世界樹の妖精 -Nymph of GWT- 第1章「疾風の予選」
「大丈夫、大丈夫だ。落ち着け……」
視界右下に表示されている
【START】
視界中央にその文字が表示され、正面に緑の線で構成された
まるでゲームのような画面。先のSTARTの文字も相まってよりそう感じさせる。だが、この
今、少年が挑んでいるのはとあるサーバに対しての
あらゆる操作を直感的に行えるARウェアラブルデバイス『オーグギア』の出現は、やがてクラッキングさえも様々な
また機械操作に専門技術が問われにくくなり
少年は素早くウェポンパレットを操作し、
「遠隔で
ウェポンパレットのアイコンに一つをドラッグし、使用可能であることを示すために白く強調表示されている青い紐束のアイコンの上でドロップする。
ヘックスの集合体の中心近くにたどり着いた青い紐束のアイコンを中心に、白い円が出現し、拡大して消えていく。
それに合わせて、いくつかのヘックスの上に赤い蜘蛛の巣のアイコンが出現する。
「
白い円を発し続ける青い紐束のアイコンの元に赤い蜘蛛の巣のアイコンが殺到し、青い紐状のアイコンに隣接したと思った次の瞬間、青い紐束のアイコンが消滅する。
「結構動きが早いな……」
先程青い紐束のアイコン「
その欠点として発信者の位置もバレてしまうというものがあり、一般的には
今回少年は、
「だけどこれで、目的地と防壁の位置はわかった。攻性I.C.E.さえなんとかすれば、後は突破するだけでいい」
さて、どうするか。
本当はここで焦っても良いことは何一つ無い。まだ攻性I.C.E.にも発見されておらず、クラッキングを阻止する側のハッカーである
だが、少年には急ぐ理由があった。
少年はしばらく考えて、自分の位置に再度
(攻性I.C.E.は敵を発見しない限りは動かない。さっきの
自身の位置をマップの下の方に移動させつつ、再び、
再びヘックスマップ状に攻性I.C.E.の位置が表示されるようになる。少年はその間に青い下向き三角形を目的の位置まで移動させる。
「よし、次の階層に移動だ」
今の時代、多くのコンピュータは階層型のセキュリティを持っている。ハッカーは無数の階層を奥へ奥へ進み、そして最深部でその目的を達成するわけだ。
「さて、次の階層は……?」
最初からシンプルなヘックスマップで表示される一般に「認証階層」と呼ばれる第一階層など最も簡単な障害に過ぎない。次からが難しい。
続いて表示されるのは緑色の無数に絡み合う
「
この緑のライン一つ一つが情報でありサーバ。サーバ間には
「潜航開始」
だが、そうすぐに結論付けられるのは言うまでもなくその環境がありふれているから。ありふれている環境ということは。
少年は素早く右手を動かし、アプリケーションの一つ
違いは圧倒的に広いことと、上下左右に果てがないこと。果てがないというのは少年が六角形だけで形成された球体の内側にいるのをイメージすれば良いだろう。
ただし、このアプリケーションは万能ではない。この
それは当然、
五秒待ったが、トロイの木馬が相手のオーグギアに侵入した形跡はない。
「流石に、こんな間抜けはないか」
これ以上、周囲の様子が分からない状態で移動するのはまずい。初期位置から見て上側に移動させた
少年から見て頭上の青い紐状のアイコンから白い円が広がり始め、足元で消える。
「うお、あぶね」
咄嗟に青い下向き三角形を上から下へスワイプする。移動していた青い下向きの真左二つ先に攻性I.C.E.が待ち構えていたのだ。ギリギリ探知範囲外だったらしく気付かれずに済んだ。
あるいはPINGを検知するほうが僅かに早く、PINGへの対処を優先したか。
いずれにせよ、目的地は分かった。
早速そちらに向けて移動を始める。
が、頭上の
「なっ」
一斉に周囲の攻性I.C.E.が青い下向き三角に向けて殺到する。
当然の判断と言えるかもしれない。これだけ高価な攻性I.C.E.を大量に配備する金持ちのサーバだ。あえて
