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三人の魔女 第7章

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 ある日、天体観測を楽しんでいた魔女エレナは、重く硬い金属が鉄筋コンクリートに当たって跳ね返るような奇妙な音と悲鳴を聞く。
 困っている人を放っておけなかったエレナは座り込む少女、魔女ジャンヌを助ける。彼女は閉じた瞳の様な意匠のフードを被り、メイスのようなゴツゴツした先端の二又に槍を持つ怪しい男たち「魔女狩り」に追いかけられていた。
 エレナはジャンヌと共に逃走を始めるが、すぐに追い詰められてしまう。そんな二人の前に姿を晒したのは異端審問間のピエール。ピエールは言う。「この世界には魔女と呼ばれる生まれつき魔法と呼ばれる不思議な力を持つ存在がおり、その存在を許してはいけないのだ」、と。
 しかし、実は自らもまた魔女であったエレナはこれに反発。フィルムケースを用いた「星」の魔法とジャンヌの「壁」の魔法を組み合わせ、「魔女狩り」から一時逃れることに成功する。
 そして二人はお互いに名乗り合う。魔女エレナと魔女ジャンヌ。二人の魔女の出会いであった。  しかし魔女狩りは素早く大通りへの道を閉鎖、二人の逃走を阻む。ジャンヌの魔法を攻撃に使い、強引に大通りに突破したエレナは、魔女仲間のアリスからの連絡に気付く。それは魔女狩りの存在を警告するメールだったが、もはや手遅れ。エレナはその旨を謝罪しアリスにメールした。
 メールを受けたアリスはすぐさま自らの安全な生活を捨てることを決意し、万端の準備をして家を飛び出した。
 逃走に疲れたエレナとジャンヌは一時的に壁を作って三時間の休憩をとった。しかし、魔女狩り達に休憩場所を気取られ、再び追い詰められる。そこに助けに現れたのはアリス。アリスは自身の「夢」の魔法で魔女狩りを眠らせ、その場を後にするのだった。
 逃れようと歩く三人。魔女について何も知らないジャンヌはエレナから魔女とは頭に特殊な魔法を使うための受容器を持つ存在で、魔法とは神秘レイヤーと呼ばれる現実世界に重なるもう一つのレイヤーを改変しその影響をこの現実世界に及ぼすものである、と説明する。
 そして魔女には属性があり、その属性に基づいた魔法のみが使える。具体的な属性の魔女は決まった事しか出来ない代わりに使いやすく、抽象的な属性の魔女は様々な事が出来るが使用には工夫がいる、といった違いがある。
 そんな中、アリスもまた、衝撃的な事実を告げる。この世界で誰もが身につけているオーグギア。このオーグギアの観測情報は全て一元に統一政府のもとで管理され、秘密裏に監視社会が実現しているのだ、と。
 そして、エレナは統一政府と戦い、好きなことを好きなように出来る世界を目指すことを決意するのだった。  その決意表明を裏で聞いていた者がいた。「姿」の魔女、プラトだ。プラトはその場を逃れるため魔女狩りに扮して逃れようとするが、その場を「炎」の魔女ソーリアが襲撃してくる。
 魔女狩り狩りの常習犯としてすっかり知られていたソーリアはバッチリ対策されており、窮地に陥る。目の前で魔女が狩られるのを見過ごせないプラトは咄嗟にソーリアを助ける。そして言うのだった。「世界をなんとかしようとしている三人の魔女がいる。魔女狩りを狩りたいなら、彼女達のために戦うのはどうか」、と。
 プラトとソーリアがそんな話を進める中、三人は貨物列車に忍び込んでいた。アリスの父親の会社の貨物に紛れることを企んでいるのだ。
 しかし、早速トラブルは発生した。暗闇に怯えたジャンヌが大きな光り輝く壁を作りその中に隠れてしまったのだ。壁は天井を通り抜けており、明らかに異常な見た目をしていた。  なんとか喧嘩も納め、ようやく睡眠に入ろうと言う時、列車が止まる。  コンテナの中という袋小路で絶体絶命かと思われたが、エレナの魔法とジャンヌの魔法を組み合わせ、密かに脱出することに成功した三人は、しかし、その後の道を失い悩むことになる。
 そこでジャンヌが提案したのは、かつて仲の良かった兄のような警察官を頼れないか、ということだった。頼った相手、鈴木すずき光輝こうきはこれを快諾。脱出に使えそうな船を調べ、教えてくれた。
 しかし光輝にピエールの魔の手が迫る。プラトが彼に変身し大暴れしてしまったため、裏切りの嫌疑がかけられてしまったのだ。光輝はジャンヌの身を案じ、自らも埠頭に急ぐのだった。  またしても自身の臆病さが原因で迷惑をかけたジャンヌはエレナから魔法の制御について学ぶ。それはほんの少しの成功体験へと繋がり、彼女の自信へと繋がっていく。
 ようやく埠頭にたどり着いた三人だったが、光輝の携帯から情報を仕入れていた魔女狩りは軍用装甲パワードスーツコマンドギアと攻撃垂直離着陸機ティルトローター機を投入してきた。
 絶体絶命の三人だったが、助けに現れた光輝とソーリアそしてプラトにより三人は無事タンカーに乗る事が出来たのだった。

