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銀の弾と踊れ《Dance with Silver Bullet》

by:蒼井 刹那 

 

 
 

目指すは頂上、その前にほんの少し実体験

 

巨大仮想空間メタバースSNS「ニヴルング」で開催されたスポーツハッキング講座に参加した雲雀ひばりはかつての王者、ルキウスとの勝負に挑む。
圧倒的強者を前に、雲雀は最後まで喰らいつく。

 


 

 堅牢な石造りの壁、そこに掛けられた七枚のタペストリー。
 架空の生物、「ユニコーン」を狩るというストーリー仕立てのそれは美術の授業で見た。
 巨大仮想空間メタバースSNS「ニヴルング」のとあるスペース、目に見えているものはフルダイブによって脳が現実だと誤認しているだけで、現実は何枚ものポスターが貼られている自室に小鳥遊たかなし 雲雀ひばりはいた。
 アメリカにあるメガサーバ世界樹「イルミンスール」内部に構築された巨大仮想空間メタバースには大容量データの即時通信を可能とする量子通信によって全世界の人間がアクセスしている。
 雲雀がいるこの自室も例に漏れず、アメリカから遠く離れた地、日本にあった。
「流石『エンペラーズ』のルキウス、ってことかな」
 「ニヴルング」主催のイベント――「イルミンスール所属カウンターハッカーによるスポーツハッキング教室(中級編)」のチケットを取るのは苦労した。何しろスポーツハッキング界のレジェンドで、その功績ゆえにイルミンスールのセキュリティを一手に担うカウンターハッカーにスカウトされたルキウスは引退後も絶大な人気を誇っている。単純な人気だけで言えば「キャメロット」のトリスタンに負けるだろうが、トリスタンは腕もいいがそれよりも顔だけで持て囃されているだけだ。実力で言えばルキウスの方が圧倒的に上にいる。
 そんなルキウスが直々にスポーツハッキングのアレコレを教えてくれるとなるとスポーツハッキングに興味を持つ老若男女が申し込むのは当たり前、と言えよう。中級者向けとなるとそれなりに高度なことも教えてくれるかもしれない。
 ARウェアラブル量子通信デバイス「オーグギア」が普及するようになり、情報制御が感覚的に行えるようになってから、クラッキングハッキングも直感がものをいう時代になった。企業サーバを攻撃するクラッカーハッカーが急増した結果、生まれたのが新しいeスポーツ「スポーツハッキング」である。
 電子空間上に作られた疑似サーバをハッキングによって掌握する――基本的なルールはあれども勝利条件やレギュレーションのバリエーションが豊富なスポーツハッキングに多くのハッカーが魅了された。それはそうだ、ハッキングという面白い遊びを覚えたのに逮捕のリスクがあることを考えれば、スポーツハッキングはノーリスクでハッキングを心行くまで堪能できる。よくあるeスポーツのような単純なルールでもなく、レギュレーションで許可されれば対戦相手のオーグギアの破壊ですら合法となる――腕に自信があるが、前科は付けたくないハッカーには願ったり叶ったりのフィールドが用意された。そんなハッカーのことを魔術師マジシャンと人々が呼ぶようになるのが当たり前になるほど、スポーツハッキングは日常の娯楽として定着していた。
 雲雀もそんなハッキングに興味を持った一人だ。スポーツハッキングの試合は個性的なアバターがぶつかり合うし、それによって表示されるエフェクトも派手なので見ていて飽きない。
 「プロスポーツハッカーになる!」と意気込んでスポーツハッキングに手を出し、一人前のハッカーたる証、固有ツールユニークを組み上げた矢先のこの教室である。申し込まない理由がない。
 結論から言うと、雲雀は見事チケットの争奪戦に勝利した――といっても三次抽選でやっと当選したので辛勝、と言った方が正しいかもしれないが。
 タペストリーがかかる石造りのホールに光のエフェクトが集まり、そこに豪奢な鎧をまとったアバターが出現する。
 会場の個性的なアバターたちがどよめき、中には「ルキウスー!」と名前を呼ぶ黄色い声も飛んでいる。
「今日は集まってくれてありがとう。今回お前らに色々教えることになったルキウス――だが、この中でオレを知らん奴はいないよな?」
 発言だけ聞けば自意識過剰にもほどがあるが、この台詞を堂々と言う権利がルキウスにはある。
 スポーツハッキングを嗜む魔術師でルキウスの名を知らない人間はいない。いるとすればごくごく最近始めた初心者ニュービーくらいかもしれない。
 当然、会場にいた全員が「もちろん!」と声を揃える。
「おー、嬉しいな。それじゃオレもサービスするぞ。中級編だし、お前らある程度腕に覚えはあるんだろ? かかってきな!」
 ――いきなり実践!?
 いやそこはまず基本のおさらいとかちょっとしたテクニックのレクチャーとか先にしません!? と思うが、同時にルキウスらしい、とも思ってしまう。
