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照らされた戦勝会

 
 

 ロサンゼルスのアパートメント。
「ハッピーハロウィーン!」
 家に帰って玄関の扉を開けると、上機嫌な母さんが魔女のコスプレをして出迎えてきた。
 思わず玄関の扉を閉じる。
 周囲をキョロキョロと見回し、カメラが回ってないことを確認すると、もう一度、玄関の扉を開ける。
「ちょっと、なんで一度閉じたのよ」
 やはり魔女のコスプレをした母さんがジト目でこちらを見ていた。
 あ、ウイルスチェックしてない。
 もう一度玄関の扉を閉じる。
 俺の所属するチームきっての頭脳派であるマクシミリアン愛用の優秀なウイルス対策アプリを起動、俺が耳に装着しているイヤーフック型のARウェアラブル量子コンピュータ「オーグギア」の全データに対して、ウイルス走査をかける。
 うん、ウイルスには感染してないな。
 玄関の扉を開ける。
「ちょっと、匠音しおん?」
 もう確認するまでもないが、母さんが魔女のコスプレをしている。
 ドッキリでもなく、ウイルスの気配もない。ということは……。
「母さん、何やってんの?」
 なんの理由もなく本気でハロウィンのコスプレをしてる、ということだ。
「何言ってんのー。匠音がハロウィンエキシビションマッチで勝ったから、そのお祝いにきまってるじゃなーい」
「お祝いって……、ただ『パラディンズ』の新入り相手に勝っただけだよ……。っていうか、良い歳した母さんのコスプレみて何が嬉しいのさ……」
「何言ってんのよー。お父さんだったら大興奮してるはずよー」
「俺は父さんじゃないし……」
 ってか、素面でよく息子に自分達のコスチュームプレイの話なんてできるな。
 ん? 素面?
 俺はオーグギアの各種センサを起動し、空気中のアルコール濃度を測る。
「母さん、真っ昼間から飲んでたのかよ!」
「息子が快進撃を繰り広げてるのよ、ここで飲んで祝わずにいつ飲むのよー」
「以前は見ることさえ禁じてたくせに」
 母さんは今俺が参加している競技「スポーツハッキング」を見ることさえ禁じていた。それには俺の父さんである匠海たくみの死が関係しているのだが、もう乗り越えた話だからヨシとしよう。
 今の俺は父さんからスクリーンネームを受け継いだチーム「キャメロット」の「アーサー」なんだから。
「まぁ、いいわ。さ、中にはいって、ご馳走を用意してるから」
 入ってみてまた驚く。
 部屋中がくり抜いたカボチャの中にキャンドルライトを入れた所謂ジャック・オー・ランタンだらけになっていたのだ。
「母さん、もしかして、めちゃくちゃ酔ってる?」
「いやねぇ、匠音。この和美かずみママがアルコールに強いことは十分知ってるでしょうー」
 うん、めちゃくちゃ酔ってるな。
 まず普段自分のこと和美ママなんて言わないもんな。
 ただ、酔っている割に足元はしっかりしており、ところ狭しと並べられたキャンドルライト入りジャック・オー・ランタンをきれいに避けて台所へと歩いていく。
 まぁ、蹴飛ばすと気分悪いしな。
 俺もそれに倣ってジャック・オー・ランタンを避けながら母さんに続き、台所に入る。
「じゃ、食卓に運んで」
 そう言う台所に並んだ料理も。
「うん、多いね。食い盛り高校生を抱えていることを加味しても二人暮らしとは思えない量だね、母さん」
 まぁ、並んでるジャック・オー・ランタン、飾り付け用のオレンジカボチャパンプキンじゃないもんな、全部食用の緑カボチャスクウォッシュだもんな。
 そして、全てを食卓に並べる。
「あのー、母さん?」
「なぁに、匠音」
「お、お肉系はないの?」
 並んでいる食事はカボチャ料理ばかり。男子高校生を維持するのに必要なタンパク質は何処。
「何言ってんの。そこにスクウォッシュミートパイがあるでしょ」
「あ、本当だ」
 明かりがキャンドルライトしかないから分かりづらい。
「って、それだけ?」
「文句言わないの。食べるわよ」
「はーい」
 食事を始める。
 すると、そこからは意外にも静かな食事が始まった。さっきまで騒いでた母さんはなんだったのかと言いたくなるくらい食卓用具カトラリーが食器に触れることで響く音だけが聞こえる静かな食卓となった。
「あ。父さんに手を合わせてない」
 我が家には父さんの遺影が飾られた棚があり、そこに食事を置いて手を合わせるという文化がある。もとは日本の文化らしいが、アメリカ生まれなので俺には詳しいことは分からない。
「いいのよ。今日は」
「え、いいって、なんで……?」
 母さんは父さんが大好きだ。昔はいちいち手を合わせるのを嫌がった俺に説教をしたくらいだったのに。
「だってねー。あの人たら、今日は戦勝会しましょうね、って言ってたのに『俺が行かなきゃいけない事件が起きたんだ』とか言って、行っちゃったのよー」
 突然母さんが泣き出した。
「あぁ……」
 酒をかっくらってたのは、俺を祝うためというのは建前で、一緒に俺の勝利を祝えなかったから悲しんでたのか。
「仕方ないよ。あの人は、正義の人だから……」
 俺は諦めの言葉を口にする。
 死んで肉体を失い、データだけになったあの人は、家族より正義を優先する事が多い。
 それにしても、ここまで母さんを泣かせてまで行くことはなかろうに。
 俺はあの人の不器用さにため息をつきながら、キャンドルライトに照らされて涙を流す母さんを慰めるのであった。

 

Fin

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