サイド:混血のアーシス

by:メリーさんのアモル   

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本書き下ろしには人名など固有名詞が登場します
 本編の雰囲気を重視したいあなたには読まないと言う選択肢もあります

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第一章「脱出」
 世界樹の枝に腰掛けながら、男は独白する。

 私はずっと疑問に思ってきた。私とは何なのだろうか、と。
 私は霜の巨人ヨトゥンアース神族アーシスの間に生まれた。ヨトゥンは巨人族、アーシスは神族で、しかもヨトゥンとアーシスは犬猿の仲だった。なぜ母が仇敵のヨトゥンとの間に子を成したのか、なぜ父が仇敵のアーシスとの間に子を成したのか、私は知らない。母も父も、私がその疑問に行き着いた時にはもういなかった。
 私は巨人族に会ってみたかった。自分のもう一つのルーツ、知りたくなるのは当然というものだろう。アーシスは皆彼らを悪く言うが、片方の主張だけを聞いて判断する事など出来るはずもない。しかし、それは叶わなかった。アーシスは巨人族とコンタクトを取ることを頑なに禁じていたからだ。
 やがて黙示録と呼ばれる大事件が起きた。かつて義理の父に巫女が予言したという神々の黄昏だと、多くのアーシスは恐れた。
 外の世界に関心を示していた私は、黙示録の発端となりうる人間たちの世界の異変にいち早く気付く事が出来た。私はその前触れとなる出来事に際し、警告した。しかし、アーシスの中には私こそが元凶だという者さえいた。
 直前に光のアーシスを悪戯まがいに殺していたのがケチの付き所で、蛇の毒液が滴り落ちる洞窟に幽閉されさえした。
 こうして、神族の、いや少なくともアーシスの住む世界は、私にとって居心地のいい世界ではなくなっていた。私は巨人族の世界にこそ、自分の居心地のいい世界が広がっていることを夢想した。幽閉され続けているふりをしつつ、準備は着々と進んでいた。アーシスの世界アースガルドを出て、ヨトゥンが住うというヨトゥンの世界ヨトゥンヘイムに向かうのは長旅だ。たくさんの準備がいることだろう。

 

 黙示録が起き、アーシス達が混乱する中、混血のアーシスはアースガルドを出ようとしていた。
「この事態、やはり貴様か。どうやってナリの腸の捕縛から抜け出したのか知らないが……」
「ヘイムダル。邪魔をする気なら、君でも容赦はしないぞ」
 混血のアーシスが得物である赤い杖を取り出し構える。
「……本気なのか。私が許可なくこの橋を通る者を排除する任を担っていることを知らないわけではあるまいな?」
 ヘイムダルが剣を構える。
「邪魔をする気なら、容赦しないと言ったと思うがね」
 混血のアーシスが赤い杖に青い炎を纏わせる。
 ヘイムダルが剣を構えて突進してくる。私は距離を取りつつ杖をヘイムダルに向ける。青い炎がヘイムダルに射出されていく。
「ふんっ」
 ヘイムダルはその炎を剣で切り払い距離を詰めてくる。
「これでも捌き切れるかな」
 混血のアーシスが杖を振り回し、炎の数を増やす。弾幕のように炎が広範囲にばら撒かれる。
「それはブリーシングの首飾りを盗んだ時にも見た」
 ヘイムダルはその恐ろしい数の炎のうち自身にとって危険なものだけを的確に切り払っていく。散弾発射のために足を止めた混血のアーシスにヘイムダルが迫る。
 混血のアーシスは慌てて武器の形状を赤い杖から西洋剣に変更する。混血のアーシスの武器は状況に合わせて形状を変えられるのが強みであった。
 しかし、ヘイムダルの方が早い。突きの姿勢に構えて突撃してくるヘイムダルを止める手段はもはやない。混血のアーシスも赤い剣を水平に構えヘイムダルに突き刺す。
「核を、一撃、とはな」
 混血のアーシスが愕然とした声を上げる。
「そちらこそ、まさか私の核を貫くとは、恐るべし」
 ヘイムダルは自身の持つ周囲に意志を伝える能力でアースガルドに連絡する。
 ——すまない、ヘイムダル、ロキと相討ちする事と相成った
 直後、ヘイムダルが突き刺していた混血のアーシスが消える。そしてヘイムダルの真後ろに混血のアーシスが姿を表す。
「残念だが相討ちではない。君が突き刺したのは陽炎だ」
「なんてことだ、炎をばらまいたのは周囲に熱源をばらまくためと、私の意識を逸らすため、か」
 陽炎は熱によって空気が屈折することにより実際とは違う場所に像が見える現象だ。
 混血のアーシスはヘイムダルの突進を止めるため、杖から炎をばらまいた。その一見適当に放ったように見えた炎は、その実、自身の居場所を錯覚させるための陽炎を生み出すため、計算され尽くされていたのだ。
「ご名答」
 そして、ヘイムダルの首が落とされる。
「これで、アースガルドの連中は私がヘイムダルと相討ちして死んだと信じるはずだ」
 赤い剣を消し、アースガルドを出る。目指す先はヨトゥンヘイム。
 ——追手の可能性は消した。もはや邪魔するものは無い。