 ルキウスは自分のハッキング技術と、固有ツールユニークに絶対の自信を持っている。不敗ではないが、固有ツールユニークを打ち破れる魔術師はいたとしても一人だけだろう、と言われている。
 え、まずい、会場に三十人はいるが即全滅じゃ、と雲雀が思っているうちに ルキウスは一振りの剣を呼び出し、両手で構える。
 ――まずい!
 咄嗟にコンソールウェポンパレットを開き、アバターの身体能力に上昇効果バフを掛けるツールを適用させる。
 大きく飛び上がると、横薙ぎに振るわれた剣から斬撃波が放たれ、回避行動が遅れたアバターを軒並み凍結させていく。
 ――初手で固有ツールユニーク使うの!?
 ルキウスの固有ツールユニークの能力はスポーツハッカーが周知するところだった。
 凍てつく皇帝の剣フロレント――斬ったデータものを凍結させるどころか斬撃波が触れただけで凍結、行動不能となる驚異の固有ツールユニーク。「エンペラーズ」のライバルとして名高い「キャメロット」の最強格の一人と言われるガウェインの万物灼き尽くす太陽の牙ガラティーンですら打ち破ったと言われる威力はチート級。いや、スポーツハッキングはチートを使いこなせてナンボの勝負なので実力は折り紙付き。
 そんなものを初手で出されて、回避できる方がレアなのである。受け止めようとするほうが咄嗟の行動としては最適解のはずなのに、ルキウス相手にこれをすれば即退場なので、一瞬の判断が生死を分けるとも言える。
 幸い、凍結と言ってもデータが一時的に進行停止するだけなので時間経過で解除するし、腕のいい魔術師なら裏ルートの再起動処理でその速度を上げられるからこの教室から退場ということはない。それでも被害を数えるのに回避できたアバターを数えたほうが早いレベルである。それも、片手で足りるくらいの。
 回避できたのは雲雀含めて三人。ルキウスがちぇー、と呟いたのは予想より多く凍結したからか、それとも逆に予想よりも多く生き残ったからなのか。
「残り三人か、いいぜ、かかってきな!」
「じゃあ遠慮なく!」
 狼男のアバターが鎖鎌状のツールを呼び出し分銅部分をルキウスに向かって投げつける。
「はん、固有ツールユニークじゃなきゃオレに傷なんてつけられねーよ!」
 ルキウスがフロレントを一閃、鎖鎌があっさりと凍結されて砕け散る。
「それは読めてる!」
 狼男の動きに合わせて、今度は日本の武士のようなアバターがクナイを投げる。
 武士がクナイとか設定考証ちゃんとしてる!? と思いつつも雲雀も床を蹴ってルキウスに肉薄した。
 修道女のような衣装をまとった雲雀のアバターが背負っていた銀の大剣を抜いて斬りかかる。
 雲雀としてはVRモードの肉弾戦よりはARモードのコマンド戦の方が得意だが、初手からVRモードでフィールドに侵入しているのでやむを得ない。
 ルキウスと剣は交えない。鍔迫り合いに持ち込もうものならあっという間に凍結される。
 「フロレントには絶対触れるな」というのがスポーツハッカー内の常識、三対一と味方の数は圧倒的に少ないが他の二人がルキウスを正面から相手してくれるのならこちらにも攻める余地はある。
 ルキウスの死角に回り、雲雀が大剣を振り下ろす。勿論、これが防がれるのは想定済み。
 案の定、ルキウスは他二人の攻撃をいなしつつもフロレントで大剣を受け止める。当然、大剣は凍結されるがその時すでに雲雀は大剣から手を離し、後ろに跳んでいた。
 目的は達せられた。隙は一瞬あればいい。
 雲雀のアバターの両手に二丁のリボルバーが出現する。
 それをルキウスに向けると、凍結した大剣を打ち砕いたルキウスもこちらを見た。
「ルキウス相手に固有ツールユニークが使えるなんて光栄よ!」
 目が合った瞬間、ぞっとするような寒気を感じて踵を返したくなる。自分のような中級者がルキウスと戦っていいはずがない。いくら向こうがかかって来いと言って、実際に斬りかかったがルキウスは身にまとった雰囲気だけで雲雀を圧倒していた。
 それでもここで逃げればルキウスに失礼だ。それなら持てる力の全てを叩き込むまで。
 雲雀が両手の銃の引き金を引く。
 銀色の光がルキウスに向けて突き進む。
 大剣を打ち砕いた直後のことで、フロレントを振りぬいていたルキウスはその対処が遅れる。
 咄嗟に青白く光る六角形ヘックスタイル状の防御シールドを展開するが、雲雀が放った銀の光はそのシールドを打ち砕き、ルキウスに突き刺さった。
 ――が、そこまでだった。
 いくら雲雀が自分の技術の粋を集めて構築した固有ツールユニークであっても超が付くほどの上級者のアバターを傷つけるほどの情報密度はない。
 やっぱ無理かぁ――そんな諦めの直後、ルキウスが放った斬撃波は雲雀のアバターを一瞬で凍結させた。他の二人も、とうの昔に凍結している。
 ――強すぎる。こんなカウンターハッカーがいるなら、イルミンスールもきっと安全なんだろうな。
 そんな思いが、雲雀の胸を通り過ぎて行った。

