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皐月の空、ドラゴンと舞う 第8話「模擬戦、白熱す」

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 突如、太平洋上、ポイント・ネモに出現した「ゲート」と呼ばれる異世界との通路は、「ドラゴン」としか形容できない空飛ぶトカゲ型の魔物を吐き出し始めた。
 後に「魔法」と呼ばれることになる技術を用いるドラゴンは、バリアーとでも言うべき壁を周囲に纏っており、見た目に反して通常兵器での撃墜は困難を極めた。
 そこでなんとか撃墜したドラゴンを解体研究して発見された「魔法因子」を適性のある子供に移植することで「魔法使い」を人工的に生成することに成功。これをドラゴンとの戦闘に割り振った。
 だが、魔法はまだ不完全な技術だ。
 そこで、特に魔法に優れた生徒を「生徒会」に所属させ、彼らに特殊任務を与えた。
 それが「生存」。戦場に誰より早く駆けつけ、気付かれないように息を潜めて全ての情報を集め、そして帰投する。
 ひいては、それが人類全体の魔法技術の発展と魔法戦術の発展に繋がるはずだと信じて。
 これはそんな死神と蔑まれる生徒会所属の五番機、無線上の呼び方コールサイン「皐月」のパイロットを巡る物語である。
 皐月のパイロット、大井おおい 瑞穂みずほ三等空尉は泣き虫であった。しかし、才能には溢れていたため、生徒会にいた。
 突如として所属不明機からデータの不正アクセスを受けた皐月は瑞穂の見事な攻撃テクニックにより、所属不明機を撃退した。
 憧れの生徒会長・本田ほんだ りん一等空尉から所属不明機との戦闘についてデブリーフィングを受ける瑞穂。
 自衛隊上層部は所属不明機がアメリカ機ではないかと疑っていた。
 戦術偵察部隊としていつも通りの戦術偵察をこなす皐月。しかし、帰投した皐月に再出撃が命じられる。生徒会2番機、如月からの更新が途絶えたというのだ。
 北方航路上空で皐月が発見したのは、ゴーストラプターという俗称が与えられた所属不明機だった。瑞穂はゴーストラプターと交戦するが、如月の救難信号をキャッチし、保護を優先する。
 デブリーフィングを受ける瑞穂。そんな中で、皐月の火器管制官WSOである芝田しばた 有輝ゆうき二等空尉は、今回のゴーストラプターの襲撃が、皐月を狙ったものである可能性を指摘する。
 自分のせいで、如月のパイロットである今井いまい 彩花さいか三等空尉が狙われたかもしれないという衝撃を受ける瑞穂に、さらなる衝撃話が加わる。それは、ゴーストラプターが小規模なゲートを発生させられるかもしれない、という事実だった。
 彩花のお見舞いに行った瑞穂は、彩花がもう飛べないかもしれない、という事実と、新型のスーパーラプターであるBlock13に搭載されるオートマニューバモードについての話を聞く。それは操縦者の手を借りずとも自動で飛行するというモード。彩花はその存在をハワイの戦術偵察部隊、アメリア・カーティス少尉(無線上の呼び名コールサイン:トマホーク・ツー)から聞いたと言う。
 もう一度彩花が飛べるように、そんなことを考えながら廊下を歩いていると、瑞穂はいきなり背中を叩かれる。
 背中を叩いてきたのは、ソーサラー2:篠原しのはら 浅子あさこ三等空尉だった。
 浅子は生徒会はもっと積極的に戦うべきだ、と主張し、それができないのは生徒会が弱いからだ、と挑発する。
 瑞穂はこれに真っ向から反論。二人はシミュレータ室で模擬戦をして決着をつけることとした。

 
 

