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太平洋の世界樹 第1章

by:メリーさんのアモル 

 プロペラが空気を裂く大きな音を立てて、巨大な影が三つ、空に浮かんでいた。
「パシフィックツリー、目視。……熱源を感知、飛行する生命体と思われる。こちらに接近」
「化け物どもか」
「拡大します」
 その巨大な航空機、「特異空間爆撃機」のうち先頭を飛ぶ、その航空機の中、過去の通例から「艦橋」と呼ばれている空間で、オペレーターと機長がそんな言葉を交わす。
 そして、機長の椅子の前のモニターに前方はるか遠くからこちらへ飛翔してきている〝それ〟の姿が映し出される。それは、どう形容すればいいのか、端的に表すなら「一番前足を腕と手として使い、槍を持った羽根アリ」、である。もちろん、ただ、槍を使うだけの羽根アリではない。それは人間と同じだけの大きさを持っている。そして……。
「! 異常な空気の流動を確認。攻撃、来ます!」
「高度を下げろ、ただし、〝猫〟を下せる程度に抑えろ。投下時に高度をあげなおす余裕はない」
「了解、降下します」
「各機に通達。攻撃を避ける、高度を下げろ、投下可能高度は維持」
 オペレーターの報告を聞き、機長が判断し、操縦手と通信手が応答する。
 同時、三機の巨体が昇降舵エレベータを動かし、機首を下げる。重力に逆らって地上と平行に飛んでいた三機はそれに合わせて重力に引かれて加速する。
 直後、アリに似た〝化け物〟の手から槍が離れ、あり得ない速度で、三機に迫る。
 高度を下げることで、加速していた三機はなんとか、その第一射を回避する。
「被弾なし。第二射の予兆、確認できず。情報通りですね」
「あぁ。威力偵察にて犠牲になった者たちのためにも、我々は勝たねばならない。〝猫〟を下せ。同時に残りの二機は旋回、離脱しろ。我々は戦闘機を掩護する」
「了解。各機に通達。投下せよ。投下後、旋回し離脱。当機は戦闘機の援護を行う」
「航空機隊、投下します」
 そうして、三機の巨体から「特異空間戦闘機」が投下される。合計十二機。その愛称から〝猫〟と呼称される彼らは巨体からある程度落ちたのち、RCSを用いて、機体の各部に設置されたイオンスラスタを噴射し、姿勢を水平に保つ。
「第四十二戦闘機隊、戦闘準備よし」
「第六戦闘飛行隊、戦闘準備よし」
「第八雷撃機隊、戦闘準備よし」
「エンタープライズより各飛行機へ。交戦を許可する。以降の空中管制はエンタープライズより行う」
 機長の指示により通信手がそう告げた瞬間、十二機の戦闘機は二基のイオンエンジンを点火し、一気に前進していく。
「ヨークタウン、旋回し、撤退します。エンタープライズと航空機隊の幸運を祈る」
「ホーネット、旋回し、撤退します。エンタープライズと航空機隊の幸運を祈る」
 残り二機の巨体が、補助翼エルロン昇降舵エレベータ、そして方向舵ラダーをうまく使い定常旋回して、パシフィックツリーと呼ばれた巨大な樹に背を向ける。
「特異空間爆撃機はすごいですね。こんな滑走路も空母もないところから、航空機を発進させられるなんて」
「まったくだ。残り二機が未完成なのが惜しいくらいだ」
 既に敵からの攻撃を受けているとはいえ、兆候さえ読めていればなんとか回避は可能、という状況がそうさせるのか、艦橋は一人の私語をきっかけに和やかな空気に移ろうとしていた。しかし……。
「ホーネット、ヨークタウン、被弾!」
 旋回し、速度が落ちたところを敵は逃さなかった。先ほどまで聞こえていた二機の力強いターボプロップエンジンの音はもうない。高速の槍は確実に十二基、否、二十四基のエンジン全てを貫き、その機能を奪っていた。
