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異邦人の妖精使い 第5章

 ヒナタさんに教わった島は、事前に聞いた通り、島の全体が断崖絶壁となっており、本当に波止場以外からの上陸は考えられないような島だった。
 リチャード騎士団より先んじて上陸した私達は、波止場から、深い森を抜け、唯一の建造物である立派な屋敷の庭で決戦に向けた最終確認を行っていた。
 妖精銃を約百メートル先の木の幹に向けて構える。引き金を引き、撃つ。
 そして素早くボルトに手を動かし、ボルトを引き、戻す。そして、再び撃つ。
 これを十回繰り返す。
「銃声は八回しか聞こえなかったよ?」
 ウェリィの言葉通り、引き金の引き損ね、ボルトの引きが甘い事で二回失敗した。
「マッドミニットっていうんだっけ? 不発率を減らせたらいい感じじゃないかな」
 マッドミニットは一分間に十五発の弾丸を三百ヤード先に置かれた的に撃ち込むという、SMLE小銃が英軍に採用されていた頃に行われていた訓練の通称らしい。
 今回は十発、百メートルと縮小した形で行ったが、木の幹に撃った弾は全弾命中しているし、連射速度も十分だと思う。不発はどうにかしないといけないが。
「移動目標は狙えますか?」
 鈴木さんが尋ねてくる。確かに、相手はこちらが妖精銃を所持している事を知っているのだから、動かない瞬間は極力減らしてくるだろう。移動目標を狙えないと今回の戦いでは効果が少ない。
「研究所にそんな的は無かったから」
 エディンバラ妖精研究所の射撃場は妖精銃を扱うのに十分な長さは確保されていたが、あくまで研究所である為、的については、木の板で作られた簡易的な的くらいしか無かった。
 レール等で移動し、移動目標を模擬するような高性能な設備等は全く無い。そもそも、リチャード騎士団が大規模に銃を運用するのは妖精銃が初めてであり、そのような設備を調達するルートが無いという話を射撃場の担当がこぼしていた。
「そっか、じゃあ今度SATとかが使っている訓練場借りれないか聞いてみるよ」
 SATは日本警察の特殊部隊と聞いているが、SATが利用している訓練場を借りるという言葉がさらっと軽く出てくる物だろうか。いや、中島さんはいつもそのような感じだけど。
「え、SATですか?」
 幹に残された着弾痕を眺めていた鈴木さんもかなりの速さで中島さんに顔を向ける。
「うん。捜査班に何人か元SATがいるから、コネで何とかなると思うよ」
 本来の対霊害捜査班が対象とする霊害は、人が起こす霊害である為、高い対人戦闘能力を持つ人物がいるというのは不自然ではないのだが、警察系特殊部隊と霊害という言葉が上手く繋がらない。
「まあ、これも目前のアーサー君を解決してからだね。装備の確認をしておこうか」
 中島さんが手を叩くのに合わせて、気持ちを切り替える。訓練で少なくなった妖精銃の弾倉にポーチから取り出したクリップ一つ分に加え、何発かの弾薬を押し込んでいく。
 それから、今日頼りにすると決めた人工妖精達をケースから呼び出し、一人ひとり状態を確認する。
 中島さんは愛刀である今剣に加え、それまで使っていた膝丸の写しも持ち込んでおり、二本の刀の状態を確認している。膝丸の方が長く、鍔迫り合いに向く為、持ち運びに遠慮がいらない今回は二本体制で臨むそうだ。
「今日、フェアは銃剣の練習はしなくていいの?」
「それは中島さんに任せる」
 銃剣は銃の先端に装着出来る短剣だ。そのまま短剣としても使えるし、妖精銃に装着して槍のようにも使える。
 ただ、剣の腕は一朝一夕に学べるものでもないので、私は扱い慣れた銃の調整に集中する。使えない訳では無いが、中島さんと鈴木さんという前衛がいる状態なのだから、無理をして使う理由は無い。
 鈴木さんは片手で持てる透明なポリカーボネート製の盾に、いつもの警棒。それに加えて、今回は自動式拳銃をホルスターに収めている。
 よく日本国内で押収される拳銃で、これまでのリボルバーと比べて小口径であり、貫通力が高い為、人目を気にしなくていい今回は使ってみるという話だった。
 犯罪に使われる事が多い銃なので、自分が使うのは複雑な気持ちですねと、鈴木さんが移動する船内で呟いていた。確かにそれは複雑な気持ちだろう。
