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聞き逃して資料課 イペタム編 1

2020/3/23

 

 ——やべぇ、話聞いてなかった。
 突然だが、俺には良くない癖がある。
 それは、相手の長話をつい聞き逃してしまう、と言うことだ。
 目の前で「分かったかな?」と大膳たいぜん警視がこちらに微笑む。
 ——言わなければ、聞いてませんでした、もう一度お願いします、と

 


 

 頭では分かっている。分かっているのだが。
「はい、バッチリです」
 つい取り繕ってしまう。良くない癖その二だ。
「改めてようこそ、刑事総務課資料2係へ。中国ちゅうこく巡査、これから宜しく頼むよ」
 ま、まぁ、ここは資料課、これからおいおい覚えていけばいいさ。

 


 

「係長、失礼します。目黒区でGH事案の疑いのある殺人事件発生との事です」
 俺より少し年上くらいの青年が駆け込んでくる。
「うむ。丁度いい、鈴木すずき巡査、彼を同行させて、仕事を覚えてもらいなさい」
中島なかじま班に加わる、と言うことですか? でしたら、直接……」

 


 

「いや、それはまだ確定ではない。だが、百聞は一見に如かず、だ。なら、中島班が適任だろう?」
「分かりました。中国巡査、私は鈴木光輝こうき巡査です。班長である中島まもる巡査部長は既に現場に向かっていますので、我々も急行しましょう。私が車を出します」

 


 

 ——げ、現場? 資料課が現場になんの用事ですか?
 とは、とても聞けない。
 2019年3月23日の今日、資料課に左遷された俺は、訳の分からないまま、鈴木巡査の車に乗り込み、現場に向かった。

 

to be continued……

 


 

2020/3/24

 

 鈴木巡査の車が止まる。
「行きましょう」
 鈴木巡査が腰の拳銃の装填を確認し、車を出る。
 ——銃の装填を確認した? まさか、凶悪犯でも待ち受けてるのか?
 いやいや、資料係だぞ、とは思うが、何せ俺は資料2係が何をする部門なのか一切聞いていないのだ。

 


 

 すぐそばのビルとビルの間の路地裏に入っていく。ますますアンダーグラウンド感が高まっていく。
「そう怯えなくても大丈夫ですよ。中島さん……中島巡査部長はうちで一番強いので」
 こちらの不安を感じ取ったのか、鈴木巡査がこちらに声をかけてくれる。

 


 

 ——一番強い? やっぱりなにか荒事になるのか?
 しかし、何一つ話を聞いていなかった俺にとって、その言葉はただ俺を不安にさせるだけだった。
 やがて、警察が殺人現場の保全などに使うイエローテープで囲われた空間が見えてくる。

 


 

 外を見張っている警官に挨拶し、中に入っていく。
 イエローテープの中は、左遷以前によく見た殺人事件の現場そのものだ。
 そして死体のすぐ側でしゃがんで死体を見ていた男性が立ち上がり、こちらに向き直る。
「来たね、鈴木君。そして、君が中国君か」

 


 

「中国巡査、彼が中島巡査部長です」
 鈴木巡査の紹介を聞き、自分も自己紹介をする。
「それで、どんな調子ですか?」
 鈴木巡査が話を聞き始める。長話になりそうだ。
 そんな事より中島巡査部長の懐が膨らんでるのが気になる。小刀か何かを隠し持っているのか

 


 

 ——やっぱり、荒事か? 荒事なのか?
 不安が高まる。
「という感じかな。中国巡査もそんな感じでいい?」
「はい、問題ありません!」
 と答えながら内心思った。
 ——やべぇ、また話聞いてなかった

 

to be continued……

 


 

2020/3/25

 

 しばらくすると女性が一人入ってくる。
夕島ゆうじま巡査、到着しました」
「ありがとう、早速だけど、試してくれるかな?」
「はい」
 夕島巡査が神社で見るようなお札を死体の上におく。
 なんだ、途端にオカルトみたいな空気になった。俺たち、警察だよな?

