charm charm charm 第12章 終わりと祈りと
ホラー映画を観ていた少女・リナは魔法を使ってしまい、通報され、科学統一政府から追われていた。
逃亡の最中、森で動く死体の少女・サラと出会い、共に逃げることに。知られている神秘とは違う様子のサラの正体に近づくため、ドイツの黒い森に住む魔女イアンを訪ねることにした。
サラのことを知るために、魂の魔女・イアンの元を訪れた二人は、目的が決まるまでイアンの小屋に逗留することに。
そこでイアンが魔法で出していた人魂に、リナは絶叫してしまうのだった。
リナの絶叫により軋む小屋。そんな現状を見てイアンはリナに魔法を制御する訓練を提案する。
リナを落ち着かせるために気絶させたイアンは、「家族に会いたい」という自分の願いに疑念と戸惑いを抱くサラに語り始めた。
弟を亡くした過去を。
イアンの指導の下、リナの魔法訓練が始まるのだが、不意にサラが意識を失ってしまう。
原因不明の昏倒から目覚めたサラは、口にした。
「——思い出した」
サラの口から語られたのは、祖母が魔術師として科学統一政府に処刑されたというもの。
不可解な点が多いこの点、生前よりサラも解明したかったというのもあり、イアンはとある提案をした。
それは神秘についてのノウハウをイアンに教えた魔術師「
安曇救出作戦のため、協力者を募ったリナとイアン。
ナイ神父、
潜入した神秘根絶委員会本部で、陽動に出たリナと中国は幹部・アンジェと、安曇救出に向かったイアン、サラ、ナイ神父は幹部・カシムと対峙する。
どうにか安曇を救出し、引力魔法で場を崩落させて脱出を試みようとしたとき、魔法が打ち消される。
戸惑うリナたちの前に現れたのは、異端審問官マシューだった。
あらゆる神秘を無効にするマシュー。彼が「魔女」であることを見抜き、隙を作り、からくも脱出に成功したリナたち。
早速、サラは安曇に問いかけを投げる。
問いかけに対し、安曇は「答えるにも情報が少なすぎる」とのこと。
そこから、当初の予定通り、サラの家族に会うため、動き出すリナたち。休憩の後、向かうことにしたのはリナがサラと出会った森。
その森に向かう途中、墓参りがしたいというイアンに付き添い、イアンの弟の墓へ。そこでイアンはリナに「弟を蘇らせるために協力してほしい」と手を差し出した。
イアンに不信感を募らせながら、リナが選んだのは――拒絶の逃亡。
イアンから逃げ、サラと出会った森でサラの手がかりを探す二人。
近くの街で聴取をしていた中国から、少女失踪事件と娘が突然死した「ノイアー一家」の話を聞く。――それは、サラの家族だった。
家族が葬式をし、自分を弔ったことを知ったサラは、未練をなくしたものの、寂しがるリナに「一緒に旅をしよう」という。
そこでサラが倒れた。
「サラちゃんを殺したのはきみなんだ、リナ」
悪夢みたいな可能性だった。
耳を塞ぎたい。
しかし、イアンから目を逸らすわけにもいかず、続く言葉を聞く。
リナたちの行き先の森がどこか知らなかったイアン。そんな彼が、どうしてこちらに向かっていたのか。
それはとある情報を得ていたからだ。
ヴァチカンでの安曇救出作戦の終了後、協力者たちはリナたちと別れ、各々の場所に帰っていった。
が、去り際に中国がこんなことを呟いていたのである。
「さて、俺はドイツで調査かねぇ」
「日本に帰るんじゃないんですか?」
思わずイアンは食いついてしまった。
中国はにっと笑い、俺はオカルト事件のライターだぜ? と次ぐ。
「ドイツのある地方で、少女失踪事件ってのが多発してるらしいんだよな。出かけたきり帰ってこないっていうさ。失踪だから普通に誘拐とかの可能性もある。そのときはそのとき。これでも元はおまわりさんだったわけだし、それなりの対処はするさ。
何かしらの神秘による事件だった場合、科学統一政府に嗅ぎ付けられたら揉み消されるだろうからな」