「来たね。ゴムボートで五人。別に操縦する人がいないなら、逃走阻止は楽だね」
 人工妖精達をケースに戻すと同時に、中島さんが声を出す。五人。指揮官であるアーサー、そして、部下である剣使いとロングボウ使いが二人づつ。これまで戦ってきた人数と同じだ。
「じゃあ、計画通りに決戦の舞台はここ。私達が前衛を務めるから、フェアさんは援護。これはいつも通りだね」
 彼らが望むのは決闘であり、公平な勝負だ。相手が圧倒的に不利な上陸直後から仕掛けるのは彼らの納得を得られないだろう。
 こうやって屋敷で待ち伏せしている状態は不平等に繋がる要素ではあるが、相手の人数はこちらより多いのだ、このくらいの不平等は受け入れてくれるだろう。
 船着き場は屋敷から視認出来ない。相手がいつ目の前に現れるかは分からない。
 この決戦の始まりの合図は何だろうか、私の銃声か、矢の飛翔する音か。
 そんな事を考えていると、いきなり、大音量が耳に飛び込んできた。
「我はアーサー・マクドネル。リチャード騎士団、シティ・オブ・ロンドンの教区騎士! この剣と、教区騎士団の誇りと名に賭けて、この決闘に応じる!」
 それは聞きなれたアーサーの口上で、拡声器かなにかを使っているのだろうその大声は、私の背後にある屋敷に反響し、かなり聞き取りにくかった。
「彼らしいですね、奇襲を狙うって言っている物のようにも思いますが」
 あの騎士が攻撃の前に口上を欠かさない人間であるという事は知っている。その彼が、私達に会ってからでは無く、上陸した時点で口上を述べるという事は、何か作戦、例えば攻撃のタイミングを計らせない等の事を考えているのかもしれない。
「まあ、あの人だから一直線で来るんじゃない?」
 その可能性もある。決戦の舞台に入るにあたっての意気込みであったのかもしれない。
 だが、正面切っての戦いに拘っているのはそれしか出来ない事が理由ではなく、イングランド純血派が正当な手順で私を討ったという事実が彼らにとって重要だからだろう。
 今回の戦いが、どのような結果に終わっても、アーサー達にとって、我々を巡る最後の戦いとなる可能性は高い。勝利の為に正面以外の手段を用いる可能性も十分あり得る。
 いずれにせよ、私が出来るのは、周りを見て、狙って撃って、必要があれば妖精達の力を借りる、それだけだ。
 庭はそれなりに広く、視界を遮る物は無い。立派な屋敷にあるような、庭にも植え込みや石像等の装飾品があった痕跡はあるのだが、切り株となっていたり、無残な姿となっていたりと視界の邪魔にはなっていない。
 木々の間に見慣れた鎧が見えないか、しっかりと目を凝らし、矢の飛翔音を聞き逃さないように、耳を研ぎ澄ませる。
 中島さんと鈴木さんも周囲を警戒している。しかし、矢が飛んできて、避けられない時、鈴木さんは盾で受け止めるのだろうが、中島さんは刀で切り払うのだろうか、少し気になる。
 ウェリィも私の肩に乗ってきょろきょろとしたり、少し飛んで周囲の気配を探ったりしているが、やはりあくびをしているなど、飽きている事が伺える。
 集中してほしいと声を掛けようと思った時、一瞬、日光を反射した何かが視界の隅に入る。
 それがこちらに向かってくる矢だという事は明らかで、妖精銃をそちらに向けながら地面に倒れこむように姿勢と位置を変える。
 先ほどまで私が立っていた位置を矢が抜けていく。飛んできた方向を見ると、太い枝に立ち、木の幹にもたれ掛かるように姿勢を整え、次の矢を用意している騎士の姿が目に入る。
 見えているぞと伝える意味を込めて、ある程度の狙いだけで引き金を引く。
 銃弾は幹に当たり、木片を散らす。ロングボウ騎士はそれに素早く反応し、枝を伝い、別の枝に跳び森の中に消えていく。森林での戦いに慣れているようだ。
 もう一人のロングボウ騎士も矢を放っていたようだ。中島さんの足元に一本の矢が落ちている。切り払ったのだろうか。
「こっちの弓使いも移動した」
 中島さんからの短い報告を受け、射点を突き止めようとするのを止める。次の射点はどこかと、森全体を観察する前に、こちらに向かってくる騎士が目に入る。アーサーだ。
 狙おうと、妖精銃を構えるが、残りの二名の剣騎士も、別々の方向から接近してきている。
 三方向から同時に接近する事で、誰か一人は私に接近出来るという作戦だろう。
