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美味しい毒リンゴ

 
 

「おーい、鏡介きょうすけ〜、ただいまー」
「おぉ、帰ったか、雪啼せつな
 私の名前は水城みずき 雪啼せつな! 花も恥じらう女子高生!
「早速、テトロドトキシンジュースのもーっと」
 私の好物は毒物全般! 生物兵器と人間の間に生まれた私は生物兵器である父親の性質が受け継がれて、毒物に耐性があるの! でも人間の血も多少混じってるからか、毒を摂取すると、毒に応じたピリピリ感みたいな感じを味わえる! だから毒物が大好き!
「そういえば、今日、シンディーちゃんの家に遊びに行ってきたんだけど」
「あぁ、そのことについて話がある」
 あー、こいつは鏡介。私の育ての親。今から説教が始まるみたいだから聞き流すね!
「というわけで、夜遅くまでになる時は事前に連絡すること、分かったか?」
「はーい」
 聞いてなかったけど、鏡介の話が長いのが悪いよね! とりあえず、頷いておけば、鏡介は納得するし、これでよし、と。
「で、シンディーの家で何があったって?」
「あ、そうそう」
 でもこうやってちゃんと話聞いてくれるところは好き!
「あのね! 面白いお話を聞かせてくれたの! 『白雪姫スノーホワイト』って言うんだけど!」
「お前、『白雪姫』知らなかったのか。そういえば、あの二人はそう言うのを読み聞かせそうにないな、俺たちの古巣だったのに」
「そうそう。あんまり童話とか通ってこなかったんだよねー。で、古巣? なんの話?」
「いや、こっちの話だ。それで、白雪姫がそんなに面白かったのか?」
「うん! あのね、毒リンゴっていう果物が出てくるの! 私、食べてみたい!」
 私の堂々たる宣言に、突然鏡介は頭を抱える。
「いいか、雪啼《せつな》。落ち着いて聞いてくれ、『白雪姫』は創作フィクションだ」
「? うん、そうだよね」
「だからな、毒リンゴは……実際には存在しない」
「えっ」
 そ、そんな……嘘だよね……。
「イヤだー! 毒リンゴ食べたい〜! まだ見ぬ毒物!! 絶対に食べたいー!! なんで、存在しないなんていうの! 鏡介のケチ! 嘘つき! もやし!」
「誰がもやしだ!」
 ドドン、と太鼓の音が鳴る。私の作った「だれもやウイルス」だ。
「くっ、忌々しいウイルスめ。高校生にもなって床に寝そべって駄々をこねるとか恥ずかしくないのか!」
「毒リンゴ食べたいー。鏡介ー、調べてよー」
「何を調べろと言うんだ……」
 そう言いながらも、鏡介は空中に指を走らせる。恐らく、鏡介にだけ見えているホロキーボードを叩いているのだろう。脳にナノマシンを入れ、脳にコンピュータを導入する技術GNS電脳。今では全く珍しくともなんともない技術だ。
 私の通う名門校・御神楽みかぐら記念学園でも学習に当然のようにGNS技術が組み込まれており、GNS未導入者などいないと言っても過言ではない。
「……」
 鏡介は何やら仏頂面をした後、画面を共有シェアしてくる。
「何これ、ニュース?」
 その映像はニュース番組の録画のようだった。
桜花おうかに触手を伸ばしていたイオルマフィア「カラミティ」の一派、無事逮捕】
「へぇ、カラミティ、捕まったんだ」
 少し前から話題になってた裏の組織だ。ちなみに、桜花ってのは、私達のいるこの国の名前で、イオルって言うのは大東洋を挟んだ向こう側の大国の名前ね。
「あぁ。それで、押収品のリストがちらっと映るんだが」
「なになに……? 武器、バリスティックナイフ、KH M4……」
「上から読んでいたら時間がかかりすぎるな。ここだ」
 鏡介が指差した箇所を読む。
