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異邦人の妖精使い 第7章

 暗い部屋の中、プロジェクターがスクリーンに動画を映している。
 トレーラー等の車両が並ぶ車両甲板を、頭に取り付けられているカメラから撮影している、中々臨場感のある映像だ。
 撮影者の手にはSCAR-Lというらしい銃が握られ、奥のトレーラーに向けて数発づつ連射している。
 彼らが撃っている先には、黒いコートと金髪の髪がチラッと見える。これは私だ。この映像はRORO船で戦った敵側の視点という事らしい。
 こっちの視点だと、私達が顔を出そうと思っている所を的確に狙っているのが分かる。無理やりに顔を出さなくてよかった。
 視点が切り替わり、遮蔽物から遮蔽物へと、慎重かつ素早く動いている一人称視点が映し出される。少しにある遮蔽の切れ目に一発の銃弾が着弾するが、それを気にせずカメラ装着者は着弾した位置へと移動し、弾が飛んできた方向に銃を向けようとする。
 そして、滑った。なぜ滑ったのかを解説する様に、映像が巻き戻され、先ほどの一発の銃弾が着弾した地点が拡大される。
 その銃弾は、私が相手が滑る事を狙って放ったB型人工妖精を込めた妖精弾だ、着弾と同時に氷塊を作り出し、周囲の地面を少しずつ凍らせている様子が分かりやすく映されている。
「なにかのドキュメンタリーみたいですね。捕食シーンとかの」
 鈴木さんが言う通り、自然であったり、技術を紹介するドキュメンタリーの様に、B型人工妖精の込められた妖精弾が起こす現象について分かりやすく編集されている。
「それで、スイフト卿。この映像は何処から手に入れたのかな。放送協会のドキュメンタリーって事は無いと思うけど」
 中島さんが、プロジェクターに繋がれたノートパソコンを操作する女性に質問する。
 マーガレット・スイフト卿、アーサーとの決戦の時、私の後ろに忍び寄り、切りかかって来た騎士だ。アーサーの副官であるらしく、アーサーからイギリスで収集した妖精銃と人工妖精の情報を託されて私達の前に立っている。
「BAIシステムズの極秘会議に提出された映像です。神秘について理解のあるBAI社員からのリークによって入手した物になります」
 BAI? 社員というからには会社だろうと想像がつくが、全く知らない会社だ。
「〝ブリティッシュ・アーマメント・インダストリー・システムズ〟。イギリスの代表的な軍需産業で、世界においてもTop10に入る規模の軍需産業ですね」
 鈴木さんが解説を入れてくれる。首を傾げたのを見られただろうか。
「有力企業だけど、民生品はあんまり出してないからね。知らないのも無理ないと思うよ」
 アーマメント、つまり武装を意味する単語が入っている会社だ、私が買うような製品を作っているとはあまり思えない。
「妖精銃の原型であるリーエンフィールド小銃を開発したエンフィールド造兵廠はBAIに統合されているけど、彼らは妖精銃にノータッチだったはず。なぜ会議にこの映像が使われたのかな?」
 私がエディンバラ妖精研究所で過ごしている間も、妖精銃の改良や強化といった研究は行われていて、妖精銃の運用者として意見を聞かれる等関わったこともあるが、BAIという名はもちろん、リチャード騎士団外の人間というのを見たことは無かった。
「どうも、BAIに妖精銃を売り込んでいる者がいるようです。この映像は妖精銃が既存銃火器に対して有用だと示すには十分な映像ですからね」
 再生が続けられている映像に目を向けると、映像の中に敵はいないのに、何処からか飛んできた銃弾によって、アサルトライフルが破損する映像が映し出されている。
 E型人工妖精による弾道補正で相手に姿を晒さずに撃てる。これは既存の銃で出来る事ではない。
「残された証拠から確認できた範囲で、貨物船の彼らには元SASの戦闘員までいたみたいだからね。それを圧倒している妖精銃はどれだけ高価格でも検討する価値がかなりあるものだろうね」
 SAS、Special Air Serviceの略で特殊空挺部隊という意味だ。あまり軍事に触れてこなかった私でも知っている有名な部隊。といってもアクション映画等で見ただけなので詳しくはわからないが、それと現実でも遜色なく強いというのは聞いたことがある。
「兵器として魅力的なのは証明されました。ですが、BAIで大量生産するという事は、神秘を科学として分析するという事ですよね。神秘は一般に広く知られたり、科学的に説明が付いてしまうと神秘としての機能を失っていきます。大量生産が始まった段階で妖精銃と人工妖精は無力化されてしまうのでは?」
 鈴木さんが言う事は聞いたことがある。神秘は科学とは原則的に相容れない物であり、科学中心の現代社会においては、広く認知されただけで科学的な解釈がされ、神秘としての力が弱まってしまう。現代的な銃を元とする妖精銃は特に科学的な解釈を受けやすいと、人目の多いところでは使い方を気を付ける様に教わった。
