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虹の境界線を越えて 第9章

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 地球から、地球とは似て非なる星「アカシア」に文明を築く世界に迷い込んだ少女、虹野にじの からは、世界の濃淡を感じる力とそれを応用した「空間転移」能力を手にする。
 空はこの能力で「カグラ・コントラクター」という民間軍事会社PMCの人間が同じような転移能力を使っている事に気づき、自らが元の世界に帰る手がかりを得るため、新技術の研究所があると言うIoLイオルに向かうことを決める。
 貧乏な家に生まれた空は自らが欲しいもののために「盗み」という手段に手を染めた。しかし、ある日、引退しようと決めた。
 だが、今ここに再び盗みの技能が役に立つ時が来た。自らの戦力拡大のため空は単分子ナイフを盗み出すことを決めたのだった。
 空は見事単分子ナイフを盗み出したが、アクシデントが発生、手に持ったナイフで一人の男を殺すことになる。
 男を殺すという罪を犯した意識に苛まれる空が見たのは、過去に殺したもう一人の記憶と、そして殺した男の妻の様子だった。
 復讐の感情までダイレクトに伝わってきたことに困惑する空だったが、その能力について追求するのは後回しにして、カグラ・コントラクターの基地に侵入し、資料を漁ることにする。
 資料によって分かったことは、カグラ・コントラクターもまた「別の世界」に行く方法を模索しており、その方法の一つとして「コード・アリス」や「コード・メリー」なる存在を探しているということだった。
 しかし、その様子を御神楽みかぐら 久遠くおんなる全身義体の女性に発見され、戦闘になるが、敗北。なんとか逃げ延び、再戦を誓うのだった。
 独力ではカグラ・コントラクターをどうすることもできないと悟った空はカグラ・コントラクターと戦う組織「レジスタンス」に加入することを選ぶ。
 そこでカラを待っていたのは、かつて自分がプレイヤーとして参加し経験したTRPGシナリオと全く同じ展開という不思議な出来事だった。
 無事「レジスタンス」に加入した空はある日、クラッキングの腕を買われ、臨時の要員として捉えられた味方を助けるという作戦に参加する。
 作戦は見事成功したばかりか、レジスタンスの危機まで救った空は海中の潜水艦である「本部」勤務を許されることとなる。
 本部勤務となった空だが、彼女を待っていたのは転移能力を活かした物資輸送任務ばかりだった。しかし、空はそれにめげず、情報収集に励み続けた。
 空は、ある日、自分という存在がカグラ・コントラクターに目をつけられていると知る。それどころか、本部の位置がバレている可能性がある、とも。
 空は情報を集積している特殊第四部隊直属第三研究所の襲撃を進言するが聞き入れられず。
 しかし、ウォルターやスターゲイズといった仲間に恵まれ、独断で襲撃作戦を開始する事ができた。
 だが全ては空を捕らえるための罠だった。
 ウォルターとスターゲイズは死に、その失敗に打ちのめされた空は、無意識で足元に転移の"裂け目"を開く。
 その先に待ち受けていたのは、水色の羽織を身に纏い、誠の一文字を記した旗をはためかせる男の姿であった。
 そう、空が辿り着いたのは日本。ただし幕末の、空が知るのとは別の日本だった。
 空は未来から来た神隠しの被害者として、新撰組の厄介になることになるが、そこで特殊第四部隊のウォーラス・ブラウンもこの世界に来ているはずと気付く。
 ウォーラスと再会した空は、ウォーラスと戦闘になりかけるが、ウォーラスは自身の不利を悟り離脱する。
 その時の言葉に危機感を覚えた空は急ぎ、局長と副長へとウォーラスの事を伝えに行くのだった。

