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未来へのトリックオアトリート

第四章後編 #X.X.xxxx 決戦前日

「未知のデウスエクスマキナがサンフランシスコ市街の近郊に出現!」
 オペレータの報告を聞き、留守を預かる安曇は先ほどデウスエクスマキナを操縦できると判明した魔女達に出撃を命じる。プラトとソーリアが迎撃に上がる。

 

 一方、時間は少し巻き戻り、どこかの施設内。
「まぁ、ちょっとこの狭い場所じゃ本当に動けるかわかんないし、ちょっと外出てみよっかー?」
 デウスエクスマキナ・シュヴァルツに乗るユキに対し、カラが声をかける。
「大丈夫……これで、何する の……?」
「んー、ユキちゃんはその力をアドベンターがこの先生成する予定の〝スフィア〟ってものにぶつけてくれればいいよ。それ以外は、別にしたくなかったらしないでくれていい」
 ユキの質問にそんな風に答えながら、カラは”裂け目”を生成し、シュヴァルツを市街の近郊に転送し、自分はリュウイチと共にシュヴァルツがよく見える場所に移動する。
「んじゃあ、簡単にでいいから、体を動かせるか、弓を射れるか、くらい試してもらっていい?」
「ん……動くのは問題なし。弓、は……えっと、大きいから……抵抗で……もっと?」
 ユキが自分の普段使っている弓そっくりの弓を動かそうとしたその時、シュヴァルツを取り巻く赤黒い霧がひときわ強くうごめく。
「違……私、は……? 嫌……ダメなの……やめて……! 風の音……消さなきゃ……? でき……る?」
 弓が明確な攻撃の意思を持って持ち上がる。その方向はタホ湖、すなわち、アドベンターの神殿、エヴァンジェリンの基地がある場所だった。
「おっとっと、まぁ、あの弓程度なら「暗闇の雲」に転送しちゃえば最悪なんとでもなるけど」
 カラが刀を持ち上げる。射撃に合わせて”裂け目”を生成するつもりだ。だが、その弓が放たれるより先に、五芒星が出現し、ダンディライオンと紫水晶ツー・シュイ・チンが出現する。ダンディライオンにソーリア、紫水晶にプラトが搭乗している。
「っと、まずい、クラン・カラティンが出てきたか、ずらかろう、ユキちゃん、ちょっと直接転移させられそうにないから、一歩前の裂け目に飛び込んでくれる?」
「煩い……壊す……消す……許さない……何も残さず……?」
 しかし、二体のデウスエクスマキナの登場と同時、シュヴァルツを覆う赤黒い霧はさらにその量を増やし、弓は二体のデウスエクスマキナに向く。
「えーっと、前方のデウスエクスマキナに告ぐ。そのデウスエクスマキナ・シュヴァルツは、クラン・カラティンの保有物だ。直ちに降り、返還せよ」
 プラトがシュヴァルツに警告を発する。
 弓が引き絞られる。
「台風でもなく取り乱すなんてレアケース……なんて訳でも無さそうか? まぁいい!落ち着け!雪!!! 最優先事項は何だ!」
「消しとばす……? 違う……! 違う! 頼まれた事、守らなきゃ……」
 リュウイチの言葉に、ふと正気に戻ったらしいユキは即座に”裂け目”に飛び込んでいく。
「ふーん、思ったより強い情報なんだなぁ、器を満たしてるものは。……神殿じゃなくて、別の隠れ家にしまった方がよさそうだ。よし、リュウイチ君、神殿に戻ろう。ユキちゃんは、シュヴァルツを別の場所に隠してから連れてくる」
「分かった……とりあえず変な事はしないでくれよ? 最近は取り乱しても割と早く乗り越えられるようになってたし 乗り越えた後はいつも安定してんだ」
 ユキの心の動揺を見抜いたリュウイチは由紀を案じる。
「最悪、リュウイチ君の足元に〝裂け目〟作って呼び出すよ」
「そうしてもらえると助かる、辛そうなときは話し相手にでもなってあげてくれ……本当は中島家のと一緒に置いておくのが一番だが……」
 やはり一番落ち着くのは家だ。しかしユキはカラから依頼を受けた身、家に帰すわけにもいかない。リュウイチはカラの”裂け目”の中に消え、カラもまた別の”裂け目”に消えた。
「ありゃりゃ、いなくなっちゃったー。ちぇー。えいえーい」
 ダンディライオンの持つ四本の腕から炎が発射される。
「ちょっと、危ないでしょ、やめなさい」
「だって、この腕からこんなでっかい炎が出せるんだよー、楽しいじゃーん」
「いい加減に、しなさい」
 紫水晶の雷の槍がダンディライオンに直撃し、ダンディライオンが沈黙した。
「その辺にしてください。基地に戻しますよ」
 安曇がそこに通信で割り込み、二人を基地へと転送させる。

 

 カラによって異界に飛ばされたイシャンは、不思議な空間でカラスヘッドの呼びかけに答え、黒い孔に飛び込む。次の瞬間、自分は大きなクレーターの中心に立っていた。
「ここは、ネバダ州の大クレーターか?」
「おぉ、随分と早かったな、イシャン。アンリ、イシャンの分のお守りを」
 突如出現したイシャンに驚きつつ、カラスヘッドはアンリに指示を出す。
「あぁ。出た瞬間に即、首に掛けさせてもらった」
「さすがだ。仕事が早い」
 アンリが頷く。イシャンは御守りとは? と聞き返し、カラスヘッドが回答する。すなわち、この大クレーターには人体に有害なレベルの放射線が存在していて、アンリの作ったペンダントを付けていないと危険である、と言う事実を。
「なるほど、ってことはやっぱりこのクレーターは……」
 イシャンが自分の嫌いな親父から聞いた話を少し思い出しかけたその時。
「ザギズヌヂナヨグナナハネネマドグドグヒナニダウザザギギ」
「ルシフェル!? っち、戻って来て早々コレかよ!」
 自身を上から見下ろす白い影が声をかけてきて、イシャンが驚く。それはルシフェルであった。
「ガイザザノグネネマドグドグヒナニダウノヂヨグ……ヅゾヂナナズヂヂムムンナニホワザザララホヨグゴハロホミノヌナナズジギネゼエウザ?」
「ハンナナ?」
 しかし、それにカラスヘッドが応じ、会話が成立する。
「なんだ? カラスの旦那、ルシフェルと話してるのか? いや、それ以前になんだあの言葉? アイツら、喋れたのか!?」
「魔法をうまく使ってな。あいつと会話できるようにしたらしい」
「なるほど……そういう使い方もあるのか」
 イシャンの驚愕にアンリが回答する。
「モモゼナニザザネジノヂネギウヂユユグナナンホロゼネジザザナヌヌヌデギダエエママゾホママヂヨヨマジゲグデネヂラグナナオグ・ロヂノロザザハゼハヌヌヌナゾノママヂヨヨゴホゾヂナギホハアネネジエママモモゼナニヒジヨヨグイヨヨゼヂネモヂギ・ギヌヌヌヂヨヨヒデザギゴラロヌヌヌネモヂギ・ギラガウヅザザナホララヒ」
 カラスヘッドは自身の想いを一思いに伝える。それは簡単に言えばルシフェルにも状況の解決に協力してほしい、というものだった。
「ハウモノノ・ジリホヨグデギマイザギヅウ・ヂザヂワナヂマナナザギゴホドドラハギ・ムイザザウミホゾマムイマアグザザドエギヂヂヨヨグホゾノゴヂネハヒロホザゴガヤレウゾグギゴヂナギノマゴロワハギ・ワナヂナニノナナザグホハアママニザホギデジヒムグヂヂゾレアエネギウジジヂヂヂンデギノギグゾグネヌホジヨヨヂヂンゴダザザヅノヨギ・ガエハアワエアジユユグヂヂンウギノロナナザゲウナナオグ・ロヌヌヌノロガエマジユユグヂヂンウギヨグヒヌゼアエナドンダダギヂンヂヂンウギザザガヌザゲウザマザザゼヂヤヤネネマハギワナヂヒマワザアハギゾノナナザザ」
 カラスヘッドの想いを感じたのか、ルシフェルは長く丁寧にそれに回答する。
「ドグザ・マハヂゴジギネゼエネガイザザノグ・ゾグネヌホジヨヨヂヂンジジヂヂヂンデギザドエハアロンナナギハギ・ドエネネマヂヌエギダデネロアゴグゴヂヂヤヤラヂネワウザヌヌヌナジリホノロヒヤウワザハヘルイゴ」
「ダアママナナ」
 そして会話は終わる。結果は拒否であり、また得られた情報は今回の状況を解決するのに役立つものとはならなかったが、それでも、対話によって戦いが避けられたのは喜ばしいことであった。
「よし、話は終わりだ。皆、クラン・カラティンに帰ろう」
 安曇に連絡し、ヨグソトス回廊が出現する。

 

「おかえりなさい、イシャンさん。私もイシャンさんが帰ってきてくれてうれしいです。人類の味方を名乗る組織を指揮する等、私にはとてもとても」
「まあ、安曇は好き勝手やりたいクチだしな」
「それより、カラスの旦那、さっきのルシフェルは何だったんだ? 詳しく聞かせてくれ」
 イシャンがカラスヘッドに向き直って、先ほどのルシフェルとの会話について情報提供を求める。
「そうだな。あのルシフェル、彼らからしたら旧人類の彼はあそこで死んだルシフェルの友達だったらしい。だから死んだ友のため、あそこにいるらしい」
「あの場所で死んだルシフェル……。最初のルシフェルか。まさか、連中に仲間を想う気持ちがあるとはな……。それよりも、ルシフェルが言葉を話せたこと自体が驚きだが。あいつら、いつも叫び声しかあげてなかったからな」
「何か喋っているように聞こえたからな。魔法でひょいっと。彼は君たちが戦うルシフェルの集団とは違うはぐれらしい。だから話できたのかな。まぁ、あそこにいるのは邪魔しない限りは無害さ」
「ルシフェルにも変わり者は居るってことか。まあ、アースの上でもルシフェル同士で戦ってたしな」
 報告を聞き、考える。ちなみに、旧人類とは、彼らが自称する自らの呼び方らしい。
「ルシフェルにも、言葉も心もある……か……」
「ふむ、色々複雑な心境と見えるが、君たちの戦いは戦争になっているのだろう。戦争ではそんなこと気にしたらどうたらってよく言うものではないだろうか」
 イシャンは考える。この戦いを「戦争」と位置づけている人類がどれだけいるだろう。多くの人間は――先程までの自分を含めて――自分の戦いをルシフェルとの生存競争だと認識している。
 戦争と生存競争は違う。生存競争は生きるか死ぬかだが、戦争は侵略側に理由があって行われる政治的手段であり、その目的さえ判明すれば和解する事も出来る理屈になる。なるほど、この戦いが戦争であるのならば、「この戦いを戦い以外の方法で終わらせることが出来る」というミユキの言葉も理解できるようになる。しかし、結局イシャンはその考えを受け入れる事は出来ず、結局思考の外へと追いやる。
「他には何か聞けた事はあったか?」
「あぁ。とりあえず、会話の内容を全て話すとしよう」
 イシャンは自分の考えを切り替えるためにも、さらにカラスヘッドに続きを促す。そして。
「じゃあ、そいつは、あの場所に現れたルシフェルのことを、「最初に新人類が撃ち落した」ルシフェルだと言っていたんだな? それから、そいつは「ルシフェルが地球に戻るための最初の訪問者だった」
「あぁ」
「「最初に撃ち落した」ってところが引っかかるな……。単に米軍が総出で討伐したことを指すのか、それともその前にあのルシフェルが飛んでいて、それを撃ち落としたという話なのか。俺が聞いた話じゃ、ルシフェルがアメリカ国土に現れて、米軍の警告を無視して破壊活動を続けたために米軍総出で撃破した、まあ、これにはシビレを切らした新兵器の投入があったんじゃないかって話だが、とにかくそういう経緯だ。だが、もしかしたら、先に米軍からルシフェルに仕掛けていたのかもな」
「ルシフェルの話を信じるなら、そうかもな」
 あるいは、俺がセントラルアースの連中を「警告も宣戦布告もなしに軍事行為を行ってくる連中」と考えたように、米軍もルシフェルを「警告もなしに攻撃してきた怪物」と考えて攻撃したのかもしれないな。なにせ、連中の言葉はこっちには分からないわけだしな」
「かもしれないな。未知というのはそれだけで脅威になり得るのだから」
「そうなると、俺が計画したアースとの戦いが、誤解から来る無意味な戦いだったように、俺達とルシフェルの戦いも無意味な戦いだった可能性すらある。最悪、全ての元凶がアメリカにある可能性すらな……」
「これが小説や漫画なら絶対にそうなってるな。いつの時代も政府というのは黒幕にされやすいし」
「米軍も恐らくは単なる誤解から仕掛けたことなんだろうが、その誤解のツケを、兄貴やインドが、世界中が負ったとなると、何の責任追及もしないってわけにはいかなくなる。この件について、もっと調べた方が良いかもしれないな。場合によっては、アメリカこそが真に戦うべき敵になる」
 実はこの場合も、最初に現れたルシフェルが雑魚ルシフェルなのが判明している以上、飛行能力のないルシフェルを「撃ち落とした」という表現には多少の違和感が存在しているのだが。とりあえず、二人は話をこの辺で終え、現在の状況に注力する方針に戻る事にした。