「えっと、毒物、毒リンゴかっこ新種の毒物を含むかっことじる。……! これって!」
「あぁ、天然物ではないが、間違いなく毒リンゴだ。実在したようでよかったな」
「ありがと、鏡介大好き!」
 私は鏡介に抱きついてサービスしつつ、すぐに離れて準備を始める。
「おいどうした。毒リンゴなら、『カラミティ』が持ってると分かったんだ。こっそり『カラミティ』の物流データベースに侵入して数個ちょろまかせばいい」
「それって、イオルから取り寄せになるんでしょ? 待てないよー」
 鏡介の言葉に抗議しつつ、私はぴっちりとしたスニーキングスーツを身に纏う。体のラインがはっきり出るから恥ずかしいけど、潜入任務にはぴったりの服だ。
「待てないって……じゃあどうする気だ。イオルに取りに行く気か? 今からじゃ船のチケットを取るのも……」
「ノンノン。もっと近くにあるんでしょ?」
「何?」
「さっきの拿捕された大型船舶が停泊してたの、上町うえまち港だった。私達の住んでる街で拿捕されたんだよ。じゃあこの街の警察が確保してるはずじゃん」
 弾倉に弾が入っているのを確認し、制音機サプレッサー付きのハンドガンであるKH mark32を構えて装弾してからホルスターに入れる。
「待て、まさかまた御神楽の施設に忍び込む気か!?」
 御神楽とは、私の母校である御神楽記念学園のことではなく、その母体となる巨大複合企業メガコープ・御神楽財閥の事だ。世界最大のメガコープであり、その民間軍事会社PMCは世界最強。様々な国の警察機能や軍隊機能をになっており、桜花の警察機能も例外ではない。
「大丈夫大丈夫、もう慣れたもんでしょ」
 そして、私は表向きはただの学生だが、一つ裏の顔がある。
 それが暗殺者。私の両親もそうだった。だから、私はそれを継いだんだ。
「じゃ、フォローよろしく!」
 私は家を飛び出し、手直な待機中自動運転車をクラッキングして奪い、上町府の警察署へ向かう。
 移動中、警察のネットワークに侵入する。用心深い御神楽は基本的にコンピュータネットワークを閉鎖系で設計しており、その全てがローカルネットワークで構成されているが、その思想は一介の警察官にまで行き届いているとは言えない。
 そのため、その辺りが適当な警察官を知っていれば、そこから侵入できる。
「今日もありがとうね、おっちゃん」
 いつも迂闊にも職務中にも拘らずGNSでグローバルネットワークに接続しているおっちゃん警官のGNSから警察のローカルネットワークに侵入。
 証拠管理データベースにアクセスして、どの警察署に私の毒リンゴちゃんがあるのかを確認する。
「あった。八十島やそしま警察署だ」
 判明したら、アクセスログを改竄し、一つ仕込みをしてからさっさとサーバーからおさらばし、自動運転の行き先を八十島やそしま警察署に設定する。
「目的地に到着」
「見えてるよ、BG。全く無茶をする」
 私のGNSを通してこちらの様子を把握しているはずの鏡介に報告を入れると、素早く鏡介から返答が返ってくる。ちなみにBGってのは私の暗殺者としてのコードネーム。ちなみに鏡介のコードネームはRainレイン
「お前が移動している間に八十島警察署の内部構造図を手に入れておいた。GNSに転送する。目的地は二階だ」
「了解、ありがと、Rain」
 私は軽く鏡介にお礼を言ってから、路地裏に入り、指を変異トランスさせて警察署の壁を登り始める。
 これが私が持つ生物兵器として血がもたらしてくれる能力。体を好きな形状に変異トランスさせる能力。今はヤモリの指に変異トランスさせることで壁を登っている。
 ぐるっと表通りに面していない窓を確認すると、無防備にも鍵がかかっていない窓を発見し、私はそこから建物の中に入る。
