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退魔師アンジェ 第2部 第3章

『〝二度と友を失わぬために〟千桜フブキ』

第1部のあらすじ(クリックタップで展開)

 父を霊害れいがいとの戦いで失った少女・如月きさらぎアンジェはいつか父の仇を討つため、父の形見である太刀「如月一ツ太刀きさらぎひとつのたち」を手に、討魔師とうましとなるためひたすら鍛錬を重ねてきた。
 そして最後の試練の日。アンジェは瘴気から実体化した怪異「黄泉還よみがえり」と戦い、これを討滅。討魔組のトップである月夜つきや家当主から正式に討魔師として認められた。
 翌日、月夜家を訪ねてきた生徒会長、中島なかじまアオイは、自身が宮内庁霊害対策課の一員であると明かし、「学校が狙われている。防衛に協力しろ」と要請してきたのだった。
 アオイから明かされた事実、それはアンジェ達の学校が「龍脈結集地りゅうみゃくけっしゅうち」と呼ばれる多くの霊害に狙われる場所であると言うことだった。
 早速学校を襲撃してきた下級悪魔「剛腕蜘蛛悪魔ごうわんくもあくま」と交戦するアンジェだったが、体術を主体とする剛腕蜘蛛悪魔の戦法に対処出来ず苦戦、アオイに助けられる結果に終わった。
 アオイから恐怖心の克服を課題として言い渡されるアンジェ。玉虫色の粘液生物と戦ったアンジェはヒナタの何気ない助言を受けて、恐怖心の一部を克服、再びアンジェを助けた白い光を使って、見事学校を覆う謎の儀式を止めることに成功したのだった。
 しかし儀式を試みた魔術師は諦めていなかった。それから一週間後、再び学校が今度は完成した儀式場に覆われていた。アオイは母・ミコトの助けを借り、儀式場の中心に到達するが、そこに待ち受けていた邪本使いマギウス安曇あずみの能力の前に為すすべなく、その儀式は完遂されようとしていた。
 そこに現れたのは「英国の魔女」と呼ばれる仮面の女性。彼女は事前にルーンと呼ばれる文字を床一面に刻むことで儀式の完遂を妨げたのだ。そして、英国の魔女は「この龍脈の地は私が治める」と宣言した。逃げる安曇。追う英国の魔女。蚊帳の外の二人。アオイは安曇は勿論、英国の魔女にも対抗することをしっかりと心に誓った。
 ある晩、アキラから行きつけの古本屋を紹介してもらった帰り、アンジェとアキラは瘴気に襲われる。やむなくアキラの前で刀を抜くアンジェ。しかし、一瞬の不意を撃たれ銃撃されてしまう。謎の白い光と英国の魔女に助けられたアンジェはアキラの部屋に運び込まれ、週末に休みの期間をもらう。
 休みの時間をヒナタと街に出て遊ぶのに費やすアンジェ。そこで剛腕蜘蛛悪魔を使役する上級悪魔らしきフードの男と謎の魔術師と遭遇する。追撃することも出来たが、アンジェは怪我人の保護を優先した。
 アンジェは父が亡くなった日の夢を見る。時折見るその夢、しかしその日見えた光景は違った。見覚えのない黒い悪魔の姿があったのだ。そしてその日の昼、その悪魔とその使役主である上級悪魔、悪路王あくじおうを名乗る存在、タッコク・キング・ジュニアが姿を現す。アンジェはこいつらこそが父の仇なのだと激昂するが、悪路王は剛腕蜘蛛悪魔を掃討すると即座に離脱していってしまう。
 そして同時にアンジェはアオイから知らされる。父が死んだその日は「大怪異」と呼ばれる霊害の大量発生の日だったのだ、と言うことを。
 イブリースが大攻勢をかけてきた。悪路王と英国の魔女は陽動に引っかかり、学校にいない。アオイとアンジェだけでは学校への侵攻を防ぎきれない。最大級のピンチの中、アンジェは自身の血の力と思われる白い光を暴走させる。それは確かにイブリースごと全ての悪魔を消滅させたが、同時に英国の魔女が封じていた安曇のトラップを起動させてしまい、学校を大きく損傷、死者まで出してしまう。
 アンジェはその責任を取るため、討魔師の資格を剥奪されることになるところだったが、突如乱入してきた悪路王がアンジェの血の力と思われる白い光を強奪。最大の懸念点だった力の暴走の危険は無くなったとして、引き続き討魔師を続けて良いことになった。
 アンジェの力の暴走、通称「ホワイトインパクト」の後、長門区ながとくは瘴気の大量発生に見舞われていた。アオイは一時的に英国の魔女と同盟を結ぶことを決意。アンジェと英国の魔女はタッグを組み、御手洗町みたらいちょうを守ることとなった。
 ホワイトインパクトに対処する中、英国の魔女は事態収束後も同盟を続けようと取引を持ちかける。アンジェは取引は断りつつも、英国の魔女の座学から様々な知識を学ぶのだった。
