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空虚なる触腕の果てに 第2章

「鉱山惑星サッターズミル」

「コンピュータ。周囲の星系をスキャンしておこう。やがて帰った時にいい記録になる」
【了解】
「それが終わったら、各惑星のスペクトルも解析しておこう、レーザー以外にも修理したいものはたくさんあるからな」
【了解。実行中:星系スキャン。予約:各惑星のスペクトル解析】
 しかし、コンピュータってのも味気がない気もする。GUFにいた頃はコンピュータ一人一人にパーソナルネームがついていた。
「コンピュータ。お前にパーソナルネームはないのか?」
 なにせ星と星の間というのはひどく距離がある。ナルセ・ドライブが機能していない今、通常航行で目的の星まで行くのはかなり時間がかかるもので、その暇な時間にはこんな余計なことを考えて、あまつさえ質問してしまうのだ。
【否定。パーソナルネームは未設定です。ちなみに型式番号はGZK-9000です。パーソナルネームを設定しますか?】
 お、面白そうな返事だ。せっかくだから名前をつけてやろう。なにせ下手したら死すら一緒になるかもしれない相棒になることだしな。
「設定する。が、どんな名前にするか……」

 

「{?クkキクoマ<{?クiキキ?Vエ{6?ヌキ?O5{?t?キキ?_{ヲ?mキキ?V?{5iァキ?ow{5kァキ?O5{?7??キ?_{5??キ?_[{5iァキ?_8 {5?ラキ?o{5iキコiヨロ{5iヌコ?゚6{5i?ケ?y{5?ヌクoマ4{カ??gキ?Vエ」

 

「うーん、エーアイ、アイ、ラブ、アモル、アモーレ……いや、この方向性は微妙だなぁ」
 気がつくとかなり目標の惑星が近づいていた。かなりの間悩んでいたみたいだ。しかし、まだ決まらない。
「ハル、避けたがったが、これしか良いのが思い浮かばない。コンピュータ。お前の名前はハルだ」
【記録によるとそれは人間の脅威となったAIの名称。警告。縁起が悪い】
「縁起が悪いって……。俺もそう思ったが、でも、他に浮かばないしなぁ」
 AIでハルといえば地球時代の有名な宇宙映画に登場するAIの名前だと地球時代の映画を知るものなら大体分かる。コンピュータのデータベースにもそれが含まれていたらしい、少し驚きだ。
【フィクションに由来するAIであれば、戦闘機関係で他にも存在する。提案。エディ、もしくはユキカゼ】
「エディこそ縁起悪くないか? あいつの最後は敵に突っ込んでの自爆だぜ。ユキカゼは……、日本語ジャパニーズは趣味じゃないから却下だ。それに、その二人こそ、割と人類側からはどうしようもない理由で暴走してるじゃないか。ハルの異常行動は二律背反に晒されたせいで、本人には責任がないと作中で示されてる。要はそうしなきゃ良いのさ。ハルは本来ならディスカバリー号の優秀なクルーの1人だった。なにせ自分1人でも任務は遂行できると考えたほどだからな。そんな奴と一緒なら、この窮地も乗り越えられそうな気がする」
【了解。私はハル】
 デイジー・ベルのメロディが流れる。なかなか気が利いている。セントラルアースは地球の文化保護も当然重視しているから、このように地球の文化に関しては詳細なデータベースがあるのだろう。まぁ、実際、俺はセントラルアースに入ってセントラルアースの保存している映画データを見て地球時代の映画にハマった口なのだが。ってそういえば。
「ハル。もしかしてこの機体のデータベースに映画や書籍のデータもあるのか?」
【否定。データベースの概要及びあらすじ部分のみを、対話モード時を想定して保持している。ただしセントラルアースの文化保全サーバーネットワークと交信が可能であれば適時ダウンロードは可能。警告。文化保全サーバーネットワークへのアクセスが出来ません】
 なるほど。残念だ。が。
「もしかしてそのあらすじは割と膨大に?」
【肯定。セントラルアースの保有する文化保全サーバーに記録されている全てにあらすじデータを保有】
 冷静に考えるととんでもない記憶領域の無駄遣いだが、今回ばかりは助かった。
「じゃあ頼めばその辺の朗読とかもしてもらえるか?」
【肯定】
 こりゃ良い暇つぶしの材料を見つけた。
【警告。食事の時間。所定の量を摂取せよ】
「これ、本当にいちいち取らないとダメか? こんなチマチマと食べてると却ってお腹が減ると言うか……」
 今の俺は、固形食料を3分割して毎食食べている。そうしないとあの惑星で食料を得られなかった場合に大変なことになるからだ。

