妖精の悪戯
はじめまして、私は「妖精」!
匠海はユグドラシルっていうサンフランシスコのメガサーバで
その仕事の中で「妖精戦争」という私を巡る戦いが繰り広げられた。紆余曲折あって、匠海はその戦いの勝者となり、私とともに生きることを選んだんだ。
そんな匠海と私は今、サンフランシスコから電車を乗り継ぐこと数回、辿り着いたのはロサンゼルスの日本人墓地に向かっている。
そこに、一人の女性が眠っている。
匠海の恋人であり、きっとこれからも匠海の心から離れていかない人。
そして、私のオリジナルでもある。
墓地の低価格向けの墓地のさらに隅っこ。そこに和美のお墓はある。
「よう、和美。久しぶりだな」
「ちょっと、私には毎日あってるでしょー」
「お前はお前、妖精は妖精だからな」
そう言って、和美のお墓の前でしゃがむ匠海。
お墓にはGougle《ゴーグル》社の提供するホロ広告が表示されている。
零細研究家だったシングルファーザーの元で育った一人っ子の
そこで、Gougle社が提供する
つまり、墓地に広告を設置することで墓地の設置費を賄う、というプランだ。
「っていうか、匠海って高級取りでしょ? 恋人のお墓くらい買ってあげられないの?」
「墓地の権利は相変わらず佐倉博士が持ってるんだよ。俺じゃどうにもできん」
「えー、ハッカーでしょ。クラッキングして権利を書き換えるとかー」
今でこそ
そして、和美が死んでからは、その死の真相を突き止めるために、ユグドラシルにハッキングを仕掛けて、その最奥まで到達したほどだ。
今、匠海がユグドラシルで
だから、同規模の
「ばか。一瞬だけ誤魔化すならともかく、永続的に書き換えるとなったら、人間が気づくのを防がなきゃならん。お前だって元々
「ふーん」
匠海の和美への印象を信じるなら、私とオリジナルは必ずしも思考ルーチンが同じではないのかもしれない。私はオリジナルよりちょっと短絡的気味なのかも。
でも言われてみればその通りだ。
電子データを書き換えられても、人間の意識までは書き換えられない。「あれ、ここ前は違ったような?」と人間に違和感を覚えられれば、そこから辿られればバレてしまう可能性は高い。
「オリジナルー、お前はどうよー。こんなお墓、嫌だよねー? 私だったら嫌だー」
「やめろ」
匠海がお墓を磨くのを見ながら、私はお墓に語りかける。
「博士を説得して、権利譲ってもらおうよー」
「前に面会に行った交渉してみたんだけどなぁ……」
「え、何それ知らない」
「お前がいるとややこしくなるから、オーグギアを低電力モードにして行ったんだよ」
何それひどーい!
オーグギアは私が宿っているイヤーフック型のARウェアラブル量子コンピュータだ。
「あ、あの」
そこへ二人の日系人らしき女性が声をかけてくる。勿論、私ではなく匠海にだ。
「え、俺? すまん、道塞いでたかな」
そう言って、匠海が直立する。
「いえ、そうではなくて……」
「あの、匠海さんですよね?」
片方が否定して、その後、もう片方がそう言って尋ねてくる。
「え、俺を知ってるのか?」
「そりゃあ、ユグドラシルのタクミ・ナガセといえば、ハッカー界のアイドルじゃないですかー。日系人の憧れの一人ですよ」
「そ、そうか? ありがとう。俺は日系三世だから、あんまり日本に帰属意識はないけど、憧れとまで言ってもらえると嬉しいよ」
そう、匠海はなんだかんだ有名人だ。
そもそも、「キャメロット」のアーサーは有名だったところに、妖精戦争、ヘカトンケイル事件、ランバージャック・クリスマス、ハワイの管理帝国襲来、日本のカタストロフ襲撃などと言った事件の解決に寄与したことで、ユグドラシルの上層部も積極的に匠海を喧伝しているところがある。
ユグドラシルの上層部にしてみれば、それだけのたくさんの事件を解決したような人間が
それにしても……。デレデレしてるのはなんだか面白くない。
なんか面白いことはできないか、と周囲を見渡すと、周囲には無数のホロ広告が表示されている。
「これだ」
この辺一帯は全部
私は素早くグローバルネットワークに侵入し、この墓地を形成するローカルネットワークを掌握。全ての広告をオバケの画像に変更する。
どうだ、おどろけ!
「きゃあっ!?」
当然のように二人の女性は驚いた様子を見せる。
「妖精! 何してる!」
匠海が怒鳴る。
「えー、だってー」
「だって、じゃない。こんなことをして、Gougle社が飛んでくるぞ」
「表層のレイヤーをいじって画像を差し替えただけだから、Gougle社の
さて、女性二人はどんな感じで怯えてるかな……。
「あ、もしかして、妖精さんですか?
と視線をやると、私に向かって、女性の一人がそう言ってきた。
「え、本当!?」
FAIryChannelは私が五年ほどまでに私がチラッとやっていた動画配信だ。匠海にチャンネルごと消されたけど。
「ありがとうー、嬉しいー。脅かしてごめんねー」
「そんな、イタズラ好きなのが妖精ちゃんのいいところですからー」
この人分かってるー。
私は二人と喋り始めた。
「はぁ、やれやれ。この二人に嫉妬していたことも忘れて、呑気なことだ」
匠海は呆れた様子で、墓を磨く作業に戻っていった。
Fin
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