「両爆撃機、高度が下がっていっています。どうしますか?」
「どうにも、できん。だが奴らの攻撃には必ず空気の流動が見られたはずだ。なぜ感知できなかった」
「分かりません。現在、ログを確認中ですが、航空機隊の投下から二機の被弾までの間に、空気の流動は確認されていません」
「馬鹿な。エンタープライズはイレギュラーフォートレスIB-25の中でも唯一、空中管制機AWACSの代用が可能なレベルの最新鋭の高性能レーダー群を搭載している。感知できなかったはずがない」
「航空隊を呼び戻し、撤退しますか?」
「馬鹿な。本機は四機しかイレギュラーキャットIF-4を搭載できない。いや、そもそも、当機は投下出来ても回収する機能はない。的になるだけだ」
「しかし、今後このような予兆なしの攻撃が続く場合、いくら彼らでも回避できるかどうか……」
「しかし、それでも本機は撤退できない。本機が旋回すればまた先の二機の二の舞になる。予備の空対空ミサイルAAMをウェポンベイにセットしろ。パシフィックツリーの側面を突破する。ミサイルの発射後にエンジンの出力を最大。航空機隊各機に通達しろ」
「作戦行動中の航空隊各機にエンタープライズより通達。これより、本機は作戦空域を離脱するため、パシフィックツリー側面を強行突破する。各機は本機を掩護せよ」
 通達を聞き、戦闘機たちはRCSのイオンスラスタを噴射し、一度、前方に腹を見せてから、横方向に旋回し、残った最後の「特異空間爆撃機」の周囲に移動する。
「ミサイルを発射しろ。捕捉形式は発射後ロックオンLOAL、中間誘導は指令誘導、終末誘導は赤外線ホーミングIRH
「ミサイル発射準備、捕捉形式は発射後ロックオンLOAL、中間誘導は指令誘導、終末誘導は赤外線ホーミングIRH
「ウェポンベイを展開、ミサイル、発射します」
 先ほど戦闘機が出てきたときのように、爆撃機の翼の下が開き、四本のミサイルを抱えた円柱状の物体が一つの扉から二つ。合計八つ。ミサイルは合計三十二本、出現した。
 そして、即座にそれは放たれる。
「レーダー、敵を捕らえている。ミサイルの指令誘導、開始」
 そして、ミサイルは爆撃機からの指示に従い、敵に向かって真っすぐに進んでいく。
「ミサイル、敵に接近。終末誘導に移行する。目標捜索装置ミサイルシーカー起動」
 最後にミサイルは自ら、敵の持つ熱を感知し敵に突撃する。
「ミサイルの起爆を確認」
「いまだ、エンジン出力最大、突破する!!」
 爆撃機のターボプロップエンジンが力強くうなり、プロペラがさらに大きな音を立てて空気を裂くようになる。
「最後にパシフィックツリーに一発お見舞いしてやろう。捕捉形式は発射前ロックオンLOBL、誘導形式はセミアクティブ・レーダー・ホーミングSARH
「ミサイル発射用意。捕捉形式は発射前ロックオンLOBL、誘導形式はセミアクティブ・レーダー・ホーミングSARH
「ウェポンベイを展開。目標捜索装置ミサイルシーカー起動」
 そして、また翼からミサイルが出現する。
 直後、機体が大きく揺さぶられた。
「なんだ?」
「敵の攻撃と思われます。……! しんがりの味方航空機より報告。敵はこちらのミサイルを精密に狙撃、全てのミサイル発射装置を無力化した、とのことです」
「なんだと!」
 機長が叫ぶと同時、「艦橋」の窓に、大きな真っ黒い双剣が見える。いや、これは……、〝化け物〟の牙だ。
 巨大なアリの顔がこちらをにらむ。一瞬騒然となったのち、パニックになる「艦橋」。直後、コックピットはその咢により砕かれ、最後の一機は操縦を失い、落下していった。