「はぁ……はぁ……」
 思わず肩で息を吐く。
「虹野、誰に断って休憩している。もっと打ってこい!」
「くっ、言われなくても……」
 空が木刀を構え、一気に踏み込む。相手は歳三。
 木刀を振りかぶり、歳三に向ける。
「ふんっ」
 しかし、その大ぶりな動きが仇となって、歳三の素早い刀の一閃の前に木刀が弾かれる。
「はぁ……はぁ……」
「どうした、早く拾え、実戦なら敵は待たない」
 肩で息をしている空はどうみても限界だが、歳三はそれを理由に休憩しようとは言い出さない。
「……くっ、この……」
 空は歳三に背中を向けて飛んでいった木刀を拾いに行こうとする。
「グエッ!?!?
 直後、歳三の鋭い突きが空の背中に突き刺さった。
「敵に背中を見せるな!」
「こんの……」
 空は振り向いて一気に後方に跳躍し、歳三の木刀の攻撃範囲から離れたのを確認して、木刀を拾い上げる。
「だったら……」
 空が木刀を天頂に向け、虚空に振り下ろし、〝裂け目〟を開く。
「こうだぁ!」
 転移先は歳三の背後。
「ぐはっ」
 しかし、その声を上げたのは歳三ではなく空だった。
 転移した背後に隠れていた総司が空を背後から木刀で三度に渡って突いたのだ。
 直後、歳三からさらなる木刀の一撃が迫るのに気付き、空は咄嗟に左腕を振って〝裂け目〟を開き、二人から大きく距離をとった。
「いったーい! 二人目が出てくるなんてずるいでしょ!」
「実戦では敵が一人とは限らん」
「すみません……、虹野さんが転移を使ったら、背後から攻撃するようにと土方さんから言われていたもので……」
 ぐ、そう言われると、先に木刀縛りを破ったのは空の方なので、分が悪い。
「しかし、沖田の滅多刺しを受けて痛いで済むか……」
「いや、すっごく、痛いよ! 一発なんて鳩尾に入ったよね!?!?
「はい、僕の三段突きは、頭、首、鳩尾と突く、まぁ一種の特技ですね」
「ふぅん」
 空は見様見真似で木刀を構える。
「ふんっ!」
 見様見真似の突き。しかし、それは三撃とも容易く歳三に止められる。
「遅い。沖田の足元にも及ばんな。おい、沖田、そろそろ交代の時間じゃないか」
「あ、はい。行ってきます。それじゃ、虹野さん、また今度」
「あ、うん。また今度」
「続けるぞ」
 歳三が木刀を構えると、空もそれに合わせて木刀を構えなおした。

 

 天皇を始めとする公家による政治を排した鎌倉幕府から始まる武家による政治が始まって、徳川による江戸幕府が開かれて今は後に末期と呼ばれることになる時代。
 欧米列強諸国の来訪、俗に言う「黒船来航」に端を発し、日本国内ではにわかに尊王攘夷の思想、即ち、天皇を再び政治の中心に添え、欧米列強から防衛すべし、という思想が起き上がった。
 かくして、日本という国は幕府を支え続けるべしと唱える佐幕派と、幕府を倒し尊王攘夷を実現すべしと唱える討幕派の二派に分かれることとなった。
 といったあたりが空の認識している江戸末期、新撰組を取り巻く現状背景だ。
 空が今厄介になっている新撰組は佐幕派である。
 そして、ウォーラス・ブラウンは言った。『そちらはすでに現地勢力と共闘済み』、と。
 その言葉は自分も現地勢力と共闘を試みる、という意味ではないだろうか。
 であるならば、ウォーラスは倒幕派と共闘を試みるはず。
 そこで空は急ぎ新撰組副長、土方歳三に訴えた。自分とともに神隠しにあって未来から現れた敵が、倒幕派に与するかもしれない、と。自分を彼との戦いに充てて欲しい、と。
 それを聞いた歳三は目をつぶってしばらく沈黙したのち、頷き言った。
「いいだろう、お前も新撰組に入れ。ただし、戦力になるまで特別訓練を積んでもらう」
 と。

 

 かくして、今に至る。
「この!」
 果敢に挑みかかる空の木刀を歳三は容易く受け止め、反撃する。
「いったぁ!」
 先ほどから、否、ウォーラスのことを歳三に伝えた夜、その翌朝からずっとこの繰り返しだ。
 もちろん、歳三とて何も教えていないわけではない。
「刀は地面と水平か斜めに構えろ。そうすれば初撃を回避されてもそこからもう一撃食らわせてやれる」
 だとか。
「後の先なんて小賢しい事は考えるな。相手が後の先を取るってんなら、こっちはさらにその先、先の先を取れ。相手より早く動けば、その先を取られることもない」
 だとか。
 勿論、構えの基本や剣術の技なども実際に食らわせることで教えており、それは確実に空の資産になっているのだが。
 何せ相手が歳三である。その教わった技や知識など、歳三の前ではそれこそ小賢しい事、でしかない。
「そんなもんでいいんじゃねぇのか、副長?」
 と、そこに声をかける男が一人。
新八しんぱち、余計な口出しは無用だ」
 その男は二番組組長の永倉ながくら 新八しんぱちであった。
「そうは言うが、横から見ていてもそいつの練度はかなりのもんだ。相手が副長だからその様なだけで、相手が並の不貞浪士ならそいつに勝てないだろ」
「相手が並でなかったらどうする」
「そいつはまぁ……確かに」
 新八は反論ができなかったのか、頭を掻きながらその場を離れていった。
「続けるぞ」
 