「そうですね、妖精銃と人工妖精が使えなくなってしまう可能性は高いです。神秘、対霊害技術の転用があった際、普段であればパイプを通じて企業に圧力をかけ、計画を中止に追い込むそうですが……」
「暗殺以降の混乱で、騎士団内の歩調を合わせられず、BAI程の大企業に圧力を掛けられない?」
 中島さんの発言に、スイフト卿が申し訳なさそうにする。
 世界ランキングに乗る程の企業なら、確かに圧力を掛けるのも難しそうだ。また暗殺事件の混乱が足を引っ張ってくるなんて。
「BAIに妖精銃と人工妖精を持ち込んだ人間も不明です。新技術の持ち込みという行動をBAIが突っぱねていない事を考えると財力なり相当な信頼に足る何かを持った者であるとは見ています」
 普通に考えて、一般人が画期的な兵器を開発したと言っても、多くの大企業は興味を持たないだろう。何でもない一般人がBAIに私達の戦闘の映像を見せても、合成等を疑って検証する事すらしない様に思う。
「神秘に関連した貴族については調べたのでしょうか。財力、信頼もあり、妖精銃に触れる事は出来たはずです」
 鈴木さんが言う。長い歴史も持つ貴族の中には、かつて神秘との関係を持っていた者も少なくないらしい。具体的な名前は知らないが、偶に貴族様が視察に来ると妖精研究所がバタバタしている事があった。ちなみに、私はウェリィが変な事をしない様に見張る事を頼まれていた為、貴族の顔を見たことは無い。
「神秘関係の貴族は調査していますが、BAIとの繋がりを示す者は出てきていません。密かな繋がりであれば、こちらの調査人員、コネの維持を考えると発見出来るのは先になるでしょう」
 コネ、というのはイングランド純血派の関係だろう。長らくリチャード騎士を続けている彼らの家系は神秘関係の貴族との関りが深く、探りは入れやすかったのだろう。だが、その分隠している事への深入りから関係を壊したくないという思いもあり、慎重にならざるを得ないのだろう。
「そういえば、そちらは戦闘員を拘束したと聞きました。何か情報を聞き出せていませんか?」
 スイフト卿の言葉に、今度は中島さんと鈴木さんが申し訳なさそうに顔を暗くする。
「護送中に狙撃された」
 そう、戦闘後、警察署への護送を一般の警官に依頼し、疲れを癒すために移動を始めた時、いきなり連絡が入った。
「狙撃……。使われたのは妖精銃ですか?」
 スイフト卿が質問する。すべてのきっかけは妖精銃が用いられた、騎士団長候補の暗殺事件なのだがら、狙撃と聞いて、妖精銃が出てくるのは当然といえば当然なのだが、やはり不満はある。
「いや、現代火器だね。7.62㎜弾だったから、彼らが使っていたSCAR-Hかもしれない」
 妖精銃で使っている銃弾も7.7㎜弾といわれる弾で、口径としては近いのだが、鑑定によって違う弾であると確定した。日本警察の科学力が本当にありがたい。
「ただ、使用された銃弾はシルバーバレット。銀のみによって作られた弾丸だった。船内と戦闘員から回収した銃弾もほとんどが同様の物だったね」
 シルバーバレッド、霊体などの霊害に有効で、妖精銃にも用意されている。私も何発かは持っているが貴重なのであまり使いたくない。そんな貴重品であるので、戦闘員の遺品から出てきたマガジン一杯のシルバーブレッドを見て目を疑った。おまじない程度の加工ではなく、しっかりと有効であるという分析結果を聞いたときは倒れるかと思った。
 というか、普通は弾丸の表面素材を銀に置き換える、シルバージャケット弾である事が多い。純銀の弾なんて、手作りならともかく、大量生産される事はめったに無い。
「純銀であることは気になりますが、いずれにせよ彼らは霊害を想定した装備だったということですよね。それにしては、妖精銃を知らないような対応なのが気になります。銃を使って霊害に戦うというのに、妖精銃を知らないというのは……」
 自分が使っている物だから贔屓目に見ているとしても、妖精銃というのは対霊害に用いれる銃として最も有名な物であるのは疑いない事だと思っている。
 リチャード騎士団という大規模な組織で運用され始めた対霊害装備、というだけで目立つ存在であるし、シルバーバレット以外の有効手段の確立というのは独特の物だったはずだ。
 銃を使って霊害と戦っているのに妖精銃を知らないというのは不自然だと思う。
「そもそも、シルバーバレットをアサルトライフルで撃つような対霊害組織なんてものは聞いた事がありません。一応の確認ですが、イギリス側にそのような情報はありますか?」
 鈴木さんの質問にスイフト卿は少し考えてから回答する。
「いえ、ありませんね。そもそも、アサルトライフル用シルバーバレットについては近衛向けに検討された事はありますが、結局製造されなかったはずです。それにしても純銀ではないですが」
 高価な銀を使うシルバーバレットをばら撒くというのはもはや恐怖だ。銀で出来た剣と違って再利用に相当な手間がかかるし、そもそも、外してしまった銃弾は失われる事も多い。
「これだけのシルバーバレット、材料の莫大な銀から考えても、何かしらの情報は得られる筈なのに、奇妙な程情報を掴めない。黒幕のとっておきなのかもね。捜査への対策もしっかりしているだろうし、ここからすぐに黒幕を捕まえるってのは難しそうだね」
