charm charm charm 第10章 ホラーとフィクションと
ホラー映画を観ていた少女・リナは魔法を使ってしまい、通報され、科学統一政府から追われていた。
逃亡の最中、森で動く死体の少女・サラと出会い、共に逃げることに。知られている神秘とは違う様子のサラの正体に近づくため、ドイツの黒い森に住む魔女イアンを訪ねることにした。
サラのことを知るために、魂の魔女・イアンの元を訪れた二人は、目的が決まるまでイアンの小屋に逗留することに。
そこでイアンが魔法で出していた人魂に、リナは絶叫してしまうのだった。
リナの絶叫により軋む小屋。そんな現状を見てイアンはリナに魔法を制御する訓練を提案する。
リナを落ち着かせるために気絶させたイアンは、「家族に会いたい」という自分の願いに疑念と戸惑いを抱くサラに語り始めた。
弟を亡くした過去を。
イアンの指導の下、リナの魔法訓練が始まるのだが、不意にサラが意識を失ってしまう。
原因不明の昏倒から目覚めたサラは、口にした。
「——思い出した」
サラの口から語られたのは、祖母が魔術師として科学統一政府に処刑されたというもの。
不可解な点が多いこの点、生前よりサラも解明したかったというのもあり、イアンはとある提案をした。
それは神秘についてのノウハウをイアンに教えた魔術師「
安曇救出作戦のため、協力者を募ったリナとイアン。
ナイ神父、
潜入した神秘根絶委員会本部で、陽動に出たリナと中国は幹部・アンジェと、安曇救出に向かったイアン、サラ、ナイ神父は幹部・カシムと対峙する。
どうにか安曇を救出し、引力魔法で場を崩落させて脱出を試みようとしたとき、魔法が打ち消される。
戸惑うリナたちの前に現れたのは、異端審問官マシューだった。
あらゆる神秘を無効にするマシュー。彼が「魔女」であることを見抜き、隙を作り、からくも脱出に成功したリナたち。
早速、サラは安曇に問いかけを投げる。
問いかけに対し、安曇は「答えるにも情報が少なすぎる」とのこと。
そこから、当初の予定通り、サラの家族に会うため、動き出すリナたち。休憩の後、向かうことにしたのはリナがサラと出会った森。
その森に向かう途中、墓参りがしたいというイアンに付き添い、イアンの弟の墓へ。そこでイアンはリナに「弟を蘇らせるために協力してほしい」と手を差し出した。
イアンに不信感を募らせながら、リナが選んだのは――拒絶の逃亡。
森をじめついた風が抜ける。
リナとサラは出会った森に来ていた。新しく調達したウィッグと服を纏って、サラの現れたあたりの木を調べる。
「予想してたけど、何もないね」
「うん」
森にはキープアウトのテープすら貼られていない。ここが死体遺棄の現場だったなんて、犯人と自分たちしか知らないだろう。遺棄されたサラをそのまま連れ立ってしまったことは、殺人という犯罪を闇に葬ることとなった。
当時はそれどころでなくて、気づいていなかったとはいえ、人殺しを野放しにする行為だ。サラを連れていくべきではなかった、とリナの脳裏によぎる。
サラと出会えてよかったし、サラのことは好きだ。けれど……死者は丁重に弔われるべきだ。殺人をはたらいた者は相応の罰を受けてほしい。
自分の行いは正しくなかったかもしれない。そうわかっていてなお、サラが遺棄されていたことを警察に申告する気が起きない。捕まりたくないから。
捕まったら、魔女は処刑される。つまりは我が身かわいさだ。許してほしいとは言えない。
サラの死に報いるより、自らの保身を選んだ。仕方のないことかもしれないが、言い表すと、やはり最低だ。
そんなリナの選択に、サラは責めることもなく、離れないように手を繋いで歩いていた。
「通報、しなくていいの?」
一度だけ、リナからサラに訊いたことがある。
「なんで?」
「なんでって、自分を殺した犯人だよ? 捕まってないのは気持ち悪くない?」
リナの言葉に、サラはうーん、と考えるように首を傾げてから告げる。