 練習相手が歳三ではない時もあった。
 当然だろう、歳三は新撰組の副長。本来忙しい身だ。
「すみませんね、遠慮なくやらないと、僕が土方さんに怒られちゃうので」
 そういってにこやかにえげつない剣術を振り回してくるのが今目の前にいる総司という男である。
 歳三の剣術が力強く鋭い一撃だとしたら、総司の剣術は素早く鋭い多撃だ。
 その究極が歳三が「沖田の滅多刺し」と呼ぶ特技「三段突き」であろう。
 総司の三段突きは、一息のうちに頭、首、鳩尾と突く、すべてが致命傷を与える恐るべし突きであり、よほど優れた動体視力を持つのでない限り、そのほぼ同時とでもいうべき突きを全て回避するのは不可能だ。
 その恐ろしい三撃を、空は何度となく浴びた。
 総司が言うには、この三段突きは歳三ですら受け止められなかったらしい。
 空はその鋭すぎる多撃を何とかものにして歳三に一太刀浴びせてやろうと、夜な夜なこっそり練習した。
 だが夜更かしは翌日の鍛錬に響き、却って翌日の打ち合いの精細に欠く結果となる。
 それでも、空は歳三に勝つには三段突きしかないと考え、鍛錬を続けた。
 しかし、その成果が出るよりはやく、状況が動くこととなる。

 

 六月に入ってすぐくらいの早朝のこと。
「今日は忙しい。一人で鍛錬していろ」
「え、いきなりどうしたの、なにかあったの?」
「まだ部外者のお前が気にすることじゃねぇ」
 歳三の突然の宣言に空は聞き返すが、返事は相変わらず冷たい。
 とはいえ、それではいそうですか、と頷く空ではない。
 鍛錬を続ける振りをしながら、情報収集をする隙を伺った。
 夕刻ごろ。総司が壬生寺を訪れた。
「あ、沖田さん。なんかみんな忙しいみたいだけどなんかあったの?」
「あれ、虹野さんは聞かされてないの?」
 来た、と空は思った。総司は自分が知ってても不思議ではないと考えているらしい。
「うん、副長からは適当に誰かから聞いとけって言われたんだけど……」
「あぁ、土方さんは忙しいもんなぁ」
 そして、総司はまんまと空の嘘に引っかかった。
「じゃあ、僕が事情を説明しますよ」
 かくして、総司による事情説明が始まった。
 なんでも、5月下旬頃、道具屋・枡屋喜右衛門の正体が長州系志士・古高ふるたか 俊太郎しゅんたろうである、というタレコミがあったのだという。
 それどころか、彼らは倒幕のための企み事をしているというのだ。
「そこで僕らが入れ替わり立ち替わり、枡屋を隠れて見張っていたんですよ」
「それで、ちょくちょくみんなどこかに出てたんだね。警邏にしてはやけにバラバラだなぁと思ってたけど」
「そして、その監視の結果、枡屋への疑惑が確信に決まりそうだったので、ついに近藤さん以下が枡屋に踏み込んで、喜右衛門を捕えました。今は土方さんが尋問しています」
「おい、沖田、何をペラペラ喋ってやがる」
 そこに歳三以下新撰組の主要メンバーがやってくる。
「え、だって、歳三さんから話しとけって言ったって」
「知りたがりめ、虚言か」
 歳三がじろりと空を睨む。
「教えてくれないのが悪いんでしょー」
 それに真っ向から反論する空。
「喜右衛門が吐いた。やはりヤツは古高 俊太郎で、連中は風の強い日を狙って御所に火を放ち、その混乱に乗じて、孝明天皇を長州へ動座させるつもりだったらしい」
 それを無視し、歳三は総司に言葉を繋げる。
「古高の捕縛は既に知られているはずだ。尊攘派の浪士は時をおかず会合を行うだろう。すぐに市中探索に出るぞ」
「え、会津藩へ報告は?」
「もうした。援軍を待てば相手に時間を与える」
 かくして、空の目の前で隊士がそれぞれの部隊に分けられ、出発していく。
「って、ちょっと待ってよ、副長。私は?」
「お前はダメだ。まだ訓練を終えてない」
「そんなことないでしょ? 大体、ウォーラス……未来の敵がいるなら、私はいないとでしょ?」
「ダメだ。弱いヤツは足手纏いにしかならん」
 取り付く島も無い歳三。
「なら、私といくか、虹野」
 対して、勇が間に割り込んだ。
「いいの?」
「あぁ、沖田や永倉から十分な鍛錬を積んだと聞いている。私の判断なら文句はないだろう、歳?」
「……好きにしろ」
 歳三は捨て台詞のようにそう呟くと、さっさと隊士を連れて、壬生寺を出ていった。
「我々も行くぞ、虹野。未来の装備を完全装備で持ってこい。沖田、新しく一つ羽織を取ってきてやれ」
「うん」
「分かりました、と」
 こうして虹野は数週間ぶりに防弾チョッキ、スリングにHK M4、そして全身に単分子ナイフを仕込んだフル装備を纏った。
 その上に、総司から渡された水色の羽織(厳密には浅葱色というらしい)を身に纏い、虹野 空は新撰組スタイルとなったのだった。
 
