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異邦人の妖精使い 第1章

 魔術や幽霊、妖精といった、ものによって発生する人的被害を霊害と呼称する世界。
 英国最大の対霊害組織、リチャード騎士団に激震が走っていた。
 二度の世界大戦後、激動する英国のなか、騎士団を守り抜いた英雄、メドラウドが没したのだ。
 騎士団の混乱は激しく、それを建て直すために、新騎士団長を選出し、新体制を構築することが決定された。
 今では英国全体の組織であるが、歴史を辿ればイングランド王、リチャード一世がその名前の由来であるように、イングランドの組織であった騎士団は、イングランド系騎士の力が強い。
 実際、これまでの騎士団長はすべてイングランド系の出身であった。
 しかし、今回は違った。スコットランドがイングランドに対抗するべく研究していた技術の一つが実を結び、発言力を高めていた。
 その技術は、人工妖精と呼ばれる技術で、人為的に産み出された妖精であった。
 簡単な命令を理解し、簡単な魔法を使え、特定の構造を持つ物に宿り強化できる等、派手でない能力であったが、近年の霊害増加の中、簡単に戦力上昇を望めるこの人工妖精は、多くの騎士に取り入れられていた。
 イングランド系か、スコットランド系か、そんな激戦はある事件で最悪の結末を向かえる。
 イングランド系の騎士団長候補が人工妖精を用いて強化できる銃、妖精銃による狙撃で暗殺されてしまったのだ。
 イングランド系の騎士は激怒し、人工妖精に関わる施設をすべて掌握、犯人を探そうと強引な手段の行使を開始した。
 人工妖精が開発されたエディンバラ妖精研究所も、その対象であった。
 そこで生まれ育ち、人工妖精の使い手として教育されたフェアは、暗殺の容疑者として狙われる。
 イングランド系騎士の暴走に無罪であっても有罪となる危険を感じたフェアは、人工妖精の元となった妖精の一人、ウェリィと共に協力者のいる日本に逃走。
 この物語は、そんな彼女の物語である。

 

= = = =

 

