアンジェだったが、体術を主体とする剛腕蜘蛛悪魔の戦法に対処出来ず苦戦、アオイに助けられる結果に終わった。

 

「さて、では今日から本格的に刀の修練と行きましょう。アンジェ、あなたの流派は?」
 道場で、自分に相対して木刀を構える少女、アオイさんがこちらに声を掛ける。
「え、っと流派?」
「……なるほど、そう言えば、そう言った訓練は受けていないんでしたね。分かりました。では、改めてその太刀筋を見極めさせてもらいましょう」
 そう言うと、正眼の構えで、こちらをじっと見据える姿勢に入った。
 以前、〝守宮〟殿が仰った事によると、剣術には大きく分けて二つの種類があるらしい。相手が攻撃の為に動いたその瞬間、それを隙と見て後の先をついて敵を倒す「活人剣」、対して、相手が後の先をつく事が出来ないくらいに鋭く先制して相手を倒す「殺人剣」。……この辺の定義は色々と意見が分かれるらしいが、要するに自分から動くか、相手を動かすか、という事だ。アオイさんが今こうしてこちらを見据えている以上、こちらが動くのを待っている。このままにらみ合いが続き、焦れた方が討たれるというわけだ。こちらも正眼の構えでじっと、アオイさんの切先を見つめる。
「ふっ」
 数分のにらみ合いの末、アオイさんの木刀の切先が動く。素早く霞の構えに構え直しこちらに前進してくる。
「くっ」
 それでも切先は目で追えている。抑えられる……! 木刀と木刀がぶつかり合う。
 しかし、初撃を凌いだと思った瞬間、即座に二の太刀が飛んできて、私は胴体を激しく打たれた。……いや、寸止めされたので打たれはしなかった。
「即座に来なかったのは悪くない。しかし、後の先を狙ったのなら、なぜ防いだのです」
 木刀を戻し、アオイさんは言う。
 …………。まさか、真っ直ぐに目を狙われていたのでつい防ぐ方を選んでしまったとは言えない。
「こちらの切先に怯えましたか? それは完全にこちらの意図に飲まれています」
「え?」
「あなたはじっと私の切先を見ていた。だから、その切先がまっすぐ自分のその目に向けられている事に気付いてしまった。えぇ。私は、あなたが真っ直ぐに切先を見ていたから、霞の構えを選びました」
「そうだったんですか……」
「この前の剛腕蜘蛛と交戦した時、あなたは相手の威嚇で間合いを読み損ねていましたからね。もしかしたら、と思ったのですが。まだあなたは恐怖心を克服しきれていないようです」
 恐怖心……。私は恐怖を感じているというのか。そんなことを感じている暇なんてないというのに。それはどうすれば克服出来るのだろうか……。
「さて、では私はこの辺で。今日から学園祭関連で議論すべき事も増えるので生徒会室に早めに行かないと。あなたはいつもの時間に家を出てくださいね」
 私が考えている内に、アオイさんは荷物を纏めてささっと家を出ていってしまった。

 

「おっはよー、アンジェ―」
 家を出た直後に突如ヒナタから強襲を受ける。
「わっ、ちょ、ヒナタ、最近あなた……」
「やっぱり、…………ってる」
 ヒナタに抗議しようと振りむいた時、ヒナタが何か小さく呟いた気がする。
「え?」
「ううん、なんでもー。えーい、脇腹こちょこちょ」
「え、ちょ、やめてください、ちょっと」
 といつものように抵抗していると、ピタと、ヒナタが動きを止める。
「む。アンジェ、何か悩んでる? 十分に楽しめてないでしょ?」
「……そもそも、ヒナタのセクハラを楽しんだ事なんてないんですが」
「ねぇ、アンジェ、話してみてよ。何を悩んでるの?」
 ヒナタがこう言いだすと止まらない。まぁ、丁度いいかもしれない。
「ヒナタ、恐怖心ってどうすればなくせると思いますか?」
「んー。恐怖心かぁ」
 素直に話してやると、満足して歩きながら考え始めた。
「それってなくさなきゃいけないの? 怖いって気持ちは大事だよ。例えば……」
 と言いながらヒナタが指をパチンとしてから振ると、その手にはペーパーナイフが握られていた。ヒナタの地味な特技、手品だ。いつタネを仕込んだのだろうか。まさかこの会話になることを予測していたわけないと思うが。
「こんなナイフ……これはペーパーナイフだけど本物のナイフだったとして、ナイフを握ってる男が暗闇の中でアンジェを見てたら……。逃げるべきだよね?」
「そうですね」
 わざわざ危ない所に近づく必要はない。
「それって、その男を危ないなーって思うからだよね。なんで危ないのかって考えると、暗闇の中でこっちを見てるからで、自分を害するかもしれないものを持っているからで、つまりそれって恐怖心を感じたからなんだよね」
「……それは確かにそうですね」
「つまりね、恐怖心を持ってるって事は、これ危ないなー、逃げないとならないなーって感じる事が出来るって事なんだよ。それが無いって事は、それが出来ないって事。それって、とっても危険な事だよね?」
「そうですね」
 思わぬ饒舌を振るうヒナタに驚きながら頷く。
「だからね、恐怖心をなくすなんてしない方が良いよ?」
「しかし……」
「まぁ」
 私が食い下がろうとした時、ヒナタが私の目の前で指をパチンとならす。私は思わず目をつぶる。
「あはは、びくってした。びくってした。そういう対処出来る事を恐怖しちゃうのは無くした方が良いかもねー」
 ヒナタがけらけら笑いながら走っていく。
「な。ま、待ちなさい!!」
 私は走ってヒナタを追いかける。
「あ、アンジェちゃん、ヒナタちゃん」
 三叉路を曲がった所で誰かの声がした気がしたが、私もヒナタも止まらなかった。
 そして、ヒナタに追いついたのは校門だった。追いついたというのは正確ではない。突然、ヒナタが立ち止まったのだ。
 同時に、校門を跨いだ瞬間、なぜだか私の心がざわついた。なんだ、ヒナタが急に立ち止まったから?
「どうしたんですか、いきなり立ち止まって」
「……。あっ、ううん、なんでもない。追いかけっこに飽きただけ。アンジェも追いかけるのが目的になってるみたいだし。それに……」
「やっと追いついた、ひどいよ二人とも」
「あ、アキラ……」
 さっき後ろから声を掛けてきたのはアキラだったらしい。すっかり忘れていた。
「すみません、ついヒナタを追うのに夢中になってしまい」
「いいよ、そんなに気にしてないから。そういえば、今日のHRホームルームで催し物決めるの、考えて来た?」
「え……と、なんでしたっけ……」
 私はアキラとの会話に気を取られ、心のざわつきについても、ヒナタの様子についても、すっかり忘れてしまった。