「誘拐だけなんですか? その事件」
「今のところはな。ただ、失踪はしてないけど、近くで女の子の不審死があったって噂もある」
「どんなですか?」
「どんなっつってもなあ。不審死としか」
失踪事件も不審死も、ネットで聞いた噂らしい。中国はその真偽を見定めに行くのだという。
失踪事件はなんとなく、サラに関係がありそうだと思った。サラの肉体は殺されていたと聞く。少女が帰らないという認識は殺されても死体が見つかっていないという状態にも当てはまるだろう。まあ、誰も彼もが
その後、ドイツに戻り、リナに提案をして、逃げられたイアンは、中国の言っていた「噂」について調べた。サラと関係があるかもしれなかったからだ。
サラは「殺された」という。失踪事件の被害者の状態としては十二分にあり得る。そうして場所を調べたら、近くにリナとサラが出会ったとおぼしき森があった。今時、狼が人里近くまで出てくるような森などそうない。
ビンゴだと確信したイアンは、特定した場所に向かう。「不審死」の話も気になったので聞き込みをしたら、病気も何もない子が突然倒れ、騒ぎになったという話が出た。
突然の昏睡。噂なので確実ではないし、その子が死に至ったかまでははっきりしなかったが、イアンには心当たりがあった。
心当たりというか、イアンの魔法で生き物を殺そうとした場合、そのような突然死となるのだ。病気や負傷などがないのに、突如として昏倒、そのまま息を引き取る。ヴァチカンでネズミを殺したのもそう。つまり、「魂を抜かれた」ことによる死。
サラを紹介されたときから、ずっと頭にあった仮説だ。サラの肉体と魂が別人という話を出したのも、この仮説があったから。
リナに「死者を蘇らせるのを協力してほしい」と懇願したのもそう。
サラの魂と死体を結びつけた何者かがいるとしたら、それはリナを置いて他にないから。
リナがサラ・ノイアーという少女から魂を抜き、殺した。
違う、と言えなかった。リナは目を見開いて硬直してしまっている。
イアンは滔々と語った。
「僕以外に魂に干渉できる神秘を持つ人物を知らなかった。でも、君がサラと出会ったときの様子や僕の家に来てからの出来事を組み合わせると、君の引力の魔法がサラの魂に作用していることがわかった」
リナが感情の昂りにより小屋を軋ませたとき、サラに意識障害が生じたことがあった。あのときはサラに突然怒鳴られたことにより、動揺したのだった。故に、咄嗟にリナはサラの魂を「引き離した」のだと思われる。
サラが戻ってこられたのは、その後リナが魔法の訓練をし、安定させたからだろう。そこでもう一つ、面白いことが起こった。
「ねえリナ。あのときサラちゃんは記憶を僅かに取り戻した。君はもしかして、サラちゃんの記憶も引き寄せたんじゃないかな。
安曇先生が言っていたことだけど、魂というのは情報で、情報は質量を持たない。記憶も魂に紐付けられる情報だ。君が質量のないものも魔法で引き寄せられるという証左に他ならないんだよ」
「だ、だから何? それは何かの慰めになるわけじゃないでしょ」
「なるよ。『死んでしまった人に逢いたい』っていう願いの難関の一つは、『蘇ったその人が生前の記憶を失っていること』だ。知識や技能を失っているのも惜しまれることだけれど、思い出が残っていないのは悲しいでしょう? だからね、記憶を呼び戻せる君の引力は、慰めになるんだよ」
「イアン、話が逸れていますよ。慰めだとかそんな話をリナさんにしたかったのですか?」
安曇の介入に、イアンがそうでした、と話を戻す。
「君の引力は魂にも干渉する。僕と同じく魂を抜いて人を殺せるんだ。君はそうしてサラちゃんを殺した」
「ちがう!!!!」
「ちがわないでしょ」
諭すようなイアンの声に、リナはふるふると首を横に振る。