 

「いやー、思ってたより耐えたなお前ら」
 全員の凍結が解除された頃合いを見計らってルキウスが豪快に笑う。
「どうだ、元ランキング一位と対戦した感想は」
『やばすぎ!』
 参加者の声が重なる。
 ルキウスが勝負を挑み、参加者三十人が全滅するまで約二分。参加者の感想は「やばい」しかなかった。
 これがスポーツハッキング最高峰の戦い。自分たちの何人がそこに到達できるだろうか。
「――で、一人だけ固有ツールユニーク使ってきた奴がいたんだが、どこだ……? えーと、確かスクリーンネームは『Silver Bullet』……」
 その名前を呼ばれた瞬間、雲雀の心臓が大きく跳ねた。
 その名前は自分のスクリーンネームだ。修道女のような姿に銀の大剣を背負ったアバター――コンセプトは「ヴァンパイアハンター」のそのアバターに、周囲の視線が突き刺さる。
 雲雀が恐る恐る手を上げると、ルキウスは面白そうな顔でアバターの全身を見まわした。
「ソフトウェア工学で『No Silver Bullet銀の弾など無い』は定番なんだがな。その銀の弾をぶちかますたぁお前根性あんな」
「ど、ども……」
 名指しされた上に声を掛けられ、雲雀が恐る恐る頭を下げる。
「いいぜ、そういう姿勢は好きだ。狼男を撃ち抜く銀の弾、それがスポーツハッキングにどこまで通用するか楽しみだぜ」
 ま、オレが狼男みたいに銀の弾でやられるとは思わんがな、と豪語するルキウスに雲雀は心の中で拳を固める。
 ――スポーツハッキングで対戦することはあり得ないけど、それでもあなたが見たてっぺんは必ず見る。
 実現するかどうかも分からない。しかし、実行しなければ実現しない。
 それなら腕を磨き、弾を磨き、届けるだけだ。
「よーし、それじゃ頂上の景色を体験したところで講座開始だ。お前ら、オレは引退したが頂上はお前らを待ってるからな!」
 だから、いつでも来い。
 そんな声を、雲雀は聞いたような気がした。

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