 

* * *

 

 太平洋上に巨大な樹木状の構造物が出現した。世界中に光の帯に覆われた物理法則の異なる奇妙な空間が出現した。そして、巨大なアリの怪物が出現した。
 パシフィックツリー、特異空間、「化け物」とそれぞれ呼称される三つはほぼ同時に発生したといわれている。パシフィックツリーの周囲は光の帯こそないものの特異空間とほぼ大差ない奇妙な空間に変異していること、特異空間から「化け物」が出現したことなどから、国連は、特異空間が「化け物」の巣であり、パシフィックツリーが特異空間を生み出す元凶であると仮定。数年前に結成された人類軍からさらに選りすぐりを集めた「特異空間騎兵部隊」を編制。パシフィックツリー攻撃作戦を敢行した。それは驚くほど素早い対応であった。人間を襲うことが明らかな存在が世界中にゲリラ的に発生している、という明らかに危機的な状況がそうさせたのだろう、と言われている。
 しかし、人類はその戦いに敗れた。時はそれか10年後。言葉も通じない「化け物」によって、追い詰められ、自らを守る……否、閉じ込めるための柵の中に人々が閉じこもるようになってからのお話である。

 そこは「人類保護区」等と俗称される。それは歴史の中で語られるある先住民に対する政策に起因している。誰かが皮肉って言った呼び名が、気が付けば当たり前のように浸透していた。
 そして、そこにある少年がいた。少年は朝起きて、もうすぐ尽きてしまうらしい配給を受け取ると、一度部屋に戻り、配給のパンと缶詰の肉でサンドイッチを作り、ゴミ捨て場で拾ったまだ使えそうなバックパックに水と共に仕舞った。
 部屋を出て、一度、振り返る。そこにあるのは少年がそれなりに長い間夜を越した少年の部屋。まぁ、壁と天井のおかげでかろうじて雨風をしのげるだけ上等、といった風体であるが。
 この日、少年は決意していた。もうこの場所は長くない。なんとか抜け出して、生き残る方法を考えなければ、と。
 決意は力となり、〝神〟は少年にいくらかの福音を与えた。その福音は少年が「人類保護区」を脱出する、それだけのためのモノだったが、それはいずれ、この世界の行く末をも決める大きな一歩となったのだった。
 部屋を出た少年は、すぐに何かに気付いて、手ごろな瓦礫の陰に隠れる。少年の視界の先にいたのは通称「看守」と呼ばれる、「人類保護区」の警察権力者たちである。この時点で彼らに少年が見つかったところで別に問題はないが、やはり水と食料をバックパックに詰めての移動しているところというのは何らかのマークを食らってもおかしくはない、と少年は警戒する。
「看守」らが行ったのを確認し、少年は再び移動を開始する。そのあとも、「看守」に見つからないように移動しつつ、「人類保護区」の外周を覆う柵までたどり着いた。
 これが「人間保護区」。自らを「化け物」たちから守るために見上げるほどの巨大なフェンスで周囲を覆った、安っぽい要塞だ。こんなもので覆ってさえ、「羽根付き」の「化け物」は気まぐれに人を浚い、殺す。
 だいたい、こんな薄っぺらいフェンスに何の意味があるのか。「化け物」たちがこのフェンスを壊そうと思ったら、かつてあったゾンビ映画よりもあっさりと破られるのは目に見えてる。自分たちが無事なのは「看守」が優秀だからでも、生き残りの「特異空間騎兵部隊」が頑張ってるからでも、もちろん、この「人類保護区」と、その柵が頑丈だからでもない。ただ、気まぐれに見逃されているだけだ。
 その証拠と言っていいのかは分からないが、少年はフェンスにとても鋭い何かで貫かれてできた穴を見つけていた。子供がしゃがめば通ることのできそうな隙間。少年なら何とか通れそうだ。少年は、バックパックを先に穴の向こうに通して、そのあと少年自身も穴を通り抜ける。

 少年は周囲を見渡す。背後には「人類保護区」、目の前には森が広がっていた。
「すごい、な」
 少年の記憶が確かならば、「人類保護区」がここにできるまで、この周囲も全部都会だったはずだ。人類が引きこもった数年の間にビル群を木がすべて砕いて、こんな深い森へと変化したというのか……。
 驚きはしたが、考えてみれば好都合かもしれない、と少年は思った。森であれば果物の実る木もあるだろうし、飲める水もどこかで確保できるかもしれない。
 食料は一日分しかないし、水も二日はもたないはずだ。水と食料を安定して確保できる環境を手に入れるのは最重要事項と言える。
 さすがに地形が大きく変わっていたりはしないはず、と川の位置を思い出しながら、少年は普通に家で暮らしていた頃から大切に持っていた方位磁針を見て方角を確認しつつ森の中に入っていった。

 深い森の中の方角を確認しつつ進む少年、しばらくすると、開けた場所に出た。
「え?」
 そして、そこにいたのは緑の髪をした少女だった。
『え、黒妖精にとらわれてる人間?』
 目が合った緑の髪の少女は少年には理解できない言葉でそうつぶやいた。
「え、えーっと、君は、誰?」
 当然だが、少年は緑色の髪の人間なんて見たことはない。いや、彼女は髪だけでなく肌までわずかに緑に染まっているように見える。
「な、ぜ、こ、こ、に、い、る」
 少女はなれないたどたどしい口調で、そう答えた。
「なぜ……って」
 まさか、「看守」と関わりがあったりする人間だろうか。外を回っている? いや、結構な距離を歩いたはずだし、まさか。少年は質問の意味が分からず困惑する。
『だって、あなたたちは囲いの中に……』
 少女の方も応えようとはするが、その言葉は少年には通じない。
「?? ごめん、君が何を言ってるのか……」
 少年の方は、遠いから聞こえないだけなのか、と、少女に近づいていく。
「く、ろ、よ、う、せ、い、は?」
 少女は自分の意図を伝えるため、なんとか言葉をひねり出す。
「黒、妖精?」
 少年は少女のそばまでたどり着き、自分が間違いなく少女の声を聴いたことを確認する。
 そこへ羽音が響き、少年と少女を取り囲むように巨大なアリのような「化け物」が舞い降りた。
『ドヴェルグ……』
 少女がつぶやく。
「Gu,GiTGiTGiTGiT」
「化け物」の一匹がギチギチとアゴをカチ合わせて音を立てる。
「GiTGiTGiTGiT」
 それに反応して、まわりの「化け物」も音を立てる。
「これが……「化け物」………」
 そして、全員が一斉に手に持った槍を少年と少女に向ける。
 少年はその時風を感じた。少年は知らないけれど、それは槍が高速で放たれる前兆だ。
『お願い!』
 そして、少女の叫びに合わせて、周囲にたくさんに木が地面を割いて出現した。
「GiGiGiGiGiGiGiGiGiGiGiGiGi!」
 放たれた槍が木によって阻まれる。
『こっち!』
 少女は腰を抜かしかけた少年の腕をつかんで、「化け物」の包囲が薄い方へと走る。
「GiTGiTGiTGiTGiTGiT」
 少年と少女の背後からそんな音が響き続けた。

 

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