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メリーさんのアモル

 
 

 昔々ワンス・アポン・ア・タイム、あるところに、メリーさんと言う西洋人形がおりました。
 金色の美しく長い髪に、透き通るような碧眼。
 その美しい人形は様々な人の手を渡り歩き、誰からも愛されておりました。
 長く愛され続けた物には、自我が芽生えると言われています。日本では「付喪神」と言う言葉で広く知られていますね。
 これは、様々な人に触れられたその物に残留思念とでも言うべき情報を残し、それが少しずつ蓄積していくからですが、細かい機序は今は重要ではありません。
 大事なのはメリーさんが自我を持ち、動き出すようになった、と言うことです。
「ねぇ、あたし、メリーさん。一緒に遊びましょう?」
 自我を持ったメリーさんは、これまで大事にしてくれた友達と遊びたがりました。
 ですが、その時のメリーさんの持ち主は、動く人形を友達と受け入れるには少し大人になり過ぎていました。
「ヒィ」
 だから、メリーさんの持ち主が実際にした反応は恐怖でした。
「どうしたの? 子供の頃みたいに、おままごとして、遊びましょう?」
 けれど、まだ生まれたてのメリーさんにはその持ち主の感情が理解できませんでした。
 突如人形が動き出し、喋り出したことに腰を抜かしている持ち主に、メリーさんは、歩み寄り始めます。
「いや……来ないで……!」
「どうしたの、あたしと遊びましょ」
 そっと、手を差し出すメリーさん。
「いやぁ!」
 その胴体側面を持ち主の腕が鋭く打ちます。
「きゃあっ!?」
 たまらず吹き飛ばされたメリーさんは、そのまま壁に打ち付けられて、意識を失います。

 

