• Vanishing Point / ASTRAY
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Vanishing Point / ASTRAY 序

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  序 Journey of Astray -迷いの旅路-

 

 陽の落ちた国道を一台のキャンピングカーが走っている。
 運転席に座るのは背中にかかるほどの銀髪の青年――鏡介きょうすけ
 助手席にはこれまた腰下まで伸びる、ところどころ白い房のある黒い長髪の青年――辰弥たつやが座っている。
 後部の居住空間の座席には茶髪の青年――日翔あきとが暇そうに座っていた。
「なあ、鏡介」
 暇を持て余したのか、日翔が座席を立ち、運転席側に顔を出す。
「日翔、危ない」
 ちら、と振り返り、辰弥が注意するが、それでおとなしく戻る日翔ではない。
 運転席に首を出したまま、日翔は言葉を続けた。
「どこに行くつもりなんだ」
河内池辺かわちいけのべに行くと言っただろうが」
 日翔に視線を投げることもなく、鏡介が答える。
「だから、河内池辺に行ってもどうせ『カタストロフ』が追いかけてくるだろ。その後どうすんだよ」
「まあ、行き先が決まってないのは事実だね。とりあえず河内池辺周辺でいろいろ整えて――それからどうしよう」
 そう、呟く辰弥の手には色を揃える立方体のパズル玩具、マジックキューブが収まっている。長時間の移動で辰弥も暇を持て余したのだろうが、だからと言ってそんなものを生成しなくても……と運転席で鏡介は考えていた。
 車は自動運転モードにしているため、鏡介もハンドルを握る必要はない。そうなると暇を持て余すのは鏡介も同じだったが、辰弥のように生成能力があるわけでも、日翔のようにコミュニケーション能力があるわけでもなく、ただぼんやりと流れる景色を眺めるしかなかった。
 ――というのが辰弥と日翔の認識だったが、当の鏡介はぼんやりとする暇などなかった。
 一応は不測の事態に備えて両手は空けているが、思考は高速で回転し、これからのことをまとめている。
a.n.g.e.l.エンジェル、周辺の防犯カメラをピックアップ、映像を――)
『周辺の防犯カメラの映像、前後三〇分のデータ消去完了しています』
 鏡介の指示を先回りして受け取ったa.n.g.e.l.が即答する。
 相変わらずこいつの解釈はすごいなと鏡介が考えると、その思考を受け取ったa.n.g.e.l.が「お褒めに預かり光栄です」と返してくる。
(しかし、『カタストロフ』が拠点を襲撃してきたが不在だった、となると恐らくは全国に包囲網を展開するはず。本拠地である上町支部が潰されたとはいえ細かい拠点はあるだろうから、その網を抜けるとなると――)
『「カタストロフ」の上町支部が壊滅したことを鑑みて、現時点での「カタストロフ」には桜花全土に包囲網を敷くほど密な行動はできないと推測されます』
 なるほど、と鏡介は呟いた。
 a.n.g.e.l.の言うことはもっともだ。辰弥の話によれば上町支部は何やら不思議な仕組みによって立ち入ることができなかったのにすばるが死亡した直後にカグラ・コントラクターが突入し、制圧している。そう考えるとプレアデスという不可視の存在――オカルトでしか説明できないようなものを従えていた昴が何らかの仕掛けを施していても不思議ではない。
 それほどの拠点を「カタストロフ」は失ったのだ。上町支部のリーダーであった昴もいなくなったことで桜花の「カタストロフ」は混乱の只中にあるはず。それなのに辰弥を殺すためか確保するためかは分からないが「グリム・リーパー」の拠点を襲撃したのはよほど辰弥のことがネックになっていたのだろう。
 鏡介がちら、と助手席の辰弥に視線を投げる。辰弥は無言でマジックキューブをくるくると回してばらばらになった色を合わせようとしている。
所沢ところざわ 清史郎せいしろうによって開発された局地消去型生物兵器Local Eraser Biowepon――通称「LEBレブ」の第一号被検体、「第一号エルステ」が本来の識別記号名前である辰弥は清史郎がいた兵器開発第1研究所がカグラ・コントラクター有する特殊部隊「特殊第四部隊トクヨン」によって制圧されたことをきっかけに世に放たれ、その後研究を復元した永江ながえ あきらが開発した第二世代のLEB、その最終ナンバーである「ノイン」と融合し、新たな個体となった。融合前の面影は残っているが単純な見た目は以前より成熟しているようにも見える。
 昴と彼が率いたプレアデスとの戦いで、勝てないと悟った辰弥は自分という「個」を棄てた。ただ昴を殺すためだけに力を欲し、それに応じたノインと融合して鎖神さがみ 辰弥たつやとしての在り方まで棄て去った。LEBであることを隠し、人として生きようとした辰弥が生き延びるためにLEBとしての生き方を受け入れ、その後昴を否定するために自分という存在まで否定する――その決断を日翔も鏡介も責めることはできない。結果として、辰弥は一度は自分を棄てたもののノインの声で自我を取り戻したらしいが、それでも一度は自分を手放そうとした事実は二人にも重くのしかかってくる。
 ――お前はそれでよかったのか。
 日翔も鏡介も、言葉にせず辰弥に問う。
 「自分を棄ててまで、お前は何を守ろうとしたのだ」と。
 鏡介の視線を感じたのか、辰弥が手を止めて視線を上げる。
 深紅と黄金きんの瞳が鏡介に投げられる。
「どうしたの」
 二色の瞳に見据えられ、鏡介が「いや」と低く呟く。
 呟いてから、一度目を閉じて考えをまとめ、言葉にする。