 英国の魔女に連れられ、ロアの実例と対峙するアンジェ。しかしそこに、ロア退治の任を受けた討魔師・柳生やぎゅうアキトシが現れ、アンジェを霊害と誤認。交戦状態に入る。それを助けたのはまたしても悪路王であった。
 父の仇である悪路王は如月家の血の力を盗んだ。そして如月家について、明らかに何か知っている。アンジェはそれを問いただすため、そして可能ならば討ち倒すため、アンジェは悪路王のいるとされる達達窟たっこくのいわやに向かう。そこでアンジェを待ち構えていたのは浪岡なみおかウキョウなる刀使いだった。アンジェはウキョウとの戦いに敗れ、その右腕を奪われる。
 アンジェの右腕は英国の魔女の尽力により復活した。悪路王はアンジェの血の力について、ウキョウを倒せるレベルにならなければ返却できないと語り、あのアオイでさえそれに同意した。そしてアオイはアンジェについてしまった及び腰を治療するため、ある人物とアンジェを引き合わせることを決める。
 アンジェは竈門町かまどちょう片浦かたうら家の討魔師・カリンを鍛えるためにやってきた宝蔵院ほうぞういん家の討魔師・アカリと模擬戦形式の鍛錬を行うことになった。アカリに一太刀浴びせれば勝ちだが、アカリは短期未来予知の血の力を持ち、彼女に触れられるものは殆どいない。
 討魔仕事の帰り、アンジェを迎えに大きなバイクに乗ったフブキが現れる。フブキは言う。「崎門神社さきかどじんじゃの蔵に盗人が入った。蔵には神秘的な守りがある。それを破ったということは、神秘使いだ」。そういって差し出された写真に写っていたのは、最近知り合った女性、ベルナデット・フラメルの姿だった。
 ベルナデットは魔術師だった。
 フブキと共にベルナデットと交戦するアンジェ。
 だが、フブキが作ったベルナデットの隙をアンジェは殺害を躊躇したため逃してしまう。
 ベルナデットが盗んだのは『象棋百番奇巧図式しょうぎひゃくばんきこうずしき』。江戸時代に作られた詰将棋の最高峰と言われる本だった。
 アンジェが回収したカードから、ベルナデットは錬金術師と判明するが、目的は見えない。
 そして、自身の覚悟不足によりベルナデットを逃したことを後悔し、こんなことでは復讐も成せないと感じたアンジェはアオイと真剣での鍛錬を行う事を決める。
 アオイとの親権での鍛錬の中、アオイの持つ刀、弥水やすいの神秘プライオリティに苦戦するアンジェは、その最中、頭の中で響く声を聞く。
 それはそれとして、1/25はアンジェの誕生日。アキラとヒナタ、そして当主から祝われる中、当主は宮内庁に「現在日本にいる英国の魔女を本物の英国の魔女だと承認する」事をアンジェに伝える。
 誕生日は同時に父の命日でもある。墓参りを終えた英国の魔女は頭の中に響く声について意見を求める。
 英国の魔女は「神秘使いの中には得意分野ごとに人格を作り、それを使い分ける者がいる」と伝え、アンジェもそれではないかと考察する。
 そんな中、「賢者の石」作成を目的にしていると思われるベルナデットの今後の行動指針を探るため、英国の魔女の知り合いである錬金術師に会うことが決まる。
 足尾銅山跡に工房を構え、盗掘しながら生活している錬金術師「ウンベグレンツ・ツヴァイツジュラ」、通常「アンリ」は言う。
 「将棋とは錬金術の一種であり、詰将棋とはそのレシピである。その最高峰たる『象棋百番奇巧図式』には、錬金術の最奥の一つ、賢者の石に類する何かのレシピが含まれている可能性が高い」
 そして、将棋とは盤上で行うもの。「龍脈結集地で行われる儀式魔術の可能性が高い」と。
 かくして、二人は慌てて学校に戻るのだった。
 準備万端で迎えたベルナデットとの戦い。
 しかし、ベルナデットは賢者の石の失敗作、愚者の石を用いて、こちらのルーンによる陣地を完全に無効化した。
 苦戦するアンジェとアオイ。アンジェは自分の内にいる何者かを解き放つことを決める。
 内にいるもう一人のアンジェにより、ベルナデットは敗北するが諦め悪く逃走を試み、アンジェはやむなくベルナデットを殺害してしまう。
 それをトリガーに永瀬ながせクロウが怒り出す。
 彼はアンジェの起こしたホワイトインパクトにより、恋人を失っていた。しかし、記憶操作を受けていたはずだが。
 クロウとの問答の末、アンジェはついに英国の魔女がヒナタだと知ってしまう。
 初の直接的な人殺しに、クロウからの非難。英国の魔女の正体。ただでさえいっぱいいっぱいなアンジェだが、ハヤノジョウは、月夜家が何かしらの企てを行なっている可能性を示唆する。
 ヒナタという信用出来る戦友を得つつ、謎だらけのままにアンジェ最初の一年は終わった。