 

「まず、とんでもない事件が発生しましたので、そちらのお話をさせてください。推定、カラが侵入し、デウスエクスマキナを一体、盗み出しました」
「そいつは随分な大事だな!? おい」
 さらっという安曇の報告に驚愕するイシャン。
「はい。まぁ、幸いと言いますが、現状適合者がいないデウスエクスマキナでして、戦力の低下ということはないですけどね。ほら、格納庫のデウスエクスマキナは減っていないでしょう」
「そう言えばそうだな。ってことは、俺の知らないデウスエクスマキナがあったってことかよ……!?」
「えぇ、デウスエクスマキナ・シュヴァルツ。メイヴさんにとってはお父さんの乗っていた機体でもあるので、大事な物ではあるんでしょう。適合者は現状それ以来現れていませんが。それに、弱い剣一つしか呼び出せないデウスエクスマキナで、正直大した戦力ではありません。カラが何を考えて盗み出したかは謎です」
 当初正体不明と思われていたデウスエクスマキナだったが、赤黒い塗装が追加されていただけで、安曇の知るシュヴァルツだと発覚した。
「能力は分かっていないのか……が、メイヴの父は操れたのか……」
「いえ、それは不適当な表現です。過去のテストでは誰が乗っても動かすことが出来ました。ただ……カタログ上に弱い剣しか出てこないのです」
 カタログには解析できていない武器もブランクとして表示される。つまり、他にもこのデウスエクスマキナに武器がある、という事だけは分かるのだ。だが、シュヴァルツはそれがない。文字通り剣一本、それも極めて弱い一本のみという有様であった。
「デウスエクスマキナが盗まれたこと自体が問題ではあるが、現状、脅威ではないか。それよりもカラがそれを盗んだ目的が気になるところだが……。まあいい、説明を続けてくれ」
「そのはずだったのですが、実は当初そのデウスエクスマキナを未知のデウスエクスマキナと誤認して対処しようとしていました。というのも、塗装に赤黒い物が追加されていて、武器も弓だったのです」
「どういうことだ? シュヴァルツの武器は剣ひとつだけなんだろ? どうにも分からない所の多いデウスエクスマキナだな。で、どう対処したんだ?」
「当時、適合実験中であったプラトとソーリアがそれぞれ、デウスエクスマキナの操縦が可能なようでしたので、出撃してもらいました。当時、フレイもパパラチアに乗っていたのですが、フレイ曰く『パパラチアが断固拒否する』とのことで、出撃はできませんでした」
「おお、プラトとソーリアもデウスエクスマキナを動かせんたんだな! で、どっちがどっちにのったんだ? しかし、パパラチアはフレイを拒んだのか。何を考えてるんだ……?  相棒」
 魔女がデウスエクスマキナを操れることが分かった。調査の結果判明事実をまとめると以下の通りだった。
・魔女は自身の体を動かすようにデウスエクスマキナを動かせる
・エンジェルオーラを使わない
・カタログを見る必要すらなくどのような武器があるのか分かるし、宣言もなく手元に呼び出せる
・デウスエクスマキナを自分の体として魔法を使える
「これが魔女の力と関係しているのなら、そこからエンジェルオーラについて何か推測できないか? アンリ」
「魔女の力が関係するのはありえそうな話だ。そもそもデウスエクスマキナが武器を出現させるプロセスは、魔女の使う概念改良と本質的に同じものだからな。「だが、エンジェルオーラについては何とも分からないな。こうなってくると、そもそも『減るのがおかしい』のかもしれない。つまり、エンジェルオーラとはリソースではないのかもな」
「なら、魔女ならぬ俺達がそれを行うことが身体に負荷が掛かってるのがあの”何かが減った感覚”なのかもな」
「あぁ、その可能性もある。だが、それでは資料にあったフォールダウンの説明がどうにもな……」
 イシャンはアンリに引き続く調べてもらうようお願いしつつ、パパラチアに拒否された、というフレイに話を聞きに行く。
「よっ、フレイ。相棒に協力を拒否された、って聞いたんだが?」
「うん。あ、でも、スダルシャナ・チャクラは解放しておいたよ。パパラチアさんも『それくらいなら協力しよう、イシャンの力になることだからな』って」
「おお! そいつはありがたいぜ。やっぱりビシュヌ神といえばスダルシャナ・チャクラだからな。しかし、パパラチアはそんなにフレイを嫌がってたのか? どんな風に対応されたんだ?」
「うーん。『申し訳ないが、私は新人類の味方をすることに決めている。そして、私を使っていいのは私の相棒であるイシャンだけだ』とかそんな感じのことを」
「”新人類の味方”か。相棒のその言い方からすると、やっぱりデウスエクスマキナを作ったのはルシフェルなのかもな。しかし、フレイもルシフェルと戦う立場だろういに、なんだって相棒はそんなことを?」
「さぁ。私にはちょっと分かんない」
「そうか。相棒も、あれで頑固なのかもな。俺にとっちゃ頼もしいパートナーだが。ところで、パドマにエネルギーチャージはできたのか? やっといてくれたら助かるんだが」
「それ、言われたから意識しようとしてみたんだけど、動かすこと自体はもちろんできたんだけど、そこにチャージする? っていうのはどうにも良く分かんなくて、出来てない」
「そうなのか。だとすると、「パドマにエネルギーをチャージする」っていうのも、俺が感覚的にそう呼ばれてるだけで、実際は違うのか?」
 アンリに振り返り、尋ねる。
「あぁ、あれは明確にリソースだからな」
「新兵器のブラフマーストラもパドマのエネルギーを使ってるんだもんな。となると、むしろパドマが例外で、エンジェルオーラとは別物ってことか」
「なるほど、あれがエンジェルオーラではないのだとするなら。なるほど、イシャンが特別なのかもしれないな。イシャン、ね。名前は体を表す、ということか」
「よせよ。因業親父が勝手につけた名前だ。まあ、気に入っちゃいるがね」
「ま、名前が先か、存在が先かは知らないが。名前と言うのは大事だ。大事にすることだな」
「それで、次はどうする?」
「あとは次の動きをどうするかだな。目下の目標はアドベンターの湖中基地……神殿の破壊だが」
「手っ取り早いのは爆撃だが、爆撃機が無いな。セントラルアースもアドボラも今や味方ではない」
「俺が考えてるのは、ブラフマーストラでの砲撃だな。あのくらいの基地なら、木っ端みじんだろ?」
「撃たせてくれればそうだろうな。だが、向こうも防ごうとするだろう。最低でも、敵に回ったデウスエクスマキナ達の妨害をなんとかしないとな」
「ああ。だから、そのための戦略を考えないといけねぇな。ただ、その戦略にはプラト達とそれが動かすデウスエクスマキナを組み込みたい。つまり、まずはそっちを整える事が先ってことだ」
「なら、今回は、戦力把握に努めるか。イシャンはどうする?」
「そうだな。今回は俺も戦力を整えるか、情報を集めるのに徹したい。とはいえ、ひとりで諜報活動も無謀だしな。差し当たって、チハヤでの遺伝子検査をあらためて依頼したい。その場合、チハヤとの行き来を短縮するためにヨグソトス回廊を借りたいところだが」
「流石にそれくらいの距離、車で行ってくださいよ」
「あの突入ポッドも何度も使えばだめになってくる、あんまり乱用すると後が怖い」
 ヨグソトス回廊の使用を、安曇とアンリに留められる。この二人の協力無くしてそれは叶わないので、諦めるしかない。
「なるほど。なら、久々に愛車を転がすか」

 

 その頃、湖中基地。
「どういうつもり!?
 ユキとリュウイチの部屋の外から、メイヴの声が響く。
「まぁ、まぁ、そんな怒らないで」
「あの、シュヴァルツは大事なお宝だから隠してるわけじゃない。あるにはあるけど戦力にならない危険なデウスエクスマキナだから隠してるの、間違って誰かが乗らないようにね。あれに乗る気なら、辞めなさい」
「いやいや、別にお宝だからって盗むわけじゃないよ。ちゃんと終わったら返すよ」
「シュヴァルツに乗れてる人でもいて、戦力になるとでも勘違いした? あれは、適合者のいないデウスエクスマキナなんかじゃない。むしろその逆、誰にでも乗れてしまうデウスエクスマキナなの。なのに呼び出せる武器は雑魚ルシフェルを倒すことすらできない弱い剣一本。いいえ、それどころか、あのデウスエクスマキナには神性防御すらない! あれにのっても、死ぬだけよ」
「メイヴさんは、カラちゃんが何にも知らないと思ってるみたいだけど、それはちょっと勘違いしてるよ。カラちゃんはむしろあれがなんなのかあなたより知ってる。私にはあのシュヴァルツを利用できる。ほら、このチェ……写真を見て。あなたの知ってるシュヴァルツとは違うでしょう? 大丈夫、あれのエンジェルは、死なないよ」
「…………そうみたいね。このシュヴァルツは私が見たシュヴァルツとは違う。……わかった、あなたに任せるわ。けど何に使うつもり? 現状、デウスエクスマキナに、御使い、そのほとんどがこっちについている、私達の側にさらに戦力が必要とは思えないけど」
「それはないしょーん。んじゃねー」
「はぁ。まぁ、戦力が増えること自体はありがたい話ね。こちらも、準備を進めましょう。月面基地を破壊された分を補う手段を探せって指示が出てるわよ」
「補うものかぁ。なんかアレしかないような気がするにゃあ。ちょっとアドバイスしてくるー」


「おかえりなさい、イシャンさん。あ、チハヤからは情報が届いてますよ。上はずいぶん大変なことになってますね。こちらに砲撃してこなければいいですが」
 意気消沈して帰ってきたイシャンを待ち受けていたのは、根耳に水の報告であった。
「上で大変な状況? なにがあったんだ?」
「おや、イシャンさんが情報を共有するように頼んでくれたのでは? おそらく、カラという少女によるものでしょう、セントラルアースの第一艦隊が勢ぞろいして、ネオアドボラの第三艦隊と艦隊戦を繰り広げています」
 いや、それは拒否されたのだ。イシャンはこの世界に存在するアドボラの現時点のリーダーであるオラルドにルシフェルの遺伝子検査を求めた。現地アドボラのリーダーを勤めるオラルドは、その理由の開示を求めた。そして、理由を聞き、アドボラはこれを拒否した。理由は大きく分けて3つ。

 