 躊躇いなく大量の銀が使えるというのは、間違いなく黒幕に繋がる情報だが、特定しやすく、敵にとって強みになる情報は徹底的に隠すだろう。何も掴めてない視点から探るのは良くない。頭の隅に置いておいて、繋がったときに使おう。
「なんだろうね、大量に銀が手に入ったから妖精銃を使って世界征服ーとか?」
 不意にウェリィが発言し、その発言にこの場にいた全員が微笑む。大量の銀が入ったからといって、妖精銃を手にできる訳ではないし、銀が大量にあれば他の火器だって手に入りやすいだろう。あまりに繋がりがない突飛な発想だ。
「そんな突飛なところでも可笑しくないかもしれませんね。シルバーバレットにしても、偶々大量の銀が手に入ったから弾薬に使ってみたという話で、霊害の事は何も考えていないっていう事もあるかもしれません」
 少し苦笑しながらフォローする鈴木さんと、むっとするウェリィを見ながら、中島さんが話を元に戻すように別の話を口にした。
「あと、〝パシフィック・レーン”の船員からの聞き取りでも、特に情報はないね。戦闘員は積み荷を警備するために派遣された”ブリティッシュ・シーブリッチ”関連企業”BSガーディアン〟の警備員として船に乗り込んでいて、船員たちはそれを疑っていなかった」
「海賊対処を中心業務とする民間軍事会社PMSCですね。〝パシフィック・レーン〟は海賊のリスクがある海域を通過する船舶ですから、警護を受けた経験もあり、戦闘員風の警備員が乗り込んできても抵抗はあまり無いでしょう」
 聞いた話だと、商船に警備員が乗り込むというのはそこまで珍しい事ではないらしく、海賊がいるような海域を通る場合は雇ったりする場合があり、武装することも少なくないそうだ。それらで馴染みのある制服の警備員がいても、船員達はあまり気にしないだろう。
「狙撃されてしまった戦闘員については、〝BSガーディアン”に照会しましたが、在籍していませんでした。ですが、彼の装備や社員証は偽装というには不自然な程使い込まれていました。捕まったので記録が抹消されたか。そもそも妖精銃の密輸に関わった段階で消されたのかはわかりませんが、彼は”BSガーディアン〟の社員であった可能性は高いです」
 彼らはかなりのプロだったわけで、なりすましをするために新品の物を用意すると、新人のような新品の装備と実際の動きとのギャップが生じて違和感が生まれる。それを避ける為にある程度使い込んでいるように見せかけるのは考えられるが、狙撃された戦闘員が持っていた装備は素材がへたっていたり、買い替えた方がよいのではと感じる程であった。
 中島さんの分析だと、使い込んだ結果、使用者の癖がつき、新品だと違和感があって変えられないまま使っていたのではないかという事だった。手元を見ずにマガジンを手に取るなど、体で覚えている事が多いと、装備の変更というのは大変なのだろう。私もポーチを変えたらミスをする自信がある。
「つまり、妖精銃を〝BAIシステムズ”に売り込む為に”BSガーディアン〟の戦闘員を私達に差し向けた人がいるって事? つまり両方の関係者なんだから絞り込みやすくない?」
 ウェリィの発言に、スイフト卿が反応する。
「残念ですが、〝BSガーディアン〟の成立時、海運関係の投資家だけでなく、軍事関係の投資家も多く参加しています。おそらく、両方と関係のある者はかなり多いでしょう。大量の銀の所有に不自然が無い貴族等に絞るとしても、少なくない数になるはずです」
「国内軍需産業であるBAIの製品だって使っているだろうしね」
 している業務は違うが、同じ軍事に関連する企業同士、何かしらの繋がりはあるというのは納得できる。
「軍事の出資に興味を持ってる貴族ですか……。神秘に関係ない貴族でしたら、中島さんとスイフト卿は誰か思い当たる人物はいますか?」
 鈴木さんの質問に、中島さんとスイフト卿が頭を捻る。
「クレバー卿、ジョージ卿等は有名ですね。後は……」
 どういう貴族がいるのかというのは全く分からない。いや、ジョージ卿はどこかで聞いた。
「ジョージ卿……」
 思わず口から名前が零れる。中島さんが続いて名前を出そうとしたスイフト卿を手で制しながら私の方を向く。
「フェア君はジョージ卿に聞き覚えがある? あまりイギリスの中の事は知らないと言った記憶があるけど」
 中島さんに言われて、記憶を再び辿る。そういえば中島さんにナンパのような事をされる前後だった気がする。
「あ、〝情報屋〟が論文の掲載誌を見せてきた。確かジョージ卿の論文が乗ってるって」
「あー、そういえば威勢のいい論文があるから読んで! って言ってたね」
 ウェリィが言うような積極的な言い方ではなかったが、情報を商品とする〝情報屋〟にしては神秘に関係が無いし変な話題を投げてきたなと思ったのを思い出す。
「ジョージ卿の論文……。ああ、英国を再び偉大にするっていうやつだね。フェア君が利用していた情報屋ってウェートン君だったよね。彼はその手の論文を好むような愛国者じゃないと思う」 
 彼はウェートンという名前らしい。情報を売り買いする立場だから、これも偽名かもしれないが。