第2部これまでのあらすじ(クリックタップで展開)

 アンジェのもう一人の人格、仮に『エス』と名付けられた彼女は、2015年度に入って、訓練メニューに組み込まれるようになった。
 それから七月の頭、平和だった学校に二度下級悪魔が現れる。現れた下級悪魔は剛腕蜘蛛悪魔に見えたが、剛腕蜘蛛悪魔を従えるイブリースは撃退され、まだ復活には遠いはずだ。
 事実攻撃手段も違ったことから、アオイ達はこれをよく似た別の悪魔と判断。従来のモノを剛腕蜘蛛悪魔甲、今回新たに現れたものを剛腕蜘蛛悪魔乙と呼び分けることとした。
 再び学校が狙われ始めたという事実に決意を高めるアンジェだったが、次なる脅威は学校の外で起きようとしていた。
 アンジェの担当地域である御手洗みたらい町からみて隣町に当たる井処いどころ町に刀泥棒が現れたというのだ。
 アンジェはアオイの要請を受け、出発する。
 虹野にじの カラを名乗る刀泥棒と接敵するアンジェ。
 しかし、盗んだ刀、水神切すいじんぎり兼光かねみつを巧みに操るカラにアンジェは苦戦。
 アオイ、ヒナタ、カリンが次々に合流し、戦闘に加わるが、逃げられてしまう。

 

 井処町の総合病院。
 緊急で手術室に運ばれたアオイさんを私、カリン、そしてマモルさんは待っていた。
 ちなみに英国の魔女ことヒナタはこっそりと私のそばで隠れている。
 マモルさんに状況報告をすべきか、とも思ったが、マモルさん本人から「状況はアオイが個室に入ってからゆっくり話せる状態になってから全員で共有しよう」という結論の元、ただ無言で待つ時間となった。

 

