Vanishing Point 第2章
分冊版インデックス
惑星「アカシア」桜花国
そこで暗殺者として裏社会で生きる「グリム・リーパー」の3人はとある依頼を受けるもののその情報はターゲットに抜けており、Rain(
その罠を辰弥と鏡介の機転で乗り切るものの、辰弥が倒れてしまう。
そんな依頼を達成した後日、辰弥は買い出しの帰りに行き倒れている一人の少女を発見する。
辰弥に抱き起された少女は彼を見て「パパ」と呼び、意識を失うのだった……
第2章 「Cardinal Point -基点-」
「おい、どうした」
辰弥がうっかりかどうか分からないが通話の回線を開いたままでいて助かった。
驚いているらしい辰弥の様子に、鏡介が状況把握のために視覚の共有申請を飛ばす。だが、辰弥は気が動転しているのか共有申請に気づかない様子で誰かに声をかけている。
《……パパ……》
かすかに、そんな言葉が聞こえる。
「……は?」
――パパ、だと?
本人は現在二十四歳だと言っているものの見た目年齢十代後半、そんな辰弥をパパと呼ぶ存在がいていいのか。というよりも本当に子供がいるというのか。
「おい辰弥、状況を教えろ!」
焦ったくなり、鏡介が再度声をかける。それにより、辰弥もようやく共有申請に気づいたか鏡介のディスプレイに辰弥の視界が表示される。
辰弥の腕の中には一人の少女が抱き抱えられていた。
一見して、意識がなさそうだと判断する。
「どうしたんだ、その子」
《エントランスに倒れていた。衰弱がひどい》
少女の透けるような白髪が数本、顔に張り付いている。微かに胸が上下しているところを見ると辰弥の言う通り衰弱しているだけで死んでいる訳ではないと分かる。
「とりあえず部屋に運べ。俺が『イヴ』を呼んでやる」
ありがとう、と辰弥が少女を抱え、たと思ったら数歩下がって床に置いていた荷物も回収、マンションの中に入っていく。そこまで見届けてから、鏡介は視覚共有を解除、ある人物へ通信し、終えてからふう、と息をついた。
「お前は! 何を拾ってきたかと思えば女の子、だと!?!?」
ソファに寝かせた少女を見るや否や、日翔が思わず叫ぶ。
「猫じゃないんだぞ? 元の場所に返してきなさいとか言えねーじゃねーか! いや猫でもダメだけど!」
「いやこのマンション事故物件にしたくないし」
よりによって言うことそれかよと辰弥の言い分に日翔がため息をつく。このマンションはアライアンスのメンバーが多く住んでいるため、厄介ごとは抱えたくない。
「なんで拾ってくるんだよ、俺たちどういう立場か分かってんのか? 警察沙汰になったら一発アウトだぞ?」
そう捲し立てるものの、日翔は決してこの少女を今すぐつまみ出そうとかそんなことは考えていなかった。
ただ、毎回こんなことがあるといつかは足がつく、と辰弥に警告しているのだ。
だが。
「俺を拾ったのは誰だよ」
「……う、」
日翔はこの時思った。
特大ブーメランを投げてしまった、と。
確かに四年前辰弥を拾って面倒を見たのは自分だ。鏡介もかつてのリーダーもそんな自分に呆れ果てていたのではなかったか。
放って置けなかったんだ仕方なかったんだよとはあの時日翔は思ったが、辰弥も同じなのだろうか。
そんな辰弥は心配そうに白い少女を眺めている。
「とにかく、どうするんだよ」
「ある程度回復するのを待ってから親を探す。どうせアライアンスの範疇だ」
「
辰弥としては親を見つけ出して報酬を要求するつもりなのか、と少し思った日翔であったがそれにしては違和感を覚える。
辰弥の、少女を見る目つきが違う。
別に変質者のそれというわけではない。逆に、ターゲットを目の当たりにしたような警戒心丸出しの眼差し。この少女相手に緊張しているのか、と日翔が声をかけようとした時、
そのチャイムに辰弥が視線を逸らし、
「……ロックは解除したから」
そう言いながら、辰弥が玄関に向かう。
意識を失ったままの少女と二人きりになり、ばつが悪そうに日翔が少女を見る。
透けるような白い髪の少女。ぱっと見には痩せ細っており、健康そうには見えない。
いわゆる
そうしていると玄関で複数の足音が響き、辰弥を先頭に鏡介ともう一人、女性が入ってきた。
「はいはーい、
グラマラスな体型で、その体型の魅力を余すことなく匂わせる衣装を身に纏った女性が医療器具の入ったカバンを手に日翔に挨拶する。
「うげ、『イヴ』……」
少し、いや、かなり引いた様子で日翔が女性を見る。
そんな日翔を視認し、『イヴ』と呼ばれた女性は悪戯を思いついた子供のようにニッコリ笑った。
「あらー、日翔くんじゃないー、今日はどうしたの? 撃たれた? 斬られた? それともふ・く・ど・く?」
「患者は俺じゃねえ!」
『イヴ』の言葉に思わず絶叫する日翔。
その絶叫に、『イヴ』はありがとうございまーす! と声高らかに宣言した。