 

 そして昼休み、私はアオイさんから呼び出されていた。教室では今、学園祭の催し物について盛んに議論されている中、自分だけこうやって蚊帳の外に行かざるを得ないのは少し悲しい。
「あの蜘蛛は囮だったようです」
 アオイさんは苦々しげにそう言った。
「囮? つまり他に本命があったという事ですか?」
「その通りです。学校の至る所で何らかの力が働いています。何らかの儀式場のようですが、よく分かりません。お母さまがいればもう少し詳しく分かるのですが」
「アオイさんのお母さん?」
「はい。私の母、中島ミコトは、霊害退治の中でも魔術師との戦いを多く経験していて、魔術などの神秘儀式等に詳しいので」
「えと、ごめんなさい。霊害というのは……?」
「え? ……あぁ、それも聞かされていないのですね。説明したいですが、それは後程。とりあえず、今はこの儀式場を構成する何らかの力への対策について」
 学校の見取り図を机の上に広げる。
「あいにく私の感知能力では十分に力の働いている場所を特定出来ません。ざっと、この辺に一つ、この辺に一つ、この辺に一つ……」
 と、見取り図上に次々と大きな円が描かれていく。フリーハンドなのに円を書くの綺麗だなあ……。
「儀式場の完成がいつか分からない以上、出来るだけ早急の対応が必要です。放課後、分担し、力の源を発見、破壊してください」
「え、ちょっと待ってください。力の源と言われても、そんなのどんなものなのか、どうやって破壊すればいいのか……」
「それもそうですね……分かりました。とりあえず、最初の一つは二人で捜索しましょう。分担するかはその結果次第で」
「すみません。ありがとうございます」
「さ、それではあなたは教室に戻りなさい。また放課後に」
「はい」
 