 浜松基地魔法学校では、申請をすれば放課後にフル・ミッションシミュレータFMSを使って自主訓練を積む事が出来る。
 仮想敵であるドラゴンとの戦闘訓練はもちろん、切磋琢磨する一環として、生徒間の模擬戦も盛んに行われている。あまり教師は良い顔をしないが、生徒間の諍い解決に用いられている節もある。要は直接殴り合わない喧嘩というわけである。
 ちなみにこのFMSの戦術データも生徒会の統合コンピュータと接続しており、パイロット達の戦闘データ収集を兼ねている。
 今回は生徒会構成員の瑞穂が申請したのもあり、許可はあっさりと降りた。
「聞こえるわね?」
 フル・フライトシミュレータの本物そっくりによく出来たコックピットに座ると、無線越しに浅子あさこの声が聞こえてくる。
「聞こえるよ、浅子」
「今回のセッティングは遭遇戦。場所は太平洋上、一秒後に交差するシチュエーションからスタート。魔法はアリ。ミサイルも全種アリのアリアリルールで行くわよ」
 瑞穂はどういう仕組みかは知らないが、このFMSは操縦者の操作を認識し、魔法現象を仮想空間で再現する仕組みを持っている。
「分かった」
 瑞穂は頷きながら、ヘッドマウントディスプレイHMDを装着し、操縦桿とスロットルを握る。
 ライトニングⅡのコックピットに座るのは久しぶりだが、スーパーラプターはライトニングⅡからのフィードバックを受けて作られている機体だし、そもそも生徒会に入る前はライトニングⅡを操っていたので、違和感は少ない。と、浅子には強がったが、実際には少し苦しい。なにせ操縦桿の位置からして違う。
 浅子はスーパーラプターに乗っても良いと言ってくれたが、スーパーラプターとライトニングⅡの間にある性能の差は大きい。何せ単発のライトニングⅡに対してスーパーラプターは双発なのだ。単純にエンジン出力が違う。
 エンジン出力の差は、急旋回で失った速度を素早く回復することに繋がるなど、様々な面で差として表出してくるはずだ。
 また、推力偏向ノズルの有無も大きい。スーパーラプターはピッチ方向に推力の方向を偏向出来るパドル式推力偏向ノズルを備えており、高い運動性を誇るが、ライトニングⅡにはなく、運動性能の差は大きい。
 これでは瑞穂が勝っても性能の差だと思われても仕方ない。
 それにその判断は正解だった。
「おい、死神野郎が篠原しのはらとやるらしいぞ!」
 という噂が即座に立ち上がったのだ。
 学習のため、FMSでの戦闘の様子は大型モニタに映し出される。
 これでもしスーパーラプターで勝っていたら、性能差で圧勝した卑怯者との誹りを受けていた可能性がある。
 ギャラリーがつくのは瑞穂としては好ましくなかったが、始まる以上はやるしかない。
【MISSION START】
 シミュレータが起動する。レーダー上に敵機、正面。と認識した直後、瑞穂の右側面を一機のライトニングⅡが通過する。
 光の矢を放つ魔術師のエンブレム。ソーサラーチームの部隊章が見えた。
 瑞穂機は緩やかに旋回、浅子機の側面を突こうとするが、それよりはやくロックオン警告がなる。
「ソーサラーツーミサイル発射フォックス・ツー
 浅子機は超急速旋回ハイGターンして既に瑞穂機を正面に捉えていた。短距離赤外線誘導ミサイルサイドワインダーが放たれる。
(手が早い!)
 瑞穂は熱源囮フレアを放ちつつ、急上昇する。
 ミサイルはフレアに欺瞞され、海面に落下する軌道を取る。
 と、それを確認した次の瞬間、瑞穂機は超急速旋回で速度を失った浅子機に向けて急速降下。
 しっかりと操縦桿を握り、精神集中。
雷よサンダー
 操縦桿を握る右腕に異物が通り抜けるような感覚がしたと思った直後、仮想空間上の瑞穂機の機関砲先端に魔法陣が出現、雷が走る。
 それより早く、浅子機は推力増強装置アフターバーナーを起動、一気に高速推進に移行し、雷を回避する。
「だったら!」
 とはいえ、瑞穂もそれで相手を逃がすつもりはない。Gリミッターを一時解除、浅子機を追うように一気にハイGターン。浅子機の後ろを正面に捉えようとする。
「皐月、ミサイル発射フォックス・ツー
 浅子機を視界で追いかけながら、短距離赤外線誘導ミサイルサイドワインダーを発射。
 サイドワインダーに対し、浅子機はフレアをばら撒きながら上昇。だが、それは瑞穂の読みどおりだった。
ミサイル発射フォックス・スリー
 ハイGターンした瑞穂機は機首を浅子機の進路上に向けていた。そのままアムラーム発射。