 中島さんがアーサーに向かい、鈴木さんが片方の騎士に向かうのを確認すると、フリーとなっている騎士に狙いを定める。
 まずは胴体を狙い、撃つ。胴体の鎧に命中し、鎧の表面にあった何かが弾け飛ぶ。試作中の追加防弾装備だろうか。研究所で聞いた事がある。
 とりあえず、足を止めなければ危ない、視界の隅に映った矢をよける為、姿勢を低くしながら人工妖精のケースを開き、妖精弾を取り出す。
「ブルー、バレットエンチャント」
 ブルーに妖精弾に入ってもらってから、開けたボルトに妖精弾を押し込む。ボルトを閉塞し、騎士の方に向き直ったその時、騎士が何かを投擲しているのが目に入った。
 球体で、白い煙を吹き出しながらこちらに迫っている。煙玉か!
 発生し始めたスモークで視界を遮られる前に、騎士の足元に向けて発砲する。B型人工妖精の効果によって生じた氷塊が、騎士の足と地面を結合する。これで暫く動けないだろうが、騎士の姿は煙に包まれて見えなくなる。記憶を頼りに撃てば、体のどこかには当たるだろうが、命を取りたい訳では無いのだ。どこに当たるか分からずに撃ちたくはない。
 煙が周囲にある状態では、ロングボウ騎士への警戒も出来ない。ひとまず移動し、煙から逃れる。
 失敗した、煙で方向感覚がずれていたらしい。鈴木さんの方に移動してしまった。しかも、鈴木さんが姿勢を崩しており、騎士はこちらに向かって移動している。
 速射で一発。これは外す。素早くボルトを操作し二発目、肩に当たるが、接近は止まらない。
 三発目を撃って、当たったとしても剣の間合いに踏み込まれる。妖精銃を後ろに回し、銃剣を抜く。
 正直、剣はあまり得意ではない、相手は相当に扱いなれているだろうし、勝つ事は考えず、鈴木さんが態勢を整えなおすまで耐える事を目標とする。
 振り下ろされる剣に銃剣を当て、剣筋を逸らす。腕に強い負荷が掛かるのを感じる。
「ウェリィ!」
「火の玉!」
 直ぐに追撃の姿勢に入ろうとした騎士の顔に対して、私の声に反応したウェリィが火の玉を飛ばす。
 ウェリィの使う魔法の威力は低く、騎士の身に着けている鎧によって防御出来るのだが、流石に顔面に飛んでくる炎という光景は効いたのか、追撃を中断して少し後ろに下がる。
 そこに、連発した銃声が響き渡る。鈴木さんの拳銃だ。態勢を立て直せたらしい。私よりも鈴木さんの方が優先と判断したらしく、騎士は私に背を向ける。その背中には、いくつかの弾痕が残されていたが、貫通した物は無いようだ。
 その背中に妖精銃を撃ち込もうと構えたが、矢が地面に刺さるのが見え、追撃は断念する。
 ロングボウに反撃したいが、そろそろ騎士の足止めに使った氷も解けるだろう。ゆっくりは出来ない。
「下がります!」
 大声を出し、中島さんと鈴木さんに伝える。状況が悪くなったら屋敷に下がるという事は事前に話し合っていた。これで伝わるだろう。
 屋敷に向かって全力で駆け、屋敷に飛び込む。
 ドアに身を隠しながら、こちらに迫っているであろう、先ほど足止めをした騎士を狙う為、妖精銃を構えなおす。
 だが、その騎士は私ではなく、中島さんの方へ向かっている。屋敷内で剣を振り回すのは不利と判断したのだろうか。まあ、私をマークしている者がいないのは好都合だ。落ち着いてロングボウ騎士を捜索しながら、必要に応じて中島さんと鈴木さんを支援出来る。
 ひとまず、中島さんと二人の騎士の乱戦に向けて、かなり外して発砲する。これで、私を強く警戒する必要が生まれたから、かなりやりにくくなるだろう。
 鈴木さんに向けて放たれた矢が視界に入る。鈴木さんに当たらなかったのを確認してから、見えた矢の動きから射点を導き出し、妖精銃を向ける。
 木の上でロングボウを構え、次の矢をつがえようとしている騎士がいる事を確認し、引き金を引く。
 脇腹辺りに火花が散るのが見え、その衝撃が原因か、ロングボウ騎士は木から落ちる。大きく姿勢を崩したようには見えなかった為、受け身で致命傷は避けられるだろう。
 後一人のロングボウ騎士はどこだろうか、先ほど落ちた騎士は動かずに連射する事に拘っていたようだが、もう一人の騎士は射るとすぐ移動というのを守っているのか、まったく発見出来ない。それか、こちらの狙撃を警戒して一端下がったか?