「そうですね、そこまで強い愛国心があるならば、リチャード騎士団から離れて日本で商売を始めたりはしないでしょう」
 確かに、紅茶は愛飲していた記憶はあるが、特に英国が好きだという印象は受けなかった。
「考えていても仕方なさそうだ。彼に直接聞いてみよう」
 中島さんはスマートフォンを取り出し、操作した後に耳に当てる。暫く待つが、中島さんは声を出さず、そのままスマートフォンを下した。
「繋がらない。スイフト卿も知っている番号があれば連絡お願いします」
 スイフト卿もスマートフォンを取り出し、耳に当てる。しかし、彼女も口を開かない。
「二人とも連絡先知ってるんだねぇ」
 私が携帯電話を持っていないのもあるが、〝情報屋〟の電話番号は知らない。会う必要があるときは、指定の場所に物を置いたりしてコンタクトを取っていた。
「やっぱり霊害は情報が命だからね。君達と協力関係になっても素行とかが問題にならないかを確認したり、彼にはお世話になっていたよ」
 あ、やっぱり私達の情報も売りに出されてたんだ。ある程度予想はしていたが、実際聞くといい気分では無い。
「えー、じゃあナンパしてきたのも〝情報屋〟から情報を買って来たの?」
「いや、彼はそれなりには義理堅いよ。君達の隠れ家とか、致命的になるような情報は売ってくれなかった。私達が君達を見つけたのは地道な努力の結果だよ」
 なるほど、そういう情報を売っていないというのはありがたい。まあ、義理堅いのか、単純に顧客を失わない様にする為かはわからないが。
「そうですね、我々が接触してもそれらの情報は売りませんでしたね」
 耳に当てていたスマートフォンを下しながら、スイフト卿が言う。
「こちらも繋がりません」
 スイフト卿の報告を受けて、中島さんがスマートフォンの画面に指を滑らせてからこちらを向いて口を開く。
「うん、何人か他の情報屋を当たってみたけど、誰も彼を見ていないようだね。彼が仄めかしていたジョージ卿の関与が出てきた時にいなくなっているっていうのは穏やかじゃないね」
 情報屋という仕事的に、身を潜めるという事は多いだろうが、流石に状況が怪しい。
「雲隠れしているだけだったら良いですが、そういう気配でもなさそうですね。直ぐに探しましょう」
「急ぐ必要がありそうですね。私もこちらで可能な範囲で調査します」
 鈴木さんとスイフト卿が立ち上がりながらそう言う。敵は口封じの為に味方を射殺する事を躊躇わないらしい、急がないと命が無いかもしれない。
「そうだね、いくつかは彼の隠れ家を知っているから私達はそこから当たろう」
 スイフト卿が騎士の作法を守り、こちらに対する敬意を示しつつも足早に立ち去るのを見て、それに対して習った返礼を思い出しながら返し、中島さんが取り出したパッドの地図を見る。複数示されたピンが〝情報屋〟の隠れ家なのだろう、数ももちろんだが、距離もそれなりに離れている。
「痕跡があるかもわからないけど、一つ一つやっていこう。行くよ」
 中島さんが歩き始めたのに続いて、鈴木さんとともに歩き始める。お世話になったというには平等な関係ではなかった気もするが、彼の協力が無ければ苦しかったのも事実だ。なにより知っている顔が死ぬというのは良くない。何事もない事を祈りつつ、捜索への決意を固めた。

 

= = = =

 

 鬱蒼と生えた草に身を潜めながら、近くから聞こえる足音が遠ざかるのを待つ。
「ここで間違いなさそうだね。さっきの警備が妖精銃を持っていたって事は、彼がここにいる可能性は高い」
 草むらから顔を出しながら、中島さんが言う。
「彼が情報を残してくれて助かりましたね」
  ここに〝情報屋”が連れ去られたのではないかと考えたのは、”情報屋〟の隠れ家にここに関する情報がおかれていたからだ。人払いの魔術のような、簡単なまじないで隠されていたが、私達には関係なく、目立つところに置いてあったこれが誘拐された場所ではないかという結論だった。
「誘拐したのは現代火器で武装している連中かと思ったけど、今回は妖精銃だけだね。いまいち敵の姿がはっきりしないね」
 確かに、妖精銃の性能が悪いわけではないが、警備のような至近距離で戦う事を想定するなら現代火器の方が有利な筈。持っているのに使わないというのは変だ。
「単純に数が足りないだけかもしれません。流石にアサルトライフルを何丁も密輸されていたら困ります」
 確かに、銃の密輸も大変だろう。妖精銃と人口妖精も密輸しているのにそれに加えて現代火器もというのは大変そうだ。
「そういえば、なんで妖精銃を密輸してるんだろう? 沢山作ってもらいたいなら、周りに沢山無い方がよくない?」
 そういえば、妖精銃を兵器として運用したいのなら、ばら撒く必要は無いように思う。逆にばら撒いたら敵も使用してくるので、優位性が揺らぎかねないとも感じる。
「フェア君が期待外れで妖精銃のサンプルにならなかった時の為に、使いこなせる人間を探していたか。もしくはフェア君を戦いに引きずり出す餌だったのか」
「密輸犯と製造推進を狙う人間は別かもしれません」