 

「{5?ァシ???{ヲ??キキ?Vキ{5kァキ?__{6?wキ?Vエ{4?gケk?サ{???ヌケk??{4?Wケ?y{5iキクmカロ{5?キキ?Vコ」

 

 不思議な音が頭の中で反響する。頭が痛い。意識が薄れる。
【警告。前方に構造物。推奨。急停止若しくは急旋回】
 何か警告が発生し、コンソールに赤く文字が表示されている。が、意識が朦朧として読めない。
 次の瞬間、体を強い衝撃が襲い、俺はその衝撃で意識を取り戻した。
【警告。前方の構造物に接触。パイロット、視野喪失ブラックアウトと判断し、自己判断で逆進】
「ありがとう、ハル」
 ハルは俺が操作不能状態にあると判断し、自動的に致命的になる前にブレーキをかけ、かつバックまでしてくれたらしい。
「な……」
 目の前に広がる構造物は少し前にサハラと名付けた惑星で見たものと同じ、支援物資投下用のポッドであった。
「な、んで、こんなものが宇宙空間に……」
 支援物資投下用ポッドは本来惑星に打ち込むポッドであり、宇宙空間に浮遊させるものではないし、そもそも牽引トラクタービームもない航空機では宇宙空間に浮遊する物資を回収する術もない。
 そして何より。
「進路上に障害物なんてあったか?」
【否定。食事に入る直前に周囲をスキャンした際は、1時間食事を続けて無操作であっても支障がないと判断出来る状態だった】
 奇妙だった。何より不気味だった。
「あ、あれが、ヤドカリみたいな生物の巣で、それがワープしてる、みたいな可能性は?」
【可能性は低い。センサアレイはタキオン粒子や重力変動などを一切の変化を感知していない】
 つまり忽然と現れた……。って待てよ。
「なぁ、前に投下ポットを見たよな? 遭難してからあの瞬間まで、一度でもその手のものを感知したか?」
【否定。最後に重力変動を感知したのはアースからの支援砲撃を受けた時】
 あの砲撃は明らかに長距離だった。ビーム自体を何らかの方法でワープさせなければそりゃ不可能だろう。そんなとんでもない技術をどこで取得したのか、自分の所属している組織ながら恐ろしいが、ともかく重要なのは、どうも、サハラで受け取った支援ポッドもあれはセントラルアースのものではなさそうだ、というところか。俺はてっきりあのビームをワープさせたのと同じ謎技術で飛ばしてきたのだと思っていたからだ。そうでないならあのポッドはセントラルアース以外の何者かによって、突然そこに現れたということになる。ところで……。
「ハル。俺が失神してから墜落するまでにもその手の反応は一切なかった?」
【肯定。推測。敵が未知の転移技術を所持している可能性】
 ハルの推測は俺がひっそりと感じているそれと同じだった。それなら説明がつく。何者かは俺をここに転移させ、その上であのポッドやこのポッドを転移させている、そういうことだろう。
「実は俺はデスゲームにでも参加させられているんだろうか? それかサバイバル系のゲーム」
【であれば、物資の調達を急ぐ必要がある。推奨。前方の構造物より物資を回収】
「どうやって?」
【私が本機を維持しますので、本機のコックピットにあるチューブを宇宙服前方の接続口に接続。コックピットから出て、構造物まで移動、そして物資を回収】
「なるほど、それで行こう」
 俺は通常「アンビリカルコードヘソの緒」と呼ばれるチューブをお腹の部分にある「ネーバルヘソ」と呼ばれる接続口に繋ぐ。ヘソとヘソの緒は地球の哺乳類にのみ見られる特徴で、この構造は地球の構成員である証である、と言うことらしい。ぶっちゃけるとチューブが前に来るので作業がやりにくい。セントラルアースの理念に共感して入った俺だが、こういうところはちょっと考えた方が良いと思う。

 

