Legend of Tipaland 第10章
第9章のアルの足跡

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やがて「運命」は討たれたが、それで戦いは終わらなかった。
戦いは長く続いた。無数の精霊武器を持ち死を恐れない兵士を従える神は強かったが、しかし人は多かった。
少しずつ、仲間は失われていった。
気がつけば、「世界」はまた一人になっていた。
どうしてこんなことになったのか分からなかった。なぜ「運命」が裏切ったのか、なぜ人々が彼に従ったのか、何一つとして分からなかった。
困ったことにこれは人々も同じだった。人にとって長すぎる戦いはもはや戦いの理由を忘れさせていた。
いや、それどころか、人間同士の利益を求める戦いも起きていた。「世界」が彼の美的センスに任せて適当に作った大地は人間達にとってひどく不平等だったのだ。
そんな中、三人の賢者が名乗りを上げた。
もはや人間同士の戦争に成り果てたこの戦いを終わらせよう、と。
三人の賢者は異世界の邪神を召喚し、巨大な黒き壁で世界を四つに分割した。
これにより、人間同士は争う理由を失った。
なにせ不平等だと言い合っていた同士がそれぞれ壁により隔たれたのだ。相手を不平等だ、などとと言う暇はない。自分達も生きなければならないのだ。
* * *
「ファイア!」
先手を取ったのはバルタザール。右掌をアルとジルに向けて炎を放つ。
「アイス!」
「
対して、アルとジルは、それぞれ氷と風の魔術でその炎を防ごうとする。
共にたった一語の人神契約語による詠唱魔術。
だが、その威力は予想外に高い。
「くっ、これが三賢者の実力……」
アルとジルの防御のために放った魔術は容易くかき消され、二人の鎧を焦がす。
「ほう、辛うじてとはいえ、我が魔術に耐えるか」
このバルタザールの魔術に耐えうる魔術と言えば、ミラの魔術くらいしか考えられないが、ミラは今、ラインの治療、否、生存のために必要だ。
「うおおおおおおおおお!」
となれば、遠距離戦は不利と見るしかない。アルは裂帛の叫びと共に、バルタザールに向けて突撃を敢行する。
「なるほど。魔術師相手には接近戦。悪くない発想だ。だが……」
そう言いながら、バルタザールが構える。
「アイス・ソード!」
バルタザールの魔術により、その手元に氷の剣が出現する。
アルの剣とバルタザールが構える氷の剣がぶつかり合う。
「カスパールほどではないが、私も近接戦闘には対応出来る」
「シャープ! シャープ!! シャープ!!!」
対するアルは強く強く詠唱して、自身の想いを攻撃用に強く調律する。
否。調律という言葉は不適切かもしれない。もはやアルにあるのはラインを救うために強くあらねばならぬという想い、それ一つのみ。
怒りともまた違うその強い想いは、ただひたすらに剣に纏う魔力を鋭く変化させる。
「そんな力のみを求めても無意味だ」
だが、バルタザールはそんなアルの攻撃を児戯のように受け流す。
技量を捨て、力に特化したその一撃はその強力さに比例して単純であったから、受け流すのはそう難しいことではなかった。
受け流されたアルの剣が空を切り、周囲の木々を薙ぎ倒す。
「威力は高いようだが、当たらなければどうということはない」
「まだまだぁ!」
アルが空を切った剣を横一文字に振り回し、再度、バルタザールの首を狙う。
「容易いと言ったはずだ!」
その強力な一撃は、やはり氷の剣に受け流される。
「今だ!
しかし、バルタザールはアルの攻撃を受け流すために、身体をアルの方に向けていた。
それはジルに背中を向けるということ。
そこに素早くジルがお得意の風圧突撃を敢行する。
膨大な風に背中を押され、ジルが一気にバルタザールに向けて肉薄する。
「揃いも揃って力押しばかりか!?」
だが、バルタザールはこれを氷の剣で受け流す。
「
ジルはそこにさらに魔術を発動。風を刃としてバルタザールに強襲をかけた。
「チッ」
バルタザールは流石にこれは防げず、後方に飛び下がる。
「まだまだぁ!