イアンの言うことはわかる。この上なくわかりやすい言葉でまとめられていて、いくら頭が悪くても、理解ができた。
それでも、否定しなければならなかった。
「私はサラを死なせたかもしれないけど、殺してなんてない! 故意にやったんじゃないもん」
「そんなの言葉の綾じゃないか。死なせたのと殺したのとで何が違うの? 『サラ・ノイアーが他殺された』という事実は変わらないじゃない」
「まるで殺人犯みたいな言い方をしないでよ!!!!」
「殺人犯じゃないか。命を奪っている。言い訳のしようがある?」
「だから故意じゃない!!!! 私が意図的に殺したみたいな言い方をしないでよ!!!!」
リナの喚く声にイアンは少し不愉快そうな顔をした。
「じゃあ、サラちゃんの死がリナの意図したところじゃない。それは認めるよ。だけど、それならリナはサラちゃんに対して、何かの償いをする必要があるんじゃない? 過失だとしても殺してしまったことに変わりない」
そう言われると、返す言葉もない。けれど、話の風向きは相変わらず怪しいままだ。リナは心を強く保つように、イアンを睨んだまま、言葉を待つ。
償い。科学統一政府に捕まりたくないというのなら、法での裁きを受けないということだ。それでも罪の意識があるのなら、贖罪をして然るべきだろう――その論は頷ける。
けれど続いたイアンの言葉は、到底承服できるものではなかった。
「君が取るべきは命への責任だよ。殺してしまった命を、この世に呼び戻す力が君にはある。その力でサラちゃんを生き永らえさせること……それが君にできる贖罪だ」
「そんなのを贖罪とは呼ばない」
リナの声は、今度は冷静だった。
「そんな独り善がりの行為は償いになんてならない」
「贖罪なんて独り善がりだよ。結局は罪人が自分の心を落ち着けるための言い訳だ」
「そういう面もあるけど、それだけが贖罪じゃないでしょ」
大丈夫、とリナは心中で唱える。
イアンの弁論展開はいつもより粗雑で強引だ。リナが反論する隙がある。
イアンは冷静じゃない。魂の魔法に目覚めてしまうほどに焦がれた「弟に逢いたい」という願いに届きそうだからだろうか。
「私は人を蘇らせようなんて思わない。仮にサラ自身が『生きていたい』とか『罪を償ってほしい』って言って、自分を生き返らせることを望むんならまだわかる。でも、これはイアンが勝手に言ってることだよ。サラは自分の死を受け入れてる。その意思を知ってるのに、背くようなことこそ、冒涜だよ」
「なら、サラちゃんに人質としての価値はもうないね。なら、魂も還そう。死者のあるべき場所へ」
イアンの淡々とした言葉に、リナは顔色を失う。
「どうしたの? 何か言いたそうだね。リナの言い方からすると、これが正しいはずなのに」
そうだ。死者は眠るべき。死んだ人間の魂がどこに行くのか、魂の魔女ではないリナにはわからないが、死者を死者のままにするというのは、ここまでリナがイアンに説いてきた通りの意見なのだ。反論すると、自分の言ったことを否定することとなる。
自己否定なんて苦しいだけだ。けれど、リナは「今」サラを失いたくなかった。ここにはサラを助けるために来たのだ。死なせては元も子もない。
「まだ……まだ私、サラにさよならを言ってない。ごめんって謝ってないよ。サラは自分の死因がわかるなら知りたいって言ってた。せめてそれを伝えさ」
「そんなこと僕だってできなかった!」
イアンがリナを遮って叫ぶ。
「リナの両親だってそうだったろう? ありがとうとか、ごめんなさいとか、伝えたいことがたくさんあって、全部伝えきれていない。人の生き死には僕らの心とか都合とか、全然配慮してくれないんだよ!
僕だって弟にもっとたくさん『大好きだ』って伝えたかった。『生まれてきてくれてありがとう』とか『マックスのお兄ちゃんになれてよかった』とか、伝えたいことがたくさんあるんだよ! 何も伝えられてないんだよ!!!!