 それならば、中島さんを支援する為、アーサーだけに当たるように、慎重に狙う。銃の精度によるブレを抑える為、エンターによる弾道補正も付けた方がいいだろうと、エンターの入ったケースを開く。
「フェア! 後ろ!」
 ウェリィの叫び声と共に、ミシッと床が踏まれて軋む音が真後ろから聞こえる事に気づく。
 妖精銃を体を守るように体に寄せながら振り返ると、短めの剣が妖精銃にめり込み、鉄と鉄がぶつかる音が響き渡る。
「エンター! 攻撃!」
 力一杯妖精銃を押し、相手の剣を押し返すと同時に、エンターに指示を出す。エンターから風の刃が飛ぶが、鎧に阻まれて有効打とはならない。
 短めの剣は、ロングボウを用いる騎士に好まれる護身用の剣だ。背中に矢筒とロングボウこそ無いが、目の前の騎士はロングボウ騎士の一人で間違いない。
 落とした騎士が定点で連射する事に拘っていたのは、一人のロングボウ騎士が屋敷に忍び込む事による矢数の減少を目立たなくする為の作戦だったのだろう。見事に騙されてしまった、ウェリィが気づかなかったらあっさり切られていたかもしれない。
 目の前の騎士が再びこちらに迫ってくる。銃剣を抜く暇はなさそうだ、再び妖精銃を使い、相手の剣を受け止める。また銃身で受け止めてしまった。銃身が歪んだかもしれない。
 思い切って、妖精銃を手放し、後ろにステップで下がる。相手は妖精銃に剣が食い込み、すぐに行動に移せなかったようだ。おかげで銃剣を抜く余裕がある。
 相手が短めの剣なら、まだ戦えるかもしれない。それに、ウェリィとエンターによる支援も見込める。
 相手が振るう剣を銃剣で受け止める。ロングボウ使いなら、剣の腕は劣るのではないかと思ったが、単独で侵入を任される騎士が半端な腕であるはずは無かった。攻撃を受け止めるのでやっとだ。もう少し剣の腕も磨いておけばよかった。
 少しづつ下がりながら応戦する。すると、天井にぶら下がっている立派なシャンデリアが目に入った。
「エンター、天井!」
 エンターが放った風の刃は、シャンデリアと天井を結ぶ線を切断する。支えを失ったシャンデリアは、騎士の後方に落下し、粉々に砕け散る。
 飛んでくる破片は、騎士に遮られて私にはほとんど届かない。
「くっ」
 私の代わりに破片を浴びる事になった騎士は、流石にひるむ。声を聴いて初めて気が付いたが、この人は女性か。
 そんな事はどうでもいい、ひるんでいる一瞬を突いて、剣を弾き飛ばすように全力で叩き、彼女の脇を抜ける。
 ひるんでいても、流石に騎士だ、剣を落とさなかったが、脇を抜ける余裕は出来た。
 ガラスの散らばった床を駆け、先ほど手放した妖精銃を手に取る。銃身がゆがんでいたら大惨事となるが、これしか手段が無い、姿勢を整え、こちらに振り向いた騎士を狙い、引き金を引く。
 銃身はゆがんでいるらしく、とっさに狙ったのは左わき腹だったのにも関わらず、この至近距離であるのに、右手の小手と手に握られていた剣を吹き飛ばす。
 これはもう捨てるしかないか、ならばある程度雑な使い方をしてもいいだろうと銃剣を妖精銃の先端に取り付ける。
 相手は、落とした剣を左手で拾い、こちらを向いている。
「スイフト殿。無理をするな。決着は私が付ける」
 ドアの方から、アーサーの声が聞こえ、そちらを向くと、左手から血を流し、鎧も刀で突いたであろう傷等で、ボロボロとなったアーサーが立っていた。
「中島さんは?」
 アーサーは中島さんがマークしていたはずだ。なぜフリーでここにいるのか。
「彼はもう一人の援護に入った。うちの部下と二対二で戦っている」
 なるほど、鈴木さんのフォローに入ったのか。負傷しているアーサーは、私でも十分に戦えるという判断だろうか。妖精銃がまともに使える状態なら勝てただろうが、今は厳しい。
 私とアーサーとの一対一での決闘で勝負を決める。危ないが、それが一番納得のいく解決になるだろう、という話はあったが、そういう状況になるとは。