 まず、ルシフェルが知的生命体であると主張するのであれば、それを前提に対話を勧めればいいのであって、「元人間の可能性」や「アドベンターと同一の存在である可能性」をあえて特定する必要はないということだった。相手が知的生命体であるのなら、単に対話しお互いの条件を探ればいいのであって、相手がどのような存在なのかを事前に色眼鏡に描ける必要はない。
 第二に、例え上を特定しても、それは何一つ対話には役立たない、という単純な事実があった。イシャンはこれに対し、「元人間であれば地球に戻ってくるようにする必要がある」「アドベンターなのであれば彼らの居住地は月であり、月にいてもらえばいい」と主張した。だが、馬鹿げた話である。戦争とは政治的な行為である。何らかの目的があって戦争を行っているのに、その目的を完全に無視して元居た場所に帰れ、と言う主張が通るはずがない。P.G.W.50年のアドベンターは月に帰ったが、それは人類がアドベンターより強かったから、人類の主張を呑む形で従ったに過ぎない。現在のルシフェルと人類では、精力的にルシフェルの圧勝、デウスエクスマキナという一点集中戦力を加味して、楽観的に見ていいとこ同等という程度だ。なにより、「元人間なら地球を割譲しても良いが、そうじゃないなら譲らない」のであれば、明白に出自を理由にした差別にあたり、反差別組織であるアドボラがそれを認める理屈はない。
 第三に、対話に最も必要なはずの言語解析装置の提供や、種族交流士官の協力を養成しなかった事。これも、第二の理由を踏まえれば察しがついてしまう。要は「妥協案を探る」のではなく「こちらの要求を押し付ける」ことしか考えていないので、それらが必要とは考えていないのだ。要求を押し付けるだけであれば、カラスヘッドさえいれば可能なのだから。
 これは、イシャンの押さえきれないルシフェルへの復讐心がそうさせているのだろう。とオラルドは見抜いた。そして、悲しそうに呟いたという。「彼が我々の前身アドボカシーボランティアーズ の英雄の一人かね? ルシフェルの襲来によって芽生えた復讐心は、我々の知る彼とは随分違う歴史に彼を導いたらしいね」。オラルドはせめて、歴史で語られる彼の賢明さを信じて、最大限に彼に説明した。あとはそれが受け入れられる事を祈るしかない。

 

「セントラルアースの第一艦隊が勢ぞろいだと!? 状況はどうなってるんだ?」
 この情報を送ってくれるとは、どちらの勢力にもフェアな判断をする、とはこういう事か。と考えるイシャン。
「戦闘は圧倒的にセントラルアース側優勢のようで、まもなく、制宙圏、とでもいうのでしょうか、それはセントラルアースに掌握される見込みです。それから、アース級複合艦の二番艦、マーズも戦線に合流していることを確認したということで、順次第二艦隊が戦線に投入される可能性もある、とチハヤは警戒しているようです」
「そいつはまずいな。セントラルアース側が敵に回ったら、流石に打つ手がなくなる」
 しばらく考えて、イシャンは口を開く。
「セントラルアースをまともに敵に回すわけにもいかないし、あちらさんの目的が「アドベンターからの地球の防衛」にあるなら、その目的はアドベンターの神殿を破壊して世界統合を阻止する事でも達成できるはず。なんとかこちらに引き込みたいところだが、どう思う?」
「悪くない手だ。敵対対象をこちらからアドベンターに絞らせることができるし、うまくすれば、今後の対ルシフェル戦線にも協力してもらえるかもしれない。そうでなくとも、彼らの行動目的をアドベンターに絞ることができれば、我々としては攻撃の対象とされる恐れが減って助かるな」
「たしかに。サンフランシスコが狙われなくなるだけで、安心材料はデカイな」
 以前上がったブラフマーストラによる破壊にしても、他のどんな作戦展開をするにしても、上空からアースの砲撃がある可能性を考えると、作戦展開の大きな障害となる。それを無くすというのは大きい。

 

 その後、タホ湖湾岸にて、白い旗を振るカラスヘッドがそこにいた。
「やっほー、エヴァンジェリンのリーダーに頼まれて、迎えに来たよー」
「出迎えはカラ、見知った顔というのはありがたいな」
 カラが”裂け目”を潜って姿を現わす。
「先に聞いておくけどさ……」
 カラが”裂け目”を自身の口元とカラスヘッドの耳元に作る。
「カラちゃんたちと、純粋なエヴァンジェリンたちと、どっちにつくの? 返事は小声でね」
 今度はカラスヘッドの口元に”裂け目”が出現する。
「凄い奇妙な感覚だなこれは。カラ側かな」
「ん。じゃ。リーダーが信用するために事情を聴きたいってさ。さっそくだけど、この中に入って」
 ”裂け目”の中にカラが消えていく。カラスヘッドも続く。
 そこにいたのは、カボチャを被った少し豪華なマントを付けた何者かだった。
「はじめまして。2032年から来たカラスヘッドだ」
「はじめまして、私はエヴァンジェリンのリーダーをしています。RB-07-1124-014Mと申します。皆からは単にリーダー、と呼ばれています」
 中性的で静かなその声を聞きながら、ようやく、この世界のカボチャ頭に会えたな、と思うカラスヘッド。
「ところで、あなたは勧誘を一度は拒否したと聞いています。失礼ですが、心代わりのきっかけは何でしょう?」
「簡単に言えば、疲れたそして呆れた、と言ったところだ。魔女というカテゴライズで僕はこの世界にいる。そしてこの世界に来て、魔女というものの辛さを知った。自分が普通じゃないことを再認識した」
 カラスヘッドは一言一言慎重にそう説明する。
「なるほど。納得しました。ようこそ、エヴァンジェリンへ」
「? 意外とあっさりだな。正直もっといっぱい納得してもらように細かく言わなければと思っていたよ。原稿用紙5枚分くらい用意して」
「私たちにとって、助けを求める理由など、辛い、の一言で十分です。先程の理由は、そう感じるきっかけの説明としては十分だと、私は思いました」
「本当に、優しさで活動しているんだな。エヴァンジェリンは」
「そうかもしれません。しかし、それは自分たちへの優しさにすぎません。そしてそれは他人にとっては自分勝手にもなるのです。それでも、私たちは救われるために戦うしかないのです」
 カラスヘッドの感心したような声に、リーダーは首を横に振る。
「……そうか。まぁ、これからよろしく頼む、リーダー」
「はい」
「さて、僕はどこにいればいいかな? 歩き回ってもいいのならそうするが」
「はい。あなたの魔法はカラさんから聞いています。思うに、あなたの魔法はすでに私たちの仲間である、アビゲイルと相性がいい。アビゲイルの部隊と合流し、今後の作戦に参加してもらえればと思います」
「了解した。アビゲイルか、僕は交戦したこともないし、よく知らない相手だな。そういえばリュウイチとユキはどこにいるのだろうか? しばらく顔を合わせてないから挨拶でもしておきたいのだが」
 カラスヘッドの質問に、リーダーはそうですねぇ、と少し考える。カラスヘッドは自身のポケットに潜ませたそれを出来る限り意識しないようにしつつ、返答を待つ。
「そうですねぇ。今後の事は部隊長と一度相談の上、ということにしてきましょうか。アビゲイルさんは今どこに?」
「既に作戦展開中だ。まもなく配置につくと聞いている。信頼を示すためにも、カラに転移させてもらって、作戦に加わってもらうのがいいのではないかな」
 いつの間にか傍にいたらしい「神の炎」が返答する。
「噂に聞いた「神の炎」か。はじめましてカラスヘッドだ」
「あぁ。僕が「神の炎」だ。こちら側につくというのであれば、味方ということになるな」
「神というのは味方につくとこうも頼もしいものか」
 カラスヘッドが頷く。
「と、いうことのようですが、リュウイチさんやユキさんたちの事は作戦終了後でも構いませんか?」
「できるのなら早く姿を見たいところだが、まず信用して貰わないとな。構わない」
「ということだ。カラ、彼をアビゲイルの位置まで飛ばしてやってくれ。アビゲイルには僕から連絡しておこう」
「はいはーい。アビゲイルちゃんの任務に同行するのか―。初任務から試練だねぇ、がんばってー」
「あんまり体動かさないものだといいんだけどな……」
 ”裂け目”の中に飛び込む。
「あら、本当に来たのね。会うのは初めてかしら? 私はアビゲイル。よろしく、カラスヘッドさん」
 金髪ボブカットの少女、アビゲイルがカラスヘッドを出迎える。
「仲間を紹介するわ。近接戦闘要員のムサシ」
「ムサシだ。よろしく」
 アビゲイルが指した先で、空っぽの鞘を左右の腰にぶら下げたポニーテールの女性が頷く。
「遠距離戦闘要員のウィリアム」
 アビゲイルが指した先で、シャリシャリとリンゴをかじっているクロスボウを持った女性。リンゴに夢中で一瞥すらしない。
「間接戦闘要員のカンタレラ。簡単に言うと攪乱担当ね」
 アビゲイルが指した先で、仮面の男が静かに頷く。クロスボウが左手に固定されていて、右手にはかぎ爪の付いたロープ、所謂グランプリングフックが撒きつけられている。腕の先に爪が出っ張るようになっていて、先頭にも使えそうだ。クロスボウはウィリアムのものと違い、籠のようなものがついている。ここにものをいれて発射する事で遠投することが出来るらしい。
「……そんなに魔女いたのか。この世界に。はじめまして。つい先ほどエヴァンジェリン側に着いた。よろしく」
「そりゃエレナだって、魔女連合の手勢を連れてこの世界に来てるんですもの。私たちも、手勢を連れてくるに決まってるわ」
「なるほど」
 みんな武装しているんだな。と感心するカラスヘッド。とはいえ、カラスヘッドの杖が自分の魔法を補強するものであるように、ムサシ、ウィリアム、カンタレラの持つ武器はいずれも魔法を補強するためのものに過ぎない。
「作戦に加わることになったのだが、どういう作戦なんだ? 全く聞いていない」
「えぇ。これより、クラン・カラティンの本部を強襲、デウスエクスマキナ・パパラチアを奪取するのよ」

 