その飛び下がった隙を逃さず、ジルはさらに風圧突撃を敢行する。無理に槍だけをバルタザールの方へと向けた無茶な姿勢での突撃。
身体中に激痛が走るが、しかし、ジルにはまだ勝機が見えていた。
「甘いわ!」
だが、バルタザールはこれも氷の剣で受け流そうとする。
「まだ浅いか!? だったら……
ジルがさらに人神契約語を叫び、その槍を纏う魔力の出力を上げる。
「ぐっ」
槍と氷の剣が拮抗する。
「うおおおおおおおおお!」
「おのれ!」
氷の剣にヒビが入る。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
そして、氷の剣が砕ける。
「
ジルの左手がバルタザールの首に伸び、空気の通過を静止させる。
ジルはそのまま槍と風圧に引きずられ、バルタザールから引き離されたため、その効果時間は一瞬。だが、一瞬あれば充分だった。
「今だ、アル!」
「うん! ウィンド!」
ジルの背後に隠れて肉薄してきていたアルが風の魔術で空中に飛び上がり、一気に唐竹割の如くバルタザールに切り掛かる。
「っ……!」
声にならないバルタザールの驚愕が見て取れる。
「取った!」
風の後押しを受けたアルの剣がついにバルタザールに迫る。
バルタザールは詠唱を封じられた。この距離なら魔法陣魔術を使う猶予もない。アルのこの攻撃を回避出来る道理はもはや存在しない。
はずだった。
ガキン、とアルの剣が何かに防がれる。
「!?」
そこには氷の剣が掲げられていた。
「そんな、詠唱もなしに――」
「――ここまで精巧な剣を作れるはずがない、とでも?」
今度はアルが驚愕に染まる番だった。
「三賢者を侮ったな」
横一文字にバルタザールの剣が振るわれる。
「アブねぇ!」
ジルが間に割り込んで、風の魔術で距離を取るが、それでは回避しきれず、両者とも鎧が切り裂かれる。
「無詠唱なのに、なんて切れ味だ」
思わずジルが舌を巻く。
「分かったか。抵抗など無意味なのだ、ここまでの抵抗も、所詮無駄な足掻きに過ぎん」
そういって、バルタザールがゆっくりと二人に向けて歩き始める。
「そうか? 無駄じゃなかったさ。
直後、周囲から紫色の光がゆらめき、バルタザールに何かが突き刺さる。
「ぐっ……!?」
それは矢であった。まるで異なる方向から放たれたかのように、複数方向から飛んできた矢はバルタザールの体に突き刺さった。
「今の声、それにその魔法。まさか……」
「よう、アル。久しぶりだな!」
間違いない。その声の主は、ライアーだ。森のどこからかライアーの声がする。
「く、おのれ、まだ仲間がいたのか。だが、この程度の矢では……」
「あぁ、俺の矢だけなら、そうだろうな」
ライアーの言葉と同時に、空中に姿を現したのは鋼鉄の翼竜、トブであった。
「なっ!?」
今度こそ本気の驚愕を見せるバルタザール。
バルタザールが対応に動くより早く、翼から魔術で生み出された弾丸が機関砲の如く放たれる。
「くっ……。まさか、トブに運用要員を残していたというのか」
バルタザールは無詠唱で氷の壁を生成するが、それは素早く砕け散り、止む無く森の向こうへと飛び下がる。
(トブ!? 誰が操ってるんだ?)