 

 混血のアーシスは自身の息子である8本足の馬に乗ってひたすら走る。
 確か、これも巨人に会うためにやった時に出会ったのだったな。
 と、ひたすら走る中で考える。
 アースガルドの城壁を巨人が作るように仕向け、馬に変化して会いにいったのだ。
 ただ、その巨人は混血のアーシスが働き者の雌馬を誘惑して注意を逸らしている間に義理の兄に倒されてしまった上、ベルグリシというヨトゥンとは違う種だったのだが。

 

「ここがヨトゥンヘイム……?」
 そこは漆黒の、いやそのような形容が適当なのかすら分からぬほど”無”に犯された場所だった。
 当然、巨人など一人も見当たらない。
「どういうことだ……?」
 まるで空間が丸ごと削り取られたかのような、そこはそんな場所だった。
 混血のアーシスは訝しみながら周囲を探る。
「体系が、失われている?」
 体系とは自分達が存在する寄る辺である。ヨトゥンヘイムを構成する体系が丸ごと消失していた。
「黙示録か」
 そしてアースガルドはまさにそれに類似した現象に苛まれていた。黙示録である。混血のアーシスを含むアーシス達は勝手に黙示録を神族だけの問題だと考えていたが、どうやら勘違いのようだ。
 黙示録は体系に寄る辺を持つ自分達、全てへの攻撃であるようだった。
「む、これは足跡か?」
 巨大な足跡、これこそ巨人族、ヨトゥンの足跡であろう。
 混血のアーシスはこれを追うことにした。

 

 しかし、ある場所で巨人達の足跡はばったり途切れていた。見上げるとアースガルドが見える。
「……まさか、ビブロストを登ったのか!?」
 ビブロストはアースガルドと他の世界を繋ぐ虹の橋だ。アースガルドはしぶとく消滅に耐えている。アーシスもヨトゥンも共に同じ体系を寄る辺とする種族だと聞く。ヨトゥンは生存のためアースガルドへ侵攻したのだろう。
 見れば、他の場所からも足跡が伸びてきてそこで消えている。
 混血のアーシスは知らなかったが、それは炎の巨人ムスペルの足跡だった。
「ならば戻るしかない。アーシスのためではなく、ヨトゥンのために」
 再び息子を呼び、アースガルドに向かう。ヨトゥンはビブロストがなければアースガルドにはいけないが、混血のアーシスは違うのである。

 

 アースガルドでの戦いは明らかにアーシスに有利に進んでいた。
 ヨトゥンとムスペル、その他の少数種族で混成されたアースガルド侵攻軍隊は決して弱くはなかったが、神族には神性と呼ばれる特性、あるいは特権があり、これが数の差を覆していた。
 ヨトゥンを助けるために駆け出したかったが、せっかく追っ手を撒くことに成功したのにアーシス達にその姿を晒すのは躊躇われた。
 故に。
「ゆけ、我が息子達よっ!」
 巨大な狼と蛇が混血のアーシスの呼びかけに応じ姿を現す。
「アーシスの戦力の根幹は我が義父と義兄だ。ゆけっ!」
 かつて今のようにヨトゥンヘイムへ向かった時、追手に引き戻される前に出会った女ヨトゥンとの間に生まれた二人の息子は混血のアーシスの指示に従い、速やかにそれぞれのターゲットに向かう。

 

 まずは狼に目を向けよう。
 神の血を1/4持つにも関わらず、災いをもたらすものとして神々によってアースガルドから排斥されたその狼はその恨みを晴らすべく、口から、鼻から、火を吹きながら、周囲の全てを蹴散らして、白く輝く槍を持つ隻眼の老人に襲いかかる。
 隻眼の老人はその白き槍を適当な方向へ放り投げ、空手となった手で空中に文字を刻む。
 ルーン。力ある文字。その老人自身を示すアンサズのルーンが、その狼の接近を阻む。
 本来、単なるルーンひとつであれば、この狼の持つ膨大な魔力で破れただろう。しかし、相手はルーンの秘奥に至るため、9日もの間槍に突き刺されたまま首を吊り続けた、狂気にも似た叡智の神。それが示すルーンはそれ1文字で堅牢な城
塞にも匹敵する圧倒的な力を持つ防御の陣を敷く。
 しかし、奴は武器を捨てた。このルーンさえ噛みちぎれば終わる。
 相手は自身を謀り縛り付けたアース神族、その頭領。必ず丸呑み丸かじりすると決めている。
 例え神であろうと一切の例外なく噛み砕く恐ろしき狼の顎がアンサズのルーンが生み出す防御陣を咥え込む。
 アンサズの堅牢な城砦に匹敵するその防御陣が空間を巻き込んで大きく軋む。
 防御陣の内側ではそれに一切動じることなく、老人が無数のルーン文字を刻んでいる。それが防御陣が破られた時に発動させるための迎撃魔術であることが分からないほど、狼は愚かではない。
 ならば、それが完成するまでにこの生意気な防御陣を砕き切ってやるまで。
 顎に力を入れれば入れるほど、防御陣が軋む。
 ルーン文字が刻まれていく。
 防御陣が噛みちぎられる。
 あと1歩、攻勢ルーンは間に合わない。
 遅れて飛び出たルーンの魔術は、もはや自由となった狼に噛みちぎられる。
 隻眼の老人を狼は丸呑みにする。あるいはそう見えた。
 口から光を漏らす狼は、丸呑みしたにしては腹にたまらないことを不思議に思う。
 直後、捨てられたと思っていた槍が狼に突き刺さる。
 狼は知らない。捨てられた槍が、実は必中の神槍であったなどということを。自身の死を予期して死してなお狼を殺すために槍を投げ捨てたのだということを。
 そして、その槍が生み出した隙はあまりに致命的だった。隻眼の老人の息子が
現れ、動きを止めた狼を直ちに殺し尽くした。