 三人の魔女は行く、タンカーに乗って。
「このタンカー、どこに向かってるの?」
 航海三日目、アリスが今更な疑問を提示した。
「え、さぁ? 多分中東のあたりじゃないの? 中、輸送機械とかだったし」
 中とは、船倉の中身のことだ。この無人タンカーは統一政府の指示に従い世界中に物資が行き渡るようにしている。日本に原油を運んでくるタンカーは中東から来ていて、中東に日本で生産された輸送機械を送っている、というのは割と知られた事実だ。
「けど変じゃない? クレーンの配置的にこのタンカー、あそこで積み下ろしされたのよね? けどあそこには原油を受け取れそうな設備はないし、そもそも今見て気付いたけど、原油用の船倉と車両用の船倉は構造が違う。これはどう見ても車両用の船倉よ、どうやって切り替えてるの?」
「言われてみれば謎ね」
「でも、日本に原油が来てるのは間違いないですよね? じゃないと、車とか動きませんし、火力発電も出来ませんし」
「えぇ……」
 アリスの疑問に悩みこむ二人。
「単に原油を下ろすのは別のところでやっただけじゃないの? んで、そこでなんらかの方法で車両用に改修して、あの埠頭で車両を積み込んでる」
 しかし、ここでエレナはそこに待ったをかけることにする。
「楽観的な考えねぇ。でも、答えが出ない以上、ひとまずそれで納得するしかないわね」
「さ、ジャンヌ。今日も魔法の勉強するわよ」
「はい!」
 魔女狩り達も海の上までは追ってこない。そもそも彼らの一番の脅威がオーグギアによる監視である以上、それらがほとんどないうちの上はとても気楽な空間であった。もしエレナにこの世界を変えていきたいという意志がなければ、このままひたすらタンカーに揺られる生活というのも無しではなかったかもしれない。
 しかし誰かに会わなければ改革を成すことはできない。逆に改めてエレナ達は密かに実感していた。改革を志すということは、自ら人前に出るという事、世界という大きすぎる敵のオーグギアという広すぎる監視範囲に自ら飛び込むという事なのだ、と。
 ともかく、こうして彼女達は幾ばくかの休みの機会を得た。これが今生最後の安らぎの時間となるのか、それともやがて来たる長い安息の時のための僅かな休憩時間となるのか、それはまだ、誰にも分からないこと。

 

「そう言えば、エレナさん、私ふと閃いたんですけど……」
「あら、ジャンヌ、どうしたの?」
 ある夜、妙なガラクタの筒を眺めているエレナにジャンヌが話しかける。
「あ、えと、お邪魔でしたか?」
「いいのよ、失敗したところだから」
「何をしてたんですか?」
 ジャンヌの問いにエレナが持っていた筒を見せる。
「この筒が艦内に落ちててね。多分パイプか何かだと思うんだけど、これで望遠鏡を作れないかと思って。けど、レンズがないのよね」
「望遠鏡……あ、魔法に使う?」
「えぇ。私の魔法には星のエネルギーがいる。そしてそれを魔法として使える形にするには、望遠鏡が不可欠なの。……まぁ私のイメージ力次第ではあるんだろうけど……」
「抽象的なワードな分、望遠鏡っていう道具を使って具体性を保とうとしている、みたいな感じですか?」
「いい例えね。「星」ってだけだと出来ることが多すぎて、逆に何も出来ない。でも、望遠鏡を通して特定の天体を見ながらイメージすれば、そこにフォーカスした魔法を使うことができる」
「抽象的な属性の魔女はなんらかの手段でそのイメージを具体的に固定しなければならない。エレナさんは天体観測。ということはアリスさんは歌?」
「正解。夢は星以上に掴み所がないからね、今のやり方に行き着くまでにだいぶ苦労したみたいよ」
 ジャンヌはその苦労を想像する。自分は能力が勝手に発動してしまいとても困った。魔女狩りに追われ、世界一不幸だとさえ思った。けれど、逆に持っているはずなのに全く使えない、というのはどのような心境だろうか。
「それで、そっちの用事って?」
「え?」
「えっ? って、ジャンヌが何か用事あるって言ったんでしょ?」
「あっ、そうでした。私、これまで壁を作るのと自分の作った壁を操作するのをやってきましたけど……」
「えぇ、かなりいい感じになってきたわよね。後は作れる壁の大きさとか高さとか……」
「あの、それもそうなんですけど、それって、私の作った壁にしか出来ないんでしょうか……?」
 ジャンヌの提案にエレナは一瞬キョトンとして。
「いい発想ね、ジャンヌ! もちろん答えは私には分からないわ。けど、あなたは壁のプロフェッショナル! きっと出来るわ! 明日から早速試してみましょう!」
 力強く起き上がり、ジャンヌの手を握って喜ぶ。
「出来ることが限られている魔法において、発想っていうのはとても大事なの。抽象的な属性なら形にするために、具体的な属性なら出来ることを広げるために。いずれにしても今のやり方以上に何が出来るかを考えるのは、魔女にとって大事なことなのよ」
 それを放棄してしまう魔女ももちろんいるけどね、と笑うエレナ。
「さて、じゃあ明日に備えて寝ましょうか。私は自分の部屋に戻るわ、ジャンヌもそうしなさい」
「はい」