~日本 東京~
 すれ違う人、みな私の事を見る。
「やっぱり、フード付きが良かったかな」
 見られるものだから、居心地の悪さを感じて、クラブケースを背負いなおす。
「正直に言うと、独り言が気になるんだと思うけど」
 耳では無く、頭に直接声が響く。いまポケットにいる妖精ウェリィが魔法で直接声を送ってきている。
「そうなの?」
 私は声を伝える事が出来ないから、口に出して話すしかない。これは独り言に聞こえるがそう見えないように“お守り”を付けている。自然に見えるはずなのだけど。
「“お守りヘッドセット”の電源、入ってないけど」
 それを聞いて、耳に付けている小型ヘッドセットの電源ボタンに手を伸ばす。ボタンを押した感触と、無音のイヤホンが微妙に立てるノイズが耳に伝わる。
「まあ、起動してないって事はよっぽどじゃないと気付かない。大体がヘッドセットを確認したら目を逸らしてるわ」
 そう言われて、少し目線を動かしてすれ違う人を確認すると、確かに私の耳付近を確認してから目を逸らしている。
「でも、クラブよりもギターケースの方が良かったかも」
 ゴルフは日本で一般的なスポーツであるようだったがあまり日中で持っている人はいないし、楽しむ人の年齢層は低くはなさそうだ。
「確かにね、それに金髪美少女でギター背負ってるのはポイント高そうだし」
 ウェリィがそう言う、ポイントというのが何か分からないが、ギターケースの方が自然という話ではあると思う。
 視線は気になったが、目的地である喫茶店を見つけたので、入店する。
 待ち合わせの相手はいなかったから、適当にコーヒーを頼み、受け取ってから着席する。
「複雑な名前じゃなくてよかったわね」
 ウェリィがからかってくるが、彼女が入っているポケットのカバーを突っ込んで対応する。息が出来なくなる訳では無いが、狭くなって動きにくくなるらしい。
「初めての店だったし」
 言い訳を口にしつつ、コーヒーを口に運ぶ。砂糖とコーヒーフレッシュを入れ忘れていたから苦さがダイレクトに伝わってきて、顔をしかめる。
「苦いの苦手なのにねえ」
 ウェリィのからかいは無視して、コーヒーをちゃんと甘くしてから再び口に含む。
「待たせたかな」
 机の向かいに待ち合わせをしていた相手、“情報屋”が座る。その手には、生クリームの入ったカフェオレか何かを持っている。
「今日は紅茶じゃないんだ」
 ウェリィがポケットから少し顔を出して実際に声を出す。魔法で二人以上に声を届けるのは疲れるそうで、あまりしていない。
「ああ、ここの紅茶はいまいちなんだよ。まあ、本題に入ろうか」
 “情報屋”は鞄から紙を取り出し、私に渡す。
「さて、仕事だけど。いつも通りそんなに難しいものじゃない」
 紙に目を通すと、地図とその霊害の情報について記載されている。たしかにその情報を見る限り、そこまで強力な霊害であるようには思えない。
 そもそも、“情報屋”の持ってくる仕事というのは、他に優先して対処するべき霊害が存在したため、対応できなかった霊害に対する対応が多く、脅威度が低い事が多い。
 仕事を紹介された当初は、日本にもリチャード騎士団に相当する対霊害組織が存在すると聞いていたから、対応漏れがあるということには驚いた。聞けば、日本の対霊害機関は公的機関の一部として存在するため行動の自由があまり無いらしい。そのため、民間の対霊害組織で対応をしていたが、目立てない性質から規模も小さく、拡張の余力も持てなかった為に、近年増加する霊害への対処が追い付いていないらしい。
 逃亡生活の中での貴重な収入源であるため、感謝しているのだが、霊害に巻き込まれる人の増加にもつながることであるから、良い状況ではない。
「ねえ、仕事の事考えてる?」
 ウェリィがポケットの内側をたたきながら声を掛けてきたため、思考を仕事の事に戻す。