 その頃、クランカラティンの基地では、セントラルアースの交渉が始まろうとしていた。
「はい、イシャンさん。対クラン・カラティンの交渉役を任されています、オリヴィアです」
「オリヴィアか、久しぶりだな。ってほどでもないか? まあ、お前さんが交渉窓口になってくれて、少しは気が楽になったよ」
「たった一日ですからね。もしかしたらアドボラから聞いているかもしれませんが、一応現状報告を。現在セントラルアースは地球の制宙圏を掌握しています。理論上、地球のどこにでも砲撃と爆撃が可能な状態にあります。それで、ご用件は何でしょうか?」
「ああ。我々はセントラルアースと協力関係を結びたいと考えている。今回は、そのために通信を入れさせてもらった」
「協力関係ですか……。現状、改変阻止派の皆さんとは利害が完全に対立している状態にあるのですが、それを理解されていますか?」
「もちろんだ。セントラルアースの目的を阻止しようというつもりはない。その上で、お互いに利害の合う所に関して協力し合おうという話だ。くわしくは……」
 イシャンが安曇に視線を向ける。イシャンは自身より安曇の方が交渉に向いていると判断し、自分の切れる札について説明しておいたのだ。
「我々としては、エヴァンジェリン側の神性持ちへの対処をこちらが請け負う代わりに、アドベンター湖中基地への攻撃の協力、そして我々に攻撃しないこと、の二点を求めます」
 安曇が言葉を継ぐ。
「せっかくの申し出ですが、それが我々へのメリットになっているとは考えにくいです。我々にとっては、エヴァンジェリン側の戦力は、彼らの目的が達成される直前まで、我々の味方です。その排除には、我々にとってはマイナスの意味しかありません。また、彼らの神殿についても、彼らが目的を果たすまでは存在し続けていなければなりません。この攻撃をすることは、完全に目的に反しています。皆さんを攻撃しない、という要請はこれまた神殿防衛ためを考えるとマイナスではありますが、これは条件次第では呑んでもいい、と上は言っています」
 安曇はイシャンの当てが殆ど外れたこともあり、イシャンの方を見る。
「素直に聞いてみた方が良いのかもな。条件次第では呑むと言ってることだ」
「では、こちらを攻撃しない、という要請を聞いていただくために、こちらにできることはありますか?」
 安曇は頷き、交渉を続ける。
「元の世界に戻った時に、私たちの集団をより強化できるようなものがほしいとのことです。こちらとしてはデウスエクスマキナ一体が望ましい。あるいは、今すぐ提供してもらえるなら、パパラチアが良い、とのことです」
 どうします? と安曇が再びイシャンを伺う。イシャンも悩んでいるようだったので、自分の見解を続ける。
「ちなみに、「デウスエクスマキナ以外で、N.U.A.246年世界には存在しない何か戦力になるもの」を提示できれば、それで交渉できそうに思いますが。例えば、アンリさんを差し出すとかでもありですね」
「たしかに。あいつの錬金術は凄いからな」
「あとは、条件次第だな。カラ案が成功すれば、俺達の世界は統合から外される。ルシフェルとの戦闘継続だ。だからルシフェルとの戦いの決着までデウスエクスマキナを出すわけにはいかない。でも、ルシフェルを倒し終えたら別だ。どうせカラの”裂け目”は時間を超えられる。こっちで時間をかけても、あっちの世界の好きな時間に持っていけるからな。それから、もうひとつの代替案が、デウスエクスマキナの発掘場所の情報だな。破壊されてなければ、あの世界にも同じ場所に眠ってる可能性が高い。それを教えるだけでも十分なはずだ。どれで交渉するかは安曇に任せる。良さそうだと思ったのを切ってくれ。まあ、できるだけデウスエクスマキナを引き渡したくはないが」
 安曇はそれを聞いて考える。まず、「採掘場所を教える」が論外であることは分かる。あの世界のデウスエクスマキナが例え現存していても、あの世界では動かないのだから。安曇はそれを理解している。であれば……。
「カラ案が成功した場合も、我々が完全に阻止した場合、ルシフェルとの戦闘は継続されることになります。その戦力を割くわけにはいきません。しかし、カラさんの〝裂け目〟は時間を超えられます。ルシフェルとの戦いが終わってからの提供、というのはどうでしょうか?」
「ルシフェルとの戦闘が終われば、デウスエクスマキナを一体提供してくれる、という条件に間違いないですね?」
 安曇が最後の回答はあなたが、と視線をイシャンに向ける。
「ああ。それで問題ない。ただ、どのデウスエクスマキナを送るかはこちらが決めるということで良いか?」
「いいでしょう。どのデウスエクスマキナをいただけますか? また、実際に受け取るとき、そのデウスエクスマキナが損失している場合は、ほかのデウスエクスマキナを提供する、という条項もつけさせてもらって構いませんか?」
「これについてなんだが、安曇、お前さんに提案がある」
「なるほど、私とセラドンを送ろう、ということですか?」
 ニヤリ、と安曇は笑う。実は安曇は最初から自分が行くと志願するつもりだったのだ。
「さすがに察しが良いな。無茶な頼みだとは思うが……お願いできないか?」
「いえいえ、むしろ戦いが終わった私に新しい戦いの場を頂けるとは、そんなありがたい話はありません」
「安曇のセラドンを考えている。現状、セラドンは後方支援が主任務だ。損失の可能性も低い。それに、安曇はそちらの世界に行っても構わないと言っている。だから、そちらに問題がなければ正規のエンジェル付きでそちらに送れる」
「エンジェル付きの条件はありがたいですね。わかりました。そちらに対して攻撃しない、という要請を受理しましょう。それから、確実にあなた方が生き残る保証の為に、マーズがルシフェルとの戦闘を支援するためにこの世界に残ります。あ、マーズというのは、アース級の二番艦のことですよ。後ほど契約書をそちらに送りますので、サイン願います」
「わかった。そいつは心強い味方だ。お心遣い感謝する」
「それでは、お気をつけて」
 やけにゆっくりとためて、その忠告を発し、通信が切れた直後。
「侵入者警報です!」
「なんだと!? 場所は?」
「廊下をまっすぐ突き進み、間もなくこちらに!」
「備えるぞ!」
 イシャンがホルスターから拳銃を抜き、叫ぶ。
「アンリ! 敵襲だ! 応戦頼む!!」
 直後、指令室の隔壁がムサシによって両断される。ムサシはそのまま横に飛び、後ろにいたカンタレラがクロスボウから黒い球体を発射する。
「!」
 イシャンはそれを手榴弾の類と判断し、可能な限り遠くに飛び、伏せる。
「サーテ、イレ、いけるか? スリーハンドレットフォーティーファイブ、ツーハンドレッドフィフティーシックス、魔術戦用意」
 アンリがそれを見て、指示を出す。その場にいた彼の”娘”は四人。上級ホムンクルスとサーテとイレ、そしてホムンクルスの345と246だ。
「さぁ、カラスヘッドど、私たちはムサシの先導の元、パパラチアまで走るわよ。パパラチアにたどり着いたら、すぐにコックピットに入って」
 カラスヘッドとアビゲイルが階段を駆け下りた直後、球体から毒々しい煙が湧き出す。
「毒ガスか!」
 イシャンは口元を押さえながら、もう一つの階段で、二人を追う。格納庫にいたサーテ、イレ、アオイはカラスヘッドとアビゲイルを阻止しようとするが、その前に、司令部から飛び降りたムサシが立ち塞がる。
「あの戦力相手に一人で戦うつもりか?」
 イシャンは驚愕する。慢心か、それとも……。
「カラスヘッド」
 アビゲイルが、カラスヘッドに呼びかける。
「さぁ、あの三人の誰かに魔法を使って」
 アビゲイルが指をパチンと鳴らす。
「流石によくわからない恐怖には使いたくないのだけどね、僕の魔法。それで母親殺したのでね」
「問題ないわ。あの子たちの視覚は私が完全に掌握してる。はやくして。さすがに何もなしだとムサシも押し負けるわ」
「……自分たちが死ぬような化け物が生み出されるなんてないよな!」
 カラスヘッドがイレに魔法を使う。すると、ムサシが三体に分裂する。これで数の上では互角だ。
Zerstörung破壊せよ
 それならばと、コックピットブロックの改修をしていたホムンクルスが魔術を使い攻撃の準備を始める。腕の先に黒い球体が出現する。
「させるか」
「フィールド消失。戦線より離脱開始」
 ウィリアムが司令部の上からクロスボウを放つ。それは十分に強固なはずのホムンクルスの防御フィールドを貫通する。
「アビゲイル、次ある時は具体的に頼む。僕自身よくわからない魔法なんだ」
「ま、そこまでこっちを信用しろともいえないか。おっけー、じゃああの、イシャンを足止めするために壁を生成する。地面から壁が生えるジャンヌの魔法の見た目を模した幻覚を見せるから、魔法を使って」
 ――ここで使うと辿り着けてしまうな。
「おおっと!」
 カラスヘッドが突然バランスを崩す。
「大丈夫か?」
 しかし、後ろから見ていた、カンタレラがグランプリングフックを上手く使い、転倒を回避する。
 そのわずかなロスを逃さず、イシャンは駆ける。パパラチアに乗り込めれば、制圧は容易だ。そして、突入してきた魔女達の目的も――イシャンは知らないが――パパラチアである。
「三号、行け!」
 ムサシのうち一人が、イシャンに向かって駆けだす。
「ねぇ、カラスヘッド、イシャンの足止めと、私が一気に進めるようにするための支援、どっちがしたい?」
「アビゲイルかな」
 走るのにばててきたカラスヘッドは少し息を吐きながら言う。
「じゃあ、あの錬金術師に魔法を使って。私が空中浮遊であの男に迫る恐怖を与えるわ」
「また突飛な。了解。タイミングは任せるよ」
「次のイシャンの射撃タイミングで行くわ」
 と言った直後、イシャンからの牽制が飛ぶ。
「今よ!」
「了解。アンリ、利用させてもらうぞ!」
 しかし、ここでアビゲイルには誤算があった。アンリはその幻覚を見て、靴に秘密があると判断した。その結果。
「え、はやっ!?」
 足の裏から大きな推進力が発生し、アビゲイルがアンリに向かって一直線に飛ぶ。
「あぁーもうこれだから僕の魔法はぁ!」
 一気にアビゲイルはパパラチアまで近づけはしたが、まだイシャンが走れば間に合う。しかし、
「仕方ない、肉体労働は趣味じゃないんだが。テンタクルクロウ!」
 グランプリングフックが突然浮かび上がり、イシャンの足に絡みつく。
「なに!? くっ、サーテ、援護を」
「ほーい」
「ぐぅう。パパラチアはアビゲイルに任せて、あいつを取り押さえろ、カラスヘッド」
 サーテの剣がカンタレラに直撃し、イシャンの拘束が解ける。しかし、その転倒がアビゲイルのディスアドバンテージを回復させる隙となる。
 カラスヘッドがわざとへたくそにしているとしか思えないくらいへたくそながらカバーに入る。先程の転倒ダメージか、イシャンはそれにうまく対応できずに、突破を阻止される。
「よくやったわ、カラスヘッド!」
 アビゲイルがパパラチアの内部に入る。
「サルンガ、ガルーダ」
 パパラチアに翼が生え、そして弓が出現する。弓はレーザーを放ち、天井を突破し、そして、その穴から悠々と飛び去って行く。
「派手にやるなアビゲイル……」
「パパラチアにあんな武器があったとはな……」
「退くぞ」
 カンタレラがクロスボウから再び黒い球体を投擲する。
「くっ」
 ムサシと戦闘していた者達がそのグレネードからやむなく距離を取る。
「この状況からまた走って逃げるのか?!」
 全員が逃走を開始する。サーテの射撃で傷を負い、階段を登り切れなかったカンタレラを除いては。そして、そこにイシャンが駆け付け、カンタレラを拘束する。
「すまない、ヴォンダ」
 カンタレラはこの世界にいない誰かの事を思い、呟く。

 

