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太平洋の世界樹 第4章(後編)

by:メリーさんのアモル 

「やぁ、大変だねぇ君も」
 鉄の棒が規則正しく自分の身体の幅よりも細く並んでいる、いわゆる鉄格子だけが写っていた少年の視界に、帽子をかぶった異形の人が現れる。
「やぁ、元気かい、人間の少年よ」
 帽子をかぶった長身の男は鉄格子越しに座り込んだ少年を見下ろしながら話しかける。
「あなたは?」
「私はエルフ。白妖精の一人だ。ちょっとばかり空気に溶けて君の様子を見に来たんだよ」
 至極当然の疑問に、さらりと答えるエルフの男。
「彼女は?」
「うん? あのドライアドの少女かい? 少し離れた独房に入れられているようだね……」
「助けに行かないと」
 少年が立ち上がる。
「おいおい落ち着きなよ。私には君を閉じ込めているその鉄格子を破壊するすべはない。ただ、君たちの様子を見に来ただけだよ。まさか人間が人間を捕まえるとはねぇ。人間っていうのも大変だ」
「あなたたちは違うっていうのか?」
「さぁ、どうだろうね。例えば白妖精たちは調和を重んじている、白妖精同士が争うことは、まぁないと言っていいんじゃないかな?」
「黒妖精は? デックアールヴのあの人は言ってた、彼らの『誇り』は人によって違うって」
 男の答えにやや不満を覚えた少年はさらに追及する。
「ん? アハハ。いやいや確かにその通り。同じ種族同士で殺しあうのは、何も人間だけじゃなかったね。偶然現れた神の大きすぎる力を得て騒乱を起こした小人たち、もとより殺しあうことが定められている黒妖精。決して互いに友好的とは言えない神々……。君の言う通り、あらゆる種族は争っている。白妖精どもも同じだ。表向きは争っていないかもしれない、でも例えばドライアド達は常の根を張りあい、自分の木を育てようとする。エルフなんかは特にそうだ。連中は表向き調和だとか平和だとか言っているが、その実、」
「いや、あのもういいです」
 あまりの饒舌さに驚き、少年は待ったをかける。
「そうかい? さて、では君たちのひとまずの無事も分かったし、私は退散するとしようかな。君たちの無事も伝えないといけないしね」
「あ、はい。ありがとうございます」
「いやいや、私は何もできないからね、礼は不要だよ。伝えたところであの連合は動かないよ。だから君たちは自力で脱出しないとならない。まぁ、せいぜい頑張りたまえ」
 男が右手で帽子を押さえると、ふぅっと、男の姿が消える。
「それに、君は同族だから殺されることはないかもしれないが、彼らにとって敵同然の彼女は……どうだろうね?」
 いつの間にか後ろに立っていた男が少年の耳元でささやく。
 少年が慌てて振り向いた時には、既にそこには誰もいなかった。
「どうしよう……」
 少年の心はざわめいていた。彼女が殺される? 自分の所為で? そんなことは到底受け入れられない。
 少年にとってドライアドの少女は自分を救ってくれた恩人である。そして何より……。
「あなたが〝裏切り者〟ですね?」
 一人の女性が鉄格子の前に現れた。
「いや、僕は裏切ってない!!」
「えぇ、そう主張していると聞きました。あの化け物と戦わない選択肢がある、と」
 特異空間騎兵部隊の女はまっすぐに少年を見つめていた。
「そうなんです! 世界樹の機能をもう一度復活させれば、私達はまた元通りの生活に戻れるんです」
 話を聞いてくれる人が現れた。少年は喜んで身を乗り出して話す。
「待て、あまり大きな声を出すな、他の人間に聞かれる」
 そういって、女は座り込んで、鉄格子に顔を近づけていった。
「もう少し小さい声で、事情を詳しく説明してくれ」

 