 警邏は続き、時間は22時頃といったところ。
 勇の耳に池田屋に尊王攘夷派の志士ありとの報告が入る。
「池田屋か。その旨、歳には?」
「まだです」
「なら我々は池田屋に向かう。お前は歳達に伝えにいけ」
「分かりました」

 

「総司は続け。裏口は新八と平助へいすけ。表口は佐之助さのすけ三十郎さんじゅうろうがかためろ」
 池田屋に急行した勇ら新撰組は勇の指示に応じて動き出す。
「え、ちょっと空ちゃんは?」
「お前も表口をかためろ、お前の敵が出てきたら呼ぶ」
 勇はそう言って掃除を伴って即座に池田屋に踏み込んだ。
「主人はおるか。御用改めである」
 その言葉に入り口に立っていた亭主は応じず、階段に駆け寄った。
「お客様方! 旅客調べでございます!!!!
 そして、階段の上に向けて叫んだ。
「上か」
 勇は鋭く亭主を殴りつけ土間に転がし、一気に階段を駆け上がる。
 同時、その声を聞きつけてか、階段の降り口へと顔を出す男が一人。
 勇はそれを土佐の男と判別し、素早く長曽祢虎徹ながそねこてつを抜刀し、斬り掛かる。
 哀れ、斬り落とされた男はそのまま階段を転げ落ちていく。
 それを避けながら総司も二階へと続く。
 総司と勇は廊下で一対一を形成して戦闘を開始する。
 新撰組七人(どころか階段の上にいるのは二人)に対し、浪士は多勢だが、狭い廊下で戦わねばならない不利がある分、新撰組が優勢に戦っている。
 が、誰か浪士の中でも一際知恵の輝くものがいたのだろう。室内の広い場所に勇を引き込もうとした。
 勇も浪士が廊下に出てこないとなれば座敷に入る他ない。
 そうなってくると階下で戦況を見守るだけの空には状況が分からない。
 ただ、勇や総司が座敷に入って空間が広くなった分、二人の脇を抜けて階段を飛び降りるものが現れ始め、裏口と表口も忙しくなり始める。
 空はHK M4を構え、そして、逡巡する。
 今の自分は新撰組の一員だ。ならば新撰組のために戦うことは正しい。
 だが、だからと言って、アサルトライフルという未来の武器を振り翳して有利に振る舞うことが果たして正しいのか、と。
 そんなことをしては、異世界を先進技術で植民地化しようと企むカグラ・コントラクター特殊第四部隊と同じではないか、と。
 空の逡巡による硬直を気にした風もなく佐之助と三十郎は槍を振るい、池田屋から逃走を試みる浪士を切っていく。
 やがて歳三らも遅れてやってくる。
「土方先生、二階は近藤先生と沖田だけで苦戦しているようです。こっちは私が引き受けますから援護を」
 佐之助がそう進言するが。
「あの二人なら大丈夫だろう」
 歳三は黙って首を横に振った。
 空はなんでそう言えるのか、と口を挟もうとした。
 だが、その理由はすぐに明らかになった。
 歳三からさらに遅れて、会津藩の援軍が到着したのだ。
 彼らは援護のためと屋内へと入ろうとするが。
「何か御用ですかな?」
 歳三は和泉守いずみのもり兼定かねさだを抜いたまま、そう言って会津藩の援軍の前に立ち塞がった。
 その眼光は鋭く、誰もそれを超えて無理に池田屋に入ろうなどと考えるものはおらず、三千の援軍はそのまま池田屋を包囲して脱出してくる連中だけを捕縛する警戒兵となった。
 それを見て空は歳三の思惑を理解した。
 要は手柄を新撰組だけのものとしたいのだ。それも可能なら、その局長である勇の手柄を最大化したいのだ。
 そのために歳三は勇を援護もせず、会津藩の援軍に睨みを効かせるために残ったのだ。
 味方多勢となったのを見るや、上の勇は指示を変更する。
 先ほどまで「斬れ斬れ」と言っていたのだが「生捕にせよ」と叫び始めた。
 とはいえ、ただ斬るだけなら容易くとも、生捕となるとまた苦労がある。
 それと関係してかは分からないが、勇を援護しようと二階に上がっていた平助が頭に一太刀浴びせられ、退いてきた。
 血が目に入り、視界不良の様子だ。
「まずいぞ、沖田も血を吐いた」
 退いてきた平助が歳三に告げる。
 その言葉を聞いて、空と歳三が階段の上を見上げると、総司が座敷から退いてきたところだった。
 右手で加州清光かしゅうきよみつを構えたまま、左手で口元を押さえている。
 その手には明らかに黒い血がこびり付いて見える。
 そんな集中力に欠いた状態で浪士の刀を受け止めたのが悪かったか。
 加州清光は浪士の斬撃の前にその先端を砕かれ、総司の手を離れて階下に落ちていく。
 思わぬ事態に死に体となった総司に向けて、浪士の刀が迫る。
「させない!」
 空は咄嗟に動き出した。
 歳三の封鎖する脇を抜け、KH M4を構えて総司の前の浪士に向けて連射する。
 一分間に七百発放てるという発射レートで5.56x45mm弾が銃口から飛び出し、浪士を穴だらけの蜂の巣へと変換する。
 それを確認した空はKH M4を手放しスリングにぶら下がった状態にしてから、落下してきた加州清光をキャッチ。
 そのまま階段を駆け上がる。
 新たに座敷から出てきた浪士が総司を狙う。
「下がって!」
 間に割り込んだ空が浪士の刀を加州清光で受け止める。
 直後、空に視界に三つの赤い点が出現する。頭、首、鳩尾をポインタしたそれは。
 ――これ、加州清光が覚えている技の記憶?
 空は素早く霞の構えを取り、そして素早く加州清光で赤い点を突く。
 その動きはまるでこれまで長く訓練を積んできたかのように滑らかで、そして素早かった。
 一息のうちに三撃が放たれ、その全てに急所を穿たれた浪士はそのまま大量の血を流して絶命する。
 直後、男の記憶が再生される。
 いかにして俊太郎を救出し、そして京に火をつける目的を果たすか。それを相談している様子。
「大丈夫だ。我らには切り札が。隙間女がいる」
 気になるフレーズが耳に残る。
「隙間女?」
 確か、壁と家具といった人が入ることなど不可能な隙間から姿を表す女性の妖怪だったはずだ。そんな名前がなぜ尊王攘夷の話題で上がる?
 だが、それを考えている暇はなかった。
 座敷から浪士が何人も飛び出してくる。
「沖田さんは早く下がって」
「すみません、虹野さん、頼みます」
 総司を階下へ下がらせ、空は加州清光を握り締め、敵を睨む。
 