 

 ◆ ◆ ◆

 

「はっくしょん!!」
「あら、風邪? なんとかは風邪引かないって聞くけど嘘なのね」
「なんとかって?」
「なんだったかしら」
 ソーリアが豪快にくしゃみを放ち、プラトが笑う。ソーリアの姿をしているプラトはまるで双子のようだが、その笑い方を見れば彼女がソーリアでないことはすぐに分かる。
「で、今後どうするのさ」
「そうねぇ、あの3人は中東の方に逃れるみたいだし。私達もヨーロッパの方にでも逃れましょうか。あの子達、改革をしたいらしいから、きっとヨーロッパの方に来ると思うし」
「よーし、じゃあ、よーろっぱに、しゅっぱーつ!」

 

 ◆ ◆ ◆

 

 翌日の朝。周りは霧で真っ白だった。
「今どの辺?」
「スマートフォンの位置情報を切ってますから……」
 アリスが問いかけ、ジャンヌが答える。
「毎朝聞いてるけど、それどう言う答えを期待してるの?」
「いや、エレナ辺りがふと見えた湾岸とかから、割り出せたりしないかと思って」
「こんな霧の中じゃどう考えても無理でしょ。それに流石に中東周りの地形とかは詳しくないわ」
「もうすぐアデン湾に入るところさ」
 白い人影が、そこにいた。平坦なシルエットだが、服装から女性とわかる。スカートを履いた少年という可能性はあるが。
「誰!?」
「ボクはトリアノン。魔女さ、いやー、この航路のタンカーに人が乗ってるのを見るなんて初めてだ。いい加減護衛をつけたってわけかな? まぁいいさ、バーソロミュー、こっちだ」
 灰色の遠い霧の中から、一隻の大型帆船ガレオン船が姿を現した。そしてその何より、そのガレオン船にはためく海賊旗ジョリー・ロジャーが示すのは……。
「海賊!?」
「いや、2032年にもなってあんなクラシックな海賊いないでしょ。海賊なんて実際には……」
「そ、そんなことより、この無人船、海賊にどう対抗するんでしょう?」
 ジャンヌの発言が終わると同時、まるで空気を読んだかのように、タンカーの側面から小型の無人機ドローンが大量に分離する。
「あんなの、ついてたん、ですね」
「みたいね」
「多分あれのカメラ映像は解析に回るわ。私達は船内へ」
「はい」
 ドローンは4本のプロペラで飛行する所謂クアッドコプターと呼ばれる種類のもので、正面にカメラと、左右に小型の機関砲が搭載されている。それが群れとなって海賊旗はためくガレオン船に向かっていく。
 ガレオン船は尚も前進を続ける。そして、ドローンがガレオン船を囲った直後。
「今だ、エルドリッジ! もう一仕事頼んだ!」
「……ん」
 舵を握る男が叫び、側に控えていた白い服、白い髪、白い肌の、白い少女が頷く。
 白い少女が腕を広げると同時、ドローンは何かを食らったかのように仰け反り、そして火花を散らしながら落ちていく。
「今の、電磁パルスEMP!?」
 船内の窓からその様子を見つめ、驚愕するエレナ。
「よし、邪魔は消えた! 左舷、発射用意!」
 ガレオン船が進路を変える。こちらに腹を見せる形。一見すると諦めたかのように見えるが、当時の船舶の構造を知っていればそうでないことが分かる。当時の船舶は側面に複数列のカノン砲やカルバリン砲を積んでおり、その火力を最大限に発揮するには、攻撃したい対象を自身の側面にとらえる必要があった。つまり、ガレオン船が進路を変えたのはむしろ。
「ジャンヌ! この壁全体を補強して!」
「えっ、あっ、はい!」
 ジャンヌが腕を前に突き出し、ふんっ、と気合いを入れると、壁が出現する。
「片舷斉射!」
 しかし、ジャンヌの頑張り虚しく、放たれた砲撃がその壁を貫く。その結果待つのは、側面通路にいた3人の海への落下であった。
「いや、私のヘッドホン!!」
 アリスが自身のカバンに手を伸ばすが、カバンは海面に落ちて、そして水中に沈んでいく。

 

「よーし、敵の動きは止まった。グランプリングフックを用意しろ、乗り込むぞ! 目標は情報結晶だ。見逃すな!」
「あー、バーソロミュー、それなんだけどね、この船、復路だよ」
「なに?」
「いや、だからね。この船、復路だから、情報結晶は……」
「ちっ、そうか。まぁ、それでも役にたつもんはあるだろう。どれ、オレも行くかな」
「それにしてもさっき見かけた護衛は全く障害にならなかったな。なんだったんだろ」

 

 その様子を紫のラインで描かれた縦横二つの目のような模様を持った黒い球体が見ていることには、誰も気付かなかった。

 

to be continue...

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