【間違いありません。すべて食料です】
 なるほど。今備蓄してるのと同じ食糧だ。きっかり1ヶ月分。
【警告。未知の補給手段を当てにしすぎてはいけない。推奨。倹約食事の続行】
 確かにこれからどれだけここにいることになるか分からないのだ。どれだけ食料があるにせよ、倹約するに越したことはない。わかったよ、と頷いておく。
「ハル。目標惑星に大気は?」
【存在する。大気圏に突入する際にはバリュートの展開が必要】
「その辺の訓練はまだ受けてないんだが、オートパイロット出来るか?」
【肯定。大気圏突入プログラムを起動】
 ガスによって膨らむ袋が展開される。この袋はバリュートと呼ばれていて、耐熱シールドの役割を果たす。大気圏に突入する際に生じる断熱圧縮による加熱から機体を守ってくれる。もちろん、断熱圧縮による加熱が最低限になるように軌道を調整してようやく成立する話だが。現在、この機体がメインのエンジンを止めて各部に搭載された小さなイオンエンジンからプシュプシュと推進力を放っているのは、この軌道を微調整するためだ。
【ところで、持病に頭痛があるとはパソーナルデータにありません】
「え?」
【先ほどの視界消失ブラックアウト時、頭痛を訴えていました。持病でないのなら、何らかの疾病の可能性があります】
「あぁ。これは少し前からなんだ。再現性がないんで医者もサジを投げてね。少し前にアースが過去の世界に飛んだのを知っているか?」
【肯定。作戦レポートに記載がある。並行世界の西暦1961年に転移した】
「そう、その時にクラン・カラティンとかいう奴らと艦内で戦闘した時に、捕虜になってな。向こうの転送システムで転送されてから、時々変な音が頭の中で響いて、頭痛がするようになったんだ」
【記録にある。ラルフ・カーペンターはインダス隊の四番機として出撃。敵の攻撃の前に戦闘不能に陥った。その後、僚機エレメントであった、三番機、サカリ・グラナドの投降を以って、敵の本部、サンフランシスコに転送させられた。うち片方が輸送時にミスをしたため、なんらかの異常をきたした可能性がある。推測:この片方が貴方】
「だろうな。だが不思議と、医者たちが見てる前では起きなくてな。さっぱりなんだよ。それにしたって意識が薄れるほどの頭痛は今回が二度目ってほどには少ないが」
【理解した。以降、頭痛発生を認識した場合、自動でこちらが操作を受け持つ。許可を】
「あぁ、それで頼む」

 

「{5?ラキ?_:{4?Wキ?_]{6?ヌキ?_{?7??キ?_{?t?キキ?Vシ{?;mァクmマZ{5kwキ?__{ッ}?gキ?O6{?t?キキ?o6{ニコ?ァキ?_<{5kァキ?_8{5??キ?ow{5kGキ?V?{4?Wケiマ={5?キキ?_8{5i」

 

【警告。大気圏への突入を開始】
 直後に激しい振動が襲う。そして、視界に青い結晶が無数に突き出ている地表が見える。
【着陸に適した地形を確認。着陸を実行】
 機体が旋回する。見れば少し先に開けた場所がある。機体はそこまで前進し、ゆるやかに着地した。
【酸素が極めて少ないため、生命維持装置が必須】
 大気組成の分析結果が表示される。スーツの状態を念のため確認し、外に出る。
 あたりを見渡して改めて実感する。どっちを向いても青い結晶が視界のほぼ全てを覆うのである。
「ハル。これ、全部フェザナイトなのか?」
【肯定。これほどの量を見られる惑星は前代未聞】
 スーツの通信機と長距離偵察機が無線で通信し、ハルと繋がる。
「だよな。ゴールドラッシュだ。……ハル。カリフォルニア・ゴールドラッシュで最初に金が見つかった場所、どこだっけ」
【サッターズミル】
「それだ。ハル。記録してくれ、ここは結晶惑星サッターズミルだ」
【了解。星間ネットワークに共有。警告。星間ネットワークにアクセスできません。次回アクセスしたタイミングで自動的に同期されます】
 ゴールドラッシュ以上の衝撃だろう。これだけあればどれだけ採取してもなくならない気すらする。ここに篭って採掘して売るだけでどれだけの稼ぎになるか。あるいは何らかの軍事組織がここを占有してしまえば、その組織は一生レーザーの生産には困らないかもしれない。それほどに、この世界の軍事バランスを変えてしまいかねない惑星だ。
「いくら未明領域とはいえ、こんな惑星を未開発で放置する何であり得るのか?」
 これが謎の技術を持った人間の戯れだとして、なぜこんな宝の山のような惑星を放置しているんだ。こんな惑星すら無視出来るほど、とんでもない力を持った存在、そういうことなのだろうか? そもそも食料は完全に”誰か”頼りだ。もしその”誰か”が俺を見捨てたら、俺はそこで死ぬわけだ。想像して少し怖くなる。
「いやいや、そんなことより、フェザナイトの採掘だな」
 近くの大きな大きなフェザナイト結晶に駆け寄る。