 やがて戦いは終わった。結局、ウォーラス・ブラウンが姿を現すことはなかった。
 ウォーラスは倒幕派に与するはず、という空の予想は外れたのか。
 そういえば、切り札と言われていた隙間女とやらも結局姿を現すことはなかった。
 思えば、酒の席での言葉だった。何かの与太話だったのだろうか?
 空はそんな風に思った。
「はい、沖田さん、これ返す」
 戦いの後、空は寝かされている総司の元を訪ね、加州清光を返そうとした。
「あぁ、それはもう先端が欠けてしまいましたから、処分しておいてもらえますか? 僕は代わりの刀を探しますから」
 だが、総司は先端の欠けてしまった加州清光には興味を示さずそんな風に言った。
「じゃあ、私が貰ってもいい? 銃で戦うのは気が引けると思ってたところだったんだよね」
 空はそう言って、総司にねだった。
 半分嘘だ。もう一つの理由。それは空のお気に入りのキャラクターの持つ愛刀がまさにこの加州清光だったからだった。
「えぇ、構いませんよ。僕は代わりの刀を探します」
「やったー」
 空は総司から鞘を受け取り、腰に下げる。
「ここにいたか、虹野」
 そこに歳三が尋ねてくる。
「あ、見てよこれ。貰っちゃった」
「知らん、それより夜の鍛錬に来ないとは何事だ」
 空は歳三に加州清光を自慢するが、歳三は釣れない。それどころか。
「え、さっきまで池田屋で戦ってたのに?」
「そんなことは鍛錬をサボる理由にはならん」
「そ、それに、見たでしょ、私、ちゃんと浪士と戦って勝ったよ」
「それはたまたま敵が弱かっただけのことだ。鍛錬をサボる理由にはならん」
 行くぞ、と歳三が空に背中を向ける。
「そんな〜」
 と言いつつ、空は歳三に続くのであった。

 

To Be Continued…

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