「別に、この体を殺した犯人にはあんまり。だって私の体じゃないかもしれないし。それとは別に、私が……『サラ・ノイアー』が死んだ原因があるなら、それは知っておきたいけど」
そこまでさばさばとした様子で言い切ってから、反対方向に首を捻る。自分の死因や殺した犯人に執着がないらしい。
「なんか別に、わかったところで死んだのは変わらないし、生き返るわけでもない」
「じゃあ、今のこの状態のことはどう思ってるの?」
この状態。言われて、サラは自分の体を見下ろす。
血の通わない死人の肌。声は問題なく出せるし、人肌に触れたら温度を感じる。視覚、聴覚、嗅覚もはたらいていて、出されたお茶を美味しいと感じた。人間のできることは大体できる、けれどしっかり「死人」の体。
神秘としては「
「どうって、別に。嬉しくもないけど、悲しくもない。私をこんな風にした人がいたとして、殺人犯とおんなじ。特に何も思わない」
家族のことをどうにか思い出しはしたけれど、サラの生前の記憶のほとんどは消えたまま。だから「生き返って嬉しい」という気持ちもなければ「どうして生き返らせたりしたの」という気持ちもない。
ああでも、とサラはリナを見た。表情変化に乏しいその口元が、微かに笑みを灯す。
「リナと会えたのは、よかったかも」
なんて。
森には手がかりらしいものが何一つなかった。よく考えると、この森には狼が棲んでいる。きっと彼らのテリトリーなのだろう。彼らが彼らで整備するだろうし、それなりの時間も経っている。痕跡が消えるのも、無理のないことだった。
サラとここで出会ってから、どれくらいの時間が経ったっけ、とリナは思い返す。
イアンとの合流、サラの記憶が少し戻って、安曇を救出しようと決めて……わりとトントン拍子に話は進んだ気がするが、安曇救出のため、ヴァチカンに乗り込むのにはそれなりの時間がかかった。それでも、まだ夏が終わっていないくらいの時間。
長いような、短いような期間で、リナとサラは随分親しくなったような気がする。
イアンから逃げて、リナは持っていた変装道具を一式変えた。リナの変装道具の中身を知っているイアンには、変装をしてもバレてしまう。今は魔女狩りよりも、イアンから逃げたい。
「弟を……マックスを蘇らせるのを、手伝ってほしい」
「できるんだよ、君なら。証拠が欲しい?」
イアンは良識のある少年だったはずだ。だから、死んだ人間はいくら願っても蘇らないことを理解していて、蘇るすべがあったとしても、眠らせたままにしてあげたいと言っていた。
思えば、あれは安曇と出会ったあたりの話だったのかもしれない。急に「死んだ人を生き返らせることができたら」なんて話をし出したイアン。リナも死んだ家族には会いたい。けれど、それはさすがに駄目じゃないかなぁ、と話した。
「人がさ、幽霊やおばけを怖いって思うのは、死んだはずのものが蘇るなんて『普通じゃない』からだよ。だからホラー映画って怖いんじゃん」
「うん」
「ホラー映画でさ、ゾンビとかが怖くて、ゾンビ系統のパンデミックが恐ろしい感じで描かれるのはさ、それがあり得ちゃいけないことだからだよ。人間の最後の最後の『倫理観』っていうのが、そこにあるんじゃないかなぁ」
リナにとって、ホラー映画は娯楽だ。滅茶苦茶怖がるし、それで魔法まで発動させる始末だけれど、「怖い理由」についてもちゃんと考えている。
科学統一政府が神秘をなくそうとしているのだって、簡単な言葉で言ってしまえば「怖いもの」だからだ、とリナは考えている。ホラー映画はフィクションだからこそ楽しめる。けれど、神秘と呼ばれる現象はホラー映画の非現実を現実にしてしまうのだ。
人が生き返ったら、怖い。パンデミックが起こったら、ゾンビがその辺を歩いていたら。「怖い」というのは「危険」と認識しているから起こる感情だ。だから「怖いものをなくす」という点で考えれば、科学統一政府の行いは正しいのだと思う。