「日翔くんの絶叫いただきましたー! ご馳走様でーす」
「……て、テンション高ぇ……」
流石の日翔も『イヴ』の対応に疲れ、肩を落とす。
「八谷、頼むから本題に入らせて」
いつまでも日翔にちょっかいをかける『イヴ』に、辰弥が少々げんなりして声をかけた。
「えー」と言いつつ、八谷と呼ばれた女性――『イヴ』こと
「分かってるわよ、鎖神くん。そこの女の子でしょう?」
ソファに視線を投げ、渚は頷いてみせる。
「わたしに任せて頂戴。ちゃんと治療するから」
この八谷 渚という女性は外見だけでなく言動も「オトナのオンナ」という武器を前面に出しているが、実際は医者としても優秀な存在である。しかも、一般的な医者ではなく辰弥たちが所属する上町府のアライアンスに加入した、裏社会の人間専門の医者である。
身元不明者である辰弥はもちろんのこと、日翔や鏡介も『夜の仕事』で負った傷は一般の病院で治療できないためどうしても渚に頼ることになる。
そのため、辰弥との視界共有で少女が訳アリそうだと判断した鏡介は渚を呼んだ。
その鏡介も少女のことが気になったのか、この家に押し掛けてきた次第ではあるが。
渚が、ソファの横に鞄を置いて中から聴診器を取り出し首にかける。
ソファに横たわる少女を軽く触り、それから一度振り返る。
そして、周りで心配そうに覗き込む三人に対し、一言。
「あんたたち、
地を這うような渚の声。
その瞬間、三人――いや、日翔と鏡介の二人はすくみ上った。
「い、いや俺はそんなことない!」
「た、退散するから注射はやめてくれ!」
そそくさと退散する日翔と鏡介。
辰弥だけが、キョトンとして渚を眺めている。
「……どういうこと?」
状況を理解していないように見える辰弥に、渚が盛大にため息をつく。
「……鎖神くん? 今から、この子の服を脱がせて診察するけど、覗く気?」
うん、と辰弥が頷く。
「心配だし」
ぴくり、と渚のこめかみがひきつる。
少女の前からすっと立ち上がり、渚は辰弥の前に仁王立ちになった。
女性にしては長身な渚が男性にしては小柄な辰弥見下ろす構図が出来上がる。
「出てけっつってんのよ!」
げし、と渚が辰弥を部屋から蹴り出す。
隣の部屋でびくびくしながら様子を窺っていた日翔と鏡介の前に蹴り出され、そこで漸く辰弥は事態を察したらしい。
「……なるほど……流石に言い訳としては弱かったか」
「なるほどじゃねーよこの命知らず!」
なんでこの状況で生きてんのお前、と日翔が声を震わせながら言う。
「『イヴ』と何年の付き合いだよお前いい加減学習しろよ」
渚は患者以外には容赦がない。いや、それも語弊がある。
とにかく容赦のない人間である。
自分の邪魔になると判断した相手は容赦なく
そんな渚を怒らせて生きている方がおかしいのである。
なるほど、と辰弥が再び呟く。
「つまり、指示に従わないと八谷に殺される、と」
「……お前、本当にあいつの怖さ分かってないのか?」
もう四年だろ、と言いつつ日翔はそういえばこいつはこんな奴だった、と思い出す。
辰弥はとにかく命知らずである。逆に言うと、自分の命を軽視しすぎている。先ほどの渚に対しても「命にかかわりそうな攻撃は避けられる」から渚に対して恐怖心を抱かない。
これではいつか痛い目に遭うぞと思いつつも日翔はため息をついた。
「とにかく辰弥、もう少し命は大切にしろ」
「どういうこと」
日翔の言葉が理解できなかったか、首をかしげる辰弥。
再びため息をつき、日翔が説明する。
「いやまぁ診察の邪魔して『イヴ』を怒らせるなってのもあるんだがな。それで殺された奴一応知ってるし。……それよりも、だ。無断で身元不明の人間と接触すんな」
「なんで」
日翔の指摘に辰弥が腑に落ちないといった面持ちで首をかしげる。
四年前、君だって俺を拾ったじゃないと言いたげな辰弥のその顔に日翔は分かってる、俺も反省してると前置きしてから続けた。
「お前はあの子が庇護すべき対象だと認識したんだろうが、もしそれは見せかけで実はお前や俺たちを狙った
日翔が万が一の事態について説明するがそれでも辰弥は納得した様子を見せなかった。
むしろ、あんな痩せ細った子にそんなのあり得る? とさえ思っているように見える。
「でも、今にも死にそうだと思ったし、それに」
言い訳がましいかな、と、思いつつも辰弥が反論する。
それに? と言葉の続きを促す日翔。
「それに殺されるならその時はその時だよ。俺に運がなかっただけだ」
普段殺してる側の立場だし、仕方ないね、と死を恐れていないような、またはそれが自分の運命だと諦めているかのような発言が日翔に飛ばされる。
辰弥のその言葉に日翔は一瞬言葉に詰まるもののすぐに口を開く。
「運がないとか言うなよ。他人の命を奪っているからこそ、せめて自分の命くらいは大切にしろと」
日翔のその言葉に、辰弥がわずかに目を伏せる。