 やはり情報が少ない。今回〝情報屋〟から何か情報を聞き出せたらよいのだけど。
「まあ、彼ならそれなりの情報は持っていると思うよ。ちゃんと情報を聞けるように、こっそりと忍び込もうか」
 中島さんはそう言うと、次の隠れられそうな茂った草に向けて姿勢を低くしたまま移動を開始する。そこから辺りを伺った後、こちらに手招きしてきたので、左右を確認し、敵が見ていない事を確認して鈴木さんと私が、一人ずつ順番に移動する。
「なかなか緊張しますね」
 草に身を隠しながら、鈴木さんが呟く。確かに、相手の陣地へ踏み込んだりはしたが、ひそかに潜入するというのは初めてだ。鈴木さんも緊張するという事は、初めてなのだろうか。
「まあ、外周はそんなに心配しなくていいと思うよ。外周の警備が多いと目立って人の関心を引き寄せちゃうからね」
 確かに、普段は人が寄り付かない所であっても、それなりに人の目はあるものだ。物々しい警備がされているという噂があれば、〝情報屋〟の残した情報が無くともここが怪しいと気づけたかもしれない。
「という事は、潜入の本番は内側ですか」
 〝情報屋〟の情報によると、この拠点は広大な土地を持っていて、中央にいくつかの建物を持っている。その中央に近づけば近づくほど、他人の目は入らなくなり、彼らの行動に制約はなくなるはずだ。
「だね。幸いにも地図があるから、警備を強化しそうな所の予想は出来ている。焦らずにゆっくり行こう」
 〝情報屋〟が残していた情報の中には、彼らがどのような工事をし、土地に手を入れたか、等の情報も含まれていた。詳細な情報がある為、中島さん程の経験だと大体警備は予想できるらしい。裏をかかれる可能性はある、と中島さんは言っていた為、油断はせずゆっくりと行きたい。草むらから出た鈴木さんに続いて、私も草むらから出て前進する。
 そして、中島さんの予想が良かったのか、敵の警備が甘いのかは分からないが、敵にほとんど出会わず、見つかる事もなく建物がある所までたどり着いた。
「オートマタの気配があるね。久しぶりだね」
 そういえば、意識の外に置いてしまっていたが、密輸犯はオートマタを使っていた。
「以前改良されたオートマタが回収されてましたね。あれはどうなったんですか?」
 そうそう、アーサーとの決戦の為にヒナタさんに協力してもらったが、その代わりとして、密輸犯らしき拠点の掃除を頼まれていた。その際に、腰に不思議な膨らみのあるオートマタがいたのだった。
「フェア、忘れてたでしょ」
 ウェリィの指摘は無視しつつ、中島さんの方を見る。あれは何なのか気になっていた。
「んー、魔力を得る何が収められていたって事以外はまだ報告が上がってないね。魔力源が喪失してから時間が経っていて、何かを特定できてないらしい」
 なるほど、魔力源か。それを聞いて一つ嫌な可能性が思い付き、周囲の気配を探ってみる。
「中島さん」
 ゆっくり、慎重に声を出す。可能性が正しいか確認するには中島さんに頼るしかない。
「何かな?」
 心配そうに中島さんが聞いてくる。若干声が震えていたかもしれない。
「オートマタってこっちとこっちに一体づついる?」
  私が感じている気配はオートマタの気配ではない。
「そうだね。君達が感じるって事は、やっぱりそうなるかな」
 中島さんはそうではないかと思っていたらしい。まあ、この状況で魔力源と聞いて思い浮かばない方が変かもしれない。
「両方から人工妖精の感じがする。人間の腰の高さ」
 オートマタのいる所から、人工妖精の感覚がある。つまり、オートマタについていた腰のふくらみは人工妖精を閉じ込め、魔力を得るための機械である可能性が出てきたという事だ。
「機械付きのオートマタが動いていた施設は妖精銃密輸にも関係していた様でしたからね。可能性は高そうです」
 人工妖精をそんな事に使うなんて許せない。私だって彼ら彼女らを使う関係ではあるが、
 魔力源のような妖精達をあきらかに物として扱うような扱いをしているというのは許せない。
「フェア君。怒りはわかるけど、確定はしてないし、今は冷静に行こう」
 中島さんの言葉を聞いて、息を深く吸い込む。冷静さを失って、敵に見つかったりすれば、オートマタの動力として取り込まれているかもしれない人工妖精を助ける隙も得られないだろう。
「まあ、あのオートマタの感覚器は人間より優れているっていう事は無かったから、人間の警備と区別する必要は無い。ゆっくりと進もう」
 もう一度息を吐いてから、進み始めた中島さんに続いて建物の間を慎重に進み始める。オートマタは作った人間によって様々な違いがあり、どういう手段で周りの情報を得ているか、というのも違いがある。
 人間の感覚器を模したパーツを作り、魔術で原型と同じ機能を持たせる場合が多いらしいが、魔術でレーダーのように探る物や、魔力や生体反応を感知する魔術を組み込んだ物等、色々な方法があるらしい。
 魔力を探知するならば、人工妖精とウェリィを連れている私は目立ってしまうが、幸いにも今回のオートマタは人間と変わらない方法でこちらを認識しているらしいので、新しい対応をする必要は無い。先行する中島さんより姿勢を高くしなければまず見つからないだろう。元々林業に関係していた建物群なのか、所々に積み重ねられた丸太があり、隠れる所には困らない。