「おかえりなさい。ご苦労だったわね」
 神殿に戻り、アビゲイルが仲間に笑いかける。
「…………ユーリは?」
 そこで、アビゲイルは黙り、そして、少ししてようやく問いかける。
「カンタレラは逃げそびれたようだ。向こうの虜囚となっている」
 ウィリアムが答える。
「そ、機会を見つけて何とか助け出さないとね。じゃないと、青い瞳の方のエレナに怒られるわ」
「青い瞳の方?」
「そういう魔女よ。青い瞳のエレナ。あなた、魔女連合への参加は最近だったんだっけ? なら、カンタレラと彼女のことを知らないのも仕方ないか」
「あぁ。色々いるということでいいか」
「えぇ、知らないなら知らないで、別にかまわないことよ。戦闘能力もない魔女だから、元の世界の私たちのハイドアウトに隠れてるし。活動する過程で関係することはないわ。それにしても、あの巨人、デウスエクスマキナ、とか言ったかしら? なかなか良いものね。地下の神殿の中心に封じ込めるみたいだから、使わせてはもらえないみたいだけど」
「まさか本当に奪えるとはな」
「えぇ。最低目標さえ達成できればいいと思っていたけど、大戦果だわ。あなたのおかげね。それに、さっきの作戦であなたの魔法の感覚も大体わかったわ。あくまで現実的に説明がつく理屈が必要なのね。理屈が成立しない部分は、受け手が解釈して、それがそのまま適応される。次からはそこも踏まえて魔法を使うわ」
「そこはしっかりと頼む。変に外から来る者とかが紛れてくる可能性もあるからな。そういえば聞いていなかったが最低目標は何だったんだ?」
「あぁ。あの、背中のパーツを一つ持ち帰るようにって。向こうはあれで攻撃してくるのは分かってたから、向こうがあれに搭乗して攻撃してきたところを、転移させるって計画だったのよ」
「パドマか。なるほどな」
 とはいえ、そんなものを回収してどうするんだ? という疑問は尽きないが、ひとまず納得しておくことにする。
「さ、あなたの部屋に案内するわ。相部屋になってるけど、我慢してね。ほとんど雑魚寝部屋なんだから、相部屋なのは信頼された証拠と思いなさい」
「そこは我慢しよう」
「さ、この部屋よ」
 カラスヘッドが扉を開けると、そこには見覚えのある男がいた。
「おう、カラスヘッドか、お前もこっちに来たのか。この部屋になったってことは、カラ側だな。よろしく」
「久しぶり。タクミだったか。よろしく。そういう部屋分けはしっかりしているんだな」
「あぁ。カラがこっそり根回ししてるらしいぞ」
「この組織大丈夫なのだろうか。心配することではないが」
「ま、元々あのリーダーが他のリブーターを従えてできた組織だからな。どうしても、組織の体制としちゃぐらぐらするところはあるかもな」
 と、一呼吸置き、
「それで? 何が狙いだ?」
 声を落として、尋ねる。先程叩かれた肩に、何か小さい光を発する機械が存在する事に、カラスヘッドは気付かない。
「正直疲れた……。それが70%くらいかな」
「ほうほう。それは残り30%も聞いてくれっていう振りか? いや、言いたくないならいいんだけどな。けど、そうやって曖昧に濁されると、ハッカーとしては知りたくなっちまうな」
「なるほど。その気持ちはよくわかる。親友のARハッカーもそんな感じだった」
「ふん。ってことは、まあ、70%だけで我慢しろってことだな。 えーっと、改変を阻止しようとするのに疲れた、でいいんだったか?」
「それもあるが、魔女として疲れたというところもある」
「ふん、なるほどな」
 そして、タクミ・ナガセはその結果を報告する。タクミが設置した機械は心拍数測定器をベースとした嘘発見器である。タクミの視界にはその結果がオーグギアに出力され、表示されていた。結果は「少し怪しい」。ちょっと揺さぶってみよう、という程度だ。カラスヘッドもタクミが少し眉を動かしたのには気づいたが、その由来にまでは思い至らなかったようだ。
「そっか。まぁ、魔女も大変だもんな。俺はちょっと、いくつかクラッキングしないとならない用事があるけど、別に暗くても平気だから、作戦の疲れをいやすために寝るとかだったら、遠慮なく照明を落としてくれていいからな」
「わかった。まぁ寝るよりも先に色々と顔を合わせたいのが何人かいるのだが。この中って出歩いていいのか?」
 タクミは考える。ここで出歩かれると、ゆさぶりをかけにくい。
「あー。もうネックレスは受け取ったか?」
「ネックレス?」
「あー、その返しは知らないってことだな。ネックレス、カードキーみたいなもんだよ。それがないと部屋を出たら戻ってこれないし、通路内の警備に対しての身分証明にもなる……、逆に言えばないと即射殺されても不思議じゃないくらい怪しまれるから、まだもらってないなら、交付されるまでは、部屋で大人しくしてた方がいいかもな」
「そうなのか。なら待つしかないか。邪魔しないように休んでおくよ」
「おう。俺からも早くするように陳情しておいてやるよ」
「頼む」
 と言って、カラスヘッドはベッドに腰かける。

 

 それからしばらくして、
「カラスヘッドくーん、いるー?」
 こんこんと、カラの声が聞こえる。
「お、ネックレスかもな」
「カラか。いるぞ」
 外に出た瞬間、カラスヘッドは周囲の装置が稼働を始めている事に気付いた。しかし、それについて質問するより前に。
「こんのぉ、裏切りもの!」
 カラの加州清光が迫る。とっさに杖でガードを試みると、そこに刀をぶつけるのを嫌ったのか、刀を引き、構えなおす。構えは霞の構えに刃を横に向けた変形型、天然理心流の構えである。
「いきなり危ないな……」
「そりゃそうでしょ。スパイを生かしておく理由はないもんね」
「まだ何もやってないし通信手段も……」
「まだ、と来たか。タクミの考えすぎかと思ったけど、試してみた甲斐があったね」
「……あはは、盛大にやってしまったなぁ。というかカラも憶測だったのか」
 そして、次の瞬間、カラの姿が消え、アビゲイルと、カボチャ頭達が姿を現わす。
「なるほど。それが君の属性か。その属性なら僕の魔法はまるで役に経たないだろうな」
「私は「不信」の魔女。石橋を壊すくらい叩いて試さないと、信用できないの」
「よし、では殺したまえ。なるべく痛みのないように、脳幹をその妖精銃で。さぁ、怪しい動きをしたぞ」
「あー。虜囚にするだけで殺す理由はないんだけど、それは捕まる恥ずかしめを受けるくらいなら、死にたいってことで、いいかしら?」
「さぁ、脳幹を撃て」 
 次の瞬間、誰もいなかったはずのカラスヘッドの背後から何者かがカラスヘッドに電磁警棒を振り下ろし、意識を奪う。
「100%本心から死にたいってわけでもないから、この辺を落としどころにしておくわね。拘束して、適当な部屋に放り込んでおきなさい。っと、その前に」
 アビゲイルはしゃがみ込んで、肩の機械を取る。
「いいわ。連れて行って」
 カラスヘッドは思う。どこから偽りだったのか。いっそ全てが偽りだったら、と思わなくもない。
 カラスヘッドは服を着替えさせられ、あらゆる装備を没収された。せめてもの慈悲か、マスクだけはそのままにしてもらえたが。

 

 そして、パパラチアを奪われたクランカラティン本部では。
「想定外の展開になったな。まさか、ここにきてさらにデウスエクスマキナを一体失うとは」
「くそ……相棒を奪われるとはな……」
 アンリとイシャンが事態を嘆く。
「もう少し戦力になる者をここに呼んでおくべきでした。失策です。もちろん、それは私の責任ではなく私の主と指揮官の責任ですが」
 イレが厳しく追及する。
「魔女の厄介さを改めて認識しましたね。あれはなんですか、二刀、三刀、四刀? カラ並の意味不明剣術を見ることになるとは思いませんでした」
 アオイがムサシとの戦闘を回顧し、悔しがる。
「完全に油断してた。その気になれば、相手はいつでもこちらを攻められるんだもんな」
「まして、向こうはこちらの情報をばっちり知っているわけですからね。唯一動かせる直接戦闘用のデウスエクスマキナであるパパラチアに一直線でした」
「それは変じゃないかしら? アビゲイルは自分がデウスエクスマキナに乗れることを理解して、パパラチアに飛び乗ったのよね? なら、向こうは、私とソーリアがデウスエクスマキナを操ることができることを知っていないとおかしいわ」
 イシャンと安曇の見解に、プラトは異を唱える。
「魔女ならデウスエクスマキナを動かせると知ったうえでパパラチアねらいだったとすると、他のデウスエクスマキナじゃ駄目な理由があったってことか」
「思い浮かぶとしたら、ブラフマーストラかパドマか? パドマはエンジェルオーラとは異なるエネルギーで動いてるらしいしな」
「だとすると最大候補はやはりブラフマーストラか。私の最高傑作だからな、当然か」
「あの破壊力は危険だしな。俺があれで神殿を破壊しようとしていたのを見抜いて、それを阻止しにきたのかもしれん」
「あぁ。事実我々は、神殿を破壊する手段を失ったようなものだからな」
「まさかとは思うが、こっちが盗聴でもされてるのか? ブラフマーストラは新兵器だし、メイヴも知らない筈だ」
「おいおい。ブラフマーストラの完成は、カラ派の登場より前だぞ。もうとっくに敵も知ってる情報と考えるべきだ」
「確かに。カラやカラについていった連中から情報が行ってる可能性があるか」
「神殿を守る、という目的はカラ派も同じだからな。目的が共通している部分……つまり世界改変が実際に行われるまでの部分については、情報が共有されてると見た方が自然だ。隠す理由がないからな。あるいは、パドマのエネルギーを神殿の起動に仕えるのかもしれないな。月のエネルギー塔から出たビームってどんなものか分かるか?」
「いや、さすがに光線を見ただけでそれが何の光線か分かるなんてことはないな。プリズムならまだしも」
「月の送信装置にあるエネルギーの元なんかを見れば分かるかもしれないが。残念ながらこっちに残っていないな」
「まあ、そうだよな。とりあえず、推測だけじゃらちが明かないし、さっき捕らえたカンタレラという魔女に詳しく話を聞いた方が良さそうだ」
「あぁ。行こう」
 