 

「{?゚?wス??{5?キキ?V?{5??キ?Vサ{4?Wケ?O[{6?gシkッ{ッkヌキ?Vコ{5??キ?o{5?キキ?V?{5??キ?o<」

 

「ダメだぁ、砕けねぇ」
 ブラスターを使うという荒技すら試したが、フェザナイト結晶を砕くことは叶わなかった。
「ハル。普通フェザナイトってどうやって採掘するんだ?」
【特殊な溶液を使い溶かして切り出す】
 そりゃ、物理的には無理か。
「その溶液は作れないか? あるいはこの惑星にある可能性は?」
【人工的に合成され作られた液体であるため、自然界に存在する可能性はほとんどない。また現在の装備で生成は困難】
「そりゃ参ったな」
 まさかこんなにフェザナイトで溢れかえった非現実的な素晴らしい世界で躓くとは。
「あ、そうだ。この星に生物はいないのか? フェザナイトを代謝するとか、フェザナイトを溶かす液体を持ってるとか。こんな星で生きていくならそんな性質の生物がいてもおかしくないだろ」
【本惑星全土をスキャン済み。報告。本惑星に生命体の反応、ラルフを除き皆無。本惑星に生命体は生息していない】
 ダメか。まぁ大気が辛うじてあるとはいえ、おおよそ生命体の生活できる土地じゃないもんな。
「ハル。そのフェザナイトを溶かす液体の材料がありそうな惑星はあるか?」
【肯定。時間はかかるが、材料を収集することは可能】
「よし、ならそれで行こう。早速離陸しよう」
【警告。体を自由にしての睡眠の不足。推奨。安全地帯に着地している今のうちに睡眠を取る】
「……なるほど。じゃあ今晩はここで寝て、明日発進だな」
 確かにずっと座ったまま寝ていた。ちゃんと寝返りをうてるように寝ないと、しっかりと体が休まらないというのは常識レベルの知識だ。完全に安全が確保されている今こそ、数少ないそのチャンスである。
 コックピットに入る。
「ハル。コックピットを睡眠モードに」
【了解】
 コックピットの機械類が奥に引っ込み、椅子が文字通り真横になる。さらに、側面の収納スペースには掛け布団。ちょっとびっくりするほどの充実さだが、要はそうしたちゃんとした睡眠すら必要とするほどに長期の偵察を見越しているのだろう。例えば敵拠点の近くに張り付いて、敵の重要艦船の帰港を待ち、帰港してきたタイミングでその座標データを送る、とか。  シールドで覆われているような基地も艦船の帰港時にはそのシールドを開く。そこに予兆すらないあの超ロングレンジ砲撃。ひとたまりもないだろうな。などと考えているうちに、俺の意識は夢の世界へと落ちていく。

 

「{?クkキクoマ<{?クiキキ?O5{?ロ?ァキ?V?{ッ|??キ?V゙{5kキシk_{5?キキ?V?{5??キ?Vコ{6?gシ?ヨ?{5??キ?o<{4?gキ?_y{5kwキ?_{ニシ?Gキ?Vキ{5??ス?OZ{6?ァキ?V?{?ク?ラキ?_<{5kァキ?_{5??キ?_{6?ラキ?V?」

 

 夢を見ている。頭の中で奇妙な音が響いている。
 そこは極彩色の空間。まるで極彩色の筒の中にいるように、下へ下へ落ちていく。
 何かがこちらを”見”ている。
 ――いけない
 直感する。気付いてはいけない。気付いてることを気付かれてはいけない。
 恒星のようにメラメラと燃える光、それが瞳であることを、理解する。
 ――いけない
 直感する。見てはいけない。見ていることに気付かれてはいけない。
 あらゆる光を飲み込むブラックホールのように極彩色の空間の中にポツンと浮かぶ闇、それが瞳であることを、理解する。
 ――本当にいけない
 直感する。逃げなければならない。アレに逃げようとしていることに気付かれてはいけない。
 だというのに、だというのに、なぜ、俺の入っているこのポッドのような入れ物の入り口は、ばっちり開いているのか。
「{?t?キキ?O5{?7??キ?_{ニコ?キキ?_<{6?キキ?V?y?ワ?」
 頭の中で奇妙な音が響く。
 そして、あぁ、極彩色の壁が歪む。それはまるで――