「やっぱりあの建物の警備が一番厳重だね。彼はあそこかな?」
 中島さんが指さす建物を、丸太から少し顔を出して確認する。出入り口を一人妖精銃を構えた私服に多少の装備を身に着けた者が守っているし、建物の窓から中を歩いているオートマタが見える。
 他の建物の入り口には特に守られていない所を見ると、あの建物に何かがあるというのは間違いなさそうだ。
 問題は、忍び込む難易度が高そうという事だ。警備が厳重な建物は一階部分が倉庫になっていて、妖精銃を持った男が警備している出入口から伸びている階段くらいしか上に登れそうな物は無い。
「あの警備を何とかするしかなさそうですね」
 鈴木さんのいう通り、あの警備だけはなんとかしないとあの建物には入れなさそうだ。周りをよじ登ったりできるかもしれないが、目立って仕方ないだろう。
「んー、忍び寄るには障害物が少ないし、静かな遠距離攻撃手段は無いね」
 妖精銃で撃って当てられる距離だけど、人工妖精をエンチャントしても、発砲音を抑える事は出来ない。かなり目立ってしまう。中島さんのいう通り、入り口周辺は整理されているのか物が少なく、忍び寄って無力化するというのは難しそうだ。
「A型に火でもつけてもらう? 乾燥してるからよく燃えそう」
 確かに木が多いから火をつければ敵の気はそれるだろうけど、あまりにも多すぎる。破棄されていたという事は放置された木材は乾燥しきっているわけで、どう燃え広がるか予想が出来ない。
「ここ数日、雨もなかったみたいだしね。火は最後の手段にしようか」
 そういいながら、中島さんがスマートフォンを操作していた事に気づく。動きを見るに誰かにメッセージを送っているようだ。
「誰かに協力してもらうんですか?」
 鈴木さんの質問に、中島さんは軽く微笑みながら答える。
「スイフト卿に。情報収集では、こっちが隠れ家で情報見つけちゃって役に立ててないと気にしていたみたいだったから」
 捜査を妨害してしまった分、役に立って貢献したいという思いが強いのだろうか。スイフト卿はアーサーに従っていた立場だし、私はあまり気にしていないので、ちょっと申し訳ない。
「よし。今から何本か矢を射ってくれるってさ」
 この周囲は木が多い、島での決戦で、木々を素早く移動しながら射ってきていたのを考えると、スイフト卿にとっては有利な環境だろう。反撃を食らって倒されるなんて事はないだろう。私よりも妖精銃を使い慣れていないだろうし。
 そんな事を考えていると、私達の視界に入ってきた歩哨の足元に矢が突き刺さる。その歩哨は、近くの壁に寄りかかりながら無線に向かって言葉を発し、妖精銃を森へと向ける。射手、つまりスイフト卿が移動しなければ隠れながら反撃出来るいい位置なのだが、彼女はすでに移動していたらしい。歩哨の足に矢が突き刺さる。
 歩哨が倒れこみ、それを見た入り口を警備していた男が妖精銃を射られた方向に向けながら歩哨へと走り出す。
「あれ、意外と簡単に移動してくれたね。いこうか、フェア君は支援をお願い。」
 中島さんも驚いているが、警備をあっさりと捨てるとは思わなかった。限られた入り口という敵が必ず通るポイントを守るというのは鉄則なのではないだろうか。
 入り口に向かって駆け出した中島さん、鈴木さんを見つけたり狙っている敵がいないかを妖精銃に乗せられたドットサイトを通して確認する。妖精銃らしい銃声が聞こえてくるが、あちこちから聞こえる。森の動くものを手当たり次第に撃っているのではないかと思うほどまとまりが無い。どうも素早く射点を変えて弓を使うスイフト卿を発見できず、大混乱に陥っているらしい。RORO船で戦った特殊部隊っぽい敵とは大きく違う。
 そして彼らは森ばかり見て、内側の警戒はおろそかになっているらしい、建物の入り口にたどり着いた中島さんが手招きしているので、周囲を見渡してから移動を始める。
 移動中、妖精銃を構えながら警戒している男の姿が見えたが、外側ばかり気にしていてこちらは見ていなかった。
「んー、なんというか拍子が抜ける程敵の素人感がすごいね」
「戦闘が出来る人員はRORO船での戦いで出払ってしまったのでしょうか?」
 入り口のドアを開け、内部を確認しても待ち伏せの気配は無い。入り口からすぐに上に登る階段になっていて、有利な高所を取りやすい構造なので、待ち構えないのは損だ。
「上にオートマタがいたね。ここからは一気に行こうか」
 階段はすこしくたびれた木製、慎重に歩いても音がなりそうなので、ここは一気に行った方が良い。硬いオートマタだと困るので、ケースを開き、C型のカティを妖精弾に込める。弾の強度が上がって貫通力が上がる。人工妖精が入っているだろう腰の膨らみを狙えば、通常弾でも無力化できるが、それはしたくない。
 中島さんが手で合図をしてから、階段を一気に駆け上がる。鈴木さんが動き出すのをみて、私も階段に足をかける。