どうして君だけ都合よく願いを叶えられると思うんだ? 君の願いを叶えたいなら、僕の願いを叶えてよ、リナ!!!!」
「……ぁ……」
痛烈な慟哭だった。リナの中に反芻され、否応なしに涙を誘う。やめてほしいくらいに理解の及ぶ叫び。
イアンの言う通りだ。人が死ぬのはいつも突然。予期せぬ事故、病気による急速な衰弱、予兆のない突然死。それを予測できないから、死ぬ側も、残される側も未練を募らせてしまう。
予定調和だったなら、やり残したことを計画的に消化した。伝えたいことを対面で伝えたり、手紙に書いて送ったりして昇華していく。それができたら、心穏やかに人の死を受け入れられるのに、現実はそうじゃない。
「ふふ、感情論ですか、イアン。わざとだとしたら、私の知らないうちに君は随分小賢しくなりました。ああ、褒めているのですよ?」
膠着状態となった言い争いに、安曇が笑みをこぼす。
ティーンエイジャーの青い二人。放置して底なしに沈んでいくばかりの泥沼地獄を眺めるのも一興であったが、安曇はリナに借りを返さなければならないし、研究のためにも事を前に進めなければならない。
可笑しくてならない。二人共、容易に人を殺せるタイプの魔法を使う。その自覚がある。リナに至っては殺人の実績まであるのだ。それが死の突然性を嘆き、殺人を罪と説く。あたかも自分が正しいかのように。滑稽以外の何者でもない。
「茶々を入れないでください、先生」
「茶々でも入れないと、感情論はどんどん本題を遠ざけますから。私はあくまで話を進めるためにここにいるのですよ。いつまでも同じところでぐるぐるぐるぐるハツカネズミのように回られても困るのです」
一つ、咳払いを置き、安曇は続ける。
「サラさんをここで殺してしまうのは勿体ない。そうは思いませんか? イアン」
「リナに肩入れするんですか?」
「話を進めようとしているのですよ。さっきから堂々巡りです。
君はまだ自分の能力の限界について、実践をしていないでしょう? 少なくとも、私は君がどこまでできて、どこからできないのか、口頭でしか知らされていません。研究とはトライアンドエラー。実証なくして説得力など生まれないのですよ。本当に君だけの力で、死者蘇生を成し遂げるのは不可能なのですか? サラさんを使って実証してみせてください、イアン」
その要求を述べ、安曇はすっとリナへ目をやり、軽く笑む。
「リナさんだって、必要のないことで協力を要請されても困りますよね? 『何故』力を貸してほしいのか、の『何故』の部分、重要と思いませんか?」
「はい」
リナは安曇をしっかり見つめ返した。その碧眼に正気が戻る。
親切心によるものかは不明だが、安曇はリナの都合がよいよう事を運ぶため、イアンを誘導しているのだ。尤もらしい理論展開。手慣れた口八丁。わざとらしさが多少憎らしいが、味方側である今は心強い。
確固たる意思に基づく光で、リナはイアンを射抜く。
「イアンは『君ならできる』っていうけど、私は所詮『引力』の魔女。『魂』の魔女じゃないよ。イアンの方ができるんじゃない? 私の手なんか借りなくてもさ」
「でも、無理だよ」
「じゃあ、無理だって証明してよ。ちょうど、サラがいるでしょう? 魂を呼び戻して、蘇らせて見せてよ。専門じゃない私ができるのに、『魂』の魔女であるイアンができないなんて理屈、タダじゃ通らないよ」
ずいずいとイアンに詰め寄るリナの勢いに、安曇は口の端で笑った。
「言っていることが滅茶苦茶だ」
「イアンにだけは言われたくないよ」
先に滅茶苦茶なことを言い出したのはイアンの方でしょ、とリナはあしらう。
本当はこうして勢いで押し通すのは良くないと知っている。けれど、目的を達成するために、手段なんて選んでいる場合じゃない。
わがままだ。独善だ。それでもサラが知りたいと言った数少ない真実を、せめてそれだけでも伝えたいと願った。
返す言葉が見当たらず、イアンがむっと口を閉ざす。それから、目覚めないサラの肉体にそっと手を当て「サラ」と呼んだ。
『おいで、サラ。サラ・ノイアー』
直前まで言い合いをしていたとは思えないほど、穏やかで優しい声。呼吸の気配すらなかったサラの瞼、睫毛が微かに震える。