 それから体感で数時間が過ぎた後のこと。
「治療は完了しました。後は符術で治療すれば傷も残らないでしょう。ですが、骨の回復にはまだ時間がかかりそうです。しばらくは安静にしてもらうようにお願いします」
 手術が終わり、医者の一人がマモルさんにアオイさんの状況を説明している。
 符術の話題が出たあたり、この医者も神秘の関係者というわけか。そういえば、「うちの息のかかった病院」とアオイさんも言っていたな。
「680年分の神秘プライオリティを持つ刀ですからね、心臓を狙われて骨を断たれた程度で済んだことを幸運に思うべきでしょう」
 咄嗟に回避出来たのは日々の教えの賜物かな、とも添えつつ、マモルさんは医者の言葉に頷いている。
「全身麻酔を使いましたので、まだしばらく目覚めるまで時間がかかると思います。面会時間の問題はこちらで処理出来ますが……待ちますか?」
「えぇ。神秘兵装の盗難という事態にあって、対霊害捜査班が動かないわけにはいきません。既に私以外は調査に動いていますが、私の担当はアオイ達から話を聞くことです。待ちますよ」
 マモルさんが頷き、私達の方針は決まった。
 出たため息は私のものか、ヒナタのものか、カリンのものか。
 けれど、確かに、刀が盗まれたという事態を軽く見ることは出来ない。
 神秘の法則の一つ「古いものは新しいものより優先される」という法則により、圧倒的な切れ味を誇る古い日本刀は、容易に人間の肉と骨を断てる凶器となりうるし、最悪の場合、そこら辺の何かを切り裂くことも出来てしまう。コンクリート製の建物だろうが、最近のものならあっさりと断ち切られてしまうだろう。
 あの女性は「大泥棒」を自称していた。それこそ本来なら出来ないような硬い壁を日本刀で破壊するような真似も可能かもしれない。
 つくづく、逃してしまったのが悔やまれる。
「中島さん、娘さんが意識を取り戻されましたよ」
 10分もしないうちに、看護師の方がやってきて、マモルさんにそんな伝言を伝える。
「早いな。さすが我が娘だ」
 そう言って、マモルさんが立ち上がる。麻酔って気合いとか訓練で早く目覚められるものなんだろうか? それとも、神秘の世界だとそういうのもありなのだろうか?
「そんなことはないと思うけどなー」
「みんな、行こう。作戦会議の時間だ」
 私の思考にヒナタが言葉で否定する。
 同時にマモルさんが私達を促し、私達はマモルさんに続いてアオイさんの病室に入った。
「お父様、この度はご迷惑をおかけしました」
「いいんだ、生きていてくれれば。命あっての物種だからね。……君たちもそうだよ。アオイでさえ負傷するような相手に、よく保ってくれた」
 アオイさんのしおらしい言葉にマモルさんが首を横に振り、その後こちら振り返ってそんな言葉を言った。
 命あっての物種、その通りだ。死んでしまっては、復讐も果たせないのだから。
 ――それにはまず復讐の相手を見つけないとね。
 と、突然の『エス』の言葉。意味が分からない。復讐の相手なら、もう悪王だと分かっているのに……。
 私自身、それを断言できなくなりつつあるのも事実なのだが。
「それで、話を聞かせてもらえるかな、相手はどんな奴だった?」
 全員でアオイさんを中心に座り、そして、全員を見渡しマモルさんが言った。
「メイド服を着たふざけた長髪の女性でした。髪はやや赤みがかかったグレー。グレネードやアサルトライフルといった現代火器を操っていました。あんな見た目ですが熟練の傭兵と思われます」
 アオイさんが簡潔に説明する。
「加えて、何らかの予知か何かも持っていると思うわ。私の光学欺瞞を初見で見抜いて本物だけを的確に狙ってきたから」
 カリンが補足する。なるほど、確かにあれはアカリさんと同じ、予知の類と考えればすんなりいくな。
「それに素の剣術の腕もかなりのものでした。初めて刀を手にした人間の動きではなかったです」
 一番長く相対した人間として、私も見解を示す。
「私もそう思います。私の胸を突いた見事な技は体に染みついた剣術でした。弛まぬ研鑽の末に得たものでしょう」
 アオイさんが私の意見に首肯する。
「あと、突然武器を出現させたように見えました。おそらく魔術も使うものと思います」
「いやー、それはどうかな、私は魔力は感じなかったけど」
 アオイさんがさらに意見を続けると、ヒナタはそれを否定した。
「あー、魔力は感じなかったので、魔術ではないかもしれませんね……」
 私は一瞬悩んでから、聞こえたヒナタの声をアオイさん達に伝える。
「何を突然、あなたは魔力感知など……いえ、そういうことですか。で、あれば。お父様、アンジェの見解には一聴の余地があります。魔術ではない何らかの力を持っている可能性もあります」