 先に上階について、右に曲がり視界から消えたと思ったら、中島さんが投げたのだろうオートマタが視界に出現する。ポリカーボネート製のオートマタなので、鈴木さんがそれを飛び越えて中島さんに続くのを見てから、オートマタの心臓部と思われる部分に妖精銃を突き付けて引き金を引く。
 オートマタの四肢から力を抜けていくのを確認したら、中島さんの向かった方に続く。
 階段から続く廊下にもオートマタがいたらしく、床に倒されて鈴木さんに押さえつけられている。
 鈴木さんに余裕がなさそうだったので、妖精弾を用意せず、そのまま心臓部付近に妖精銃を向ける。多分連射すれば何とかなる。
 ボルトを操作し、引き金を引く。ボルトを操作し、引き金を引く。四発目でようやく完全に動かなくなったので、妖精銃を構えなおす。鈴木さんが耳を押さえているのを見て申し訳なく思う。至近距離の連発はうるさい。私は慣れてしまった。
「中は二体だけだったみたい。でも外の方々が気づいたから迎撃しないとね」
 中島さんの声に外を見ると同時に銃弾が窓枠を削る。二名が妖精銃を構えてこちらを狙っているし、オートマタも二体が走ってこちらに向かってきている。
 頑丈な建物ではないので、銃弾を何度も防げるような壁ではない。妖精銃を構えている方を先に狙う。
 ちょっと遠いのでブースターをつけて相手の足を狙って引き金を引く。外して足元に命中しただけだったが、後方に下がっていくのでとりあえずはそれでいい。もう一人がこちらに射撃してくるが、慣れていないらしい、建物のどこかには当たったらしいが、私たちの周囲ではない。
「フェア君はそのまま銃手を押さえていて、オートマタはこっちで抑える」
 オートマタは中島さんと鈴木さんに任せておけば安心だ。狙いが下手な相手の足を狙って撃つ。ふくらはぎに当たり、痛がりながら男が倒れる。味方を優先していたし、このまま彼を背負って二人とも離脱してくれないか。
 もう一人の方を見ると、何か弾を込めていた。二、三発しか撃っていないのに装填動作という事は、妖精弾。多分この状況で使う弾は炎上狙いのA型。まあ、各妖精の能力を把握していない可能性もあるけど、撃たせるわけにはいかない。ある程度の狙いを付けたら連射する事を優先し、引き金に指をかける。
 さっきまで五発射撃したから弾倉に残っているのは五発。全発撃ちきるつもりでボルトの操作と発砲を続ける。
 五発の連射はすぐに終わる。連射の間身を隠していた相手も射撃が止まったのを見てこっちに妖精銃を向けてくる。
 弾が無い物は仕方ない、撃ちきった後に戻してしまったボルトを開き、クリップでまとめられた五発の弾丸を押し込み、再び構えようとするが、その前に相手の射撃音が響く。
 予想通り妖精弾に込められていたのはA型だったようで、室内に飛び込んできたそれは廊下に火をばら撒く。
「ウェリィ。相手の妖精捕まえて!」
 妖精弾をポーチから取り出しながら、ウェリィに叫ぶ。ウェリィがポケットから飛び出した感覚を感じながら、エンターが入ったケースを開き、妖精弾を近づける。
「エンター、バレットエンチャント」
 エンターを付与した妖精弾を開きっぱなしになっていた妖精銃に押し込み、A型の着弾点を狙ってすぐに撃つ。
 エンター、E型人工妖精の着弾効果は風の生成、建物に燃え移ろうとしていた火は風によってかき消された。火が燃え移っていないのを確認して、撃ってきた相手の方を確認するが、もういない。探すと最初に足を撃った方を引きずって移動し始めているのが見えた。とりあえず銃は無力化できた。中島さん達を支援しないと。
 階段の方を向き、中島さん達の様子を伺うと、ドタドタドタと階段から転がり落ちる音が聞こえた。
「フェア君、とどめだけ頼める?」
 中島さんがそう言うので、階段の下を見ると、転がり落ちた衝撃か、関節でバラバラになっているオートマタと姿勢を立て直そうとしているオートマタがいた。
 ポリカーボネート製の体自体は持っても、関節は衝撃に耐えられないらしい。場合によっては風で突き飛ばすのもありかもしれないと考えながら、カティを再び呼び出して、妖精弾に付与して撃った。
「スイフト卿から連絡。敵は逃げ出している。そっちに合流するってさ」
 とりあえず終わったらしい。A型が飛んできた時は肝が冷えたが、前回の戦いと比べると随分楽な戦いだったと思う。
「さて、じゃあオートマタを確認しようか」
 中島さんはそういうと、階段を上り切って直ぐの所に転がっているオートマタの膨らみに刀を伸ばし、カリカリと表面を削り始める。硬い素材だが、こうやって削るようには切れるらしい。
 削るのを待つ間、ウェリィが連れてきた敵のA型人工妖精から情報が得られないかと交流を試みていた。
 捕まえてきたのにご褒美が無い! と不満げなウェリィには後で何かしないといけないなと思いながらの交流の成果は、この子は使われるのが初めてで、今日初めてケースから出てきたらしいという事で、相手の事は何も知らないというあまり良いものではなかった。