 拘置所に座っているカンタレラに、イシャンが声をかける。
「窮屈にさせてすまないな。茶でも飲むか? チャイなら出せる筈だ」
「お前が司令官か。治療キットを貸してもらったことには感謝する。だからと言って何も話せることはないぞ」
 カンタレラはせめてもの抵抗心か、イタリア語で応じるが、
「まあ、そう言わずに。せめてなんで相棒を狙ったのかくらい教えて欲しいもんだな」
 イシャンは傭兵時代にイタリア語を習得していた。
「あぁ、やめだ。訛りのある母国語を聞くほど笑いそうになるものもない。英語で良い」
「そうしてもらえると助かる。イタリア語は英語ほど慣れちゃいない」
「それで、その情報を提供して、私に何のメリットがある? メリットもなく情報を渡すほど、私も馬鹿じゃない」
「随分強気だな。単に保身のために必要、とは考えないのか?」
「私がカラから聞いた話によると、ここの司令官は、基本的に、別世界からの来訪者の命を奪いたくないと、ということらしいのでね。この世界には命以外に惜しい物は特にない」
「カラの奴からの情報か。まいったね……。まあ、その点に関しては否定しないがね。じゃあ、聞くことを変えよう。お前さん、誰についてる?」
「その答えは決まっている。私の主は私が死ぬまで、エレナただ一人だ。まぁ、君の知っているエレナではないがね。彼女と私の主は単なる名前の一致しているだけの存在にすぎない」
「そっちのは、他にもエレナがいるのか」
 イシャンの知人にも魔女エレナの他に別のエレナがいる。かつてヴァーミリオンに乗っていたエンジェル。今は植物状態だが、大切な戦友だ。
「あぁ。もう二度と間違えない。彼女こそが私の主だ」
「二度と? まあ、良い。お前さん達の目的は、魔女が魔女狩りに追われることのない世界を創る事、ってことで良いか?」
 妙な言い回しに違和感を覚えたが、誰にだって事情はあるし、今関係は無さそうだ、と置いておくことにする。
「そうだ」
「その為には、エヴァンジェリンとアドベンターが作る世界がベストってことか?」
「少し違う。私にとっての最優先事項はエレナの安全だ。その方法論は何でもいいが、一番肝心なのは、それが最も確実かつ迅速に行えることだ。その意味において、エヴァンジェリンが用意した手段は、最速でその目的を達成できる。ゆえに、私にとってはベスト、というのが正確な回答になる」
「なるほどな。連中の用意した手段ならすぐにでも魔女は魔女狩りに追われなくなるからな。お前さん達は魔法を使えなくなっちまうかもしれんが」
「あぁ。その時はその時で、魔法以外の手段で彼女を守るだけだ。魔女狩りだろうが、カラビニエリだろうが、お前たちだろうが、な」
「最悪、エレナさんって人と会えなくなるかもとは思わないのか? 世界改変は俺達の時代を起点に行われるんだろ? お前さん達が生まれる頃には相当歴史が違ってる筈。今の歴史で会えた人間にあえるとは限らないだろ?」
「会えるさ。会えないのなら、私の意思がその程度だった、ということだ。…………あるいは、もしアデーレを救えるのなら……いや、こっちの話だ」
「だとすると、お前さん、カラの動きは知らないのか?」
「知らないな」
「なら、取引といかないか? 俺はカラの動きついてお前さんに教える。その代わり、お前さんはエヴァンジェリン側の計画について俺に教えてくれないか?」
「乗らない。どうせ殺されないなら、あとは改変が成功するか、阻止されるかの二者択一だ。私としては最悪どっちに転んでも、ここから出られる。取引に応じる気はないよ。もうことここにいたって、私が向こうに戻らないとならない理由もないからな」
「分かった。なら、仕方ないな。向こうを手助けしようとは思わないのか? まあ、俺達が統合を阻止したところで、元の世界に戻るだけだから、今まで通りにやっていくだけだもんな」
「もう手助けする必要もないだろう、と、それだけのことだ。もういいか? 私は少し眠らせてもらうよ。その間にすべて終わるだろうしな。目が覚めたころには結果が出てるさ」
「分かった。拘束は解けないが、ゆっくり休んでくれ。手間をかけさせたな」
「あぁ」
「それで、ここからどうする? さっきの口ぶりからすると、あまり時間はなさそうだが」
 アンリが尋問が終わったのを見て取って声をかける。
「そうだな。急いだほうが良さそうだ。おそらく、エヴァンジェリンの連中が計画を実行に移せるんだろう。思い切って、計画阻止のために戦いを仕掛けたいがどう思う?」
「正面からぶつかってなんとかなる戦力差とは思えない、というのが正直なところだな」
「期待するのは、カラ派の動きだな。エヴァンジェリンが当初通りの計画を実行に移すなら、その時にカラはアドベンターの排除に乗り出す筈。その時に、こっちから連れて行った皆や奪っていったシュヴァルツを使う筈だ」
「カラ派が動けば、純粋エヴァンジェリン派と戦いに成る」
「いや、そうはならないだろう。カラに排除されかけたショックで記憶が混濁しているのか、カラは「統合が始まる直前にアドベンターを排除し、その制御権を奪う」わけだろう? 神殿との戦闘中は、カラ派はエヴァンジェリン派と全く同一の「改変派」勢力だよ。カラがアドベンターを排除しに動くタイミングになったら、すでに「改変は始まってる」状態だ。阻止派としては手遅れだよ」
「なら、エヴァンジェリン達が世界改変を始めるまで静観しつつ、世界改変が始まった時、即ち、カラがアドベンターを排除しようと動くタイミングで、俺達も動き、アドベンターもカラも排除するというのはどうだ?」
「なるほど、カラの言っていた、お前が改変のカギ、という情報をアテにするわけだな。問題点は二つ。一つ目、カラがアドベンターを排除しよう動くタイミングがこちらからわからない。また、そのタイミングでこちらがカラを排除するように動くのはもっと難しい。二つ目、両方を排除し、しかし、お前が制御できなかった場合、おそらく、最初に制御権を持っていたアドベンターの諸元入力が反映された世界が完成する。それはつまり、改変阻止失敗を意味する。ぶっつけ本番になるから、分が悪いぞ」
「そうか……」
 会議室に戻り、相談を始めるが、いいアイデアが出ないまま、空転していく。
「このままアイデアが無いようなら、この世界を守れることは保証される、カラ案に投降する、という選択肢も視野に入ってきてしまいますね」
「私はごめんよ」
 安曇が誰も触れてこなかったところに敢えて触れるが、即座にプラトが否定する。
「わかってますとも。あくまでこのA.D.1961年世界の住人としては、という話です。私個人としては、カラ案に投降してしまっては戦闘の可能性が著しく減少しますからね。こちらに残りますよ」
「こちらでは人類に味方していると聞いて驚きましたが、私たちの世界のあなたと、驚くほど変わりませんね、あなたは」
 安曇の物言いに、別の安曇を知るアオイが呆れた声を上げる。
「えぇ。このような戦いの世界に生まれて、幸せなことです。向こうの私は平和な世界に生まれてしまってかわいそうですねぇ」
 安曇は笑う。そして、アオイはふと閃いた。
「逆に言えば、アンリさんにしたように、この世界にとどまっていい、といえば、向こうの安曇としては、悪くない条件、ということでしょうか?」
「あら、面白い考えね。それが許されるのなら、「今すぐ救われたい魔女達」も喜ぶわね。この世界なら、魔女は重宝するみたいだし」
 プラトが面白いアイデアだ、と笑う。
「こちらへの移住を条件に何人かを引っ張り込むってことか?」
「だが、カラに言わせれば「それは一人二人を救うだけの行為。みんなをまとめて救えるわけじゃない」だからな。エヴァンジェリンに与する魔女の中のどの程度が個人主義的に納得するか……」
「実際どうなんだ? あちら側の魔女に、それに応じそうな奴っているのか?」
「さー、カンタレラなら二つ返事だろうね。エレナさえ生きてればあいつはそれでいいんだし」
 ソーリアが退屈な会議に足をブラブラさせながら呟く。
「魔女の救済なら、純粋エヴァンジェリン派でもカラ派でも可能だが、こちらに着いた場合のメリットは現状の記憶を確実にとどめることができるってことか。1961年を起点に世界改変するんだ、この先の時間で生まれてくる連中がどう変わるかは保証がないし、魔法も持ったままにできるしな」
「アビゲイル一党には案外多いかもしれないわよ。アビゲイルは勝手に妥協したけど、彼女の仲間たちは「魔法を使い続けたい」と思っている人が多数派でしょうからね」
「そういえば、アビゲイル一党は自由に魔法を使いたいって連中が多いんだったか?」
「えぇ。でも同時に短絡的な救いも求めてる。だからこそ、「今すぐ救われるならそれでもいいかな」って思ったんじゃないかしら。それこそ私たちのエレナが目的を果たしそうになったら、あいつらのほとんどはあっさり蔵替えすると思うわ。なんならアビゲイルすら、かもね」
「そもそも、状況さえ整えばこっちにつきそうって意味じゃエレナ達三人の魔女も一緒だな」
「さらなる戦力低下を図るなら、裏切った魔女たちにデウスエクスマキナを奪ってもらうか」
 アンリがさらなる手を提案する。
「そいつは名案だな。同時にメイヴ達も戦力にならなくなるしな」
「あぁ。敵の戦力低下とこちらの戦力増強を同時に満たせる。ただ、これをするなら、なんとかしてカラスヘッドに連絡を取り、こっそりと魔女達に働きかけてもらわねばな」
「いえ、カンタレラさんがこちらの提案を飲むと思われるなら、カンタレラさんに頼んで、解放すればいいのではないですか?」
「なるほど。そいつはスマートだな」
「えぇ。過去にアンリさんの部下を解放した前歴もありますし、こちらはカラから「命を奪いたくないと考えている」と認識されていますし、怪しまれにくいかと」
「そうなると、どうやって”青い瞳のエレナ”の安全を確保するかだな」
「協力する、という話にしたうえで、詳しく聞くしかないだろうな。その彼女が今どうしているかもよくわからないし」
「たしかにな。まずはそっちを確認した方が良さそうだ」
「そうなれば、私たちが話しましょう。顔見知りの方が信用しやすいでしょうし」
「なら、お願いできるか? 一応俺も立ち合いはするが」
「えぇ。じゃあ早速行きましょう」

 

「久しぶりね、カンタレラ。起きなさい、起きないと火の玉よ。どうせ本当は寝てないんでしょう」
「ずいぶんな起こし方だな。まぁ、エレナの振りをしなかっただけ、前よりましか」
 やや不機嫌そうにカンタレラが体を起こす。
「何の用だ? 話すことはないといったはずだ」
「えぇ。でも、提案があなたのエレナに関わることなら、聞かざるを得ないでしょう?」
「どういうことだ?」
 エレナの名前を出した途端、体をしっかりと起こし、聞く体制に入る。
「私たちの側につきなさい。そうしたら、あなたたちをこの世界に住まわせてあげる。魔女はルシフェルと戦う戦力になるの。だからクラン・カラティンとしては魔女を保護する意思がある。どう? 悪い取引じゃないでしょう?」
「なるほど。エヴァンジェリンの計画が成功しようと失敗しようと、どのみち、私とエレナは魔女狩りから逃れられる、と。確かに、願ってもない条件だな。わかった。お前達に協力しよう。察するに、向こうに戻って条件に乗りそうな他の魔女も説得しろ、というんだろ?」
「話が早くて助かるわ」
「分かった。その前に、エレナをこっちに連れてくる方法についてどう思っているのか考えてもらおうか。知っているのか知らないが、エレナは今、元の世界にいる」
「今から考える。詳しい話を教えてくれ。実行するとしたら私がすることになるだろうからな。私は真理の探究者、錬金術師のアンリだ」
 アンリは、イシャン達に後は私が聞く、と伝え、二人っきりになる。

 

「大体わかったぞ。まず、連中が動くのは、30日の夜らしい。エネルギーをいきわたらせるのに丸一日かかるらしいな」
「パパラチアを狙った理由は?」
「目的に必要、くらいらしい」
「それだけか。必要以上に情報もらさないようにしてるんだな」
「どちらかというと、神秘等の複雑な部分の説明を省いてるだけだろう。説明しなければ納得しないという仲間には説明したと言っていた」
「で、だ。喜んでほしい、私の作戦が成功すれば、”蒼い瞳のエレナ”だけじゃない。あの世界の魔女を全員、この世界に退避させることすらできるかもしれない。もう一度大クレーターへ行ってほしい。そこで私が作る装置をセットしてほしい。それで恐らくは何とかなるはずだ」
「分かった。直ぐに動くぜ」
「あ、それから、大クレーターに生物がいると、この機械は動かない。ルシフェルには立ち退いてもらうか、無理なら、倒せ」
「分かった。なら、プラト、ソーリア、頼む」
 もしカラスヘッドがいれば、複雑な顔をしただろう。何もしないからそっとしておいてほしいと願ったかのルシフェルは自らに襲い掛かるデウスエクスマキナをみて、何を思うのだろうか。
「装置稼働後、しばらくはそこを防衛する必要がある、場合によっては敵が戦力を差し向けてくる可能性もあるから、警戒しておいたほうがいいな」
「帰還にはヨグソトス回廊を使えば良いからな。デウスエクスマキナのうちどちらか一方、申しくは両方を残せば良いだろう。そして、俺はもう一度、チハヤに行ってくる。魔女の移民計画を提示すれば協力してくれるかもしれない」
「じゃあ装置は私とアンリで持っていき、プラトとソーリアは現地に直接転移、イシャンはチハヤへ、といった感じでしょうか?」
「そして俺は神殿に戻り、仲間を増やし、君たちの襲撃時にデウスエクスマキナを盗む準備、だな」
 アオイとカンタレラがやるべきことを整理し、作戦を開始する。

 