「我はアーサー・マクドネル。リチャード騎士団、シティ・オブ・ロンドンの教区騎士。スマイラ卿暗殺の咎、その命で償っていただく」
 アーサーが口上を告げる。決闘ならば、こちらも述べるのが礼儀だ。
「我はフェア。正式な名前も所属も無いが、言われの無い罪を背負うつもりは無い」
 そう告げて、エンターをケースに戻し、妖精銃を構える。負傷しているとは言え、教区騎士、近接戦闘で勝てるとは思わないが、リーチの長さで戦ってみるしかない。
 となると、相手がこちらに踏み込んで来る前にこちらから仕掛けた方が良いだろう。足を踏み出し、声を出しながら、妖精銃を全力で前に突き出す。
 その突きは、右に動く事で回避される。直ぐに妖精銃を体に引き寄せ、アーサーの攻撃に備える。
 振り下ろされた攻撃を、妖精銃の機関部で受け止める。鉄と鉄がぶつかる音とともに、部品が破損する音が聞こえた気がする。今度こそ、この妖精銃は撃たない方が良い状態となった。
 負傷の影響は大きいらしく、剣を妖精銃に押し付ける力が大分弱い。剣が当たっている所を支点に回すようにして、妖精銃の前部でアーサーの腹を殴る。入った感覚は無かったが、殴り続けられるのを予想してか、アーサーが距離を取る。
 少し踏み込んで、妖精銃を振り下ろす。アーサーは左に避け、剣を横に振るう。
 踏み込んだ足を戻し、下がる。下がりが甘く、コートを切られてしまったが、体には届いていない。
 妖精銃を持ち替え、ストックでアーサーを殴打するように力一杯振る。アーサーの左腰付近に当たり、その衝撃が効いたのかアーサーがふら付く。
 しかし、先ほどまでの打撃が効いていたのだろう、妖精銃のストックが根本から折れてしまった。これでは槍としても使いにくい。
 妖精銃の先端から銃剣を取り外し、妖精銃を捨てる。銃剣を構え、アーサーに向くのと、あちらが態勢を整えたのはほぼ同時だった。
「暗殺事件と、最近の妖精銃の流失事件。関係あると思っていないの?」
 互いの出方を探る状態となった為、思い切って質問してみる。
「知らん! 我々は貴様を倒して、イングランド純血派が自治能力を持っていると証明するだけだ」
 もしかして、リチャード騎士団に混乱状態をもたらした最初の原因と思われる私を処理すれば、後の問題は解決するだろうという甘い考えで行動しているのだろうか。
 その考えを確認し、話し合えないかと言葉を出そうとしたが、アーサーが動き出した。
 縦の攻撃を銃剣でいなすと、すぐに横の攻撃が来た。これは後方に下がって回避する。そして、素早く突きを放ってきた。何とか銃剣を当てて、軌道は逸らしたが、左肩に刺さった。
 ひどい痛みが走る。銃剣を持った右手は自由に使える。思考が薄れ、乱れかけているが、アーサーが剣を持っている方の手を狙い、銃剣を突き立てる。
 鎧の隙間を上手く突けたらしい、私の肩から剣を抜いた直後、支えきれなかったのか、アーサーが剣を地面に落とす。
 このチャンスを逃す訳にはいかない、無事な右肩で、アーサーの胸元に向かって、勢いよく体当たりを試みる。
 普通なら、体格差もあり体当たり程度ではびくともしなかったのだろうが、弱っていたのだろうか、アーサーは尻餅を付くように地面に倒れこむ。固い物に勢い良くぶつかった為、左肩まで衝撃が届き、意識を失いそうになるが、まだやる事がある。
 アーサーの首元に、銃剣を突き付ける。
「これで勝ち。私は暗殺なんてしてない。貴方は間違った事をしている」
「……そのようだな、私の負けだ」
 少し、周囲を確認する様子を見せた後、諦めたように、頭を地面に付け、静かにそう言った。
「お、終わった?」
 ドアから、中島さんが顔を出す。戦闘後とは思えない、かなり余裕のある声であったが、私の左肩を見て、表情を変える。
