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太平洋の世界樹 第2章

by:メリーさんのアモル 

 ある日、どこかの施設の中で。
 八人の〝存在”がそこに集った。彼らは出身も根底にある考えも、所属も違ったけれど、でも確かに、自分たちの行動が必ず”世界”と”人々〟のためになる、と。
 八人は最後にお互いの顔を見合わせて、頷きあって、同時に目の前のレバーを引き下げた。

 

 ……そして、世界は……。

 

 * * *

 

 少年は走っていた。目の前の緑の髪の少女に手を引かれ。
「どこに……向かってるんだ」
『え? 今なんて? あんまり話しかけないで、対話が乱れる』
 一見するとどこかのラブロマンスのようだが、この二人はおおよそ通じ合っているとは言い難い、というか意思を疎通できているとは全く言えない。そして、おおよそ普通のラブロマンスと言い難い要因はもう一つある。
「GiTGiTGiTGiT」
 それは森の中を反響する何かをぶつけあわせるような、不気味な音。
 人間によって“化け物”と呼称される二本足で立つ人間大のアリの、威嚇音である。
 “化け物”と戦うために結成された特異空間騎兵部隊はこれをシャチが狩りに用いる鳴き声と同様の用途を持っているのではないかと仮説を立てているのだが、少年はそのようなことを知る由もない。まぁ、知っていたところで今の少年は正体不明の少女に連れられている状況であるが故、あまり意味はないのであるが。
「なんか、声が近づいてないか?」
「わ な」
 少年が後ろでしつこく聞いてくるものだから、少女はぎこちなく返事を返す。少年のわかる言葉で。
「え?」
『だめ、通じない……。理解してもらうのは後にするしかないか……』
 少女が一気に足を速める。少年もつんのめりそうになりながら慌てて速度を合わせる。
 そこで少年に見えたのは、こちらを待ち受ける、複数の〝化け物〟。
「くっ」
 恐怖から目をつぶる少年。
Alfheim >> Midgard, skógr [Gleipnir] Dvergr
 少女が何事かをつぶやく。
 突如、複数の木々がその枝をのばし、二人が進む道に〝化け物〟が入れないように動きを封じる。

 

 息切れしてぜぇぜぇと息をつく二人。
「Wheeze, wheeze. 助かった……? Wheeze, wheeze.」
 あのうるさいギチギチという音が聞こえなくなったのを確認して、周りを見回す少年。
 木に侵食されているけれど、どうやらここは昔駅だった場所のようだ。コンコースのベンチに腰掛ける。
 グゥとお腹の音が鳴り、人類保護区を出たときには早朝だったのに、もう昼になっていることを理解する。太陽は今、ほぼ真上の位置にあって、木々の間から日差しを差し込んできている。
 少女はホームから線路に降りて、一番日差しが差し込んでいる真ん中あたりで大きく伸びをした。
「あ、あの」
 少年はベンチから体を起こし、ホームから降りながら少女に話しかける。
 声に反応して少女が振り向く。
「?」
 首をかしげる少女。
「あ、あのえっと……ありがとう、君がいなかったら、〝化け物〟の殺されてた」
 言葉の全体の意味はともかく、少なくともお礼を言われたらしいということは理解した少女が少年に向き直り口を開く……。
「WhirWhirWhirWhirWhir」
 ブーンという大きな音が遠くから聞こえる。
『うそ、まだこっちを探してるの? ……逃げないと!』
 とっさに少女は少年の手をつかみ、線路に沿って駅を出て、そのまま羽音とは反対の方向へ逃げる。
『あぁ、なんで私またこの人間をつかんでるんだろう。咄嗟に放っておけなかったからだけど、人間がいなければもっと逃げられるのに……』
 心優しい少女は自分の行動に困惑しつつ、少年の手を引く。
 グゥと、少年のお腹が鳴る。
「あ……リュックを置いてきちゃった」
『しまった、人間は食べ物がないと死んでしまうんだった』
 まるで自分が人間ではないかのようなことをつぶやく少女。いや、聡い読者かんそくしゃであればこの少女がおおよそ一般的な人間ではないことが想像できていることとは思うが。
 ともかく、少々人間とは事情が異なるらしい少女は、少年には食べ物が必要だということに思い当たりはしたものの、実際にそれがどれだけの頻度必要なのかは分からなかった。
(宿り木に戻って養分を蓄えるようなものかしら、それなら最悪一か月は大丈夫だけど、それとも光合成? それならもう本当なら常にしていないといけないよね……)
「こ ち」
「え?」
 そして少女が言った言葉は、少年にはうまく伝わらなかった。おそらく、「こっちへ」と言いたいのだろう。まぁ少年からしてみれば引っ張られるがままなのでこっちもどっちもないかもしれないが。
 少女はやや左向きに方向を変え、再び走り出した。
「WhirWhirWhirWhir」
 まだ遠くからは音が聞こえる。


 やや走ると少年の目に、光の柱が見えた。
「特異空間?」
 その光の柱は、人々が特異空間と呼んでいるものだ。光の壁でおおわれた光の柱の内部は人間の知る環境とは大きく違う空間が広がっている。
 やや覚悟して、少年は光の壁を通過する。

 

 果たして、そこにあったのは、美しい森であった。これまでの空間も間違いなく森ではあったのだが、ここはそれ以上に森であった。青々と草が茂り、木は美しく成長し、川には清らかな水が流れ、木々の間から美しい光の筋が差し込む。
 なるほど、ここであれば人間が必要とする水も食料も調達できるだろう。
 少女は少年の手を離し、近くの木に近づいて。
Alfheim, skógr [eta]
 何事かをつぶやくと、ぽとりと、木から果物が落ちてきた。
「た べ る」
 そう言って少年にその果物を差し出す少年。
「あ、ありがとう」
 少年はお礼を述べて果物をかじる。果物は林檎に近い何かであった。
 少女はそれを見て頷いて、今度は特に果物が生っているでもない一つの木に近づき、もたれかかった。
 食事を終えた少年に少女が手招きする。
 なんだろう、と首をかしげながら、少女に近づく少年。
 少女は近づいてきた少年の、またしても腕をつかみ、そして先ほどまで少女がもたれかかっていた木に押し付けた。
 その瞬間、少年は意識を失った。