 


 

掛介麻久母畏伎かけまくもかしこき 伊邪那岐大神いざなぎのおほかみ 筑紫乃日向乃つくしのひむかの 橘小戸乃阿波岐原爾たちばなノをどのあはぎはらに 御禊祓閉給比志時爾みそぎはらへたまひしときに 生里坐世留祓戸乃大神等なりませるはらへどのおほかみたち 諸乃禍事罪穢もろもろのまがことつみけがれ 有良牟乎婆あらむをば 祓閉給比清米給閉登はらへたまひきよめたまへと 白須事乎聞食世登まをすことをきこしめせと 恐美恐美母白須かしこみかしこみもまをす
 夕島巡査が唱える。唱えるに併せて札が紫の光を放つ。

 


 

 唱え終わると、同時に紫の光が視界を覆い、消える。
「どうだい?」
「とりあえず、彼女の魂を捉えていた穢れは祓いました。明らかに人為的なもの、GH案件と考えて間違い無いと思います」
「それでその穢れの出所は?」

 


 

「判明しましたが、ここから先は宮内庁の領分では?」
「いや、せっかく新人を連れてるんだ、最後までやっちゃおう。井石警部補にはこっちから言っておくから、夕島くんも同行頼むよ」
 話は全く分からないが、巡査部長のはずの中島さんが警部補に口を利けるのか?

 


 

「じゃあ、早速だけど、こっちから仕掛けるかな」
 中島巡査部長が気合を入れた、その直後、路地の入り口の方から男の悲鳴が聞こえる。
「入口の警官か!」
 何が起きているのか分からないまま、俺は中島巡査部長に続いた。

 

to be continued……

 


 

2020/3/26

 

 路地に戻ると、ドサっと警官が降ってきた。
「おや、まだいたのか。こりゃ良い」
 路地の入り口に真っ黒な厚手のコートを着た男が立っている。だが、それはどうでも良い。
「おい、あんた! 大丈夫か!」
 急いで警官に駆け寄り、傷を確認する。

 


 

 胸を一刺し、心臓を突かれていれば助からないかもしれないが、応急処置をしないと。
「うるさい奴だ。やれ、イペタム」
 男が指を鳴らす。
「危ない!」
 突然、鈴木巡査に突き飛ばされる。
 尻餅をつく俺の目の前に刀が降ってきて突き刺さる。

 


 

 ——な、なんだよ、これ。鈴木巡査がいなかったら、頭に刺さってたんじゃないか……!
「夕島君、認識阻害と防音!」
「はい。結界Ⅰ急急如律令」
 夕島巡査がお札を構えると、青い網目状の光が広がっていく。
「てめぇ、敵か! イペタム!」

 


 

 俺の目の前に突き刺さっていた刀が持ち上がり、夕島巡査に向かっていく。
「おっと、部下に手出しはさせないよ」
 それに中島巡査部長が割り込み、懐に忍ばせていた小刀で刀を弾き飛ばす。
 ——な、なんだこの出鱈目、何が起こってるんだ

 


 

「うちの夕島に攻撃したな。少なくとも障害未遂の現行犯だ。君には黙秘権が認められている。供述は法廷で不利な証拠として扱われる可能性がある。弁護士をつける権利がある。また、公選弁護士をつける権利がある」
 中島巡査部長がミランダ警告を述べる。

 


 

 ——おいおい、嘘だろ。あんな刀を飛ばす出鱈目な奴を逮捕しようって言うのか?
 困惑し半ば怯える俺を置いて、夕島巡査と鈴木巡査が銃を抜く。
「逮捕できるもんなら、やってみな、イペタム!!」
 刀が男の目の前で浮遊する。

 

to be continued……

 


 

2020/3/27

 

 鈴木巡査と夕島巡査が発砲する。始末書を恐れないその行動だけでも驚くべきことだが、コートの男の側を飛ぶ刀はその弾丸全てを叩き落とした。
 ——なんでもありか。まるでアニメの世界だな
「見事! けど、刀が一本じゃ!」
 中島巡査部長が一気に懐に潜り込む。

 


 

 浮遊する刀は鈴木巡査と夕島巡査の射撃への対応に追われている。
 つまり、中島巡査部長の小刀を防ぐ手段はない。
「イペタム!」
 男が叫び、浮遊する刀が中島巡査部長の小刀を防ぐ。
 そして防ぐ手立てを失った二人の銃弾は男に命中、しなかった。

 


 

 男に命中する直前に青い壁が出現し防がれたのだ。
「神秘の弱い銃弾では防壁魔術は破れない。悪くない判断だけど……」
 中島巡査部長がニヤリと笑う。
「上がガラ空き」
 直後、上、おそらくビルの上から一人の女性が男に飛びつき、ハンカチを男の口に当てる。

 


 