青灰色の目の色を認めるなり、リナはサラの体を掻っ浚う。イアンがちょっと! と咎めるような声を立てた。
「まだ魂が完全に定着してない。ただでさえ肉体との癒合ができるか怪しいのに」
「知らない!」
「君が僕に懇願したんだろ!!!!」
「もう、終わりだよ。終わりにしよう」
リナはサラを抱き抱え、イアンに言い放つ。
反発しようとして、建物が軋む音にイアンは硬直する。とても聞き慣れた不快音。ぱらぱらと天井から埃と木屑が零れてきた。
顔を上げ、リナが叫ぶ。
「サラは私が死者の国に還す! もうこれきりで、イアンの前になんて、現れてあげないから!!!!」
「どうして!」
イアンの問いは「引き寄せ」られて倒壊する音に呑まれて消えた。
引力の魔女がまた一つ、罪を成す。
◆◆◆
「……イアンのこと、殺したの?」
腕の中から、容赦のない問いかけが向けられる。研ぎ澄まされた言葉ではないのに、的確に鋭い痛みをもたらすのは、サラが飾り気のない言葉のみを使う真っ直ぐな子だからだろう。
それが生前からの性質であるのかは不明だが。
「死んでないと思うな。倒壊させたけど、大きい建物ではなかったし、安曇さんもいるし、そもそも私を招いて何かやろうとしてたのに、引力の魔法対策してなかったら間抜けすぎるよ」
「言いたい放題だね」
もういいのだ。イアンや安曇がリナの魔法に対策をしていたかどうかなんて、大した問題ではない。リナはサラを取り戻した。それだけで結果としてはじゅうぶんだ。
二度と会うつもりのない人の安否などより、心を注ぐべきことがある。
「サラ。言わなくちゃいけないことがあるの。聞いてくれる?」
「うん」
リナの腕の中で、サラがこくりと頷く。
魂の魔女手ずから呼び戻したことにより、サラの意識は明瞭で、受け答えもはっきりしている。が、肉体との結びつきは不完全なままだった。
四肢を自力で動かすことができない。力も入らない。顔のパーツが動くだけ、かなりましと言えるだろう。
リナはサラを抱き抱えたまま歩いているので、その表情変化を知ることはないが。
ざっざっと土を踏む。リナが訪れていたのは墓地だった。
『ノイアー一家』の住居から推測したあの一家の墓があるであろう森林墓地。サラの肉体は「サラ・ノイアー」のものではないが、サラにサラ自身の墓を見せてあげたかった。きちんとあなたは弔われているよ、と。
本当に見つかるかはわからないが、足を使うことには慣れている。程なくして、リナは目的の名前が刻まれた墓を見つけた。
「サラのお墓、あったよ。『サラ・ノイアー』って書いてある」
「そっか」
「……降りる?」
「うん」
サラの返事は素っ気ない。けれど、その体を墓石に立て掛けるようにして下ろせば、表情変化に乏しかったはずの彼女が微かに微笑んでいるように見えた。
それが少し嬉しかったけれど、リナはすぐ表情を引き締める。
「サラ、あのね」
「うん」
「サラが突然死したの……サラを殺したの、私なの」
泣かないように、込み上げてきたものを飲み込む。噎せそうになって、不自然な咳払いをした。
「私が、引力の魔法を発動させた拍子に、サラの魂を引き寄せた。サラの元の体から、魂を抜いたの。魂が抜けたら、人は死ぬ。それで死んだの、サラは」
だからこその突然死で不審死。
何を言われるだろう、とリナは唇を噛んだ。詰られて当然だ。恨まれても仕方ない。嫌われたって、文句は言えなかった。
それでも、苦しくて、悲しくなるから、泣き声が出ないように唇を引き結ぶ。
「そっか……」
サラは吐息と共に、そうとだけこぼした。
墓石に凭れていた首が時間をかけてリナに振り向く。笑みとまではいかないけれど、穏やかな表情をサラは浮かべていた。リナを責めたり、咎めたりする色はない。清々しい雰囲気まである。
「なら、仕方ないね」
「仕方ないなんてことはないよ。サラは怒っていい」
「仕方ないよ。わざとじゃないんでしょ? わざとなら、怒るけど」
殺人と過失致死は違うんだよ、とサラは言う。かしつ……なんて? と聞き返すリナに、サラはくつりと笑った。
「わざとかわざとじゃないかってこと。
殺したくて殺したんなら、その分罪は重いの。悪いってわかってることをやるのはただ悪いことしてしまうより悪いっていうでしょ?