 

 次に蛇に視線を向けよう。
 毒蛇であるその蛇が毒を撒き散らしながら雑兵を蹴散らし、対峙したのは巨大なハンマーを持つ大男であった。
 蛇はこの大男と何度か会ったことがあった。こいつは楽な相手ではない。蛇は警戒して男と距離を置いて、尻尾を揺らす。
 結果、先手を打ったのは男の方だった。
 到底人1人では振り回せそうにないその大きなハンマーをブンブンと振り回し、蛇に向けて投擲する。
 雷を放ちながら蛇に向けて放たれたそのハンマーは蛇に命中し、蛇を傷つける。
 蛇は自身の思い違いを理解した。
 この男相手に下手な及び腰は命を落とす。
 一方、男は男で驚いていた。男の持つ破壊の槌は触れたものを問答無用で分解する文字通り必殺の武器、それに当たって耐えるなど、これは並大抵の敵ではないぞ、と。
 蛇は周囲に毒液を撒き散らしながら、ハンマーを中心にとぐろを巻く。
 ハンマーを投げた以上、こちらにハンマーを取り戻しに来るはず。
 なら、ハンマーを囲ってしまえば、武器を持たない男は毒液の前に倒れるはずだ。
 しかし、蛇は知らなかった。
 この男の持つハンマーもまた必中にして自在。ハンマーは突如として空中に持ち上がり、男の元へと戻っていく。
 蛇は男の元にハンマーが戻ったのを見て取ると、速やかに戦術を変更する。動きを読まれない様に蛇行して動きつつ、毒液を男に浴びせていく。
 しかし、蛇行とは、あまりに浅知恵。
 蛇は知らぬ事とはいえ、先の発言を繰り返そう。そのハンマーは必中にして自在。
 投げたハンマーはたとえ蛇行していようと関係なく、蛇を追尾して蛇を潰す。
 蛇は悟った。
 こいつには勝てない。次の一撃で自分の体は潰れきる。
 ならば、と。蛇は地面を滑走するように一気に距離を詰める。
 可能な限り己が毒液を浴びせ、父上の願いを叶えようと。
 直後、ハンマーが男の手を離れる。
 3度目の衝撃。蛇はついに己の終わりを知った。
 そして、ハンマーもまた、その蛇から離れる事はなかった。
 絶え間なき毒液の連続に、大男もまた命を落としたのである。そして、大男は光と消えていく。

 

「ここまで、か」
 2人の息子は落命した。となれば、次は自分が出るしかない。
 混血のアーシスは自らの赤い剣を出現させる。
 そして1歩踏み出したその直後、その赤い剣が光と消えた。
「なに?」
 見れば周囲のものがどんどん光と消えていこうとしている。
 呼応するように周囲から闇が押し寄せてくる。
「ついに来るのか。黙示録が」
 どんどん闇が押し寄せてくる。そして混血のアーシスの体もまた、光と消えはじめていた。
「くっ」
 冗談じゃない。こんなところでは消えられない。
 混血のアーシスは何処へともしれず駆け出した。
 逃げる先、この黙示録から逃れられる場所は知っていた。
 人間達の世界、ミッドガルド。それも、彼らのよく知るそれではなく、この世
 界の外側にある方の、だ。
 随分前から行く方法など調べていた。しかし、それは最後まで分からなかった。
 恐らく、全知と言われた隻眼の男にさえ分からなかったはずだ。分かっていたなら、今頃アースガルドのアーシス達だけでも生き延びさせていたはずだろう。
 だから、混血のアーシスはみっともなくもただがむしゃらに走り続けていた。
 その後、なにかぬるんとした膜をくぐり抜けて、最後に空を覆う何かを見た直後に、混血のアーシスは意識を失った。

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