 仕事の内容は、とある墓地で夜間になると出現する動く死体群の討伐。来訪者が少ない事と、夜間のみしか活動していないため、害となる可能性が低い事が優先度が低かった理由のようだ。
「まあ、紙に書いてあるのですべてだ。追加で聞きたい事とかあるかい?」
 甘そうなカフェオレを飲みながら“情報屋”が私に尋ねる。
「無いです」
「無料だったら聞くよー」
 追加で情報を求めれば、報酬からさりげなく天引きされる。追加の情報はあまり求めたくない。
「そうかい、特に売り込む情報もないからね。ジョージ卿が書いた威勢のいい論文とか興味無いかい? “再び偉大なる英国へ”というタイトルだけど」
 オカルトの関係しない英国の情報など仕入れても仕方がない。通常のニュースならまだしも、論文なんて読んでもあまり情報はなさそうだ。
「政府の連中に情報を渡した時に掲載誌をもらったんだが、使い道がなくてね。まあ、誰も欲しがらないね」
 残っていたカフェオレを一気に飲むと、“情報屋”は立ち上がり店から足早に出ていく。次の取引があるのだろう。いつもより足早に感じた。
「相変わらず怪しいやつよね。信頼できるの?」
 ウェリィが魔法での会話に戻し、話しかけてくる。完全に同意で、彼は信用ならない。政府の連中と言っていたが、私意外と誰と情報のやり取りをしているのかもまったく掴めない。
「リチャード騎士団の元日本オペレーターらしいけど、あそこまで怪しいのよく雇ったわね」
「まあ、情報は正確だし」
 リチャード騎士団が日本で行動する際のサポートをする仕事に就いていたようで、情報の精度が高いのはその時のコネを利用しているからだそうだ。しかし、彼の雰囲気というのは、とても怪しい。逆にその方が情報共有したいと思うものなのだろうか。
 他にする事もない、仕事の場所に向かうため、まずコーヒーを飲み干す。苦さは気になるが先ほどよりは飲める味になっていた。
 そして、店を出て、“情報屋”から渡された案内を見ながら移動を開始する。
「電車を使うみたいね。駅は何処かしら」
 案内にはどうやって目的地に向かえばいいかは書いてあったが、その駅がどこにあるかは書いていない。駅の案内は無いかと視線を左右に動かす。
「こんにちは、お嬢さん。よろしければご案内いたしますよ」
 いきなり後ろから男性が声を掛けてくる。逆に不信感を抱くほどの丁寧さで、案内は嬉しく思ったがあまりお願いする気にはならない。
「いえ、大丈夫です」
 軽く会釈し、歩き去ろうとしたが、彼は食い下がってきた。
「急ぎじゃないならお茶でもどうです? いいお店がありますよ」
 親切心じゃなくて、下心が大きいというのを確信し、足を速める。
「ナンパってやつね。よかったじゃない」
 なにが良いのか、と思いながら男の様子を伺うと、こちらの速度に合わせて歩いている。素直に拒否するべきかと悩んだ所だった。
「中島さん、勤務中ですよ」
 後方から別の男性が、男に向かって話しかけていた。男は肩を竦めてから、こちらを向く。
「ありゃ、また出会えたらお誘いするよ」
 そういうと声をかけた男性の方へ歩いていく。男性はやれやれという感じであった。
「ナンパの常習犯らしいわね」
 ウェリィが男の様子を見たいのか、ポケットから顔だけ出す。
「できれば会いたくない」
 ぼそっと呟く。彼の仕事の無いときに出会ったら、なかなか諦めてくれないだろう。
「しかし、日本語で話しかけてくるなんて、少し不思議じゃない?」
 いわれてみれば、道に迷っている外国人らしい人間に、正々堂々と日本語で声を掛けるというのは少し不思議だ。日本語は通じるのか? という躊躇いがあったようにも思えない第一声で、どうやってか、日本語が使えると判断したと思うのだが、その根拠は何だったのかというのは、考えてもわからない。
「とりあえず、行きましょ? 戻ってくるかも」
 それは困るので、案内に目を向けて、駅探しを再開した。
 