それはそれとして、処刑されたくはないけどね、と言ったような気がするが、リナの小粋なトークにそのときのイアンはにこりともしなかった。ひどく思い詰めていたのかもしれない。
イアンは物事を難しく考える子だ。難しく考えて、深刻に悩む。思い詰めた様子なのも珍しくなかったし、時間経過で普通に戻ることを知っていたから、リナはさしてシリアスに考えなかったのだ。
あのとき、ちゃんと思い詰めている理由を聞けばよかったのだろうか。自分と違って簡単に割り切れないイアンの言葉を聞いていたら、イアンはサラを殺そうなんてしなかったのだろうか。
「殺す? イアンは魂の魔法を使っただけだよね?」
「でも、肉体から魂を引き剥がしたら、死ぬよ。ヴァチカンでもそうやってネズミさんを殺してたでしょ? わかってて、やったんだよ、イアンは」
それは「殺そうとした」で間違いないでしょ、と吐き捨てるように放ったリナの声には、苦さが滲んでいる。
「イアンが私を殺そうとしたことが許せないの?」
「許せないとかじゃない。わからない。サラを連れてきたときは、普通のイアンだったのに、どうして変わったのか、どのタイミングから変わったのか……全然わかんなくて、怖い」
まるで、今まで見ていたイアンが全部偽物だったみたい。
苦しげなリナの呟きが夜に落ちた。
◆◆◆
イアンから逃げ、出会った森を調査して、三日ほど、二人は変装をしたまま街をぶらぶらしていた。
危険ではあるが、森があるので野宿をしつつ、サラの家族の手がかりを探す。森で死んでいたのは「サラ」ではないかもしれないが、サラが「この辺りの景色に見覚えがある」と言い出したのだ。おぼろげな記憶でも、手がかりがあるなら、それを指針にして進むしかない。
魔法さえ使わなければ、変装によるリナの潜伏はなかなかのもので、魔女だと通報されることはなかった。サラの青白い死人の肌も悩みどころだったが、血色の悪さを活かしたメイクを施して誤魔化している。
露出を最小限まで抑えれば、サラの肌色に何か言う者もなかった。
これ幸いということで街で聞き込みをし、そろそろ屋根のある場所で眠りたい、と宿を探していると、見たことのあるハンチング帽の男性がいた。
「中国さんだ」
「ん? 俺、有名人?」
参ったなあ、と剽軽な様子で頬のあたりを掻きながら振り向いたのは、ヴァチカンでの作戦で世話になった中国箕霞無だ。リナはつい普通に声をかけてしまったが、変装のためにこちらが誰かはわかっていないらしい。
近所の人々と話していたようで、気軽に変装を解ける状況でもない。どうしよう、とリナがおろおろする脇から、サラが静かに口を挟む。
「何してたの? 事件でもあった?」
「ああ。この辺、最近行方不明者が多いらしくてな。ゆえあって聞き込み調査してたのさ。お嬢さんたちも何か知らない?」
「行方不明? 怖いね」
リナがうまく相槌を打ったところで、サラの脳裏にふとよぎる。――自分の体は遺棄されていた、と。
もしかしたら、行方不明者の一人が自分かもしれない。その可能性を手繰り、サラは問いを連ねる。
「行方不明の人、発見されてないの?」
「今のところはな。でも、殺人とか誘拐とかだったら事だ」
「……殺人事件には、なってないの?」
「物騒なことを言う子だねぇ」
聴取を受けていた住民がサラの言葉に肩を竦める。
「殺人なんてなっていたら、とっくの昔に警察が犯人捕まえてるさ」
「それはそうだけど、お嬢さんの意見も参考になりそうだ。お姉さん、お話ししてくださり、ありがとうございました。こっちの子たちからも話聞いてみますね」
御苦労様ね、と中国に手を振り、住民は去っていく。それを見送り、「で」と中国はサラに振り向いた。
「誘拐より殺人が起きてるって思うのか? 何か知っているなら、聞かせてほしいな」
「うん。でも、あんまり人がたくさんいるところで話すのも、よくない。こっち来て」
サラが手招きし、人気のないところに出ると、変装は解かないままで中国に名乗る。