「くそ、ここで負けたら、チームのみんなに顔向けできない……」
故に、これだけ困難な攻性I.C.E.の群れとの戦いでも負けるわけにはいかない。
目的地に向けて最短距離で移動しつつ、こちらに最接近する攻性I.C.E.に向けて破壊アプリケーション「
攻性I.C.E.群は一つが破壊されたと見て、左右に散らばり、纏めてやられるのを防ぎつつ、かつ連携して動き始めた。
恐らく、
「こうなると……予選で使うつもりはなかったが……」
接近してくる攻性I.C.E.を前に、ウェポンパレットの一番選びやすい位置に配置されている輝く剣のアイコンを青い下向き三角形のアイコンにスワイプする。
「いくぞ、
そして、日に三十回その色を変えると言われる剣の名を持つユニークを持つ少年のスクリーンネームこそシャルルマーニュ。アーサー王伝説など共に騎士道物語の代表例とされるシャルルマーニュ伝説に語られるカール大帝の別名である。
ARによるハッキングには二種類の姿がある。
一つは先程まで続いていたヘックスマップ状を移動してアプリケーションを使ってのシミュレーションゲーム風の攻防。
そしてもう一つがアバターを操って攻性I.C.E.や敵対ハッカーのアバターと戦うアクションゲーム風の攻防。
この二つは別々のものではない。コンピュータの中を俯瞰して見るか一人称で見るかの違いでしか無い。そしてそれぞれに利点と欠点があった。
いずれにせよ、少年は後者に切り替え、
攻性I.C.E.は空飛ぶトラバサミのような見た目をしており、シャルルマーニュに飛びかかる。
シャルルマーニュは攻性I.C.E.の飛びかかりをジュワユーズで受け止めて弾き返し、その隙をついて再び
その間に後方から迫るもう一体の攻性I.C.E.の飛びかかりを後手にジュワユーズで防ぐ。
「
直後、ジュワユーズの見た目が氷で出来た刀身の水色の刀身の剣に変化し、攻性I.C.E.が凍結して動かなくなる。
「へぇ、やるな。見ない顔だが、予選とはいえ、結構なタイムだぜ」
その背後から声がかけられる。
と思った直後、巨大な右腕がシャルルマーニュに襲いかかった。先ほどまでシャルルマーニュが散々使っていたツール
「
すんでのところで前方に飛び下がって、回避しつつ、シャルルマーニュが振り返る。
「おう。そうかよ、
標準的な騎士のアバターをした
「やって見せるさ。目指すは優勝。こんなところで、落ちられない」
地面を蹴ったのは同時。
シャルルマーニュの
「チッ。その虹色の剣、大した情報密度だな」
「ただの剣じゃないぜ、
単純な剣のぶつかり合いはシャルルマーニュの側に有利な様子だ。
「んなろっ! 卑怯な」
「
「だったら、こいつも使う。すまんな、岩両断せし聖遺物の剣《デュランダル》!」
「一気に行く!
黄金の剣が続いて、赤い槍へと姿を変える。
「っ!」
シャルルマーニュの槍と
かと思った直後。
「
直後、赤い槍が二つの黒い剣へと分裂する。
うち一本の剣は引き続き、
「食らえ!」
剣が
「チッ、ここまでかよ、おめでと」
アバターにノイズが走り、消える。
その背後に見えるのは、目的地たるデータベース。後はここに到達したことを示す
シャルルマーニュは飛んで喜びたくなるのを我慢し、走って目的地に近づき、
【Clear】
画面いっぱいにそう表示されると同時、視界いっぱいの真っ黒な画面が消滅し、見慣れた雑多なワンルームが見えてくる。
「マーヴィン、大丈夫かしら……」
そして、視界いっぱいに、こちらを覗き込む、女の子の顔。
「うわああああ!」
思わず驚いて、仰け反ると、座っている椅子が背後に倒れ、シャルルマーニュのアバターを纏っていた少年が頭をぶつける。
「マーヴィン、大丈夫!?」
少女がシャルルマーニュのアバターを纏っていた少年、マーヴィンに声をかける。
「い、ててて……」
「大丈夫? 頭打った? 自分の名前、分かる? 私の名前は? ここはどこか分かる?」
慌てたように少女がマーヴィンに捲し立てる。