 しかし、浅子もさるもの、飛んでくるアムラームを一転しての動力降下パワーダイブで回避しようと試みる。
「そのまま、海面に落とす。石よ、散らばれストーン・スプレッド
 だが、浅子機を追うアムラームは突如として自爆。内部から無数の石片をばら撒いて浅子機に迫る。
「やるわね!」
 浅子機はパワーダイブを中断。旋回を開始する。それはとても散弾を回避するための機動マニューバとは思えない。ただ、こちらへの射撃位置へつこうとする動き。まさか、石の破片が見えていないのか? ならばこちらの勝ちだが、と瑞穂は勝利を確認する。
 無数の石の欠片が浅子機に迫り、触れた、と思った直後。
 見えない壁に阻まれたように、石の欠片が空中で静止、そのまま浅子機を避けて海面に落ちていく。
(すごい! バリアーを使えるんだ!)
 ドラゴンが標準的に使える魔法であるバリアーはしかし、集中力などの兼ね合いで、人間が扱うには難しい魔法だ。生徒会の中でも魔法に長けると言われている瑞穂でさえ十秒展開出来るのがせいぜい。そこへ行くと、浅子は五秒程度展開出来ており、なるほど、高い実力を持っていることが伺えた。あのワイバーンタイプツーとの戦闘で自ら囮を買って出た作戦も、単なる信頼もあっただろうが、自分ならバリアーを展開出来るからという自信もあったに違いない。
「ソーサラー2、ミサイル発射フォックス・スリー
 だが、感心している暇はない。射撃位置についていた浅子機からアムラームが放たれ、瑞穂に迫る。
(魔法発光はしてない? ってことは、私と同じで、遠隔で魔法をセットできるんだ!)
 魔法の発動地点は近ければ近いほど使用者が楽である。魔法戦用のミサイルの弾頭は特殊な魔法金属で作られており、そこに魔法を宿しておいて遅延起爆出来る仕組みだが、瑞穂のように離れた場所のミサイルを遠隔で魔法の対象にすることも、熟練していれば可能だ。
 今回、発射前に魔法発光がなかったということは、なにかしらの方法で遠隔で魔法を使ってくるものと思われる。
 とすると、ギリギリで回避するのは危ない。まぁ、もともとミサイルには近接信管と言って、近くを通ると爆発して目標にダメージを与える仕組みがあるため、ギリギリで回避するのはそもそも危ないのだが。
 結論として、瑞穂機はミサイルに向けて直進を選ぶ。スロットルを押し込んでアフターバーナー起動。
壁よバリアー!」
 魔法が成立する前にバリアーを展開した戦闘機で体当たりを仕掛け、ダメージを最小限にする心積もりだ。
 だが、それより早く、アムラームに魔法陣が輝く。
 アムラームから雷が放たれ、瑞穂機に襲いかかる。
 展開した透明な壁がバリアーを防ぐが、激しい雷光が瑞穂の視界を奪う。
「――っ!?」
 視界が奪われて見えなくなった瑞穂は精神を一層集中し、バリアーをより長く展開しようと努力する。
 飛んできた機関砲がバリアーによって阻まれて弾き返された音が聞こえる。。
 直後、音で二機が交差したことが分かる。
警告コーション! 機首を上げよプルアップ!】
 と警告が聞こえるのを聞いて、瑞穂は自機が海面に近づいている事を理解し、機首を上げる。
 だが、その動きはあまりに短絡的で読みやすかった。
 ハイGターンしてきた浅子機が再び機関砲からの雷撃を仕掛けてきたのだ。
 画面上に電装系に異常が生じた事を告げる表示が出る。
「篠原が死神に一撃当てたぞ!」
 そんな歓声が聞こえてくる。
 悔しさで、瑞穂はギリと奥歯を噛み締める。
 やはり慣れない機体だ、と言い訳するのは簡単だが、これでは生徒会が舐められてしまう。
 瑞穂の耳にミサイルアラートの音が届く。浅子機の追撃で有ることは疑いようもない。避けなければ今度こそ撃墜される。
 やや遅れて視界が戻ってくる。操縦桿を動かすが、機体の動きがついてこない。
 このままでは、負ける。瑞穂は泣いてしまいそうだった。
 シミュレータ内を監視するためのカメラが音を立てて稼働する。直後。
【Warning: Unauthorized Override】
 一瞬、赤い文字が浮かんだと思った。
【Starting override by SATSUHI】
「え……?」
 さらに次の瞬間、視界内のモニターに見覚えのない表示が出る。
 皐月によるオーバーライド開始?

 To be continued...

 


 

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