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行開け

カボチャ大騒動

「んで、これはなんだよ」
 滑走路に沿って並ぶハリケーンと呼ばれる戦闘機の近くで、飛行帽を被ったパイロットが近くの整備士に訪ねる。
「カボチャです」
 何を聞きたいのか分からないが答えている、そんな印象を受ける答え方であった。
「いや、見りゃ分かる」
 彼らが話しているのは、機体の爆弾架に吊り下げられていたカボチャの事であった。
 カボチャは、その一機だけでなく、並んでいる機体のほとんどに吊り下げられているか、今まさに吊り下げられようとしていた。
「私も吊り下げるように言われただけでして」
 整備士がレンチを手にしながら頭を掻く。
「まあ、訓示で言うだろうよ。機体は頼む」
 整備士が何も知らない事を確認したパイロットは機体から離れて、司令部に向かって歩きだす。

 

= = = =

 

「上への当てつけに近いな」
 基地司令が説明したところによると、今日使うはずの爆弾が積まれているはずのトラックの中身がカボチャであり、爆弾の所在地を確認した物の、特定する事ができなかった。
 そこで、この地域を統括する方面軍の司令部に今日の攻撃をどうすればいいか尋ねたが、方面軍司令部からは現場の努力で爆弾を確保し、攻撃を実施するように言われただけであった。
「知っている通りの補給状態だ、他の基地にも余剰の爆弾があるわけが無い。だったら、間違えて届いたカボチャでも落としてやる。という訳だ」
 戦争の長期化、補給線の長距離化等で補給が滞る事が多く、敵に圧力をかける為と連日の出撃を余儀なくされている前線の航空基地に代替する爆弾などあるわけが無かった。
「面白いですね」
 一人のパイロットが発言する。連日の出撃で体力の回復という意味で、休憩する時間はあったが、娯楽というと任務後に支給される煙草程度であり、爆弾の代わりにカボチャを投下すると言う事を楽しもうとする者は多かった。
「ちょうど本国だと、ハロウィンの季節だ。敵はそれを祝っていると思うだけで爆弾が無いとは気付かないだろう」
 楽観的な考え方だと思う者もいたが、ハロウィンという言葉を聞いて、出撃までの時間に自機のカボチャをジャックオランタンにしようとする者や、自室のシーツを被って出撃しようとする者等、降って湧いた遊びの機会に楽しむ努力をする事を優先する者が多かった。
 流石に航空機の操作を妨げるような仮装は禁止されたが、この地域では迷彩として使えないペンキを使い機体に色を付ける、顔にインクを塗りたくる等可能な範囲で楽しむ努力をして、パイロットたちは出撃に備えた。
 出撃は予定通りに昼過ぎに行われ、カボチャを搭載したハリケーンが離陸し、それを護衛するカボチャを吊り下げていないハリケーンがそれを追うように離陸した。
 いつもと違うカラフルな戦闘機を見て、飛行場の防衛を担当する陸上の兵士たちは何をやっているのだろうかと、昼食として配られたカボチャ料理を手に、遠ざかっていく機影を見つめていた。

 

= = = =

 

 連日繰り返される空襲に、敵も何も対策をしていないわけでは無い。戦線の上空で警戒をしていた敵戦闘機隊は、色とりどりの編隊を発見して、その色合いに困惑しながらもすぐに攻撃を行う為に高高度を取ってから急降下で編隊に対して攻撃を仕掛けた。
 急降下中の敵機を発見した編隊は編隊を崩し、バラバラに回避する。その俊敏な動きを見て、敵戦闘機隊の隊長は大きく動揺した。爆撃任務であれば、鈍重な機体も含まれるため、降下中に気付かれたとしても襲撃が成功する事が多い。しかし、敵はすべて俊敏な動きで回避をして見せた。そこから、敵の目的は定期の爆撃任務に見せかけた制空権確保のための航空戦であり、カラフルな機体は爆弾を搭載していない事を悟らせないための偽装だと判断した。
 もちろん、仮装している戦闘機達はそんな事は意図しておらず、吊り下げている物が普段の何十倍も軽いだけであるのだが、そう判断した隊長は、最初の襲撃が失敗した段階で、急降下で乗った速度を生かし、離脱した。
 敵のセオリーが急降下で編隊を乱してからの格闘戦であると把握していたパイロット達は、散開しながら後方につく敵機を警戒していたが、急降下の後、離脱していく敵機を見つけ、不思議そうにしながら各自の目標に向けて飛行を再開した。

 

= = = =

 