 

 ピピピッという機械音で目を覚ます。
【おはようございます。7時間ジャスト、理想的な睡眠時間です】
 なんだか、変な夢を見ていた気がする。
【起きたばかりですが、緊急事態です】
「緊急事態? という割には7時間寝かせてくれたみたいだが」
【正確にこの事態を説明できるか分かりませんが】
「コンピュータらしからぬ発言だな。起きたまま説明してくれ」
【この惑星に生命体が存在しています】
 唐突過ぎる宣言だった。
「それはその、つまり、なんらかの方向でスキャンを逃れてただけで、実は生命体がいることがわかった、と?」
【突然スキャンに反応するようになり、以降はずっと反応しています。まるで突然発生したかのようです】
 コンソールを確認すると、本当になんの兆候もなく、突然、惑星中にその生命体の反応が発生したようだ。以降は当たり前のように生活している。
「ハル。これまで生態をまとめたデータがあれば出してくれ」
【了解】
 コンソールに大量のデータが表示される。
「ずいぶんたくさん集めたもんだな」
【突然の発生に理解が及ばず、原因を究明するまで調査を続けていました】
「えっと、現時点で原因は不明だったよな、ということは、今この瞬間までってことか」
【肯定。ただ、現時点までの調査結果として言えることは、彼らに本機のスキャンを逃れる術を持つようには思えない、という事です】
「そうみたいだな」
 実のところ生命体がスキャンから逃れる手段はある。なければ、「隠れる」事が不可能になってしまう。この宇宙時代、多くの知的生命体がいるが、セントラルアースも時折そうしているように、政府から隠れているものも少なくはない。当然彼らはスキャンされれば捕まってしまう、と言うわけではない。ちゃんと逃れる手段はあるのだ。
 だが、この惑星の生命体らしい彼らは、見た目で言うとヤドカリのような生命体で、明らかに本能だけで行動していて、知性は感じられない。また、スキャンを防ぐなんらかの装備を持ち得ているようにも見えない。
 生態としては、夜から朝までは殻代わりの巣穴に隠れ、朝になると顔を出し、近くの結晶を口から出す溶液で溶かして切り出し、巣穴に運ぶ。あとはこの結晶を摂取し、代謝して1日を過ごす。
「この環境だからな、結晶をエネルギー源としなければ生きていけないのは分かるが、あまりにも……。こいつを食う生命体とかいてもおかしくないだろうに」
【肯定。この惑星上で確認されている生命体はこの種のみです。新たに発生しなければ、ですが】
 もちろんなにより奇妙なのは発生だ。確認されている生命体の中には幼体もいるとはいえ、ほとんどが成体だ。どこでここまで成長した? 昨日はいなかったのに。
【推奨。この生物を利用してのレーザー媒質の確保】
「そう、だな」
 この惑星とこの生命体にいい知れない不気味さを感じながら、俺はコックピットを出て、その生命体が運んでいる結晶を拝借する。
 驚いたことに全く抵抗することなく、そいつはすぐに別の結晶に向かっていった。
「本当に敵とかいないのな。威嚇するなり、攻撃するなり、逃げるなり、あるだろうに」
 その生命体の反応は、やはり敵という存在がこれまでいなかったことを示していた。
「……パシフィスト平和主義者とでも呼ぶか」
【あまりにそのままの単語すぎます。推奨。複数の言葉を合わせた複合語】
 なるほど、確かに。
「なら、パシフェザー、で行こう」
【了解。星間ネットワークに共有。警告。星間ネットワークにアクセスできません。次回アクセスしたタイミングで自動的に同期されます】
 パシフェザーから、さらに結晶を拝借し、前部のレーザーを修理する。
【次はどうしますか?】
「もうどれも自然界では手に入らないものだからなぁ。とりあえず、機能停止してるエネルギー転換装甲を直せれば、今後の移動に役立つかな」
 実際、これからどうするべきだろうか。緑の多そうな惑星を探して、果物なんかを得て救援を待つか……。

 

「{5?ラキ?ow{5iァキ?_w{5kヌキ?_{{5iァキ?_{5kァシ?ヨ?{5??キ?o<{4?Wシk9{ソxogキ?Vエ{6?ヌキ?V?{4?gキ?_]{5i?キ?o6{5i?キ?V?{ソ8kWサ?O:{5?キキ?o6{5?キキ?o{5iァキ?_8{5?Wキ?Vス{4?Wクm゚y{5?キシ?O7{5?ヌキ?o{6?」