 放課後。生徒会準備室にて、帯刀し、アオイさんと共に捜索に出る。
「まずはこの辺りを探します。この辺りのものは反応がひときわ強い。もしかすると儀式のメインになる場所なのかもしれません」
「だとしたら、これを壊せばそれで終わるかも、とか?」
「えぇ、そういう事です」
 そして、それはすぐに見つかった。部屋に入った瞬間、心がものすごくざわつく。
「これは……分かりやすい」
 私は思わず呟く。使われていない教室に大きく描かれていた図形。それは、よくアニメや漫画で見るような、魔法陣だった。
「魔法陣? 悪魔が? ……魔術を使う悪魔の例がないわけではないですが……」
「とりあえず、これを消してしまえばいいんですよね」
 アオイさんが首を傾げているが、早い事破壊するに越したことは無い。魔法陣というのが実際にどんなものなのかよく分からないが、この図形に意味があるなら、それを消してしまえばいいに違いない。二重になってる円の内外側の円を足で、げしっと消してやる。
「あ」 
「え?」
 アオイさんが不穏な声を上げるので思わず振り返る。
「いえ……その、もしこれが何かを召喚し使役するタイプの魔法陣だった場合、外側の円を消してしまうと、召喚体が制御を失うので……」
 そして、魔法陣は紅く煌めく。
「! 他の場所でも力が強まっています。ここにエネルギーが送られている。やはりこれがメインの……」
「え、え、え、え、え」
 光で溢れていく魔法陣を前に私は一瞬、思考能力を失ってしまう。
 いや、ここで冷静を失ってしまっては何も出来ない。
「アオイさん、どうしましょう?」
 そうだ、そう出来ないと、満足に復讐も出来ない。
「出てきた召喚体を倒します。それしかない」
 光が溢れ、出現したのは、漆黒の玉虫色に光る粘液状の生物……。ぎょろりと無数の目がこちらを見据えていた。気持ち悪い。
テケリ・リ、テケリ・リ
 鳴いた……!
「大きい。アンジェ、気を付けて」
 アオイさんの言葉で再び正気に戻る。刀を抜いて八相の構え。
テケリ・リ、テケリ・リ
 こちらの敵対的な意図をくみ取ったのか、改めてこちらをぎょろりとにらみ、身体から針のような触手を伸ばしてくる。
「くっ」
 とっさにそれを受け止める。ベチャリ、触手が真っ二つになり、粘液に戻って刀にへばりつく。
テケリ・リ、テケリ・リ
 さらに触手が迫る。一本ずつ受け止めるが、粘液として刀にへばりついて行くばかりで、押されていく。
「アンジェ! 恐怖心を克服しなさい!」
 そんなこと言われても、恐怖心をなくすことなんて……。
 ――対処出来る事を恐怖しちゃうのは無くした方が良いかもね
 頭にふとヒナタの言葉が響いてきた。……そうだ、この触手を受け止める事は簡単だ。受け止める以上の事も当たり前のようにできるはず。今朝も、後の先を繰り出すなら守るのではなくて、籠手を狙うべきだったのだ。同じことを繰り返してはいけない
「せぇい!」
 向かってくる触手を切断する。ベチャリ。切断された触手の先端は粘液に戻って地面に落ちる。
テケリ・リ、テケリ・リ
 このまま前進する!
 向かってくる触手のスピードはそんなに速くない!! やれる!!!
「アンジェ、あんまり突出しすぎないで!」
 そんなこと言っても、もう敵の本体は完全に間合い!
「はぁっ!!」
 胴体を袈裟斬りにする。
 勝った!
テケリ・リ、テケリ・リ
「えっ!」
 切断面は即座に繋がり、そして……。こちらに転がってきた。押しつぶされる!?
 どうしようもない。思わず目をつぶる。玉虫色の塊に飲み込まれるかと思ったその時、脇腹が突然熱くなる。目を開いてそこを見ると、脇腹がきらめいていた。この前、蜘蛛に襲われた時、胸で煌めいたのと同じ光。その光が、玉虫色の塊を吹き飛ばす。
「ぐっ!?」
 しかし、敵もただでは転ばない。吹き飛ばされながらも鋭い触手を放ってきて、私の左肩に突き刺さる。肩から流れ出た血が腕を伝って刀へと伝わって、刀の切っ先から地面に血がぽたりと落ちる。
テケリ・リ、テケリ・リ
 ギョロリと視線がこちらに向く。無防備なままじゃまずい。私はもう一度刀を構える。すると、今度は刀が白い光を放ちだした。
「え、な、なに」
テケリ・リ、テケリ・リ
「怯えている……? やはり、アンジェの、如月家の血の力は、何か、魔に対して有効な力を持つ……? アンジェ、行きなさい。今のあなたなら、斬れます!」
 アオイさんのその言葉が終わるより早く、再び触手が飛んでくる。こちらを攻撃する為というより、こちらに近づかれない為の制圧攻撃。軌道が不規則でないのなら、斬り払うのはたやすい。
 斬り払われた触手は先ほどまでのように粘液に戻るのではなく、白い光に飲み込まれて消滅した。なるほど、行ける。
「これで、終わりです!」
 難なく胴体に接近し、胴体を袈裟斬りにする。刀から白い光が溢れ、敵を白い粒子へと分解し、消滅させていく。
「ふぅ」
「お疲れ様でした、アンジェ。あなたの血の力が無ければ、あの敵をあそこまでたやすく倒すことは出来なかったでしょう」
 私の血の力……あの白い光が……。
「完全に力の反応も消失しました。やはりこれがコアだったのでしょう。目的が分からないのが奇妙ではありますが、これで事件解決です。お疲れ様でした」
 アオイさんが笑顔をのぞかせる。私も思わず頬が緩む。

 

 数分後、誰もいなくなった教室で。
 先ほど魔法陣があったはずの場所、消滅したはずの魔法陣が復元を始めていた。
「はぁ、アンジェが甘いのは知ってたけど、あの生徒会長もとは……。魔法陣の核が破壊出来てないじゃん。これじゃすぐに再生しちゃうよ。どれどれ……」
 そんなことを呟きながら現れた少女が何もない空間――数分前まで描かれていた魔法陣の中心であった部分の真上だ――に手を伸ばし、指を一定のリズムで動かす。パキン、と何か音がして、今度こそ魔法陣が完全に消滅した。
「ほんと、手が焼けるんだから。……けどあの刀に纏わりついた方の白いの私、知らない。召喚体の核じゃなくて、外殻を消滅させて強制送還させるなんて、初めて見た」

 

 To be continued...

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