「左肩のケガは深いね。直ぐに応急処置をしよう」
 アーサーから戦意は感じられない、銃剣を鞘に戻し、中島さんの方に向かう。それに対応するように、スイフト殿と呼ばれていた騎士が、アーサーの方に向かう。彼の負傷もかなりのものだ、治療は必要だろう。
「鈴木君は無事で、向こうで三人の騎士を監視しているよ」
 簡単な治療を受けながら、中島さんの話を聞く。こっちで戦っている間、向こうの様子を見る事は出来なかったが、特に大きな負傷も無く勝てたようだ。
 完全に騎士団を撃破し、これからは妨害に悩まされずに捜査が出来るだろう、もう安心だ。
 中島さんに次はどうするのかと尋ねようと、中島さんの方を向くと、いきなり中島さんが腰の刀を抜き、アーサーに向けて振るい、兜を跳ね飛ばす。
「アーサー君。今、誰に何を伝えた?」
 驚き、跳ね飛ばされた兜を視線で追うと、兜の中から、リチャード騎士団で使用している無線用のヘッドセットが転がり出た。
「この島に砲撃を要請した」
 砲撃? そんな事が出来る装備がリチャード騎士団にあっただろうか。そもそも、ここは日本だ。そのような重装備を展開出来る場所等用意出来るはずが無い。
「"メドラウド”か。先日横須賀港に親善訪問していた、デアリング級駆逐艦のもう一つの名前だよね」
 そういえば、先日妖精銃のネットニュースを見た時に、英国駆逐艦が親善訪問中だという記事が目に止まったのを思い出す。
 リチャード騎士団の歴史において、クラーケン等の海洋上で発生する霊害に対応するべく、軍艦を所持していた事があったのは知っている。しかし、最新鋭の電子機材に身を包んだ現代的な軍艦を調達しているというのは、研究所の中でまったく聞いた事が無かった。
「その通りだ。騎士らしい手段では無いが、不法者を倒せれば、イングランド純血派の能力は示せる」
 この小島だ、軍艦からの砲撃を受ければ、逃げ場等無く、この場にいる者全員の命が無くなる事は容易に想像出来る。
 どうするのかと、中島さんの方を向くが、中島さんの表情には特に焦りは見られない。どうするつもりなのだろうか。

 

= = = =

 

 デアリング級駆逐艦7番艦〝ディシジョン”はもう一つの名を持っていた。それは、没したリチャード騎士団の英雄である〟メドラウド”という名であり、そのもう一つの名前が示すように、この艦はリチャード騎士団が運用する対霊害艦としての性質もあった。
 海軍の所属という事になっているが、戦争など、駆逐艦が求められる有事が無ければ、リチャード騎士団が運用者であり、騎士団の意向によって柔軟に動かす事が出来る。
「艦長。砲撃要請です」
 モニターに囲まれ、艦の情報がすべて集約される、中央戦闘指揮所(CIC)にオペレーターの声が響く。
「来たか……。砲雷長、事前に指示した目標に対し、対地砲撃を準備」
 要請が届くというのは、作戦が失敗した場合のみである事を十分に把握している艦長は、同胞の命を奪う事を理解しながらも、指示を出す。
「はい、艦長。目標に対する砲撃準備、完了しました」
 その為に待機していたのだ、対地砲撃の準備は即座に終わり、艦長の声一つで砲撃が開始出来る状態となる。
「よし」
「待ってください!」
 唐突に声を上げたのはソナー手で、CICにいる者の視線が一点に集まる。
「どうした?」
「本艦の後方で何かの音が……。魚雷発射管扉を開く音です」
 CICが一瞬ざわつく、魚雷発射管扉を開けるというのは、攻撃の意図がある事を示している。そのような敵意を持った潜水艦が日本近海に潜んでいるとは考えづらい事態であった。
「スクリュー音は?」
「見つけました。今分析中です」
 視界の通らない水中において、頼りになるのは、音だ。潜水艦で最も特徴的な音はスクリューが回転する事によって生じる音であり、データと比較する事によって、どこのどのような潜水艦であるか、予想する事が出来る。