「ナイスタイミング、山本やまもとさん」
 男は意識を失ったようで、倒れる。ところが。
「こいつ、主人が意識を失っても動き続けるのか!」
 浮遊する刀は依然、中島巡査部長と鍔迫り合っていた。
「とぅ」
 山本さんと呼ばれた女性が刀の柄を握ろうとする。

 


 

 すると浮遊する刀は劇的に動きを変えた。山本さんと呼ばれた女性に握られるのを拒むように、くねくねと空中に逃れる。
 そして、どこかへと一直線に飛び去っていった。
「……どうやら、こいつを逮捕して終わり、とはいかないみたいだ」
 中島巡査部長が呟く。

 


 

「こちらは山本巡査部長。山本班のリーダーです」
 鈴木巡査の紹介に俺も自己紹介を返す。
 話をまとめると、中島巡査部長、山本巡査部長、井石いせき警部補が各班のリーダー、と言うことか。
「とりあえず、帰ろう」
 中島巡査部長が号令する。

 

to be continued……

 


 

2020/3/28

 

「ダメ。何も覚えてないの一点張りだ。彼から背後関係を探るのは難しそうだな」
 あれから五日、俺は中島巡査部長と共にコートの男の取り調べを担当していた。
 取り調べ中、男があの力を使う事は無かった。
「あの飛び去った刀から探るしかないですね」

 


 

「あぁ。イペタム、あの魔術師はそう呼んでいたな」
 鈴木巡査の提案に中島巡査部長が応じる。
 取り調べ中にも名前が出てたが、あれは魔術なのか。信じられないことだが、あの刀にワイヤーで括られてたみたいなタネがあるとも思えない、信じるしかないのか。

 


 

「イペタム。調べたらウィキペディアの記事がすぐに出てきた。アイヌの伝説に伝わる剣らしい」
 また、長くなりそうな話だ。調書の整理でもしながら聞くか。
「中国巡査も仮とはいえ中島班の一員、その方針で構わないかな?」
 ——聞いてなかった

 


 

「よし、じゃあ、鈴木君、中国君をよろしく~」
 中島巡査部長は何処かへ去っていった。
「じゃ、僕たちも行きましょう」
 一人じゃなくて助かった。
 鈴木さんと車に乗って街に出る。

 


 

「それでは中国巡査はこの辺でお願いします」
 そういって鈴木巡査が手渡してきたのは、あの男の使っていた浮遊する刀のスケッチだった。なるほど、聞き込みってわけか。
 任せてくれ。捜査一課にいた頃から、聞き込みはずっとやってきてるからな。

 


 

 ——これ、想像以上に難易度が高いな
 なにせ、求めているのは空飛ぶ刀の目撃証言だ。
 他の事件の捜査でも、だいたいの人間は他人の顔なんてそう覚えてはないが、空を見上げたら刀が飛んでた、なんて目撃証言はそれ以上にそう得られるものじゃない。

 

to be continued……

 


 

2020/3/29

 

「あぁ、それなら見たよ」
「本当ですか!」
 道を渡れず困っていたおばあちゃんを手伝ったついでに聞いてみると、なんという幸運か、ようやく情報を掴めそうだ。
「あぁ。もう何年か前かねぇ、竹蔵たけぞうさんのお家に飾られてたよ」
 ……これは、望み薄か。

 


 

 いや、最後まで聞いてみよう。
「竹蔵さんという人は先祖は北海道の人だったそうなんだけどねぇ」
 長い話になりそうだ。
「と、いうような話を聞いたのがちょうど今から……2.3年前だったかねぇ」
 ——また聞いてなかった。

 


 

 またやってしまった。何を隠そう、俺が左遷された理由もこれなのだ。
 連続殺人事件の捜査中、とある捜査員が聞き込みで得た最初の殺人に関する証言によりその事件は解決したのだが、その証言者は最初の殺人の直後に俺が聞き込みをした相手だったのだ。

 


 

 こうして俺は止められたはずの連続殺人事件を止められなかった原因と言うことになり、左遷され、今に至る、というわけだ。
 まぁ、話を聞く限り今回の話は2年も3年も前に日本刀を見たというだけの話のようだ。
 今回の件の浮遊する日本刀とは関係ないだろう。

 


 

「有力な情報は得られずかぁ」
 夕方頃、中島巡査部長に呼ばれて集合する。
「まぁ、ものがものですからね、もし見ても見間違いかも、と自己完結して我々の聞き込みには答えてくれないかもしれません」
「ま、覚悟はしてたよ。お、こっちは収穫があったみたいだ」