 

 ふと気づくと、自分は木であった。ふと気づくと、自分は少女であった。ふと気づくと、自分は少年であった。
「おちついて、自分が何者かを強く想って」
 少年は自分が少年であることを思い出し、再び少年としての自我を取り戻した。
「強引でゴメンね、でも、こうしないとまるで会話が成り立たないから」
 聞こえてきたのは先ほどから断片的に聞こえていた少女の声だった。
「えーっと……」
 少年は自分が木になっていることを理解した……?
「木になってるわけじゃないよ。今私達は宿り木の中で一つになってるの。うーん、人間には難しいのかなぁ」
 少女の悩むような声がする。
「っと、いけないいけないあんまり異種族が宿り木に入ってるとよくないんだった。えーと……まずは言葉が通じないと話にならないよね。ごめんね、ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してね」
「え」
 痛いのは嫌だ、なんて口に出す暇はなかった。強烈な頭痛のような感覚が少年に襲い掛かった。


「ごめんね、大丈夫?」
 少年がふと目を開けると、少年は少年の身体に戻っていた。変化と言えば、おおよそ彼の母語とはかけ離れた少女の声を理解できるようになっている、ということか。
「大丈夫、ありがとう」
「よかった、ちゃんと〝知識の種〟を植え付けられたみたい。初めてだったけどうまくいってよかったー。廃人になっちゃったらどうしようかと」
 少女が安心したように笑う。少年はなにやら不穏な言葉に顔を引きつらせる。二人はある意味対照的だった。
「……えーっと、君は人間じゃないのか?」
「うん、私は白妖精、ドライアドだよ」
 ドライアド、確かヨーロッパなどの伝承で話される木の精霊のような存在だったような。
「人を誘惑して木の中に引き込むっていう?」
「うん。さっき引き込んだね」
 あ、と少年は驚く。
「あ、でも人間の言うようなひどい種族じゃないよ。世界が分かれる前は、人間と共存できてたんだよ。私はその時はまだ生まれてなかったからあくまで聞いた話だけど」
 少女は取り繕うに言う。
「だから別に君を取って食べようってわけじゃないの。それは信じて」
「俺を置いていこうと思えば置いていけたはずなのに、助けてくれた。だから……それは信じてるけど」
「よかった」
 少年の言葉を聞いて表情を和らげる少女。
「それでね、さっきから私たちを追いかけていたのはドヴェルグっていうの。……さっきっていうのはもう二日前のことだけど」
「二日?」
「う、うん、そうだけど……」
 そういえば、ドライアドから木に引き込まれた人間が再び木から出てきたときは何十年もの時が経っていたなんて話を聞いたことがあるが。事実だったのか、と驚く少年。
「あいつらは黒妖精って言う、戦闘大好きな種族たちなの。中でもドヴェルグは〝虫の闘争本能〟で戦うやつらで、本能で襲ってくるし、すごい数いて、しかもそれがクイーンと呼ばれる存在によって統制されてる」
「さっきから、白妖精のドライアド、黒妖精のドヴェルグって言ってるけど、白妖精や黒妖精の中にも複数種類がいるのか?」
「そうそう。白妖精ならウンディーネとか、フェアリーとか、シルフとか。黒妖精なら、デックアールヴとか、ゴブリンとか、フンとか」
 少年は、聞いたことがある名前がそれなりにあるな、と思った。昔から寝物語として聞かされたり、本で書かれたりしていた伝承に出てくる不思議な存在は、案外みんな実在していたのだろうか……。
「それじゃあどうして君たちは10年前にいきなり現れたんだ?」
「それはね……」
「WhirWhirWhirWhirWhir」
「〝化け物〟か!」「ドヴェルグ? どうして……」
 突如として、黒いアリのような羽ついた巨体、光の壁を抜けて出現した。
「まだ追いかけてきてたっていうの? そんなことって……」
「GiTGiTGiTGiTGiTGiTGiTGiT」
 ドヴェルグのうち先頭の一人がアゴをカチカチとさせて音を立てる。
「GiTGiTGiTGiTGiTGiTGiTGiTGiT」
 さらに地を這うドヴェルグが光の壁を抜けてやってくる。
「うぅ……万事休す……」
 下を向いて諦めかける少女。
 少女を護るためか、あるいはただ自衛のためか、それとも単なる強がりか、少年は手近な木の枝をつかんで構える。
 まとまって前進するドヴェルグ。
「そこまでだ!!」
 槍を構えていた羽根付のドヴェルグが突如地面に落下した。
 そのまま地上のドヴェルグを飛び越えて、少年と少女の前に現れたのは、褐色の肌に長い耳を持った女性だった。
「女性を護るために木の枝であろうと尚戦おうとする雄姿、すばらしい! それに対し貴様らはなんだ。少女を護るために立ち上がった勇者を集団戦術で蹂躙しようとは。貴様らの戦いには誇りがない! この〝世界樹連合〟のデックアールヴがお相手しよう!!」
 デックアールヴの女が腰に帯刀していた刀を抜き、ドヴェルグ達に向ける。
「GiTGiTGiTGiTGiTGiT」
 獲物が増えた、とばかりに顔を上に挙げてアゴをカチカチとならすドヴェルグ。
「退かないか……。ならばいざ……参る!!」

 

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