「ヴァチカンではお世話になりました。サラです」
「えっ」
「こっちに来てたんだね、中国さん」
リナがさっとウィッグだけ取る。短髪で癖毛の赤毛は見間違えようのない「指名手配魔女」の特徴だ。
中国がリナだと理解したのを見るなり、リナはウィッグを戻す。
「行方不明者が多いって本当?」
「ああ。風の噂に聞いてきたんだが、ここ一ヶ月くらいで、特に女性の行方不明者が増えてきているらしい。神秘絡みかと思ったけど、殺人に心当たりがあるのか?」
リナとサラが目配せをする。サラが無言で頷くと、リナが答えた。
「サラとはこの近くで出会ったの。もしかしたら、サラの家族がこの近くにいるかもしれないと思って調べてた。サラは殺されてたから……」
「なるほど、もしサラちゃんが行方不明者の一人だった場合、殺人の線が浮上するわけだ」
中国が帽子を取り、少し髪を整える。それから手の中でハンチング帽を弄びつつ、神妙な面持ちをした。
「下手に神秘が絡むよりきな臭いことになりそうだ。……もし、殺人だった場合、犯人は捕まってない。その上で『殺したはずの人間が生きてる』なんて知ったら、どうなるかわからない。気をつけて歩くんだぞ?」
まあ、その変装ならそうそうバレないだろうけどな、と笑うと、中国は帽子を頭に戻した。
「何か情報があったら、イアン伝手にでも連絡するよ……って、そういやイアンは?」
中国の言葉に、リナが目を伏せる。
「……私たち今、イアンから逃げてるの」
「そっか。何があったかは聞かないどくが、イアンから訊かれたら、誤魔化しときゃいいか?」
こくりと二人が頷くと、わかった、と返して帽子を被り直す中国。
去ろうとして、ふとサラの肩を叩いた。
「サラちゃんって、ファミリーネーム、『ノイアー』って言ってたっけ」
「はい」
んー、と曖昧な様子で視線をよそに向けてから、サラに向き直る。真っ直ぐサラの目を見て、中国は告げた。
「俺、君の家族に会ったかもしれない」
中国と会った場所から、三区画ほど離れた場所。通りすがってきた場所に比べると、どことなく雰囲気が暗い気がする。
そう思うのは「娘を亡くしたノイアーさん」の話を聞いたからだろう。
中国が行方不明事件の調査中に出会った夫妻。言葉少なに中国の前から去っていってしまった二人を不思議に思っていると、様子を見ていたご近所さんが「ノイアーさんだよ」と教えてくれたそうだ。
三姉妹の長女が突然死したらしい。病気とは縁のない元気な子だったが、心停止した状態で発見され、そのまま息を引き取ったとのこと。
とても仲のいい家族だったという。妹たちは姉の死を受け止めきれず、泣きじゃくったり、姉の姿を探したりし続けているのだとか。そんな娘たちの姿を見ながら、自分たちの心の裡にも嘆きを満たしたままのノイアー夫妻の心境たるや……かける言葉も思いつかず、けれど放ってもおけないので、見守っているところなのだという。
「行方不明の娘さんが多くなってきてるのは知ってるけど、あのご夫婦には触れてやるな。今、一番つらい時期なんだ」
中国はそんな話を思い出して、サラに伝えてくれた。
三姉妹、ノイアー。長女の死因が他殺でなく心不全なことが引っかかるが、時期もぴったり、サラがリナと出会ったタイミングに重なる。別人と考える方が無理があるだろう。
「やっぱり、この体は私のじゃないんだ」
「ん。でも行方不明者とは関係ありそうな気がするよ。……でも、本当に、声かけなくていいの?」
中国から報告を受け、そのノイアー夫妻に会いに行こうという話にはなったのだが、中心となるであろうサラは、一目姿を見るだけでいい、と言った。
サラの祖母のことやサラ自身のこと、他にも聞きたいことや話したいことはたくさんあるはずである。けれど、サラは会って話したいとは言わなかった。