 

 しばらく地味な作業が続いた。触媒のいい取り付け方も触媒に適したサイズや大きさ、形なんかも分からないので、ひたすら取り付けて、レーザーを撃ってみる、を繰り返した。
「終わったぁ」
 ようやく、よく敵が使っているような青いレーザー光が機首から放たれた。
【e98984e98bbce5a293e59cb0e38387e38393e382b9e383a2e383b3e382b5e383b3】
 また、か。
「ハル。デコード頼む」
【完了済。結果を理解不能】
「分かった、とりあえず表示してくれ」
【了解】
 座標データが表示される。大気圏突入前に作成した星系データで確認すると、なるほど、何もない空間だ。
「なるほど、こりゃ意味不明だ。ここには何もない」
【否定。現在の空から確認できる星系図を再描画】
 星系データが更新される。すると、指定されてる座標付近の星の配置が変化している。指定された座標には、惑星が一つ。全ての惑星に識別記号を振ったはずで、配置が変化してもそれは引き継がれているのに、指定された座標の星にはそれがない。
【当該座標に新たに惑星が出現し、周囲の惑星がその重力圏などと整合性を取るため移動したものとみられる】
 いやいや、何を言っているのだ、ハルは。それじゃまるで、誰かが「ここに惑星作ろう」とつくったことで、それに合わせて最初からそうだったように宇宙全体が変化したみたいじゃないか。そんなことはあり得ない。きっと、スキャンのミスだ。そうに違いない。コンピュータにだって失敗はあるのだ、きっと。
「それで、この惑星には何が?」
【この惑星には、飛行機の墓場ポーンヤードが存在すると見られる】
 耳を疑った。飛行機の墓場ポーンヤードとはパーツ取りや解体待ちのために使わない飛行機を置いておく場所の事を言う。当然、こんな人の気配ひとつない未明領域にあるはずがない。
「なぜそんな事が言える」
【スペクトルの解析による推測。この惑星には、無数の兵器が眠っていると考えなければこの結果に説明がつかない。でなければ、この惑星ひとつで軍一つを構成する艦船や航空機を作るのに十分すぎる資源が一通り揃って加工済みで露出していることになる】
 言うまでもないが鉱物資源が露出して存在していることはほとんどない。だが、こんなフェザナイトばかりの惑星があるくらいだ。きっと、たくさんの加工が不要な鉱石が露出している惑星もあるのだろう。きっとそうに違いない。
「いずれにせよ、修理に使えそうだ。向かおう」
【了解。離陸および、惑星からの脱出を開始】
 機体が飛び立つ。正直、不安な気持ちが止まらないが。それでも、進まなければ、そこで死ぬだけなのだから。

 

《同じ頃、アース艦内》

 

「とりあえず、ネオアドボカシーボランティアーズの奴らは追い返せたか」
 艦長が息を吐き、背もたれに深くもたれかかる。
「一度この宙域を離れよう。奴らが戻ってくるかも知れん」
「この宙域より離脱。了解アイ
 艦長の指示に航海士官が頷き、進路を確認する。
「艦長、アレクサンドロス3に襲撃してきた部隊のエンブレムについてなのですが」
 ラルフ捜索周りのことを任されていた副官が報告に現れる。
「……クラン・カラティンの紋章トリスケリオンと、宮内庁の紋章五三桐魔女連合の紋章アルカディア、三つの意匠を取り込んだものだ、と?」
 クラン・カラティンと宮内庁、そして魔女連合。それは彼らが過去に迷い込んだ並行世界の西暦1961年で出会った三つの組織であった。うち、宮内庁と魔女連合は彼らと同じく他の並行世界から迷い込んできた者たちで、この三つの組織は、現地の組織であったクラン・カラティンを中心に結束、セントラルアースとも交戦したり、時には協力したり、といった複雑な経緯を辿った。
 だが、それがなぜ、この新宇宙暦246年に出てくるのか。
「やはり、ラルフの一件はあの時の出来事が絡んでいると見るしかないか」
「艦長の見解に同意致します」
 副官が艦長の言葉に頷く。
「なら、やむを得まい。通信士官、本部にコード・MDを要請してくれ」
「本部にコード・MDを打電、了解アイ
 こうしてアースの艦長はセントラルアースの本部に向けて短い暗号文を送った。それがどうラルフの運命に関係するかは、まだ、分からない。

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