 メリーさんが次に気がついた時、メリーさんは暗い暗い場所にいました。
 グラグラと揺れて、車の中のよう。
 それにぎゅうぎゅうでとても狭いです。
 メリーさんは必死で周囲のものをかき分けると、ぷよぷよした透明な壁に阻まれました。どうやらこの透明な壁に包まれた袋のようなものに自分達は覆われているようです。
 それがビニールだとは、メリーさんには分かりません。
 けれど、力強く力をかけてやれば、破れそうなことは分かりました。
 ようやくビニールがこじ開けられそうになったその時、突然、床が斜面へと変わりました。
「きゃああっ!?」
 悲鳴を上げながら、メリーさんは袋ごと転がっていきました。
 なんとか袋のビニールをこじ開けて、メリーさんが外に飛び出します。
 そこはゴミ山の麓でした。
「どうして……」
 なんで自分がこんなところにいるのかメリーさんには分かりません。
 自分がこんなところにいるのは何かの間違いに違いない。メリーさんはそう結論付け、持ち主たる友達の元へ戻ろうと決めます。
 何の因果か、ゴミ山の中に携帯電話を見つけました。
「お願い、お友達のところに行きたいの」
 触ってみると、何らかの力が自分から携帯電話に伝わって、携帯電話が動き出しました。
 自動的に電話がかかります。
もしもしハロー……?」
 聞こえてくる声は、メリーさんの持ち主のもの。
「あ、もしもし、あたし、メリーさん。今、ゴミ山にいるの」
「ひっ!?」
 プツン、と電話が切れます。
「あっ……」
 でも大丈夫。メリーさんには自分の手元にある携帯電話がどっちの方向に念波を飛ばしたかが見えていました。
「あっちね」
 メリーさんは歩き出します。
 けれど、一方向しか案内がないとすぐに迷子になってしまいます。
 もう一度携帯電話を取り出すと、再び携帯電話がかかります。
もしもしハロー……?」
「もしもし! あたし、メリーさん。今、たばこ屋の前にいるの」
「何なの!?」
 プツン、と電話が切れます。
「あっちね」
 メリーさんは健気に歩き出します。
 繰り返すことさらに二回。
 ついにメリーさんは家の前に到着しました。
 でも、本当にこの家で合ってるのかな? そう不安になったメリーさんはもう一度電話をかけます。
「もしもし、あたし、メリーさん。今あなたの家の前にいるの」
 念波は間違いなくこの家に向けて飛んでいった。
 嬉しそうにメリーさんは扉に駆け寄ります。扉をすり抜けて、階段を登ります。二階に持ち主がいるはずだからです。
 ですが、そのすぐ隣を持ち主が駆け抜けていきます。急いでいたのでメリーさんには気付かなかったようですね。
 持ち主は慌てて扉を開けて呟きます。
「いない……」
 どこかほっとしたとうなその言葉を、しかし、メリーさんは失望かと誤認しました。
 ここにいるよ、そう伝えるために、メリーさんは再び携帯電話を手にします。
「もしもし、あたし、メリーさん。今 あなたの後ろにいるの」
「ひっ!?」
 持ち主が振り返ります。
「ただいま!」
 メリーさんはそんな持ち主に飛びつきます。
 階段からジャンプしたメリーさんはそのまま持ち主の頭の上に胴体着地します。
「止めて! 降りてよ!!」
 発狂したように、持ち主が叫びますが、メリーさんは良い気持ちです。
「わぁ、良い眺めね! あたし、このままここにいる!」
 ここならずっと持ち主とずっと一緒にいられるから。
 持ち主は何度もメリーさんの引き剥がそうとしましたが、メリーさんの持つ不思議な力がそれを許しませんでした。
「グス、ヒック」
「大丈夫? 私のお友達、泣かないで」
「誰のせいよ!」
 持ち主は何日も泣きました。メリーさんはそのたびに慰めようとしましたが、どう言うわけか、持ち主はメリーさんに殴りかかるばかりです。
 それからさらに数日。持ち主はいろんな場所へ赴きました。
 教会を始めとして、様々な企業にも顔を出しました。
 恐ろしいことに、彼らはメリーさんと持ち主の絆を引き裂こうとしてきました。しかし、メリーさんとの絆は決して引き裂けませんでした。彼らには理解できない力で二人の絆は結ばれていたからです。
「初めまして、私はAWsアウスのエージェントのものです」
「アウス……? 聞いたことのない企業ですが……?」
 ある企業からの帰り、持ち主は真っ黒なスーツを身に纏った男に声をかけられます。
「えぇ、この世界では知られていませんからね。ですが、あなたの父親からは多額の出資を受けています。そして、ご両親には話していない頭の上の人形の事情を、私は存じ上げております」
「……! 何とかできるの? この怪異を!?」
「必ず、とは申し上げられませんが、一つだけ案があります」
「やって見せて!」
 持ち主は飛びつくように黒服にすがりつきました。
「そのように頭を下げなくとも結構です。では、準備もあるでしょうから明日にでも……」
「いいえ、今日。今日で大丈夫よ」
「では、今からいきましょうか」
 黒服が先導を始め、持ち主が続きます。
「この世界がどうやってできているか知っていますか?」
 唐突に黒服が怪しいことを言い始めました。
「ええと……?」
「この世界の外側には何があると思いますか?」
「宇宙、ですか?」
「それは地球の外側にあるものですね。宇宙よりさらに外側の話です」
 黒服が笑う。
「世界の外側には、また別の世界とその間の空間が広がっているのです」
「別の世界……」
「エヴェレットの多世界解釈は……流石にご存知ないですよね。簡単に言えば、別の可能性の世界です」
 黒服が身振り手振りで説明をしてくれる。
「あなたが今から小石を投げるとします。その石がまっすぐそこの壁に当たって何にも命中しなければ、そのまま何も起きない世界が続きます。ですが、もし、狙いが少し逸れてそこの犬に当たれば? あなたが犬に襲われる世界が続きます」
「何が仰りたいんですか?」
「失礼、少し迂遠でしたね。ですが、私達AWsはそういった異なる並行世界パラレルワールドや、そこからさらに分裂した他世界アナザーワールドを研究材料としているのです」
「なるほど。それで、世界はどうやってできているんです?」
「それです。では、世界の外側と世界の内側はどうやって隔てられていると思いますか?」
「えっと、壁か何かがあるんですか?」
「正解です。フォルトという粒子で作られたフォルト壁があります。これが球体の形をして世界を守っているので、世界そのもののことをフォルト球と呼ぶこともあります」
「そうなんですね」
 流石に持ち主もついてきたことを後悔し始めている様子だった。
「ようやくこの話が出来ます。我々はこのフォルトを制御する術を多少持っています。この術を用いれば、その人形だけを、世界の外側へ追放できるのです」
「!」
 世界の外側! なんて恐ろしい話でしょう。メリーさんは思わず震え上がってしまいました。ですが逆に、持ち主は今までの感想を放り投げて、少し期待した様子を見せています。
「さて、こちらがオフィスです。こちらの部屋へ」
 そう言って案内された部屋は巨大なベッドのないリングだけのMRIのようなものが置かれた部屋だった。
「コード・アリス第一号を」
「はい」
 リングの内側に紫色の壁が出現し、その中から金髪碧眼の美少女が現れる。水色のドレスまで含めて、メリーさんにそっくりだが、持ち主はまるで童話の世界から抜け出してきたような外見に、思わず息を飲んだ。
「久しぶりのお外だわ! ねぇ、建物の外には出てもいいの?」
「アリス、お散歩はいつもしているでしょう?」
「あんな子供騙しの仮想空間じゃ退屈だわ!」
 お付きの人らしき黒服と話をしている少女を見て、持ち主は自分を案内してくれた黒服に視線で説明を求める。
「彼女はアリス。我々が最初に発見した世界移動能力を持った少女です。我々は世界移動能力者のことを彼女の名前をとって、コード・アリスと呼んでいます」
「へぇ……」
「話は聞いたわ、あなたが人形さんとさよならしたいお嬢さんね」
「え、えぇ……」
「可愛いお人形さんなのに……」
 少し残念そうなアリス。
「アリス、彼女はそのお人形さんから離れられなくて困っているのよ」
「ふぅん。じゃ、やるね」
 アリスがメリーさんに右掌を近づけてきます。
「バイバイ、お人形さん」
 フッ、と一瞬意識が途切れたかと思ったメリーさん。
 気がつくと、メリーさんはピンク色の球体が無数に浮かぶとてもとても寒い場所にいました。
 寒くて寒くて、すぐに死んでしまいそうです。
「友達のところに戻らなきゃ……」
 そう念じた瞬間、手元の携帯電話がかかります。
もしもしハロー……?」
「もしもし、あたし、メリーさん。今、どこか分からない場所にいるの」
「っ!?」
 念波が方向を示す。
 次の瞬間、メリーさんは虚空をドルフィンキックしてそちらの方向に泳ぎ出しました。
 ピンクの壁に触れたかと思うと、ピンクの壁が裂けて、気がつくと、また街の中にいました。
「見覚えがあるけど、念の為、電話しましょう」
 携帯電話を取り出した、次の瞬間。
「いたぞ!?」
 見覚えのある黒服がこちらに駆けてきます。
 慌てて逃げるメリーさんですが、歩幅の関係で、大人から逃げることは難しいです。
 何かを首筋に突き立てられ、気がつくと意識を失ってしまいました。