一方、アルも驚いていた。ライアーが現れたのもそうだが、アルにとっては青天の霹靂だった。
「急いで乗ってください」
トブがアル達とバルタザールの間に割り込みつつ、後方の扉を開く。
中から出てきたのは見覚えのない黄色い髪の少年だった。
自分は今、大罪人の身の上だ。本当に見覚えのない彼を信じていいのだろうか? 一見するとバルタザールと敵対しているように見える動きだったが、トブを操れるということは、三賢者の一身である可能性は否めない。
アルが振り返ると、判断を仰ぐように、ミラがアルを見つめていた。
「おのれ……」
聞こえてきたバルタザールの声にアルが視線を戻すと、バルタザールが腰に下げた魔法陣を起動し、足元に魔法陣を展開していた。
「行こう!」
このままではどうしたって、全滅する。逡巡は一瞬。
アルはラインをおぶって、ミラを伴いながら、トブの中へと駆け込み、ジルも続く。
「全員乗り込みましたね? 翔びます!」
黄色い髪の少年がクリスタルに触れると、トブは空高く飛び上がった。
直後、バルタザールの掌の先から青い炎の球体が放たれる。
「ジル!」
「おう!」
ラインを床に寝かせてから、後部の扉から身を乗り出したアルとジルが掌の先から炎と風を放ち、バルタザールの魔法陣魔術を迎撃する。
「ダメだ! 魔術が強固すぎる!」
「ハッチを閉じてください!」
ジルの叫びを聞いて、ハッと外の様子を見て、ミラが叫ぶ。
トブの後部扉が閉まる。
直後、激しくトブが動揺する。
バルタザールの魔術が命中し、激しく爆発。トブを激しく揺さぶったのだ。
「ダメです、落ちていってる! どうすれば……」
黄色い髪の少年もまた動揺していた。
「ミラ、トブの損傷はどうすれば治る?」
「魔力の主が魔力を投じ続けていれば自己再生します。ですから、一度着陸して時間を与えれば大丈夫です」
「それじゃ、ラインが死ぬ! せめて、ランバージャックまで飛べないか?」
「無理ですよ、どんどん落ちていってる……。これ以上飛んでいられません」
ラインはミラのおかげで延命している状態にあるが、それもいつまでも保たない。ミラの集中力が切れれば終わりだし、そもそも血が空気に触れ続ける状況が望ましいことではない。
アルの問いはそんな理由からのものだったが、黄色い髪の少年は首を横に振る。
「ここからだと、ポトフでせめてもの応急処置が出来るかってところか」
「ポトフに着陸するのは目立ちすぎます。トブのバンカーへ!」
ジルの折衷案的提案にミラが首を横に振る。
「それってどこですか?」
「オートパイロットファンクションを起動してみてください。指定できるはずです」
「オートパイロットファンクション……、これですか」
黄色い髪の少年がクリスタルを操作する。
【自動操縦機能起動。移動先:バンカー】
やがて、トブがバンカーに着陸する。
「ふぅ、ひとまず着陸しました。挨拶が遅れた無礼をお許しください。ボクはロアイス。スペンスさんの弟子の存在だと思ってください」
「スペンスの? いや、その辺の事情も聞きたいんだけど、まずはラインの治療をしないと。僕、ちょっとポトフまで走って来るよ。癒し手がいるかもしれない」
「わ、わかりました」
ロアイスがクリスタルを操作し、後部の扉を開く。
アルは扉が開き切るのを待ちきれず、開きつつある扉を飛び越えて、バンカーの地面に降り立つ。
「あ……」
そして顔を上げると、そこにはメイスを持った金髪長髪の美しい少女が立っていた。
「君は?」
「わ、私はグローリア。レリック巡りが趣味で訪れたのですが……まさかこんなものを見かけことになるなんて……、あなた方は一体……?」
グローリアを名乗る金髪長髪の少女は困惑した様子だ。
(どうする? 何らかの方法で口封じするべきか?)
アルは一瞬悩むが、それより早く扉が開き切って、グローリアがあっと声を上げる。
「そちらの方! ひどい怪我をしていらっしゃいます!」
(まずい、先にこちらの弱みを見られた……!)
アルは焦るが、グローリアの言葉は思わぬものだった。
「私、癒し手をさせて頂いている身の上なのです。よろしければそちらの方を治療させて頂けませんか?」
「なっ――」
それはあまりに都合の良い話だった。
この困り切っているところに、ちょうど癒し手が現れる。
そんな都合の良いことがあるだろうか? 何かの罠ではないのか?
アルが仲間を振り返ると、意識不明のライン以外が全員一様に怪しいものを見る目でグローリアを見ていた。
(けど……)
これからポトフに走っても、そこに癒し手がいる可能性は低い。否、いない可能性の方が圧倒的に高い。
(なら、罠でも……)
「……ラインを救えるなら」
アルは覚悟を決めた。
「え?」
「いや。ありがとう。じゃあラインのこと、診てくれるかな?」
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「Legend of Tipaland 第10章」の大したことのないあとがきを
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