高く飛べた日
生まれつき不思議な力を持つ今年度に十七歳になる少年少女が「魔女」として排除の対象とされる2033年の現在。
その現状を憂い、自分達だけの理想郷「アルカディア」を探し求めて旅をする私達、「魔女連合」は、今、「哲人同盟」という魔女の定住地を通るトラックに便乗させてもらい、リオン・アンティリオン橋を越えて北マケドニアのビトラ付近に向かっているところだ。
「暇ですねー」
魔女連合入りたての新参、チャールズ姉妹の片割れがそんなことを呟く。
「良い機会だし、自己紹介でもする?」
「いいですね~、お願いしますー」
私の大切な人、エレナがそう言うと、チャールズ姉妹が二人揃って頷く。
我らがリーダー・エレナ、臆病だけど勇気を内在するジャンヌ、魔女狩りを攻撃することに命を燃やすソーリア。そして、最近は抜けてきたと思うけど、箱入り娘の私、アリス。
皆、西洋人のような名前をしているが、実際には西洋人は私とチャールズ姉妹だけ。彼女らが名乗っているのは魔女名といって、魔女に与えられた偽名だ。
そんな楽しい歓談タイムの中、ふと、ジャンヌが呟いた。
「アリスさんはどんな風に魔法に目覚めたんですか?」
「え?」
思わぬ問いかけに、私は問い返す。
「私やエレナさんの魔法への目覚めについてはさっきまで話したじゃないですか、アリスさんはどうだったのかな、って」
あぁ、そんな話をしていたのか、ジャンヌの目覚めは以前に聞いていたし、エレナの目覚めも知っていたし、ソーリアの目覚めは想像に難くないしで、聞き流していたようだ。
「私の過去なんて、そんな面白いものじゃないわよ」
「えー、みんなのも聞いたんだから、アリスのも聞きたいよー」
と抗議するのはソーリア。
「なんであんたのために語って聞かせてあげなきゃいけないのよ」
エレナやジャンヌならともかく、ソーリアに聞かせてやる義理はない」
「いいじゃない、いい機会だし、みんなにも話しておきなさいよ」
「エレナが言うなら……」
エレナに言われたら断れない。私は語りだす。
まず、私が魔法に目覚めるきっかけを話すにあたり、私の2026年、第二次性徴期を迎えるまでの話から入る必要がある。
一神教の信徒だった私のお父様は、私をインクィジターと呼ばれる組織に寄進した。まだ私が五歳の頃の話よ。
「アリスさんって箱入り娘だと思ってましたけど、意外と大変なスタートだったんですね」
とジャンヌは言うけど、別に、売られたわけではない。インクィジターの咎人というのは、世界の裏側、神秘の世界においてはエリート中のエリートの一つだった。なにせヨーロッパ中を守っているテンプル騎士団より更に上位組織の七人しかいない幹部戦闘員なのだから。
自ら志願した形で、インクィジターに入った私は咎人候補として育てられた。つまり、お父様は私をエリートコースへの道へ投じたようなもので、私を愛していたからこそしたことだったの。
そこで私は、師匠であるシン姉様こと《
けれど、バチカンの地下で修行を始めたまさにその年よ、科学統一政府が「神秘根絶委員会」の発足が宣言された。
神秘根絶委員会の本部が今、旧バチカンにあるのは知ってるわね? 神秘根絶委員会は発足度と同時にバチカンに攻めてきたの。
テンプル騎士団や咎人は必死で抵抗したけど、敗れた。
「この前、戦ったアンジェ・キサラギのような連中の集まりだものね」
そう、今にして思えば全くその通りね。
私や弟弟子のミタートは、シン姉様に守られながら秘密の地下通路を通って逃げたわ。
バチカンの地下にはヨーロッパ中に広がっている秘密の地下通路があるから、そこを通って逃げた形ね。
そうして、私は私のお父様、もうみんな知ってると思うけど、世界全土に展開するラウッウィーニ商会の会長が直々に手を回してくれて、それぞれ別々のセーフハウスへ逃れて、そのまま、私はお父様と母の住む日本の邸宅に帰り着いたわ。
「ちょっと! 私達はアリスさんのお父様上のことは知りませんでしたよ!」
「すごいご令嬢だったんですね!」
まぁ、そうね。
そうして、私は、みんなの知っている通りの箱入り娘になったの。
私には既にインクィジターの咎人候補である証が刻まれていたから、神秘根絶委員会にバレると大変だからね。
箱入り娘と言えば聞こえは良いけど、要は籠の鳥よね。私は軟禁された部屋の中で、大好きなマザーグースとそれから、シン姉様に教わった基礎的な訓練の繰り返しだけを繰り返してきた。
そうして、屋敷の中だけで過ごすうちに五年もの月日が流れたわ。
「五年。となるといよいよ十歳。女の子ならそろそろ第二次性徴期が始まる頃ね」
そうよ、エレナせんせー。
私はある日、寝て起きたら、部屋に夢で見た怪物が現れていたの。
ジャンヌは経験あるわよね、魔法の暴走よ。
私は慌てて、手元にあった
といっても屋敷は半壊。お父様は慌てて理由を問い正して、そして、娘が魔女になったと知ったの。
「お父さんは魔女のことを知ってたんですか?」
えぇ。ラウッウィーニ商会は統一政府ともやりとりをしていたし、私の目覚めは魔女法が成立してからだったから、お父様は既に魔女について知ってたみたい。
お父様はすぐに引っ越してから、私にネット環境を与えたの。二枚舌商売が得意だったお父様は魔女の動向もチェックしてたみたいで、魔女の集まるローカルネットワークの存在を知ってたみたい。
「私とネットで知り合った頃の話ね?」
そうよ、エレナせんせー。せんせーの助言もあって、私は魔法の制御を見につけた。
マザーグースを始めとした音楽と夢を結びつけて制御する、という方法よ。
そんなこんなで、私の目覚めの話はおしまい。
どう、つまらなかったでしょ?
「ふふ、まだ続きがあるでしょ? 魔法を手に入れたアリスは、ただの箱入り娘じゃなくなったのよね」
えぇー、それ話すの?
はぁ、まぁ、エレナが言うなら。
魔法を身に着けた私は、一つ日課が出来たの。
夜に窓を開いて、窓の隅っこにある蜘蛛の巣を箒で払って、マザーグースを歌う。
「
箒で空を飛ぶおばあちゃんのマザーグース。
私はそれで空を飛ぶのが好きだった。
夜の空は星がまるで落ちてきそうで、飛ぶたび、飛ぶたびに、毎日毎日、前日よりも、高く飛べた気がしたの。
ま、数ヶ月もしないうちにバレて窓をはめ殺しにされたんだけどね。
「えぇ、じゃあ私達、というかエレナさんを助けに来た時はどうしたんですか?」
「そりゃ、窓を割ったのよ。もう戻らない覚悟だったし、実際戻ってないものね」
ジャンヌの問いかけに、私はなんてことのないように答える。
「エレナさんのことが本当に好きなんですね」
「そりゃそうよ。エレナの夢は私が絶対に叶えてみせるわ」
エレナを助けるため、急行するために飛んだ日は、一番高く飛べた気がするから。
Fin
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