理由の一つは祖母の情報を得られたところで、また安曇を尋ねられるかはわからないから。安曇は特に離れる理由もないため、イアンのところで匿われているはず。「反魂」という蘇りの術を探していた安曇は、その方法を見つけたというイアンに協力するだろう。イアンによって命の危機に晒されたサラは気軽に近づけない。
それから。
「会ったところで、娘のサラです、とも名乗れないし。受け止めきれてなくても、ちゃんとお葬式をして、私をお墓に入れた。そこに名乗りを上げるのは、墓を暴くのと変わんないよ」
弔ってくれただけでも、私はうれしい、とサラは呟いた。
サラの声色は抑揚が少ない。だから、感情を抑えているのかいないのかの判別はつかない。それでも、現状に「納得」はしている。そう伝わってきた。
サラがこれでいいというのなら、リナがああだこうだ言うべきことではないのだ。
それでも。
「……ああ、よかった。無事なんだ、みんな」
ノイアー一家を遠目に見て、目元を綻ばせたサラの「さよなら」という声は切ない。
もう、「ただいま」を言えなくなってしまったことが、切ない。
「これからどうする?」
サラがリナに問いかける。リナは「どうって?」と首を傾げた。
「私の『家族に会う』っていうのは叶ったし、イアンは心配だけど……リナはどうしたいのかなって」
「……イアン」
その名前に、リナの表情が曇る。
何がどう変わろうと、リナが指名手配されていることも変わらなければ、魔女であることも変わらない。逃亡生活を続けることだけは確定している。それだけなら、以前の通りに戻るだけだ。
けれど、今は「イアン」という問題がある。「弟を生き返らせる」という彼の目的のために、リナの力が必要らしいが、リナは協力を嫌がっている。
リナの協力を得るためにイアンはサラから魂を抜こうとした。それはおそらく、リナの魔法によって妨げられたわけだが。
「イアンがリナに頼ろうとしてる理由はわかったよ。リナの引力は魂も引き寄せるんだね」
「うん。意識して使ったことなんてないし、イアンにやらされてわかったことだけど、イアンは頭いいから気づいてたんだろうね」
サラが死体なのに動いているメカニズム。魂の魔女たるイアンは魂が深く関わっていること、その「魂」がどうやって肉体に留められているかを見抜いたのだろう。
リナの「引力の魔法」の強さはコントロールが怪しい分、折り紙つきだ。魂にまつわるプロと言えるイアンの魔法と張り合い、サラの魂を肉体に留めさせたほど。
イアンの魂の魔法にここまでの強制力、持続力がないとしたら、リナの引き寄せる力の強さは魅力的に映るだろう。
理屈はわかる。が、感情は別だ。
「サラを殺そうとするなんて……」
「そこを気にしてるの?」
サラとしては、もう死んだ身であるし、過程はどうあれ、いつまでも今のままではいられないだろうと踏んでいる。家族に一目会う願いも叶い、自分の死に様まで知ることのできた今、擬似的に与えられた生への執着はない。
殺されたってかまわないのだ。今更死ぬのが怖いだなんて思わない。
リナがイアンへの協力を拒む理由が自分に起因するのなら、サラは気にしないでほしいと思っていた。本当にそれだけが理由なのなら、自分は別にかまわないのだ。
「サラを殺そうとしたこと、許せないし、許したくないよ。それを許したらいけないと思う」
「私はもう死んでるのに?」
最早決まり文句のように繰り返されるそれに、リナはくしゃりと顔を歪めた。涙が流れないだけで、泣いているみたいだ。
未練のなさそうな澄んだ顔で、そんなことを言ってほしくない。
「命を奪う行為だって、イアンがわかってやってるのがよくないんだよ。サラがもう死んでるとか、そんなの関係ない。そもそも、人を殺しちゃいけない」
「それはそう」
映画館を物理的に潰し、何人もの命を奪ってきたあなたがそれを? ――というのはあまりにも意地悪なので、口には出さない。というか、人殺しをしてしまった自覚があるからこそ、リナは「人を殺しちゃいけない」と口にするのだろう。