 深夜なので人もいないかと思ったが、視界に表示される音響感知表示装置サラウンドインジケータによれば刑事部には思ったより人がいる様子だ。
 私は人影を避けて暗闇の中を匍匐前進する。
 真っ黒なスニーキングスーツは暗闇の中に隠れるのにはぴったりだ。
 そのまま、開きっぱなしのドアから暗い廊下へと踏み出すと、ここからは中腰で移動する。
 やがて証拠保管室に到着するが、どうやら中にはまだ人がいる様子だ。
 私は念のため、天井に張り付いてから、事前に準備しておいた仕込みを起動する。
「火事です。火事です。火災が発生しました。全員、署内から避難してください」
 事前に準備しておいた火災報知器への電子的裏口バックドアから侵入し、火災報知器を起動させる。
 慌てたように、証拠保管室の人達が避難を始める。
 私は念のため天井を伝って証拠保管室に入ると、目当ての毒リンゴを見つける。
 幸い、しっかりと管理番号が振られているので、見つけるのは簡単だった。
「誰だ!?」
 だが、幸運は長く続かない。
 何らかの理由で証拠保管室に戻ってきたらしい刑事と鉢合わせする。毒リンゴを手に入れた喜びでサラウンドインジケータを見てなかった私が悪い。
 私は咄嗟にmark32を構える。
「っ!」
 男は腰に手をやるが、どうやら丸腰らしい。なら、勝った。
「待て、BG。相手は丸腰だぞ、自分の道楽のためだけに殺す気か!?」
 鏡介はこういう時アマちゃんみたいなことを言い出すので困る。こっちは顔を見られているかもしれないのだ。死人に口無し一択。
 私は迷わず引き金を引き、男の脳天を撃ち抜く。
 制音機サプレッサーに抑えられた縄跳びが地面を叩くような銃声が響き渡る。
 銃声としてはかなり抑えられている方だが、警察相手では聞かれたかもしれない。私は急いで手直な窓に駆け寄る。
「いたぞ!」
 拳銃による射撃が響く。
 うっかり血を残すわけにはいかない。私は全身を硬質化させ、そのまま窓を割って飛び出した。
「止まれ!」
 私が自動運転車両に近づくと、たまたま駐車場にいたらしい警察に見咎められる。
 無視して、運転車両を発進させる。
「前方の自動運転車両、止まりなさい」
 システムをオーバーライドして警察による停止命令を無視させつつ、腕から手榴弾を生やしてもぎ取り、投擲する。
 派手に爆発し、警察車両が吹き飛ぶ。
 私は証拠品の毒リンゴを取り出し、口に含む。
「んー! サイコー!」
 未だ味わったことのない毒の味に、私の気分は最高潮だ!
 さらに追ってくる警察車両を、私は左腕を滑腔砲に変異トランスさせ、吹き飛ばしていく。ヒャッハー!
 やがて警察車両が途切れたタイミングで、自動運転車両を飛び降り、そのまま、路地裏に姿を消す。
 警察はまだ自動運転車両を追っているらしい。
 今のうちに帰宅しよう。
 家に着く頃には日が昇っていた。
「友達の家で深夜まで遊んで! 警察相手に朝まで遊んで! 毒リンゴという未知の毒まで食べられて! 今日はいい日だったなー!」
「雪啼」
 扉を開けると、すごい顔の鏡介が待っていた。説教の気配だ。
「いくらなんでも警察車両相手に滑腔砲はやりすぎだ。民間人にまで被害が出ているんだぞ」
 ほら始まった。聞き流そーっと! 折角の幸せな気分に水を刺されたくないもんね!
「まぁ、ともかく、お前が無事でよかった」
 そう言って、鏡介が私を抱きしめる。
「うん。私はパパ達みたいにどこかに行ったりしないよ」
 そう言って、私は抱き返す。
 ま、今の気分のうちは、だけどね!

 

Fin

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