 少年は説明した。世界樹の持つ世界を9つに分ける機能のこと、敵対的な一部の種族を除いて、多くの種族が世界樹連合という連合体を作って行動していること。自分はそこに自分たち人間も加わるべきだと考えているということを。
「なるほどな。事情は分かった。……残念ながら多くの仲間はパシフィックツリーの出現と同時に現れた人間以外の種族を敵と認識している」
「そう、ですか……」
 女の言葉にうなだれる少年。
「だが、その状況をもううんざりだと思っている奴らもいるんだ。少し説得して回ってみる」
「本当ですか?」
 そして次の言葉に顔を上げる少年。
「あぁ。だいたい私達は君たちの言うドヴェルグとすら満足に戦えない。そのほかの種族との闘いなんてばからしい。そして、いつまで戦えばいいのか分かったものじゃない。だから、お前を信じてみようと思う」
「ありがとうございます!!」
「とりあえず、あと一日待ってくれ。できるだけ人を集める。それで、ここから逃げよう」
 女が立ち上がり、少年に背を向ける。
「あの……彼女を、僕と一緒だったドライアドの」
「分かってる。殺させはしないよ」
 その夜、少年は個室に連れ出された。
「なぜ、裏切った! 答えろ!!」
 要するに尋問である。
「だから、話を聞いてください。世界樹の……」
「なぜ裏切ったのかと聞いているんだ!」
 そのまま押し問答は朝まで続いた。少年は裏切ったつもりなどなく、世界樹の話をしたいだけ、一方の尋問の相手は裏切り者と決めてかかっている、お互いにひっかかるものがない以上、これは全く不毛なやり取りであった。
 さすがに特異空間騎兵部隊の尋問担当も鬼ではなかったらしく、見た目からして若い少年に対して物理的な圧力を加えることはしなかった。
 何もできないくせに、偉そうにふんぞり返って体罰なんかを与えてくる「人類保護区」の「看守」と比べたらましな方なのかな、なんてことを考えながら、独房の中でボーっとする少年。
「やぁ、元気かい?」
 いつの間にかエルフの男が目の前に現れていた。
「まぁ、なんとか」
「それは結構。上は随分と騒がしいようだよ、君が何かしたのかい?」
 エルフの男が上を指さす。上、とはおそらく文字通りの意味だろう。
「昨日、世界樹のことについて聞きに来た人がいたから」
「へぇ……それはそれは。なるほど、このままだと世界樹連合に人間が入る可能性もあるってことだね。……うんうん、それは何よりだ」
 このままだと、っていい意味で使う言葉だったかな、と少し引っかかった少年。しかし、それ以上に、世界樹連合に人間が入る可能性が嬉しかった。
「そうなんですよ! 来てよかった」
「うん。でも全員が君に協力的なわけじゃない」
 エルフの男が右手で帽子を押さえる。
「あ」
 と少年が言った時には、もう姿が消えている。
「でもね、少年。今言い争われているように、彼らはみんながみんな君を信じているわけじゃない」
 耳元で男の声。慌てて振り返る少年。
「強行的な人たちはとっとと反乱分子を処分してしまうかもしれないよ?」
 振り返る直前に風の音。振り返り切ったまた少年の耳元で声。
 そして再び風が流れたと思った時には、男の姿はなく、独房は少年一人に戻っていた。
「……なんなんだろ、あの人」
 思わず、ポロリと本音が漏れる。
 いや、そんなことより、彼女は大丈夫なんだろうか……。男の言葉を思い出し少し不安になる少年。
 もし自分が娯楽作品に出てくる主人公だったら、いまごろこの邪魔な鉄格子を破壊して、彼女を助けられるのだろうか……。なんて益体もないことをぼーっと考える少年。
 彼女のことが気になる。彼女が処刑される未来はなんとしても避けねばならない。と考えている。彼の頭の中では、完全に彼女の命運が世界樹連合の今後以上に最重要事項になっていた。
 でも、彼には何もできない。目の前の無慈悲な鉄の格子は彼が彼女を助けに行くのを無慈悲に妨げ、唯一出入りを可能とする扉はやはり無慈悲に閉じられている。彼を支配しているのは無力感であった。
 無力感にさいなまれながら、鉄格子を構成する鉄の棒を手でつかむ。もちろん、何をしてもこの棒が動くわけがない。棒と棒の間に頭を通そうとする。もちろん、通り抜けられるわけがない。それでも、それでも、できるだけ体を彼女のいる場所に近づけたかった。
 もしかしたら聞こえるかもしれない彼女の声を、聞きたかった。
 だから少年の今の願いは彼女に会うことだけだった。
「いや、離してください」
 だから、その声はきっと〝神〟が彼の願いを叶えた結果なんだろう。
「その声!」