「……それは」
できない相談だ、という言葉を飲み込み、唇を噛む。
理解しているのだ、そのことくらいは。
それでも、辰弥は、自分の命を大切にすることはできなかった。
死にたいわけではない。どちらかと言えば、一秒でも長く生きていたい。
だからといって、自分が生き続けていい存在ではないと、分かっていた。
自分以外の命を手に掛けることでしか自分の生存を確認できないような存在が生きていていいはずがない。
それなら、と刹那的に生きるのが今の辰弥の生きざまであった。
それを日翔も理解してはいたが。
それでも、もっと自分を大切にしてくれ、と思っていた。
口を閉ざした辰弥に追加で声をかけようとした日翔の肩に鏡介が手を置く。
「鏡介……」
「それ以上言うな」
それ以上はただの追い打ちだ、と。
鏡介は言葉にしなかったが、日翔にはそう伝わった。
きり、と日翔が歯ぎしりする。
「なんで……」
絞り出すような日翔の声に、鏡介が慌てて日翔の肩に掛けた手に力を入れるが間に合わない。
日翔が辰弥に手を伸ばす。
「なんでお前は!」
両手で辰弥の胸倉を掴み、壁に叩き付ける。
「おい日翔やめろ!」
「人が下手に出てたら!」
鏡介の制止も聞かずに日翔が声を荒らげるが、辰弥はそれに動じない。
ただ、いつもなら何かしら反論する辰弥が何も言わない。
「お前はそんなに死にたいのか!」
「だから日翔やめろ!」
沈黙を続ける辰弥から日翔を引きはがそうと鏡介が介入しようとするが振り払われて取り付く島もない。
このままではまずい、と鏡介は判断したが体力では日翔に勝てないうえに電脳化もされていないため
何とかして二人を引きはがしたいがそれすら叶わず鏡介は己の無力さという現実を叩き付けられる。
それでも日翔を止めようと再び手を伸ばしたとき、辰弥が口を開いた。
「……そりゃあ、死にたくは、ない」
その言葉に、一瞬怯んだような表情を見せる日翔。
だがすぐにその表情は消える。
「だったらなんで!」
「分かってる、俺には、人として生きる権利なんてない」
「な――」
日翔が絶句する。
人として生きる権利、そんなものが自分にもないことくらい理解している。
人を殺してしか生きていけないような人間が人として生きることができるものか、と。
それでも人として足搔くことこそが自分たちのような人間の在り方ではないのか。
それとも、人として足搔くことが間違っているというのか。
「辰弥……」
日翔の、辰弥の胸倉を掴んでいた手が離れる。
次の瞬間、日翔は辰弥に向けて拳を振り上げた。
「日翔!」
鏡介が止めようと手を伸ばすが間に合わない。
日翔が辰弥に向けて拳を振り下ろす。
確実に、日翔は辰弥を殴る、と鏡介はその様子をスローモーション再生を見ているかのように感じた。
鈍い音が響き、日翔の拳が壁に穴を開ける。
「日……翔……?」
信じられないといった面持ちで鏡介が二人を見る。
日翔も同じく何が起こったのか理解できない顔でいる。
ただ一人、辰弥だけが落ち着いた様子で日翔の腕から手を放す。
「流石にそれは冗談じゃ済まないけど」
前髪の下の深紅の瞳が日翔を見据える。
日翔が拳を振り下ろした瞬間、辰弥は首をわずかに倒すと同時に右手でその腕を掴み、軌道をずらした。その結果、日翔の拳は辰弥に命中することなくその横の壁に着弾した。
ほんの一瞬の判断と最小限の動作でそこまでできる辰弥は確かに暗殺者としてはよくできた存在だろう。だから、それ故に、その運命に抗ってもらいたいのだ、と日翔は思った。
仕事の時以外はごく普通の人間として生きてほしい、と。
その思いは届かないのか。
「……確かに、俺に非があるのは認める。だけど君の考えを押し付けないで」
やや伏し目がちに辰弥が呟く。
いつもなら喧嘩になったとき辰弥はピアノ線を飛ばすか銃を抜く。それなのにそれすらなく、日翔は拍子抜けした。
それほどこの話題は辰弥にとって禁忌だったのかとすら思わせる。
「……辰弥」
「俺は、俺が生きたいように生きる。そこに人らしくとかいのちだいじにとかなんて要らない」
まるで宣言のようだ、と日翔は思った。
それはある意味決別のようで、「君と同じ道は歩けない」とはっきり言ったも同然だった。
辰弥がそこまで言うならこれ以上この話題で追及するわけにはいかないだろう。
「……そうか」
そう呟き、日翔がため息一つ。
少し寂しさを覚えつつも、これ以上の深入りはしてはいけないと自戒する。
「落ち着いたか?」
二人の様子に、鏡介が恐る恐る声をかける。
「……ああ、すまん」
「ごめん」
二人が鏡介に謝ったタイミングでドアが開く。
「あなたたちねえ、治療中くらい静かにしなさいよ」
渚が、呆れ果てたようにそう言った。
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