わざとじゃなくても、人は殺しちゃいけないけど、そこの意識無意識は、法律でも区別されてるんだよ。これが魔女にも適用されたらいいのに」
「魔女に?」
「なりたくてなったわけじゃないでしょ?」
サラがこてん、と首を傾げた。こつ、と墓石に当たって痛そうだった。
魔女は魔術師と違う。元々の素質云々は魔術師になるにも重要だが、魔女の魔法は勉強や修行をして「習得」するものではない。
願いの結実かもしれないけれど、選んで手に入れた力ではないのだ。
映画館を潰したかったわけじゃない。イアンの小屋だって、壊したかったわけじゃない。魔法の出力が感情に呼応して上昇してしまう。完璧にコントロールできるほど、リナは器用じゃなかったのだ。許される、許されないはともかくとして――殺したくて、サラの魂を引き寄せたわけでもない。
短い間だったけれど、リナと一緒にいて、リナのそういうところをサラは理解していた。わざとじゃないから許されることではないかもしれない。けれど、サラは罰しようとか、裁こうとかは思わなかった。
「リナはちゃんと反省してるし、わたしは死んでるから、本来なら死因なんて知りようがないんだよ。知れただけで、じゅうぶん幸運」
許す許さないは、魔女狩りやら裁判官やらに任せて、そういうの関係なく、わたしもわたしの伝えたいことを言うね、とサラは告げた。
「経緯はどうあれ、リナと一緒に過ごした時間は、なんだかんだ楽しかったんだ。ありがとう」
前に言った通り、ほとんど未練はなかったし、思い残すこともこれで解消されたや、と微笑む。
晴れ晴れした様子のサラに、リナは寂しげな顔をするが、じゃあ、と手を伸ばす。
「お別れを、しよう」
そうしなければならなかった。
イアンに「終わりにしよう」と言った。その言葉を覆す気はない。その筋を通すためには、サラとの関係も終わらせなければなかった。
魔法を使えば、簡単なことだ。肉体からサラの魂を「引き離せ」ばいい。魂の行き先をリナが知るすべはないが、サラの魂を不当にこの世に留めているのはリナの魔法だけだ。それなら、リナが手離せば、サラの魂は行くべき場所に逝けるはずである。
「おねがい。あ、一つだけ」
「なに?」
「リナは、この先どうするの?」
サラの問いに、リナはきょとんとする。
サラはリナを心配しているわけではなかった。傷ついたり、当惑したり、情緒の忙しいリナだけれど、なんだかんだで乗り越えていく図太さがある。故に、世を儚んだりだとかの心配はしていない。
単純に、これからどうしようと考えているのか、どうしたいと願っているのか、気になったのだ。
リナはくしゃっと苦笑いする。
「決めてないや」
「じゃあ、旅をして。今まで通り」
リナは逃避行のことを旅と呼ぶ。サラがいてもいなくても、魔女狩りからは逃げなければならない。まだ死にたくはないから。
サラは続けた。
「そうして、旅の途中で、たまにわたしのお墓に来て。旅の話を聞かせてよ」
「……わかった!」
魂が解き放たれて、
その約束は心地よかった。
――あ、リナが笑った。よかった。
どうせなら、笑顔で送り出してほしかったから、よかった。
その思いは口にしなかったけれど、とてもよいお別れになったと思うのだ。
ゆっくり、サラの瞼が閉じられていく。
もう開くことはないだろう。
The END
おまけ
AWsの世界の物語は全て様々な分岐によって分かれた別世界か、全く同じ世界、つまり薄く繋がっています。
もしAWsの世界に興味を持っていただけたなら、他の作品にも触れてみてください。そうすることでこの作品への理解もより深まるかもしれません。
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作中で『
AWs共通世界観における神秘と呼ばれる現象の一種です。
神秘について知りたいと思ったなら、この作品がうってつけです。
そして、これ以外にもこの作品と繋がりを持つ作品はあります。
是非あなたの手で、AWsの世界を旅してみてください。
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