 少年は立ち上がる。何もできないけれど、何もできないけれど、座ったままではいられなかった。
「あ、待って勇気ある少年、君は多分誤解している」
 女の声がした。声がした角から出てきたのは、ドライアドの少女と、昨日話を聞いてくれた特異空間騎兵部隊の女だった。
「そんな……」
 裏切られたのか、と感じる少年。
「だから、思い違いだって。ほら、君ももう暴れるのを辞めてあっちを見てよ。ずっと君に会いたがっていたよ?」
 女が少女に声をかける。
「あ」
 女が手を離すと少女は少年が鉄格子をつかんでいるそこまで駆け寄る。
「よかった、大丈夫だった?」
 まず声をかけたのは少年だった。
「うん、地下で光がなくてしんどかったけど、なんとか……」
「そう、よかった……」
 安堵のため息を漏らす少年。
「悪いけど、安心はできないよ。これからだからね」
 女は独房の扉に近づき、鍵を取り出して、扉を開ける。
動くなDon't move!」
「もう気付かれたか」
 女と少女が出てきた角から、さらに軍服を着た男が二人現れる。現れた男は仲間であるはずの女に武器アサルトライフルを向けた。それを見て、女は笑う。
「悪いな」
 次の瞬間、二人の男が倒れた。
対象、沈黙Enemy down
 いつの間にか後ろにさらに二人の男がいて、二人を昏倒させたのだった。二人は隣の独房で息をひそめて隠れていたのだ。
「えっと、どういう……」
 独房から出た少年は困惑する。
「いやなに、頑張って交渉してみたんだけどね、頭の固い上の人たちは聞き入れてくれなくて」
「少ないが、俺たち賛同者だけで逃げようってわけだ」
「気付かれた以上、猶予はありません、行きましょう」
 二人の男と女が説明する。最後に話した男が指で何か合図すると、もう一人の男は頷いて、昏倒した男からアサルトライフルを拾って角の向こうへ歩いていく。
敵影なしClear
 向こうから声がする。
「話はあとにしよう。格納庫に向かっていい感じの足を見つけないと。道案内は君に任せるよ」
 少年と少女は頷き、女に続く。
 本当はいますぐ、少女を抱きしめたかったけれど、少女が生きているという証を確かめたかったけれど……、それは時間が許さなかった。
「こちら、CPコマンドポスト、チャーリー3、チャーリー4、応答せよ」
 倒れた兵士のトランシーバーからそんな声が聞こえてきたのだ。
「……各隊、こちらCP。脱走者が現れた。奴らは化け物の仲間とそれに与した裏切り者の捕虜の脱走をほう助している。直ちに確保せよ。ゴム弾装備の使用を許可する」
「まずいわね、急ぎましょ」
 女が走り出す。二人も後を追う。その間に、無意識で、少年は少女と手をつなぐ。本当に無意識で、どちらから手を伸ばしたのかはもうどちらにも分からない。もしかしたら、二人とも手を伸ばしたのかもしれない。
「こっちも殺人をやる気はない。ちゃんとそれ非殺傷装備でしょうね?」
 前を行く二人の男がマガジンを外して中身を確認する。
「問題ありません」
「よし、他の仲間が既に格納庫を確保しているはず、急ぎましょう」
 二人の男が十字路まで先行し、角から敵を無力化して先に進む。
敵影なしClear
行くぞMove
 そして、格納庫の扉の前。
「開けます」
「お待ちしておりました、少尉」
 十何人かの兵士がそこにいた。
「この兵員輸送車で全員移動可能です。賛同してくれた仲間の中に戦車長を含む戦車のクルーがおりましたので、護衛として特異空間戦車を二台つけます」
「私と彼が戦車長です。どちらも初めて組むチームですが、まぁやれるでしょう」
「それから、格納庫には三機の特異空間戦闘機がありました。一機は少尉がどうぞ。パイロットは他に複数おりますので、少尉が選出してください」
 何人かの兵士が少尉と呼ばれた女に報告する。みんながみんな一斉に話すので、少年は少し頭が痛くなった。
いたぞcontact!」
「CP、こちらブラボー3、脱走者を発見! 第三格納庫!」
 二人の兵士がこちらを見つけたらしく何か叫んでいる。
「扉を閉めて! 各自乗り込んで! 戦闘機は手近なパイロットが乗って! 私は少年たちに付き添う」
 大きな声で少尉が叫ぶ。
「さぁ、こっちへ」
 少尉が少年と少女の手を取り、荷台に椅子と屋根のあるトラックのような見た目の兵員輸送用のバスに乗り込む。
 まず8人が先に乗り込んで、側面の屋根と床の間にアサルトライフルを突き出す。
「私達は中央で伏せていましょう。最悪流れ弾に当たることもあるわ」
 そう言われ、荷台の中心あたりでしゃがみ込む二人、そして少尉。
「発進します」
 まず、先行の戦車が前進し、次に兵員輸送車、そしてしんがりの戦車が続く。