 目的地は山奥であり、駅から出ても、ほとんど明かりがないような田舎であった。
 人が少ないなら、戦闘前の人払いの手間が少ないし、武装を持ち歩いていても闇に紛れることができる。戦いやすそうな環境で、とてもありがたい。
「私が見てるから、装備を整えたら?」
 ウェリィがポケットから飛び出して、私の周りを飛び回ってから、私の右肩に止まり、あたりを見回す。
 自分の目でも辺りを確認してから、クラブケースを肩から下ろし、仕組みは大分古臭いボルトアクション式の小銃を取り出す。それは、対霊害用小銃を改良し、人工妖精の運用を可能とした妖精銃とも呼ばれるSMLE-Lf小銃で、研究所で戦闘訓練を受けていた頃からの使い慣れた銃だ。
 情報によるとただの動く死体。アンデットの類であるから特殊な弾薬はいらない。通常弾が詰められたクリップをウェストポーチから取り出し、銃に押し込み、ボルトを戻す。
 銃剣もケースから取り出して、ウェストポーチのベルトに鞘を固定する。
 銃剣が抜けないようにちゃんと固定できているか確認し、小銃をスリングで肩に掛ける。
「問題無し。行こう」
 一応、装備品をもう一度確認してから歩き始める。
「私の力も必要ないでしょ?」
 ウェリィはそう言うと、肩から定位置であるポケットに移動する。ただの死体相手ならウェリィどころか、人工妖精の力を借りずとも対応できるはずだが、休まれると多少はむっとするような気持ちを抱く。
 歌い出しそうな雰囲気すらあるウェリィにそのような感情を抱きつつも、目的地である墓地に到着する。寺併設の墓地であったが、寺は無人であるようだった。墓地も少し草が伸び、落ち葉が積もったままの様子から考えるに、宗教者は常駐していないと考えられる。死体が動き出すのも納得できる。人の絶えない墓地ではネクロマンサーでもいなければ発生しないものなのだ。
 そして、墓石や墓碑の隙間に明かりも持たず、妙な姿勢で動くいくつかの人影が見える。間違えなく例の動く死体である事は疑いようが無い。
 小銃を構えてボルトを操作し、弾を薬室に送り込む。するとすで薬室に入っていた弾が空を舞う。その光景を目で追いながら、別に操作しなくとも撃つことが出来たと気付く。
「まだ銃の扱いは下手ねえ」
 ポケットからそんな呟きが聞こえる。それに答える事はせず、落ちた弾を拾って、ウェストポーチのポケットにとりあえず突っ込んでおく。
「それと、一応人払いはしておくわ。ほいっと」
 ウェリィが呪文を口にして、最も単純な人払いの魔法である、この辺りになんとなく近づきたくないと感じるエリアを構築しようとする。構築が終われば墓地に用事があるとか、行く必要がない限りは人が寄ってくることはない。
「ありがと。終わったら始める」
 短く感謝を伝えてから、動く死体に小銃の狙いを定める。
 ウェリィの呪文が終わり、人払いの結界が起こす微妙な不快感を感じると同時に引き金を引く。銃弾は発射され、死体の胴体を抉り取った。
 その動く死体は倒れ、動こうともがくが、抉られた部分が大きく戦闘能力はもうないだろう。銃撃に反応して、他の動く死体が体を持ち上げて私を探そうと辺りを見回す。おかげで墓石などの遮蔽物から露出した範囲は増えている。ボルトを操作して次弾を送り込み、私を見つけられていない頭に向けて引き金を引く。
 銃弾は頭を吹き飛ばした。動く死体は不特定多数の生への渇望が死体を動かす現象で、自分は人であると思っており、頭を失えば視力と聴力を失う。これでまた一人無力化した。
「人にこだわるなら、頭を飛ばされれば倒れてくれたらいいのに」
 ウェリィの言葉に同意しつつ、ボルトを操作して、こちらを発見したらしく接近してくる二体のうち一体に狙いを付けて撃つ。腕を引きちぎるが、前進は止まらない。素早く装填してもう一発。今度は胴体に当たり、地面に倒れこむ。
 接近してくるもう一体に目を向けると思ったよりも接近してきている。子どもの死体であったため、距離感を見誤ってしまっていた。慌ててボルトを操作しようとして、失敗した。排莢される前に戻されたボルトは薬莢を咥えるようにして途中で停止する。再度操作する暇はないのは明らかであったから、近づいてくる動く死体に向けて、腰の銃剣を抜き、突き刺す。
 リチャード騎士団が誇る対霊加工の施されたその刀身は、死体に宿っていた生への渇望を消し、動く死体はただの死体になる。突っ込んでくる勢いまで消えるわけではないから、倒した死体がもたれかかるように私に当たって、少し不快に感じたが、彼もどちらかというと被害者だ。動く死体の原因は本人の生への渇望とは限らない。墓地全体の思いがたまたま入れたから、という理由で動き出す事も少なくない。
「たった四体? 十分もいらないじゃない」
 放置せずとも片手間でできただろうと文句を言うようにウェリィがポケットから飛び出し。墓地を飛び回る。彼女が探索している間に無力化した三体を銃剣で突き刺し、執着から解き放つ。
「いない。四体だけね」
 墓地はそう広くなく、すぐに戻ってきたウェリィがつまらなさそうに言う。
「とりあえず、供養しないと」
 死体をそのまま放置してしまうと、銃で撃たれたことが明らかになって大きな話題になってしまうし、供養されずに放置された結果、生への執着が生じたと考えられることから、仏教の事はわからないが、埋葬など、最低限の供養の必要性はある。
 どこの墓から出てきたというのは明らかであったが、だれがどれか、というのはすぐに分からず、それにも苦労したし、それに土を被せるというのも重労働であった。
 それから、僅かな知識を元に供養を行って、無人の寺で少し休ませてもらう事にする。
 墓地の安全を守ったのだから、それくらいは許されてもいいだろう。
「なにかお菓子とかないの?」
 あるにはあるが、何も働いていないウェリィに渡す気はなかった。取り出したキャラメルの包み紙を解き、口に含む。
「むー、ちょっとくらいいいじゃないー」