魔法のコントロールが利かなくて、結果的に殺してしまうのと、故意に殺してしまうのとではかなり意味が違う。イアンは後者側になろうとした。
「人を生き返らせようっていうのは? 駄目なの?」
「……駄目っていうか、人の心を無視してるから、気持ちよくないっていうか」
リナも両親を失っている。お父さんとお母さんにまた会いたいと思った回数など、数えきれないほどにある。でも、リナが願っても叶えようとしなかったのは、倫理に悖るからとか、イアンが駄目と言っていたからではない。
ホラー映画が好きだ。ゾンビ、パンデミック、意味怖、怪談……一口にホラーといっても様々ある。遊園地のアトラクションのように絶叫して楽しむホラーはもちろんのこと、世界観や人の心理などが細やかに設定された深みのあるドラマ仕立てのものも好きである。
ホラージャンルと切り離せない要素が「死」という観念だ。ドラマ仕立てだと、ゾンビやパンデミックなどオカルト現象の裏側には、人の思惑がある。永遠の命を手に入れたいとか、死んだ人を蘇らせたいとか。
そういうのは「生きている人間」の側からの一方的な情念だ。「死んだ人間」の感情なんて考えやしない……その行き違いが悲劇を生む。
「ホラー映画はね、フィクションだからいいんだよ。悲劇だって、恐怖だって、現実じゃないから楽しめるの。現実にしちゃいけないって教訓だってある。イアンはそういう線引きがきちんとできてる理性的な人間だと思ってたけど、今、線を踏み越えようとしてるよ」
止めなきゃ、とは思わない。止められたところで、死んでしまった家族に会いたいという思いは消えないだろうし、リナ自身の中にもある思いだ。否定したら、自分が苦しくなる。
けれど、リナは幸か不幸か、止められる立場にある。それなら、止める。協力しない。実現させたくないことに協力なんてしない。
「この考えって、変?」
「んー、変かも? 死んだ人の気持ちまで、慮ったって仕方ないよ。だって、正しいかどうか、確かめようがない」
考えすぎだよ、可笑しい、とサラは笑う。
「でも、これがリナか。うん。それなら別にいいんじゃないかな。元々反対する気もないし」
「それなら、イアンからも逃げる。逃げ続ける。今までだって魔女狩りから逃げ続けてきたんだし、あんま変わんないよ。……サラはどうしたい?」
「私?」
「本当にもう、やりたいことがない?」
んー、と曖昧な声を出し、それから「一つだけ」と告げた。
「リナと旅がしたい。ついてっていい?」
「もちろん! 一緒に行こ!」
リナが笑みを弾けさせ、サラに手を差し出す。
安心したように笑って、サラも手を伸ばし――
その手が重なる前に、サラは倒れた。
To Be Continued…
第10章へ!a>
AWsの世界の物語は全て様々な分岐によって分かれた別世界か、全く同じ世界、つまり薄く繋がっています。
もしAWsの世界に興味を持っていただけたなら、他の作品にも触れてみてください。そうすることでこの作品への理解もより深まるかもしれません。
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No name lie-名前のない亡霊-
本作と同じ作者九JACKによる作品です。
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三人の魔女
この作品と同じ世界を舞台にした作品です。
同じく魔女狩りから逃げる三人の魔女の物語。三人の魔女は逃亡生活の果てに何を望むのか。
退魔師アンジェ
作中で『
AWs共通世界観における神秘と呼ばれる現象の一種です。
神秘について知りたいと思ったなら、この作品がうってつけです。
そして、これ以外にもこの作品と繋がりを持つ作品はあります。
是非あなたの手で、AWsの世界を旅してみてください。
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