「一致する潜水艦は……、日本のそうりゅう級です」
 ソナー手の報告で、艦長は険しい顔をする。
「日本の潜水艦か……」
 日本の潜水艦が攻撃意図を示しているというのは、砲撃という軍事行動の計画が流失しており、行うならば容赦をしないというメッセージであり、砲撃を実施すればこの艦は攻撃されるという事である。CICにいる者のほとんどがそのメッセージを的確に受け取っていた。
「レーダーでこちらに接近する二機の哨戒機を確認しました」
 対空レーダーの操作を担当する士官が報告する。
「砲撃中止、"表”の航路に一時復帰する」
 潜水艦に加え、対艦ミサイルを満載しているであろう哨戒機の接近。確実に沈めるという日本側の本気を感じ取った艦長は躊躇いなく攻撃の中止を決断し、一時的に島からも離脱を開始した。

 

= = = =

 

「"メドラウド”の存在を知っている私が、対策をしないと思ったかい? 義姉さんから、『訓練という体だったらなんでも許される訳ちゃうぞ、ボケ』と罵られた甲斐はあったね」
 中島さんの身内、一体どういう人達なのだろうか、疑問が深まる。
「中島家ならば、日本軍に手を回す事も容易か……」
「日本軍じゃなくて自衛隊ね。そこの所よろしく」
 アーサーが小声で呟くように言った言葉に対して、中島さんが即座に指摘を入れる。その違いについてよく理解はしていないが大事な事なのは理解している。
「これでは、イングランド純血派の自治能力を示せない。リチャード騎士団の混乱を抑えるにはリーダーシップとそれを支える実績が必要なんだ」
 ああ、なるほど、暗殺の容疑者である私を倒す事で、イングランド純血派が暗殺事件を解決したとして、混乱しているリチャード騎士団の中でリーダーシップを発揮し、騎士団を立て直す計画だったらしい。
「うん、それは分かるけど、多分フェアさんを捕まえても、妖精銃の流出を無視している事とか、被害を厭わない手段を選択しようとした事とか、対抗勢力が足を引っ張れる要因を作りすぎているよね。それではリーダーシップは示せないと思うよ」
 中島さんの指摘が最もだと思う。目的の為に他を無視する勢力がリチャード騎士団の中で信頼されるだろうか。
「しかし、国教会といった他の霊害対策機関がこれを機に我が騎士団の併合を狙っており、即座に有効な方法を取らなければならないのだ」
 リチャード騎士団が、他の組織に併合される、という話は確かに衝撃的だ。リチャード騎士団にそこまで帰属意識を持っていない私でも衝撃を受けるのだから、騎士であることに拘るイングランド純血派のアーサーにとってはより大きな衝撃であっただろう。
「対抗組織を想定するんだったら、容疑者というだけで倒しちゃうのは軽率だねぇ。対抗勢力が真犯人を上げちゃうと、騎士団の信用が失墜するよ」
 実際私はやっていないので、私を倒したので解決だ。と主張してもそのような状況に陥っていたであろう。
 それを聞いたアーサーは否定することなく、噛み締めるようにうつむいている。
「君は騎士としてかなり優秀だと思うよ。ただ、自分の言葉でなぜ行動するかを話せないといけないよ。君が日本での任務の指針にしている言葉、君に指示を出した人の言葉でしょ?」
 うざいと感じるほど、捜査を妨害出来る能力と言い、剣技や部下がずっと付いて来ている所を見ると、優秀な騎士であるというのは疑いのない事であると感じる。ただ、純血派の上からの指示を何の疑いも持たずに従っていたという事が問題だったという事だろう。
「上だから、必ずしも派閥にとって適切な判断が出来る訳ではないんだよ。派閥とか、組織の命運を握る時は、自分の言葉で説明出来るようにしないとならない」
 純血派はトップであるスマイラ卿が暗殺され、指揮系統の再構築が行われている最中であるはずだ。アーサーに指示した者が派閥の中でのパワーゲームに勝利する為に個人で判断していたとしたら、不適切な手段を命じているのも納得出来る。