「イシャン君か。今度はどうしたのかな?」
 チハヤを訪れたイシャンを、オラルドが応じる。
「ええ。実は、状況が変わって、ここにいる静観派の中で、あらためて我々統合阻止派に味方してもらえる人がいないか探したいと思いましてね。実は……」
 事情をすべて説明する。オラルドは静かに頷きながら聞いた。
「なるほど。今の内容を、ここにいる全員にそのまま通達しよう。ついでに、いくつか質問させてもらってもいいかな?」
「ええ。もちろんです」
 イシャンが頷くのを見て、オラルドは覚悟を感じ、質問を始める。
「ではこれからいくつか質問をする。それは私自身の質問もあるし、今からみんなから寄せられる質問を代弁したものもある。まず、魔女を助ける、という件だが、君はこれを「あくまで仲間を増やすため、敵を減らすための一時的な施策」と考えているのか「今後も随時実行していく永続的な施策」と考えていくのかについて回答を頂きたい」
「俺自身としては別の世界の人間をルシフェルとの戦いに巻き込むことに抵抗はあります。でも、これは魔女達との約束でもありますし、それが魔女狩りに追われる魔女を助けることであるなら、恒久的な方法として取り込むべきかと思います。もっとも、今回の条件の場合、魔女をこちらで引き取る見返りが「ルシフェルとの戦いへの協力」である以上、その戦いが終われば、また条件を見直す必要があるでしょうが。その場合にも、魔女達の受け入れには積極的に行きたいと考えてますね」
「なるほど。では次の質問だ。君は世界改変に反対の立場を取っている。しかし、他の世界の手法やあるいは転移そのものを使って、世界を救済するような行為を行おうとしている。君にとっては両者は異なる行為であり、後者は許される、と考えている、と判断して問題ないかな?」
「俺が世界統合に反対する理由は、まあ……多岐にわたりましてね。その全てを説明しようとすると原稿用紙が10枚じゃ治まらなそうなんですが……。大きな理由のひとつは、エヴァジェリンの計画が、世界を破壊するものだからです。実行されれば、いくつもの世界の有り方が根底から覆る。それは「今住んでいる世界」が気に入っている人間にとっては本意でないでしょう。たとえ世界改変によって元の世界のことを忘れてしまうとしても、「今の世界を好きだ」という意思まで消されてしまうことは許されることではないと思います。もちろん、エヴァンジェリン達のように今の世界に不満がある人達もいるでしょう。現状維持か、改変か、どちらか一方しか選べないなら、どちらかを採択し、どちらかを棄却するしかない。でも、エヴァジェンリン達の方法の問題は、この計画に関わっていない者は、その存在を知りすらしない者は、その是にも非にも関われないんです。意志を示す機会すら与えられず、一方的に改変を強要される。それが反対する第二の理由です。加えて、その影響範囲は極めて広い。新宇宙歴の世界が巻き込まれるという事は、この地球以外にも異なる星系の異なる惑星まで改変に巻き込まれるでしょう。その人達に取ってみれば、自分とは全く関わりの無い、名前すら知らないかもしれない地球という星の、一部の種族のために、今ある日常が奪われるんです。その理不尽を許すわけにはいかない。それが第三の理由です。確かに、改変を阻止すれば、リブーター達に理不尽の継続を強いることになるでしょう。でも、彼等をその理不尽から解放するために、他の多くの人達が理不尽を強いられていいということにはならないと思ってます」
「ふむ。改変の仕組みから考えると、地球以外の星のことはこじつけのような気がするけどね。まぁ答えは分かったよ。ただ、一つだけ気になったんだけどね。確かに魔女には改変阻止を求めるものもいるだろう。だが、リブーターはどうかな? リブーターは魔女と違って、救いを求めない存在はいない、といってもいい。リブーターが救われる世界ができたとき、理不尽に状況の変化をもたらされるのはリブーターを使って私腹を肥やしている人々、いうなればリブーターを苦しめる一つの元凶だ。考えようによっては因果応報ともいえる。先の理由で考えれば、魔女は君の案で救済を目指しつつ、リブーターはカラ案で救う、という手は許容されてもおかしくないようにおもうけれど、どうかな? もちろん、一つ目の理由にある程度抵触はするけどね」
 イシャンの堂々とした物言いに頷きながら、それでもオラルドは妥協する事なく、疑問点を突いていく。より良い世界を導くにはそれが必要だからだ。
「そうですね。俺としても、リブーターが虐げられる世界を、そのままにすべきだとは思ってません。ノエル達から聞く限りじゃ、あの世界を良しとする人間は少数派でしょう。だから、それを救いたい・救われたいという想いを否定することは俺にはできません。ただ、個人的にはそれも踏まえて、世界統合という方法は人間に許される方法じゃないと思ってます。それは神々の領域だ。世界ってのは人間が個人や、数十億集まって壊したりくっつけたりして良い程軽いものじゃない。俺達人間に許されるのは、自分達の地に足の着いた範囲で出来る解決だけだと思います。だから本当は、別の星系やせいぜい行っても別の可能性世界からの物資の援助や移民の流入、あるいは逆にあの世界の人間が別の惑星・別の可能性世界に移民することによって解決すべきだと思います。でも、それは俺一人の正義にしか過ぎない。そして、あの世界の住人ならざる俺には、それを唱える大義すらない。だから、「個人的には反対だと思わないが、口に出して異を唱えることはしない」が答えですね」
 この理屈には一つ穴がある。「神の領域」と言うのであるならば、この計画には、神も御使いも関わっている事になる。であるならば、神である彼らはそれを実行する権利があることになってしまう。だが、オラルドはそれには触れず、より重要な部分について突き詰めることにした。
「逆に聞こう。あの世界に物資の援助をしたり、あの世界と他の世界の間で人間の行き来をしたり、といった解決法を採ることについて、応援する意図はあるかな?」
「それは勿論あります。現に俺もそうしようとしてますし、A.D.2016から来たアンリには、是非この世界に留まって力を貸してもらいたいと思ってますしね。逆に、俺達の世界から何か手助けできることがあるなら、それもすべきだと思いますし。まあ、そうは言っても、俺達の世界から物資も人も出すのは厳しいでしょうが。不幸な騒乱の結果とは言え土地は余っているので、逆に移民を受け入れることは可能かも知れませんがね」
「ふむ。質問は以上のようだ。それでは、君の協力要請に応えるつもりがあるかの表明をしてもらうので少し待ちたまえ」
「話せることは話しましたし、あとは皆の意志に任せますよ。”No”という意見も含めて、仲間の意志は尊重したい」


 その頃、ネバダの大クレーターでは。
「よし、次元削岩機の設置完了だ。これより稼働を開始する」
 それは巨大なパラボラアンテナのような機械だった。違いは、傘の部分が四枚の板で構成されていて、今は閉じられている事だろうか。
「座標の設定完了。稼働開始」
 四枚の板が開き、展開され、回転を始める。そして、中央の穴の部分に、不思議な色の光の円が出現する。
 この装置は空間に穿孔を発生させ、別世界同士をつなぐポータルを作り上げる装置である。初期稼働に貴重なフォルトストーンを使うものの、一度開きさえすれば、以降は開きっぱなしにできる優れものだ。もっとも、魔女狩りを連れてくるわけにはいかないので、開きっぱなしにも出来ないが。
「圧縮率、臨界」
 イレがアナウンスする。
「よし、境界面を露出させろ」
 オーロラのような波が何重にも発生し、光の筋がアンテナのような部分の先に伸びていく。そして、ポータルが出現する。ところが……。

 

 衛星軌道上、アース艦内
「エネルギーフィールド、消失!!」
「何事だ?」
「次元歪曲によりエネルギーが巻き上げられました。空間歪曲力場発生装置が制御を失いました。修理要員の素早い対応により、ブラックホール化は回避。マーズからも同様の現象が発生中との報告アリ」
「出所を調べろ」
「分析完了。ネバダ州に存在するクレーター群のうち最も大きなクレーターから時空歪曲波が発生した模様」
「何か事前の連絡は?」
「ありませんでした」
「こちらへの攻撃のつもりか。マーズに砲撃命令を」
「了解」
 ネバダ州に最も近接していたマーズが砲撃体制に入る。マーズはアースほど巨大ではないが艦隊戦において砲撃戦闘に特化しており、砲撃能力についてはアースに決して引けを取らない。かつて敵対勢力の基地を、その周辺一帯ごと焦土としたというその砲撃能力がいかんなく発揮される。
 全ての砲塔より放たれた緑の筋が、たがえることなく、ネバダ州のクレーターに向けて進んでいく。

 

 アース級の全力砲撃を雨のように、などという生易しい例えは許されない。あくまでも水に例えるのであれば、それは、一気にひっくり返したバケツの水である。もちろん、とっても大きなバケツの。
「上空より高エネルギー反応! 自動的にディメンジョンディフレクションします」
 現在、次元削岩機の上空はポータルを形成するための予備歪曲空間と化しており、その上空に降り注ぐ全てのボーム砲撃はそれこそパラボラアンテナのように、ポータルに集中する。

 

 A.D.2032 某所
 ポータルに侵入した緑の光の筋――一点に集中したことで超高出力の一本のビームになっている――は、次元掘削機が自己判断した「最も影響の少ないだろう方向に」飛び出す仕組みになっている。今回の場合、ポータルはアビゲイルのセーフハウスの一つであるビスケー湾の湾岸に出現しており、自動的に湾岸に向けて飛び出した。
 不幸なのは、そこに、影響が発生するような物が存在した事である。
「アーレイバーグ級フライトE、5隻、信号途絶!」
「AV-25、10機、信号途絶!」
「何があった!?」
「分かりません、敵のセーフハウスがあると思われるエリアから謎の高エネルギー反応。そして、緑色の光が確認されています」
「馬鹿な、駆逐艦を一度に複数隻沈めるほどのエネルギーを持つ魔女がいるというのか……」
 2032年の時点では、”粒子”の存在は認識されていないし、当然、それを操作する技術など知られていない。未知のビーム兵器であると想定するよりは、そのような強力な攻撃を行う事の出来る魔法があるのだと仮定する方が、彼らにとっては現実的な判断であった。
「次弾を撃たせるな。敵攻撃の予想地点に対し砲撃を実施、制圧しろ」
 指示に従い、ビスケー湾沿いの駆逐艦群が54口径127mm砲の発砲を開始する。

 

「当該世界より物理的ダメージの発生を確認。ポータルの出現位置を変更。及び、上空より再度高エネルギー反応」
「これでは、撤退もできないな……」

 

「さらに5隻、通信途絶!」
「馬鹿な、あの位置からの直線攻撃では最悪一隻の被害で済むように組みなおしたはずだぞ!」
「それが、違う方向から発射された模様です」
「馬鹿な!? 敵はあの長距離を一瞬で移動する能力も備えているというのか……」

 

 A.D.2032年。”誰も知らないどこか”
「時空間歪曲が確認されたそうです」
 全てを灰色で身を包んだ男達が円卓を囲んでいる。
「興味深い。外なる世界からの干渉者か」
「艦隊が大被害を出して統一政府上層部は大慌てだとか」
「下らん。そのような些事は政治家気取りどもがなんとかすればよいのだ」
「もちろん。それで、我々としてはどうしましょうか?」
「間者を放て。我らの利になるものがあれば回収せよ」

 

「衛星軌道からの砲撃、止みました」
「全てを無効化されたんで、諦めたか。だが、また次があっては困る。ひとまず撤収しよう。技術的に可能な事は証明された」
 アンリは即座に装置の停止処理に入り、急ぎ大クレーターを離脱する。

 

「結論が出た。アドボラ、およびチパランドの有志達は君の提案する世界間交流による二世界への救済案を支援するものとする。ついては、アドボラのチハヤ、チパランド有志達のトブおよび各艦の乗員は、改変派を阻止する君たちの行動も支援させてもらう」
「ありがとうございます。オラルド指令。フェアはやっぱり、静観……ですかね?」
「そうなるね。申し訳ないが、彼らは君たちの本部で預かってもらえないか。チハヤとトブは状況次第では撃ち落される危険がある」
「わかりました。そうさせてもらいますよ。正直、どうあれ彼女が戦いから外れてホッとしてます。かつての仲間に銃口を向けられないような子なら、そもそも銃を取るべきじゃない」
「今、オペレータがクラン・カラティン本部とチハヤのセンサ・アレイのデータリンクをしてくれた。また通信機を支給しなおそう。それから、あまり大きな乗員移動があると怪しまれる。ひとまず、各艦を代表して私とアル、それから保護対象のフェアが帰還する君に同行する」
「分かりました。視界さえ確保できれば、ヨグソトス回廊もありますしね。では、さっそく行動に移しましょう」
 オラルドがイシャンに通信機を渡す。と、その直後、その通信機から驚くべき連絡が届く。
「衛星軌道上から〝粒子〟の収束反応、マーズです」
「なんだと!?」
「こちらの意図と、位置がばれたのか?」
「いえ、砲撃先は、ネバダ州です。過去の地球のデータだと、米軍基地があった場場所のようですね」
「セントラルアースは米軍と交戦するつもりなのか?」
 大クレーターのことを知らないオラルドはそのデータの通り米軍基地を攻撃したと判断した。しかし、イシャンはそこで何が今行われているかを知っている。
「まさか、ネバダの大クレーターか!?」
「イシャン君の方が事情に詳しいようだね。とりあえず本部に向かおう。道すがら詳しく聞かせてくれ」
 その反応を見て、オラルドはイシャンに説明を求める。イシャンは当然のように頷く。
「分かりました」
 イシャン達はこれまでの経緯を説明しつつ、移動を始める。

 