 アオイさんは一瞬自分を見てから、鋭い表情で頷き、マモルさんの方を向いて言葉を続けた。どうやら、英国の魔女の見解だと理解したらしい。
「あの……言っておいてなんですが、あれが魔術ではない可能性ってあるんでしょうか?」
 瞬間的に武器を切り替えるあの技術、テクニックとは思えない。
 特にアサルトライフルを取り出すのは、どこかに隠すのでは説明がつかない。
「少なくとも全く神秘が絡んでいないとは思えませんね。他は手品で説明がついてのあのアサルトライフルを瞬間的に装備したのだけは、どれだけ早着替えの天才でも不可能でしょう」
 アオイさんも同じ見解だったようだ。
「だが、アオイ、そうすると、あの子は、魔法使いということに……?」
「魔法使い?」
 マモルさんの言葉に、私は思わず反復する。
「考えにくいですことが……、魔法とは魔力を使わず、また神秘的な痕跡を一切残さずに神秘的な現象を発生させる能力です。人間が用いるには一種の天賦が必要で、魔法を使えるのは世界に一人いるかいないかくらい、と言われています」
「大枠ではあってるねー。厳密には魔法の定義は神秘基盤を使わずに神秘レイヤーを操作出来る技術の事だよ」
 アオイさんが説明し、ヒナタが補足を入れてくれる。
「なるほど。ちなみに今の魔法使いは誰かとか分かっているんですか?」
 世界に一人いるかいないか、というのはあくまで比喩だろうが、一応聞いておく。
「それが、不明なんだ。だから、君達が相対した刀泥棒が魔法使いである可能性は、否定出来ない」
 考えにくい事ではあるが、決して楽観視は出来ないから、可能性として排除することはしないでおこう。とマモルさんが言う。
「なら、私の言った予知能力も魔法の産物である可能性があるわね」
 とカリンが頷く。確かに、その可能性はある。
「とはいえ断言は出来ません。我々が知らない何かしらの血の力、という可能性もありますしね。とはいえ、早着替えと予知では性質が違いすぎるので血の力という可能性は低そうですが」
 と、アオイさん。そうか、刀の研鑽を積んでいたなら、元々討魔師であった可能性はある。
「しかし、討魔師なら刀を盗む必要はないのでは?」
「一概にそうとは言えません。例えば去年のあなたのように刀を取り上げる判断をされて、刀を取り上げられた一家の犯行という可能性はあります」
 私の意見に、アオイさんが首を横に振る。
「ちなみに、それは一応調べてもらったけど、直近で刀を取り上げられた討魔師はいないみたいだよ。もしその線だとしたら、相手は何代か前に刀を取り上げられて討魔組を抜けた家ってことになるね」
 そして、マモルさんがそう捕捉する。もう調べていたのか。警察は優秀だ。
「しかし、そうすると、今回の刀泥棒は、剣術を弛まぬ研鑽を積んできて、現代火器の扱いにも長け、予知と早着替えと言った魔法らしき力まで使う、と」
 とマモルさんがまとめる。
「それほどの傭兵がいたら、流石にこちらの情報に入ってくると思うんだけどなぁ」
 マモルさんが顎に手を当てて思案する。
「確かに。神秘を使う傭兵の情報となればどこかの霊害対策組織がキャッチしていてもおかしくありません。まして魔法使いとあれば、絶対に話題になるはずですが、それらしき情報は上がっていません」
 アオイさんもマモルさんの言葉に頷く。
「明らかに実戦を経験していなければ、それも相当の場数を積んでいなければ説明がつかない戦闘術の数々。にも関わらず、それらしき情報はこれまで確認されていない。まるでつい昨日今日に突然現れたかのようだ」
 マモルさんが改めて情報をまとめる。
「あの、そういえば、一つ思ったことがあって」
 沈黙が場を満たしたので、もう一つ気になっていたことを話すため、私は一瞬悩んだ末に口を開く。
「なんですか?」
「あの女性、プティ……、メイド喫茶『ハッピー・マフィンズ』に務めるメイド、レインボー・エンプティに似ていませんか?」
「レインボー・エンプティ、あの元気の良いメイドですね。……言われてみれば、特徴は一致しています。ただ細かいところが違ったような」
「はい。プティさんと違って瞳の色が違いますし、プティさんより体が引き締まって見えました。けど、おそらく瞳の色はカラーコンタクトですし、体も引き締まっている体をふっくらしているように見せかけるのはある程度可能ではないかと。それに、あるいは本人ではないにしても……」
「親族、例えば姉妹などである可能性もある、か。なるほど、アンジェの言う通りです」
 私の説明にアオイさんが首肯する。
「なら、それは僕らの仕事だね。重要な話し合いの場でもある『ハッピー・マフィンズ』のメイド達の身元はある程度、念の為に調べてあるから、僕の方で家を訪ねて、話を聞いてみるとしよう」