 ポケットの内側を叩いて抗議してくるが、無視する。とりあえず武器を片付けるかと、銃弾を抜くためにボルトを引いたその時であった。
「誰かいる。敵っぽい」
 ウェリィがいきなり抗議の手を止めて、魔法で声を飛ばしてくる。
「魔法?」
 ウェリィが探知できるとなるとその類である可能性は高い。ボルトを戻して弾を込めなおす。
「いや、虫が逃げたから。倉庫の裏」
 自然の変化で察するというのは、めずらしく妖精っぽいなと思いながら、倉庫に目を向ける。掃除用具が適当に押し込まれているような倉庫の裏に黒い影がある。
「追っ手?」
 にしては少し変だ。リチャード騎士団の騎士団という名が概形化しているとはよく言われる。それは事実にしても、正々堂々という気風は強い。それに、暗殺容疑者を討ち取るというのは名誉な事で、防衛を担当する教区、もしくは所属する派閥にとってプラスになるものだ。黒衣ですべて隠すというのは、正々堂々でもなく、所属する組織のためにもならない。不思議な相手であった。
「まあ、撃つ」
 先手を取れた方が有利なのは間違えない。小銃で影を狙って、撃った。
 狙いをつけた段階で影は動き、倉庫が生み出す死角に隠れる。撃った弾は外れた。
「アリル! 私の撃った所に魔法!」
 ウェストポーチのベルトに止められた、人工妖精のケースを開き、A型人工妖精のアリルを呼び出す。ケースから飛び出たアリルは、了解の意を私に伝える。A型人工妖精は、一番最初に作られた人工妖精でその得意魔法は火だ。飛んだ火の玉は地面に着弾し、辺りに火を散らす。
 それを目くらましにして、私は走り、倉庫の死角を見れるように移動する。
「弾!」
 ウェリィの指摘で気付く、小銃の装填動作を忘れていた。慌ててボルトに目を落とし、操作しようと手を伸ばす。
 敵前でうかつな動きだと気づくと同時に、ヒヤッとした予感があり、体を少し後ろに下げる。すると目の前を刃が通り過ぎる。
 火の玉が目くらましになるのは一瞬だ。装填などしている暇はなかったと反省をしながら、態勢を立て直した敵を見る。ナイフ使い。所属を示す紋章、文字はない。騎士団にしては不自然。
「おにーさんはどちらさま?」
 ウェリィが尋ねるが、黒い敵は何も反応せず、ただ、こちらに向かって切りかかってくる。銃剣を引き抜き、それを弾く。
「聞かれたら答えなきゃダメ!」
 ウェリィが弾いて生まれた隙に、電撃を飛ばす。体を流れた電気で体が硬直したのか、動きが止まる。
「逃げよう。アリル。適当に放って!」
 まだ装填は終わっていない。動作の間に立ち直られると困る。一旦離れなければ。
 指示の通り、アリルが正確な狙いを付けずに火の玉を放つ。敵は硬直から立ち直ると同時に、火の玉を回避するため、後ろに飛び去る。
 その隙に、寺の本堂に飛び込む。あるべき所に仏像の姿が無かった。ここまで酷い状態なら、生への執着が死体を動かすのも納得だ。
 アリルには、入口で待ち伏せてもらう。自分は入口を狙える位置で銃を構え、ウェストポーチのベルトに固定されたもう一つのケースを開く。E型人工妖精のエンターが飛び出し、楽しそうに私の周りを飛び回る。その様子を見ながら、ウェストポーチから妖精弾と呼ばれる、人工妖精が宿る事の出来る構造を持つ銃弾を取り出す。
「エンター、バレットエンチャント」
 呪文なのか指示なのか、自分でもよくわかっていないものを唱えると、エンターが妖精弾に吸い込まれるように入っていく。その弾を小銃に押し込み、薬室に送る。
 作業が終わったその時、敵がわざわざ入口から本堂に入ってきて、待ち伏せていたアリルの火の玉を浴びて、その動きを止めていた。
 動きを止めた敵を狙うのは容易であった、妖精弾は敵に命中すると中に宿した人工妖精の力を解放する。E型であれば風の力。着弾点を中心に強力な風圧が生じる。
 その強烈な風圧に敵は外に倒れ、姿が見えなくなる。妖精弾に宿った人工妖精はそのまま消えるわけではないので、パタパタとエンターが戻ってくる。
「倒した?」
 慎重に入り口に向かい、外の様子を伺う。
 敵はいなかった。足を引きづった痕跡があり、どうやら逃げたらしい。
 追って話を聞こうか考えた時、ある音が耳に届く。ウーウーという音で、音の方向に目を向けると、赤い回転灯が目に入る。
「日本のパトカーは赤だったわね。うちとは本当に違うのねー」
 ウェリィが呑気にそんな事を呟いているが、あのパトカーは明らかにこちらに向って来ている。
「そうそう、人払いの結界。寺はカバーしてなかった」
 ウェリィのその言葉と同時に、敵を追いかけるという選択肢はなくなった。戦闘を目撃したか、音を聞いたかは分からないが、周辺住民が通報して、警察が確認に向かっている可能性が高い。日本へは密入国であるし、日本では銃はもちろん、銃剣も違法である。警察に見つかって困ることが多すぎる。
「逃げる」
「警察に追われたら、もう日本では過ごせないわね」
 アリルとエンターをケースに収めながら、警官がやって来るであろう正面は避け、寺から離脱する。とりあえず、現行犯で逮捕されなければ、逃亡生活を続ければなかなか捕まらないはず。
 寺から離れた森の中で、武器をゴルフケースに収める。
「夜通し歩いて隠れ家に戻るの?」
 その質問に頷いて答える。公共交通機関を使うわけにはいかないから、そうなる。かなり苦しいが仕方がない。
「じゃあ、私は寝てるから」
 そう言うとポケットの中ですぅすぅと寝息を立てる。警官がいないかの警戒とか、ウェリィがいてくれると嬉しいこともあるのだが、ウェリィは単調な作業を好まない。夜目が利かず、夜道は何も見えず暇であると漏らしていたし、警戒をしてもらっても気が付いたら寝ている気がする。
 小さくため息を漏らしてから、暗い林道を歩み、隠れ家を目指して歩き始めた。

 

~第一章 終~

 

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