 この子も、私の持っていた空きケースを出すと、そこに自分から収まりに行った。またA型が増えてしまった、一番作られているのがA型とは聞いているけど、こうもA型ばかりだと使いどころに困る。この建物群に火を放つならみんな使えるかもしれない。
「あ、取れそうです」
 見ていない間に削る役割が鈴木さんに代わっており、膨らみの一部が窓のように四角形に切り抜かれようとしていた。
 鈴木さんが力を入れると、その四角形は外れ中身が見えるようになる。やはり、中にあったガラス容器には、人工妖精が収められていた。大分弱っている。
 中島さんが装置を確認してから、鈴木さんから刀を受け取り慎重にガラス容器に衝撃を与えていく。少しづつひびが入り、そして静かにガラスが割れた。弱った人工妖精を手に乗せ、様子を観察する。魔力を使い過ぎた時の疲れに似ている。精製した魔力を人工妖精が生きれるぎりぎりだけ残して回収されていたのだろう。この子は命に問題は無いが、こんなぎりぎりを続けていたら人工妖精が死んでしまう。
「許せない」
「うん」
 思わず零れた言葉に、ウェリィが人工妖精の介抱をしながら同意する。
 弱った人工妖精を眺めて、その怒りを確認する。生きる物を犠牲にするなんて魔術、特に霊害と判断される場合は珍しい事ではないが、やっぱり人工妖精をそう扱われるのは感情が動いてしまう。
 暫くしてから、後ろから声が掛けられる。
「紅茶、お飲みになりませんか」
 いつのまにかスイフト卿が合流していたようだ。しかし、紅茶。折り畳みが出来たりと簡素だが、ティーセットが並んでいる。保温の水筒から熱湯を出して、ここで入れたらしい。
「英国の人って紅茶への情熱が本当にすごいんですね……」
 鈴木さんが関心しているが、こんな人は研究所でいた時に見たことは無い。スイフト卿が特殊だと思う。
「いえ、私もいつもは携帯していません。〝情報屋〟のウェートン殿が弱っていたら丁度良いと思いまして」
 確かに、彼は紅茶が好きだったようだし、良いかもしれない。というか、〝情報屋〟を助けにここに来ていたという事を忘れていた。
「確認したら、特に命に問題はなさそうだったからスイフト卿が合流して、君達が落ち着いてからでいいかなと思って部屋で括られたままにしてあるよ」
 考えを読んだのか、中島さんが説明してくれる。なんで拘束したまま放置しているだろうか。
「まあ、彼は情報を売る先が普通より広いからね。倫理観はあるから致命的な事はなかったけど、恨みはあるよ」
 追加で説明してくれた。逃走している私のような人間にも情報を売るのだから、彼が情報を売る先というのは多様なのだろう。恨みの詳細は聞かない事にして、とりあえず入れてもらった紅茶を飲む。おいしい、欲を言えば砂糖が欲しいけれど、今はいい。
「落ち着いた? それじゃあ彼に話を聞きに行こうか」
 暖かい飲み物はやはり落ち着く。頷いて、妖精銃を背負い直して中島さんに続いて〝情報屋〟が拘束されているらしい部屋に向かう。
 部屋に入ると〝情報屋〟がパイプ椅子に拘束されていた。神秘的な拘束もなく、ただ結束バンドで固められているだけで、霊害関係っぽさは全くない。
「やあ、遅かったね。一瞬覗いて立ち去るのはひどくないかい?」
 痛そうな角度で拘束されているが、声の調子は普段と変わりない。別に弱ってるとかそういう状態ではないようだ。
「情報を仕事にしている以上、こういう経験は豊富なんじゃない? 特に君、そういう過激な事してもおかしくない連中との付き合い多いだろう?」
「まあね、ここの連中に反社会的な魔術組織の情報を売ったのが私とはバレてる感じかな」
 そういえば、密輸された妖精銃、人工妖精を買う人間をどうやって見つけているのかという話もあった。様々な人や組織とやり取りのある彼なら、買い求める魔術組織の情報を多く持っているだろう。
「しっぽを見せやすい組織を選んでくれていたみたいだから、それは一旦置いておくよ。それに、お金目当てというよりは、目的を探る為に潜入してくれたんじゃないかな。それを聞かせてくれたら日本での自由は保障するよ」
 確かに、警察が把握している範囲にはなるが、日本で妖精銃を使った事件というのは起こっていない。事前に私達で対応して潰せたのは、〝情報屋〟が渡す先を考えてくれていたからだったみたいだ。
「まあ、そのおかげで捕まった訳だけどね。全部成功させるなんて流石に優秀だね。ちょっとはミスしてもよかったのに」
 渡した先全部が使う前に捕まりました。ではマッチポンプを疑われても仕方が無い。まあ、もし〝情報屋〟がこのような行動をしていると知っていても、妖精銃が悪いことに使われるのは我慢ならない。全部全力で止めに走っただろう。
「さて、本題。フェアさんに仄めかした通り、ジョージ卿を疑って調査してた訳だけど、数か月の調査で確信へと変わった」
 〝情報屋〟は一呼吸置いてから再び口を開く。
「騎士団長候補暗殺、妖精銃、人工妖精流出の黒幕はジョージ卿で間違いない。目的は、英国を再び偉大にすること。その為の力として、神秘技術を用いた軍隊を作る事だ」

 

~第七章 終~

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