 こう言う時、警察組織は頼りになる。
「他に何か気付いたことはないかな?」
 マモルさんが全員を見渡す。少なくとも私は気付いたことは全て言ったし、ヒナタが何も言ってこない辺り、ヒナタも特にないのだろう。
「じゃあ僕は行くよ。捜査に加わらないと。レインボー・エンプティの捜査については念の為、討魔師にも同行して欲しい。捜査に行くときに連絡するから、同行してくれるかな。二名欲しい」
 マモルさんが立ち上がりながらそう言う。
「では、フブキとアンジェですね。アンジェ、大丈夫ですね?」
「はい、でもフブキさんは……」
 まだ連絡が取れないんじゃ、と続けようとする。
「えぇ。……もしフブキと連絡がつかなければ、カリン、頼めますか」
「えぇ、私は大丈夫よ」
「じゃあ、車を回してくる。車の準備が出来て、捜査に行く許可が降りたら、アオイにメール入れるから、降りてきて」
 そう言って、マモルさんが部屋を出る。
 のと、入れ違いで、フブキさんが部屋に駆け込んできた。
「アオイさん! 怪我したって、大丈夫っすか!」
「大丈夫っすか、ではありません。どこに行っていたのですか!」
 病院とは思えない声の大きさのフブキさんに、それに匹敵する声でアオイさんが言葉を返す。
「え、と……、移動中、その、もう一人霊……神秘使いを見つけて、そいつを追跡してました」
「ほう、もう一人? 共犯者でしょうか?」
「違っ……あ、いえ、それは分かりません」
 フブキさんの発言から奇妙なものを感じる。霊害と言い切らず神秘使いと濁したり、なぜか共犯者でないことを断言しようとしたり、アオイさんもそこを不思議に思ったのか、訝しげに眼を細める。
「でも、なんでそんなことを? それは捕まえた奴を吐かせればわかるんじゃ?」
 アオイさんの沈黙で居心地が悪くなったか、フブキさんが問いかける。
「残念ですが、刀泥棒には逃げられました。あるいは、あなたがいれば、一手足りたかもしれませんね」
「マジかよ。討魔師が三人揃って逃げられるとか。アイツになんて言えば……」
 アオイさんが鋭い批判を投げるが、フブキさんはそれを聞いても、ぶつぶつと何かを呟きながら頭を掻く。
「アイツとは誰ですか、フブキ。それがあなたが追っていた霊害ですか?」
「まだ、霊害と決まったわけじゃ……!」
 アオイさんが焦れて質問を重ねると、フブキさんは慌てて否定する。
「失礼しました。ではあなたの意向に沿って、神秘使い、と呼びますが。口ぶりからしてその神秘使いと言葉を交わしたのですか? 何者です?」
「え、と……、それは……、分かりません」
 フブキさんが逡巡した末、首を横に振る。
「では、身元も分からないままのその神秘使いをどうしたのです? 言葉を交わし、その後解放したのですか? そんなわけはないですよね、では逃げたのですか?」
「そ、それは……」
 解放した、と言えば、フブキさんの立場は悪くなる。逃げた、と言えば、逃げる理由があったのだから霊害である可能性が高くなる。
 理由は分からないが、フブキさんは自分の見つけた神秘使いを霊害と思われたくないようだ。アオイさんの突きつけた二択はまさにフブキさんを悩ませる究極の二択である。
「はい。解放しました。そいつとは取引が出来ると思ったので」
 たっぷり一分悩んだフブキさんは、最終的に自分の立場を悪くしてでも神秘使いを擁する方を選んだ。
「取引?」
「すんません、これ以上は話せません。でも、アイツについては必ず私が何とかします! ですから、もう少しアタシに任せておいてくれませんか? それを信じてもらえるくらいには、アタシは井処町を守ってきたはずだ」
「……いいでしょう。この井処町の担当討魔師はあなたです。そのあなたが事態を認識し、自分の独力で対処することが望ましいと判断したのであれば、宮内庁としてはそれ以上言うことはありません。ですが、分かっていますね? 未登録の神秘使いは許されません。必ず届出を出させるか、それを拒絶するならば」
「……はい、アタシが責任を持って討滅します」
 アオイさんの言葉に、フブキさんは重々しく頷いた。
「結構。では、フブキ、その神秘使いへの対処の前に、一つ仕事があります。井処町内で逃走した刀泥棒の候補が一人います。対霊害捜査班のマモルが話を聞きに行くので、これに付き添いなさい。今ちょうど、父上から車を用意したと連絡が入りました」
「分かりました」
 フブキさんは今度は慣れた様子で頷く。
「行くぞ。えっと、どっちが付いてくるんだ?」
「あ、私が行きます」
「よし、行くぞアンジェ」
 フブキさんは返事も聞かずに走り出した。
 私も慌てて追いかける。