「封筒……カラからの指示か?」
 一瞬扉が開いたと思ったら手紙が挟まっている事に気付いたリュウイチ。見ると、封筒にはこう書かれていた。
「ユキへ」
「リュウイチが開封した場合、特定機密指令に対する違反行為として査定に響きます」
 筆跡はアオイの物だとわかる。つまりこれは宮内庁対霊害対策課全体の上司とも言える中島家の機密の手紙という事になる。
「……うん、俺は何も見てねぇし知らねぇな。ユキお前さん宛だ」
「……? 開ける、大丈夫?」
「ああ、中身を確認……おっと、俺の目が届かない所でやってくれ、俺はちょっとベッドの方に行ってるわ。……後の事は俺にいちいち確認取らなくていいぞ」
 リュウイチはそれをユキを連れ戻す一手だろうと推測はしつつも、査定に響くのは困るので、知らぬ存ぜぬを続けることにした。
 手紙はやはりアオイの筆跡で、ユキの状態を心配する内容と、
「カラスヘッドがデウスエクスマキナを盗み出すのに協力して、一緒に逃げてきてくれ」
 という指示。ところが、この場にカラスヘッドはいない。ユキは首を傾げ、混乱する。
 次の瞬間、ユキの視界に青く文字が浮かび上がる。
「私の事は信用できないかもしれないが、一応、カラスヘッドの現在の状況を勝手ながら添えさせていただく。現在カラスヘッドはこの手紙を渡す過程で失敗し、特定の部屋に閉じ込められている。彼らの作戦開始時に私が責任をもってカラスヘッドの事は助ける。カラスヘッドがその時に君にコンタクトを取ってくるはずだ。私、いや、我々としては、そのタイミングでカラスヘッドに協力し、動いてほしい。以上、伝えるだけのことは伝えた」
「ペティ・パリス P.S.偽名の署名であることをご容赦いただきたい」
 そして、文字が消える。そう。この説明の通り、あの手紙はカラスヘッドが偽に投降をして渡すための物だったのだ。しかし、それは敵わなかった。しかし、イシャン側に寝返ったカンタレラ達がこうして取り返したのだった。
「協力……でもいなくて 次点、できる事だけ……? 待てば達成でき、る……? 知らない人……」
 ユキは判断に悩む。
「……至急、は無い、なら……」
 急ぎの用事ではないのだから、今動く必要はない、と判断し、手紙をしまい、扉を気にしながら、待つことを選ぶ。

 

 そして、その文字はカラスヘッドの元にも来ていた。
「……文字?」
「カラスヘッド、あなたに良い知らせがある。私は改変阻止派だ。あなたの隠し持っていた手紙はこっそりとユキに渡しておいた。本当ならすぐにでもあなたを助け出したいところだけれど、あいにくそうはいかない事情がある。イシャンの作戦でね、彼らが攻撃をしてきたタイミングで私たちは一斉に蜂起する。あなたのこともそのタイミングで解放する。もう少し、そこで辛抱していてくれ。」
「ペティ・パリス P.S.偽名の署名であることをご容赦いただきたい」
「ペティ・パリス……」
 カラスヘッドは聞き覚えの無い名前に訝しむが、
「まぁ、やることはないし。その時を考えておこう」
「おっと、危ない、大事なことを忘れていた。君を開放するとき、君の所持品すべてを持ってくることは少し難しい。二本の杖のどちらかが精一杯だろう。希望があれば、扉をノックして返事をしてほしい。ランタンの杖なら二回、髑髏の杖なら三回だ。一分待つ」
 カラスヘッドは三回ノックする。
「髑髏の杖だな。分かった。任せてくれ」

 

「おかえりなさい。おや、オラルドさんにアルさん。大成功のようですね」
「ああ。心強い味方がついてきてくれたぜ」
 帰ってきたイシャンを安曇が迎える。が、イシャンはさっさと本題に入る。
「それより、状況はどうなってるんだ?」
「大クレーターの方は作戦成功とのことです。それから、神殿の内部の作戦状況については確認の方法がないため不明です」
「ネバダの方にマーズからのビーム砲撃があったようだが?」
「あぁ。次元掘削による次元歪曲場が発生している最中で助かったな。砲撃は全て防げたよ」
 アンリが割り込んで回答する。
「マーズがアンリ達に攻撃してきたってことか?」
「私たちを、なのか、あの機械を、なのか、別の何かを、なのかは私たちからは判別不能ですね」
「その後の砲撃はあったのか?」
「複数回に渡って砲撃されたが、全て次元歪曲場で受け止めたからな。突破は不可能と判断したのだろう。途中からぱったり止んだ」
「その後成層圏航行用揚陸艦が成層圏まで一度降りてきていたようだけどね。そこにずっととどまっていたら、艦載機による攻撃があった可能性もあると思うよ」
 オラルドが観測データからの事実を告げる。
「なら、その後の我々と安曇による速やかな退却により、追撃を免れた、ということだな」
「何らかの協力関係にあったのに、一切の報告をせず実行したのかい? それはまずいんじゃないかな。向こうはこちらの裏切りと判断して、攻撃準備を進めている可能性もあるよ」
「たしかに。うっかりしてましたね」
「……ふむ、揚陸艦にマーズが合流、つまりマーズは今成層圏にいるようだ。これは攻撃の準備である可能性は高そうだね」
 外交関係はうっかりでは済まない。が、それをここで言っても仕方ない。オラルドはそれを飲み込み、事実だけを再び伝える。
「連絡を急いだほうが良さそうだな」
「今更連絡して聞いてくれるといいですけどね」
「このまま戦闘が悪化して、ヴィーナス、マーキュリー、サターンとやってくる、何てことはないように願いたいね」

 

 さて、ここで意見の対立が起きる。
 イシャンはあくまで対話で物事を解決すべきだと主張し、威圧しないために特に攻撃の準備はしない、と言うが。
 オラルドやアンリは、その場合、交渉が決裂した場合に強襲してきた場合や、そもそも交渉するつもりが無い場合は市街地戦になり、こちらが不利になる。街の外に陣を張り、強襲に備えるべきだ、と言う。
 結局、イシャンは自分の相手を刺激しない対話路線を貫くことを決め、ただ、念のため、アル、オラルド、アンリはそれぞれ自陣に戻り戦力を連れて戻ると主張する。これは、基地が強襲を受ける可能性は十分に高いと考えたため、イシャンには悪いが何かしら理由を付けて、基地から離脱しておこうと考えたからだ。もちろん、杞憂だったとしても戦力を連れてくることには意義がある。

 

「イシャンさん。今回はどういった用向きでしょうか。セントラルアースとしては昨日のこちらへの断りない時空間歪曲攻撃を、以前の契約に対する裏切りではないかと、判断しておりますが」
 通信に応じたのはやはりオリヴィア。
「今回はその件のお詫びと説明のために連絡した。まず最初に、我々としてはセントラルアースに対する攻撃の意志はない」
「しかし、実際、我々セントラルアースの空間歪曲力場発生装置は、昨日のそちらの攻撃以来安定せず、未だに力場発生が困難な状態です。これを攻撃でない、というのは、さすがに厳しいと言わざるを得ません」
「それは我々の意図から外れるものだ。我々は、世界統合を阻止した上で、魔女やリブーターを救いたいと考えている。その為に、別の世界にいる魔女やリブーターをこちらの世界に避難させる手段、あるいは逆に荒廃しているP.G.W.50年の世界に物資や人員を送る手段を確保する必要がある。件の時空歪曲もそのためのものだ。残念ながら、それを担当した専門の技術者がいない為、技術的な説明はできないが、どうか信じていただきたい」
「では、それを検証するため、その機械を実際に提出いただきたい。こちらの技術職がそれを実際に確認し、真偽を確かめたい」
「少し確認する」
 イシャンはイレとサーテを呼び、動かしても問題ないかを確認する。
「そうですね。もう一度再設定をしなければならないだけで、動かすこと自体は問題ありませんよ。ただ、セントラルアースにその技術を解析されれば、セントラルアースにその技術を利用される恐れがあることも忘れてはならないかと思います」
「セントラルアースがあくまで改変はする、方向に舵を切るなら、解析して時空のゆがみを逆に閉じる、みたいなことを可能にして、こちらの目的達成を困難にしてくる可能性もあるしねー」
 イレとサーテが返答する。
「そこはセントラルアースを信じるしかなさそうだな。状況が変わったところで、あらためて改変阻止側に引き込む手もあることだし」
「舵取りはイシャンの仕事ですから、お任せしますが、信じているからこそ、敵は敵として最適の行動をとることを常に警戒するべきかと。では、警戒行動に戻ります」
 イレはイシャンの攻撃姿勢を取らない姿勢を疑問視していた為、いつもよりより厳しく、イシャンに忠告を発し、去る。対話は決して悪い事ではないが、味方ではなく「敵対しない」だけの相手に、自身の手札をむざむざ晒すのは愚かな行為でしかない。まして、それを「利用しないだろう」と言う想定は楽観視以外の何物でもないと言えた。
「わかった。見せるだけであれば問題ない。ただし、解析はこちらの基地で行う形とさせてもらえないだろうか? こちらの基地に装置を転移させたうえで、そちらの解析班を基地に迎え入れたい」
「それは受け入れられません。お忘れですか? こちらはそちらが攻撃の意思があるかどうか伺っている状況です。その状態で敵地に非戦闘員を送り込むことには承諾できません。そちらまで回収に伺うまではしますが、解析はあくまでセントラルアース側の施設ですることを条件とさせていただきます」
 オリヴィアはその譲歩にもNoと答える。実はイレたちの危惧は的中しているのである。セントラルアースは「敵のあらゆるバリアを無効化でき、まして最強の守りである空間歪曲力場さえ無力化し、あまつさえアース級のビーム砲撃を無効化した」技術に興味津々なのだ。その解析こそがこの交渉の目的と言えた。
 判断に迷ったイシャンはオラルドに意見を乞おうとしたが、どういうわけか、通信がつながらない。ジャミングがかかってるかとも持ったが、セントラルアースとはこうして通信が出来ている。ここで、「セントラルアースが通信障害を起こしている」という発想に行かない時点で、イシャンはセントラルアースに情報戦、電子戦で負けていると言えるだろう。
「分かった。そちらに装置を提出しよう。ただし、この装置は私の仲間の秘儀とする技術で作られたものであり、私には装置の秘密を守る義務がある。万一装置の仕組みが外に漏れた場合や、装置を破壊された場合、私はその仲間からの信頼を失うからだ。そこで、装置の安全確保のためにこちらから誰か人員を一人そちらに同行させることはできないだろうか?」
「その人員が戦闘員の場合、スパイの可能性もあり得ます。受け入れられません。ただ、提出してください。そこに妥協はありません」
 そして、オリヴィアは妥協しない。普通、こうなれば交渉決裂必至である。片方が折れないという事は、もう片方が折れなければならないのは必至。そして片方がひたすら折れる、ということはそちらが一方的に不利をしょい込む事になる。友好的な関係の相手ならともかく、「敵対しない」程度の関係の存在に対してとるべき選択肢ではなかった。
「その人員が私であればどうかな? 私が拘束されれば、統合阻止派は活動を行えなくなる。スパイにしてはリスクが高い。こちらの信を示すには十分かと思うが」
 そして、あろうことか、イシャンは自分を差し出した。
「いいでしょう。では、今から回収班を派遣しましょう。信用を示すために、表に出てくださいますか?」
「分かった。表にでよう。ただしひとつだけ。私としても、統合阻止派に残ってもらった仲間のために、統合阻止の動きを放棄するわけにはいかない。装置の解析が終われば速やかに私をクラン・カラティン基地に戻してもらうと約束していただけるかな?」
「えぇ。かまいませんよ」
 そしてすんなりと、話が成立してしまった。歴史上の不平等条約もびっくりの一方的な約束だ。セントラルアースと敵対しない代償は、組織のリーダーと、時空すら超越しうる彼らからすると未知の道具。これで釣り合いがとれていると思うものは、いないと思うが。この時のイシャンには、対話で丸く収めようという意識しかなかったのだ。オラルドの説教が悪く作用しすぎたとも言えるかもしれない。
 イシャンが外に出た次の瞬間、イシャンの真上に光学迷彩で見えなくなっていた強襲揚陸艦が姿を表す。セントラルアースはとっくに街の上に戦力を配置していたのだ。それはすなわち、交渉が自身の意図通りにならなければ攻撃するという心づもりであったということ。彼らの約束など、一切信用ならないということ。もし、外に陣を敷いていればそのレーダーで侵入に気付けただろうが、もはや遅い。
 背中に翼のような二本のアンテナの生えたコマンドギアが舞い降り、機械とイシャンを掴んで、ふわりと浮かび上がる。フライングニンバスと呼ばれる技術で飛行を実現したコマンドギア特有の装備であった。
 そして、それでは終わらない。揚陸艦から複数の無人二足歩行兵器ラルコースが降下していく。彼らはここでクランカラティン本部を破壊するつもりであった。

 

 to be continued...

5章 #A.A.A.001

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