 

 Whizzと何かの音がして、兵員輸送車から見て左の地面が爆発する。
「前方に戦車! 砲撃です」
「くっ、流石に戦車を持ち出せば諦めると思ったのに……まさか、殺しにかかるっていうの……?」
「警告する、諸君らには銃殺許可が下りている。直ちに停車せねば、攻撃を開始する」
「気にするな、前進しろ!」
 次の瞬間、Bam! Whizz! Wham! Bam! Whizz! Wham! Bam! Whizz! Wham! と発射音、飛翔音、爆発音が連続で響く。
「くっ、遠慮なく撃ってくるな」
 Squeal!! と甲高い音がする。兵員輸送車がブレーキをかけてしまったのだ。
「とまるな!」
「すみません!」
 少尉が大声で叱責をかけ、Vroomとエンジン音が再び響きだす。砲撃の音で、とても大きな声で叫んでようやく聞こえるくらいだ。
「あれだけ撃ってるのに当たらない? さっきは止まったのに?」
 Bam! Bam! Bam! Whizz! Whizz! Whizz! Wham! Wham! Wham! 三台の戦車が攻撃をしてくる。
「敵戦車は照準内に抑えています。反撃しますか?」
「いや……、多分大丈夫だ」
 三台の戦車の横を通り過ぎる。
 戦車長が顔を出し、こちらに向かって敬礼した。
「我々と袂を分かつ戦士たちの門出を祝って」
 三台の戦車が明後日の方へ砲を向けて、Bam! Bam! Bam! と砲撃した。
「CP、こちらタンゴ1。敵車両を無力化、生存者なし。撤収します」
 三台の戦車が転身し、基地へと向かっていく。
「どういうことなんですか?」
「彼らも化け物とは戦いたくても、人間と戦うのは嫌なんじゃない?」
「そういうものなんでしょうか……」
 少年の頭には、独房に入ってすぐの時にエルフの男に言われた言葉が残っていた。
「さぁ、ここから先の道案内は任せたわよ、勇気ある少年。きっとこれから私達が行動を起こしていけば、彼らも分かってくれるわ」

 

 外にアサルトライフルを向けて警戒していた兵士たちも椅子に座ってくつろぎだした。
 そして、ようやく少年はずっとしたかったことをする機会を得た。
「うわ、どうしたの?」
 少女を力いっぱい抱きしめた。少年は少女の吐息と鼓動の音を感じた。それが少年をとてもとても安心させた。同時に、それはとても、愛しくて、その抱きしめる力がつい強くなる。
「……君の吐息の音と、鼓動の音を聞いてちょっと安心したよ。私達、なんとか生きて帰れたね?」
 少女がつぶやいて、少年を抱き返す。
 助手席の男と今後のルートについて相談していた少尉はふと振り返って、
「あらあら、情熱的なハグね。でも、その姿こそが、きっと、私達が今後あるべき姿なんだわ。人間と、他の種族が手を取り合って進む。そうよね」
 そうつぶやいた。

 

 光の特異空間が見えてくる。
「どうやら、無事だったようだな」
 光の翼を輝かせ、ヴァルキリーの女が近づいてきた。
「君たちを歓迎する。ようこそ、世界樹連合へ」
 そういって、ヴァルキリーの女は新たな仲間を先導し始めた。
 光の壁をくぐり、彼らは歓迎された。世界樹連合に人間という新たな種族が加わった、その様子を、少年は少し離れたところで見ていた。少女は栄養が不足していたので、栄養補給のために宿り木に戻っている。
「お疲れ様、英雄君」
 そよ、と風が凪いで、耳元で声がする。エルフの男の声だ。どうせ振り向いても無駄だ、とそのまま黙っている少年。
「でも、少年、君はこれでいいのかい? 君の英雄的行動によって、世界樹を復活させる可能性はかなり高くなったと言える。しかし……」
 エルフの男の高揚が吐息から伝わってくる。彼も世界樹を復活させられる可能性があるのは嬉しいことなのだろうか?
「しかし、そうなってしまえば、君は君の大切なガールフレンドとお別れしなければならないんだよ?」
 思いがけない言葉に少年は振り返る。しかし少年が感じたのは風だけ。もう、エルフの男はいなかった……。

 

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