「その通りだ。ああ、私はなんと愚かであったか」
 アーサーは、頭に手を当て、深く息を吐く。迷惑を掛けられた身としては、愚かに何かついても良いのではないかと思ったりもするが、今は黙っておく。
「フェア殿。貴君を問答無用で疑った事を謝罪する。剣を重ねてみてわかった。貴君は騎士であり、暗殺などという手法を用いる者では無い。なにか償いが出来ないだろうか」
 私は騎士なのだろうか。まあ、そこはいい。償いか、それならば頼む事は一つしかない。
「私は暗殺事件の真犯人、そして、妖精銃と人工妖精の流出事件を調べてる。これらの情報について、リチャード騎士団側の情報を知りたいけど、まったく手に入らない。これらをこちらに回す事が出来る?」
 リチャード騎士団の中枢がある、シティ・オブ・ロンドンの教区騎士ならば、教区騎士の権限で閲覧出来る情報に加え、噂や口伝での情報が多く収集出来るはずだ。この情報源を得られれば、かなり捜査が前進するかもしれないと考え、依頼する。
「ああ、分かった。しかしながら、帰国した私に立場が保証されているかどうか……」
 しかし、アーサーの答えは、思わしくない。確かに、中枢があるシティの教区騎士なのだ、多少の失敗でも立場が保証されるかどうか怪しい。
「そもそも、フェアさんを倒すってのが非公式の指示だから、すべてが無かった事になると思うよ。非公式の指示の中で不適切な行動があったと、教区騎士から免職しようとしたら、他派閥に指示が原因であったと露見する可能性が出てくるからね。もちろん、派閥での立場は相当悪くなる」
 中島さんがフォローを入れる。言われてみれば、日本でアーサー達がどのような活動しているかを知っているのは、純血派の指示した者と、ここにいる当事者のみだ。下手に免職を求めると、その事に他者が触れるきっかけを作る事にもなりかねない。
「では、私に可能な範囲で調査させていただく。内容は部下に運ばせよう」
 内部情報を提供してもらうわけだから、記録が残らない方法の方が無難か、時間がかかるのが気になるが、手に入らなくなる方が問題だ、そこは気にしないようにする。
「霊害対策課に電話してもらったら、こっちから受け取りに行くよ。これが番号ね」
 中島さんが名刺の裏に電話番号を書き、名刺をアーサーに手渡す。
「ご迷惑をおかけした、我々は騎士団にとって何が正しいかを考え行動したいと思う」
 アーサーは自力で立ち上がり、深々と私にお辞儀をすると、スイフト卿と呼ばれていた騎士に支えられ、屋敷から退出する。
 それと入れ替わるように、鈴木さんが屋敷に入ってくる。スーツの所々に切れた跡はあるが、深い怪我は無いようだった。
「どういうまとめ方になったんです? いきなり開放して良いと聞いて吃驚したんですが」
 鈴木さんは話に加わらず、外で騎士を見張っていたのだから、敵対していた騎士を開放しろといきなり言われた形となって、それは驚いただろう。
「そうだね、とりあえず、全員の怪我が治ったら間違いなく忙しくなるって事かな?」
 中島さんがそう言いながら、大きく伸びをする。
 私も伸びようかと、手を動かして、左肩が重傷であるのを思い出した。これは治癒までかなり時間がかかるだろうか。
 治る頃には、帰国したアーサーからの情報も届くだろう。何者にも妨害されないのなら、今度こそ妖精銃や人工妖精を流出させている犯人にたどり着けるはずだ。
 やってやる。その為にまずは治療を頑張りたい。
 ちなみに、ウェリィは真面目そうな話だからと黙っていたようだが、最終的には寝ていたようだ。道理で余計な茶々が入らないと思った。

 

~第五章 終~

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