 

 車の中、マモルさんが運転をしていて、私とフブキさんが後部座席に座っていた。
「長門区で頻発する行方不明事件の続報です。御手洗町で新たに二人の女子高生が行方不明になっていたことが明らかになりました。警察は現在調査中との発表をしているのみで、他の行方不明事件との関連性も含めて不明なままです」
 静かな車の中、カーステレオのニュースだけが流れていた。御手洗町でそんな事件が起きていたとは、物騒だな。
「フブキさん」
 私は悩んだ末、思い切って声をかけた。
「フブキでいいよ」
「そんな、そっちの方が年齢的にも討魔師歴的にも先輩ですし」
「いいって、で、なんだ?」
「その神秘使いは、本当に霊害じゃないんですか?」
 アオイさんには話せなかったが、もしかしたら、私はこっそりとそう訪ねた。
「何が言いたい?」
「私、お父様を殺した仇を探しているんです。フブキさ……フブキの見つけた神秘使いは、本当に人を殺していないですか?」
「お前……それで討魔師に? ……けど、そう言う事情なら多分違うと思う。あんたの父親が死んだのっていつだ?」
「えっと、11年前です」
「なら関係ないはずだ。その頃のアイツはまだ神秘使いじゃなかったはずだ」
 その言葉の真偽は分からない。が、それを信じるしかないか。
「そうですか。ありがとうございました」
「いや、いいよ。しかしそう言う理由だったのか。ちょっとだけアタシと似てるかもな」
 そう言って、フブキさんは突然昔話を始めた。
「アタシ、昔は暴走族に入ってたんだ」
 暴走族っぽいとは前から思っていたが、本当にそうだったのか。
「アタシが16歳の頃だから、高校一年生の頃だな」
 ってことは、本当に免許とってすぐに暴走族やってたの? と思ったが、そこで口を挟むと話がややこしくなりそうなのでやめた。
「で、あの日、アタシはいつもみたいに井処町のハズレにある廃れた神社でグダまいてたんだ。仲のいい奴らがいてさ。キョーコとエリカっていう二人だ。どっちもいい奴だった」
 話が脱線し、しばらく二人についてのエピソードが続いた。思ったのは、暴走族というよりははぐれものの集まり、と言ったイメージだな、ということ。走ることももちろん楽しんでいたようだが、それより特定の場所で駄弁っている話が多かった。
「で、エリカの奴が無理矢理に次期社長にと考えている奴との婚約を決められそうになっているって相談を受けてたんだよ」
 エリカは大企業社長の娘でがんじがらめの人生を送っており、その反動で暴走族に入ったらしい。フィクションでしか想像したことないが、いわゆる政略結婚というやつか。なるほど、そういうこともあるだろう。
「そしたら、突然、アタシらの溜まり場に人影が近づいてきて、そして、それにガン付けに行ったフキエ……あぁ、下っ端の一人なんだが、そいつがアタシの足元まで吹き飛ばされてきた。強烈な腹パンを喰らって吹き飛ばされたみてーで、口から血を吐いてた。で、顔を上げたら……」
 少しフブキの手が震えているのが見える。
「今でも震えるよ。貼り付けたようなニコニコ笑顔で身長2mはある天女のような女性が立っていたんだ」
 それは……想像するだけで不気味だ。
「アタシはフキエの仇とそいつをぶん殴ったんだが、まるでコンクリートを殴ったみたいに固くてな。何発殴っても効く気配がなかった」
 フブキさんのパンチ、今のような血の力はなかったにしても強烈な一撃のはずだ。それをものともしないとは。何かしらの霊害、ということだろうか?
「そしてそいつの腕から強烈なパンチが食らって、派手に吹き飛んじまった。なんとか致命傷は避けたけどな。そこでアタシは親から聞かされてた話を思い出した。こいつが霊害ってやつか、と」