 

「時空を超えて移動したのか? こいつもコード・アリス?」
「いや、どうやら決めた対象の場所にしか転移できないらしい。新種の時空移動者だ。名前がいるな」
 気がつくと、メリーさんはガラスの中に閉じ込められていました。
「お、目覚めたか。抵抗は無駄だぞ。そのガラスはフォルト断層になってるからな、転移は不能だ」
「あたし、メリーさん。あたし、お友達のところに行きたいの」
「その友達はお前といたくないってさ」
「嘘よ!」
 携帯電話が激しく鳴動し、ガラスが揺れます。
「おいおい、コード・アリスでもここまでできないぞ。宿主の元に移動することにかけてはコード・アリスを上回るらしいな。さしずめコード・メリーってところか」
「出して! お友達のところに行かなきゃ!!」
 パリンとガラスが破れます。
「嘘だろ。こいつ、フォルト断層を砕きやがった」
「そこまで」
 と、ガラスの外に出ようとするメリーさんに一人の少年が声をかけ、抱き上げます。
「やぁ、メリーさん。君はお友達のそばに行きたいみたいだけど、それは私じゃだめかな?」
「え?」
 それは思わぬ言葉でした。
「私は、君の友達になりたいんだ」
「それは……ダメじゃないけど……。頭の上に乗せてくれる?」
 メリーさんも持ち主が自分を嫌っていることは薄々分かっていました。だから、求められ、つい頷いてしまいました。
「勿論」
 メリーさんは少年の頭の上に乗ります。
「そういえば、あなた、名前は?」
「私? 私は……」
 一瞬悩んでから、少年は答えます。
「私はアモル。ここの長をしているよ。これからは、メリーさんのアモルでもある」
 それから、メリーさんを手中に収めた少年はやがて大きくAWsを拡張していくのだが、それはまた別のお話。

 

Fin

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