 


 

 中島巡査部長がスマホを見せてくる。これは、オカルト系の掲示板?
 【東京駅の近くで、ふと空を見上げたら、浅草橋の方向に向かって飛んでいく日本刀を見ました。他に見た人はいませんか?】
「それは私の書き込み」
「あ、返信がついてる」

 

to be continued……

 


 

2020/3/30

 

「あの、本当に行くんですか?」
 その恐ろしすぎる潜入先に震えながら尋ねる。
「もちろん。茨城まで来ておいて、ただでは帰れないでしょ」
 そう、ここは東京ではない。今から潜入しようとしているのは茨城空港だ。
 茨城空港、又の名を航空自衛隊百里基地。

 


 

「大丈夫、お義姉さんがなんとかしてくれるよ」
 中島巡査部長のいる中島家は神秘絡みの大御所で各所に顔が効くんですよ、と鈴木巡査が教えてくれる。
「全員、この札を体のどこかに貼って、そうすれば、魔術師以外には見つからない」
 と怪しげな札を渡される。

 


 

 あの浮遊する刀を見てなければ何をバカな、と思っただろうな。と思いながら剥がれないようにしっかりと服に貼る。
「突入!」
 中島巡査部長の号令で塀を乗り越える。
「あ、機密系はなるべく見ないようにね、後で消されるかも」
 すごい爆弾投げてきた。

 


 

 最後に投げられた爆弾に戦々恐々としながら、宿舎を調べていく。
 刀の他、魔法陣や札、怪しいお守りなんかもチェックの対象だ。わざわざ三回も念押しに言ってくれたおかげでバッチリと覚えている。
 お守りはなくはなかったが、それ以外はほぼ見当たらない。

 


 

 ——やっぱりハズレだったんじゃ?
 そんな思いが頭をよぎる。
 掲示板の書き込みにあった刀の移動ルートの延長線は全てこの基地で交差するなんて。
 何かの悪戯だったんじゃないか。
 中島さんも言っていた。「最悪の場合、もう飛行機で逃げてるのかも」、と。

 


 

 宿舎の三階に登ると、部屋を出てきた男と目があった。
「あ、どうも」
 お互い会釈する。
 不味い見つかった。なんとか誤魔化さないと……。
 ——ん? 見つかった? 魔術師以外には見えないはずなのに?

 

to be continued……

 


 

2020/3/31

 

 ——危ねぇ!
 頬を刀が掠める。
 あと一秒違和感に気付くのが遅れていたら、俺は頭を突き刺されて死んでいたかもしれない。
「お前、何者だ」
「警視庁刑事部刑事総務課資料2係だ!」
「資料係がなぜこんなところにいる?」
「俺も良くは知らないよ!」

 


 

 後ろの壁に刺さっていたであろう刀が抜ける音がする。
 手すりをつかんで足を振りあげた反動で体を持ち上げ、腕で手すり側に体を寄せ、手すりの向こう側、階段に着地する。
 案の定、後ろから戻ってきていたらしい刀が、脚をかすめる。
「我らの邪魔はさせん」

 


 

 ——くそ、冗談じゃない
 こんな狭い通路で何度も避けられるはずがない。中島巡査部長、早くきてくれ。
 スマホで事前に用意してあったメールを送信し、犯人に向き直る。
 ——こうなったら、イチかバチか、だ
 飛んできた刀を避けて、犯人に向かって全速力で走る。

 


 

 拳をぶつける。
 しかし、その単純過ぎる動きは逆に勢いを利用されて投げに転じられる。
 ——流石自衛官、体術も得意ってわけか
 だが、何でもありなら、こちらも負けない。足に噛みつく。
 犯人にもう片足で蹴られ、引き剥がされる。そこに刀が飛んでくる。

 


 

 ——そう来ると思った!
 伸びたところに刀でとどめをさす。笑ってしまうくらい単純な作戦だ。
 俺はそのまま横に転がり、その刀を避ける。あの程度で伸びるほど、俺も弱くはないのさ。
 そして、地面に刺さった刀を掴み、そして抜いた。

 


 

「形勢逆転だ」
 刀を構える。流石に刀を持った男に勝つのは難しかろう。
 と、思ったのだが、どう言うわけか、犯人は糸の切れた人形のように倒れてしまった。
 俺は首を傾げつつ、刀が逃げないようにしっかりと握って他の面々の到着を待った。

 

to be continued……

 


 

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