 フブキさんは真柄の直系の子供ではないはずだが、霊害について聞かされていたのか。
「アタシが吹き飛ばされている間に、エリカや下っ端達が次々とやられてた。エリカも顔面を殴られてでっかい傷ができて、それを手で抑えて叫んでた。そしたら、声が聞こえたんだ。その怒りを腕と足と、そして筋肉に伝えろ、って。今にして思えば先祖か何かの言葉だったのかもな」
「腕と足と筋肉、それはもしかして……」
「あぁ、そしたら、アタシは今みたいに血の力を使えるようになった。石畳を思いっきり蹴って、すごい距離を飛んで、全力でぶん殴ったら、確かに手応えが違った。貼り付けたような笑顔は崩れなかったけどな。ともかく、アタシはやれると思って、更に殴った」
 やはり、フブキはそうして血の力に目覚めたのか。
「そしたら、あいつは後方に飛び下がって、自分の腕を引きちぎってキョーコに向かって投擲した。まだ立ってたのはアタシとキョーコだけだったから、先にキョーコを消したかったのかもな」
 つまり相手は目撃者を消したかった? 何が目的なんだろう。
「アタシはそこに割り込もうとしたが、突然足元の雑草が急成長してアタシの動きを止めやがった」
 魔術か。つまり天女は魔術師?
「あるいは、魔術師に召喚された何らかの存在を憑依させた偶像という可能性もありますね。例えば天使辺りを召喚してコンクリートの像に憑依させたなら、殴ったらコンクリートのような感触がすることでしょう」
 後ろからヒナタのコメントが飛ぶ。なるほど、明らかに人間離れしているし、そちらの可能性のほうが高そうだ。
「そして、キョーコは死んだ。頭が跡形もなくてな、生きてるわけがなかった。アタシは怒りのままにあいつを殴ったが……、あいつはしばらくしたら大きく跳躍して逃げていったよ。その後すぐに討魔師の人たちが魔力を感知してやってきたから、それを感知したんだろうな。もうみんなひどい出血で、ほとんどみんな死んだ。エリカは生きてたけど、顔にひどい怪我が出来てな、縁談もご破産になった。まぁ縁談が破産したのは良いのか悪いのか分かんねーけど、今は家の外に出られないくらい部屋に引きこもらされてるって聞いてるよ」
 それは、壮絶な体験だ。
「じゃあ、フブキはその仲間達の仇を討つために討魔師に?」
「あぁ、けど、それは意味なかったよ。その直後に月夜家の当主がそいつを発見して討滅したんだと。その時に当主もダメージを受けて、当主を引退したらしいから、よほどの強敵だったんだろうけど」
 つまり、その時の当主って、”守宮”殿のことか。
 ――”守宮”に……あるいは月夜になにか腹に一物がある可能性のほうが高かろうな。
 ふと、ハヤノジョウさんの言葉を思い出す。まさか”守宮”殿が何か関わっている? いや、疑いすぎか。
「だから、アタシは二度とあんな思いをしないように、二度と友達を失わないように、そう思ってる」
「だから、人に仇なす霊害を許すことはない、そういうことですか」
 私はフブキの言葉に頷く。そういうことなら、フブキが見つけたという神秘使いについてはフブキを信用して良さそうに思う。
「あぁ、アタシは二度と、友達を失わない」
「もうすぐ着くよ、準備して」
 フブキがなにか呟いたと思った直後、マモルさんの声がする。私は聞き返すのを諦めて、刀を手繰り寄せ、車を出る準備をした。

 

to be continued...

 

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「退魔師アンジェ 第2部第3章」の大したことのないあとがきを
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