 最初にカボチャが投下されたのは防衛のために構築された塹壕であった。多くの兵士が退避壕に避難する中、一人の兵士が対空砲の操作担当であったため、接近してくる敵機に対空銃架に据え付けられた機関銃を必死で敵機に射撃していたが、見慣れないカラーリングから混乱し、距離感を見誤り、届かない射撃を続けている状態になっていた。
 敵機から何かが切り離され、こちらに迫ってくるのを見た兵士は死を覚悟し、目を瞑った。
 そんな彼の耳に何かが潰れる音が聞こえた。彼はそれを自分の頭に爆弾が直撃し、頭が潰れる音であると思い込んだが、意識が消えない事から、どうも違うらしいと目を開ける。
 すると、少し離れた所に、謎のオレンジ何かが散らばっていた。もちろんそれはカボチャであるのだが、彼はそれがなんであるかという事を理解する事ができなかった。
 疑問に思った彼が敵機を探すと飛び散ったカボチャの様子を見ようと引き返してきており、距離が近くパイロットの顔をはっきりと見る事ができた。しかし、その顔は様々なインクで塗られており、高速で動くそれを人間と認識する事は難しい。
 それを見た兵士は、パイロットを悪魔等の異形の怪物であると思ってしまった。そして、そう思ってしまった以上、カボチャを投下しただけという現実よりも、何かの前兆であると考える方が自然であり、この兵士は大声を出しながら走り出した。
 その声と走る姿によって、恐怖が外に出ていた兵士に伝播し、何かがあったらしいという情報から、後方への撤退を開始する部隊が現れるなど、防衛線は大混乱に陥った。
 次に投下されたのは、都市部に位置する敵の司令部であった。普段は市街地内部に存在する事から、攻撃対象に選ばれる事は少なかったが、今回はカボチャであり遠慮をする必要は無かった。
 重要施設であるから、防護は厳重であり、激しい対空砲火を前に一機が撃墜される。
 それでも、多数のカボチャが投下され、司令部の置かれているホテル周辺はオレンジ色の跡が所々に現れ、角度が良かったのか、そのまま転がっているカボチャもあった。
「どういうことだ」
 ホテルのバルコニーに出てきたこの司令部のトップを務める司令官がその様子を見ながら言った。
「カボチャが投下されたようです。前線にも投下されたようで、混乱が発生しています」
 一人の士官が報告する。
「混乱か、私もよく分からんからな。まあ、収穫祭か何かだろう。遊ぶ余裕があるとは、うらやましい限りだ」
 対空砲火の音が鳴りやみ、静かになったホテル周辺に残るカボチャを見ながら、ため息をつく。
「カボチャが投下されただけで、何かの予兆では無いと通達しろ。それから、流言蜚語の類について広まらないように指示を」
 自分の襟を整え、気持ちを入れなおした司令官は指示飛ばす。混乱の規模が大きくなれば膠着している戦況が再び相手に傾くかもしれない。混乱を早期に収めるための行動は必要であった。
 しかし、その混乱はさらに拡大していく事となる。
 パパパッと響いた銃声に司令官が市街地を見る。
「混乱で市民を撃った訳じゃないよな」
 そう呟いた瞬間、手に紙を持った兵士が部屋に飛び込んでくる。パパパパッと複数の銃声が再び響く。
「兵舎からです。レジスタンスの襲撃です」
 別の兵士も飛び込んできて、報告をする。
「市内警備中の部隊から何者かに攻撃されたと」
 司令官は帽子を地面に叩きつけながら、指示を飛ばす。
「決起の合図だったというのか! 全部隊に警戒を指示。本部に増援を要請」
 それは誤解で、まったく攻撃されなかった司令部が攻撃されたらしいという情報から、攻勢が近いと勘違いしたレジスタンスが決起したというのが真実であった。しかし、事実よりも、何かしらの合図であったという方が自然に感じられたであろう。
 誤解から始まった撤退と、レジスタンスの決起によって、敵が大混乱に陥っているという情報を手に入れた陸上部隊の指揮官は、その隙を見逃さずに攻勢を開始。混乱と決起の対応で対応できなかった敵は各地で突破され、都市を破棄する事になった。
 この攻勢は、敵に大きな混乱をもたらし、同時に味方の補給部隊も急な攻勢で混乱はしたが、戦争における転換点となり、ほんの遊びのつもりだった行動は歴史書にも乗るような出来事となってしまった。
 また、後にこの都市では、この解放を記念してこの季節にカボチャを投げつける、高い所から投げ落とす等して叩き割るという事が祭として定着したというのはまた別のお話である。

 

End

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