「後悔してないのか」
「何を」
 辰弥の指がマジックキューブを回す。
 車のモーター音が響いているはずなのに、マジックキューブが回転してかちりと止まった音が聞こえた気がして鏡介は辰弥から視線を外した。
「自分を棄てたことに後悔はないのか」
「後悔してない――と思う」
 躊躇いがちな辰弥の声。
 その声音に、何故か鏡介は安堵を覚えた気がした。
宇都宮うつのみやが千歳の尊厳を踏みにじったことも、日翔を俺を釣るための餌にしようとしたことも、鏡介を殺そうとしたことも、何もかもが許せなかった。でも、あの時の俺は宇都宮には勝てなかった。だから――」
「『邪神に魂を売った』か?」
 以前、辰弥が言っていたことを思い出し鏡介が揶揄する。
 ほんの少しの沈黙の後、辰弥が苦笑した。
「言ったね、そういうこと」
「ああ、日翔のためならと言ってお前は俺を裏切った」
「ごめんて」
 再度苦笑し、辰弥がマジックキューブを回す。
「――でも、その結果、日翔が助かったんだから結果オーライじゃない?」
「その結果お前が自分を棄ててたら意味ないぞ」
 言葉は厳しいが、口調はむしろ柔らかい。
「お前がそれで納得している、後悔していないなら俺はこれ以上何も言わない。だが、少しでも後悔があるのなら――」
「後悔があろうがなかろうが俺のために無茶したのは事実だろー。無茶しやがってさ」
 そう割り込んで苦笑した日翔は窓の向こう側に視線を投げ、それから言葉を続ける。
「本当なら俺はここにいるはずがなかった。そう考えるとお前らが戦ってくれたから今お前らと一緒にいられるってのも分かってる。が、そのためにお前らが無茶をしたと考えると正直複雑だぞ」
 末期の筋萎縮性側索硬化症ALSとなっていた日翔を救うために辰弥と鏡介は自分たちのプライドを捨てて「サイバボーン・テクノロジー」の狗として戦い続けた。一度は辰弥が鏡介を裏切ったもののその結果、新しく開発されたALS治療薬の治験ではなく御神楽みかぐら財閥が多くの人を救うために開発を進めていた生体義体で日翔は快復した。
 病に冒された元の肉体を捨て、生体義体という新たな肉体を得たことで日翔は今こうやって二人の後ろで会話をする――いや、以前と同じ暗殺者として生きることができている。
 自分が死なずに二人と生き続けることができるという事実に、日翔は感謝していた。諦めて、静かに「その時」を待つだけだと思っていたのに二人が――いや、二人とそれを取り巻く多くの人間が抗ったことで奇跡は起きた。
 これはもう奇跡と言って差し支えないだろう。現に日翔は今ここにいる。
 ――そのために多大な犠牲は払ったが。
 日翔の代わりにと「グリム・リーパー」に補充された千歳ちとせは死んだ。いくら千歳が裏切ったとしても千歳を最後まで信じた辰弥が殺してしまった。その辰弥は昴の手からあきらを奪うために自分を捨てた。
 たった一人の命のためにそこまでの犠牲を払う必要はあったのか、と考え、日翔は違う、と考え直した。
 たった一人のため、ではない。天辻あまつじ 日翔あきとという替えがきかない仲間を救うために大勢が動いた。諦めれば永遠に失われるものだから、諦めずに戦い続けた。
 そう考えると辰弥も自分を捨てたとしても日翔が助かるなら安いものだと思ったのだろう。他に昴に対する怒りや憎しみが混ざったとしても、それも晴らせるなら自分を捨ててもお釣りが出るくらいの認識だったかもしれない。
「……バカ」
 思わずそんな言葉が日翔の口からこぼれる。
「なんか言った?」
 日翔としては聞こえるように言ったつもりはなかったが、普通の人間に比べて耳のいい辰弥には聞き取れたらしい。
「いーや、なんでも」
 そう言い、日翔が後部座席に戻る。
 ――と、そのタイミングで三人にグループ通話の着信が入った。
「む、永江ながえ あきらからか」
 発信者の名前を確認し、鏡介が呟く。
「このタイミングで、ということはメンテナンスに関しての打ち合わせか」
「なんでもいいよ、とりあえず出よう」
 辰弥が通話ボタンをタップし、回線を開く。
 日翔と鏡介もそれに続い、通話が開始した。
《おー、みんな無事か、よかった》
 三人が通話に出たことで晃が心底ほっとしたような顔をする。
《いやぁ、今後の打ち合わせをしようと思って君たちの家に向かってたら見慣れた戦闘服の奴らが家の周りをうろうろしてるのを見かけてね》
「よく『カタストロフ』と分かったな」
 鏡介がそう言うが、三人とも分かっていた。
 晃も一時は「カタストロフ」に身を置いていたのだ、その制服くらい知っている。
 まあね、と晃が頷き、それで、と続ける。
《とりあえず君たちを逃すためにキャンピングカーを手配したけど、乗り心地はどうだい?》
「快適!」
 この質問には日翔が真っ先に答えた。
 辰弥と鏡介もその反応に苦笑しながら頷く。
「悪くない。しかし、キャンピングカーなんて普通即納なんてできないだろうが」
 キャンピングカーに限らず車は契約してから納車までに時間がかかるはず。人気の車種や特殊な車になれば半年や一年くらい待たされるのが当たり前だが、晃は一体どうやって即対応させたのか。
 ふふん、と晃が胸を張る。
《中古なら割と納車早いよ。そこに緊急で使うという即納手続き、運び屋ポーター手配となったら――》
「まさか」
 晃の言葉に鏡介がピンときた。
 通常の手続きなら即日や翌日対応など不可能だ。即納手続きとなると、それはもう裏社会の伝手となる。裏社会の販路は秘密や速度が優先される。そこから導き出せるのは――。
 ああ、と晃が頷いた。

 

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