「俺の名前はマーヴィン・ボーン・コビントン。そして君は俺の幼馴染のエスター・リーチ・ペリー。ここはマンハッタン
マーヴィンがエスターに応じると、エスターは安心したようにほっと息を吐く。
「で、視界が戻ってきたってことは?」
「うん、無事、予選は終わったよ。ランキングは?」
「待って、今確認する」
エスターが空中に指を走らせ、オーグギアにより自分の視界に見えているブラウザを操作する。
「うん、ランキングは十二位。無事、予選は突破よ」
「よっしゃ!!!!」
心から嬉しそうにマーヴィンが飛んで喜ぶ。
そう、彼らは本気で情報を盗むためにハッキングをしていたわけではなかった。
ハッキングがゲーム感覚となったこの時代、ハッキングを遊戯、そして競技として扱う「スポーツハッキング」は決してマイナーな競技ではない。
マーヴィンが参加していたのは、そんなスポーツハッキングの一大世界大会、Gougle社が主催するGWT杯の予選であった。
内容はシンプル。
各自振り分けられた予選会場にアクセスし、当該データベースに
「一位は誰だったんだ?」
「分かってるでしょ?」
「やっぱ『キャメロット』のアーサーか!」
「そ、で二位はルキウス。ほぼコンマゼロゼロ秒以下の僅差よ」
「おぉ、流石に『エンペラーズ』だな!」
チーム「キャメロット」のアーサーとチーム「エンペラーズ」のルキウス。今のスポーツハッキングを引っ張っている二大巨頭と言える存在だ。
「くぅー。GWT杯ではどっちが勝つんだろうなー」
『キャメロット』はNileチャンピオンズトーナメントで、『エンペラーズ』はFaceNoteキングズで、それぞれのチームはもう片割れを決勝戦で倒して優勝していた。
「言っている場合か。今度は俺達が奴らを倒さないとならないんだぞ」
少し遠くで二人のやりとりを見ていた眼鏡の少年がツッコミを入れる。
「分かってるよ、ジェイソン。作ってくれた、
マーヴィンが頷き、感謝を伝える。
「当然だ」
ジェイソンと呼ばれた眼鏡の少年が頷く。
「世界初のGWT杯。そこで優勝するのは俺達、チーム『パラディンズ』だ!」
部室にいる数人が応! と応じる。
◆ ◆ ◆
その頃、GWT。
この時代のアメリカには頭文字から
そのうち、最も開発が遅れたのが、Gougle社がニューヨークに建造した世界で四本目の世界樹「
「どうだ、〝妖精〟の調子は?」
そのGWTの深部で、一人の男が椅子に座っている研究者の背もたれに腕と体を預け、問いかける。
「遺伝的アルゴリズムで戦闘を学んだ〝妖精〟を予選の防衛に使ってみました。と言っても、まだ発話は仮の
「そうか。どんなものだ?」
「基本的な防衛性能は攻性I.C.E.より多少優秀、と言う程度でしょうか」
「ふむ、もう防衛に使えるのか」
「まぁ、一応。ただ、データにない
「なるほど。それで、予選での戦闘データは全て記録しているのだろうな?」
「はい。上位十六人との戦闘データを選択し、現在、〝妖精〟に学習させているところです」
「それで、その結果はいつ頃分かる?」
「さぁ、実戦のタイミングがありませんと」
「それもそうか。分かった。それはこちらでなんとかしよう」
男が腕を突っ張って、直立姿勢に戻って立ち上がる。
「まぁ、予選での学習結果が振るわなくても大丈夫ですよ、本戦での戦闘データを学習させれば、もっと優秀になります」
「そう期待しているよ。そうでなければ、後塵を拝している我が社が盛り返すことは難しい」
そう言って、男が縦長のモニタに視線を向ける。
「頼んだぞ、ニンフ」
そこには緑髪を短くまとめた少女が液体の中を浮かびながら、目を瞑って眠っている様子が映し出されていた。
To Be Continued…
第2章へ!a>
「世界樹の妖精 -Nymph of GWT- 第1章」の大したことのないあとがきを
こちらで楽しむ(有料)ことができます。
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