世界樹の妖精 最終章

by:蒼井 刹那   

  最終章 世界樹の妖精

 

 ――願いは叶う。
 事故……あるいは事故に見せかけた事件で娘を喪って早くも3年。
 私の目的はただ一つ。娘を、蘇らせたかっただけだ。そして、私にはそれを「ある程度」実現させる技術があった。
 元々の私の専門は脳科学、脳内のシナプスを伝わる電気信号を解析し、「人間の脳内の記憶を外部記憶領域に保存する」ことの実証だった。
 そもそもオーグギアが開発され、ここまで普及したのは私の先人の努力の賜物である。装着したオーグギアを介してシナプスに特定の信号を流し、視覚野を上書きする、その技術は「脳に情報を上書きする」ものであるがそれが可能なら逆の「脳から情報を抽出する」ことも可能ではないだろうか。
 だが、実証試験はなかなか行えなかった。「人道的理由」で反対する勢力を説き伏せるだけならまだ楽だったかもしれない。問題は、「実験対象になる」人間がなかなか現れなかったことだ。
 それはそうだろう、脳内の情報を抽出する、その情報は選択できない。つまり情報流出などが起きれば「その人間の全ての情報が全世界に拡散する」のである。それに対しては「コピー不可、移動不可設定にしておく」という対処方法をとればいいがその設定を解除されれば流出は免れない。
 安全面に関してはオーグギアが普及した今問題になるようなものはあまりない。オーグギアのように脳に電気信号を流すわけでなく、脳の電気信号を読み取るスキャナーを使えばいい。このスキャナーもオーグギアを装着するためのキャリブレーションで使用されるものを使えばいい、と理論上では結論が出ている。
 あとは被験者のみ、そんな矢先にあの事故が起きた。
 娘は肉体に重篤なダメージを受けていた。「手は尽くしたが意識を取り戻すことはないだろう」と医師もさじを投げてしまった。「よくて3日もったとしてもそのあとは分からない」とまで。
 それならば。それならば娘の記憶だけでも。
 私は願った。「せめて全ての情報を抽出するまでもってほしい」と。
 その願いは叶った。全ての情報を抽出した直後、娘は息を引き取った。奇跡的に間に合ったのだ。
 娘は喪ったが、多くのものが手に入った。娘の情報という大きな財産が私の手元に転がり込んできた。
 それならば、この遺産は使わなければいけない、そう思った。
 抽出できたのは記憶だけでなく、恐らく人格などを構成するもの、いわば魂のデジタルコピーに成功していた。解析には時間がかかったものの、それは一つの可能性を示唆していた。
 人間から抽出した情報から、AIを生み出す。
 それを、AIの研究班から報告された時、私は決めた。
 娘を、蘇らせると。
 いくら再生医療が発達してきたとはいえ、死んだ人間の肉体を再生することはできない。生きている人間の脳に娘の全ての情報を上書きオーバーライドすることもまだできない。
 それでも、いつかは可能になるかもしれない。肉体は無理でも、義手義足の技術は日々進歩している、そのうち全身義体サイボーグも開発されるかもしれない。その時のために、娘をAIとして開発したい。
 そう、願ってしまった。
 人間の欲望とはいかに貪欲なものか。一つ叶えばすぐ次の願いが浮かび上がってくる。
 その繰り返しだ。その繰り返しがあるから、私は。

 

 回線を全て切断し、匠海はどうする、と呟いた。
 IDは偽装しているし複数のサーバを経由しているから時間がかかるだろうがそれでもいつかはここにたどり着くはず。その前にやらなければならないことを一つずつ確認していこう。
 まず、妖精の生みの親のことだ。
 佐倉 日和、3年前死んだ匠海の彼女、佐倉 和美の父親で間違いないだろう。それは妖精の言動から確信できる。
 そこでいろいろ思い出してきた。和美は父親に匠海を紹介する際、「研究者の父だからちょっと変わり者かもしれない」と言っていた。何の研究をしているのかと聞くと「情報科学じゃない?」という返答もあった。だが、その和美の認識は間違いだろう。
 あのサーバにあったデータは確かにオーグギアや各種クラウドから収集したものもある。だがそれだけではない、匠海も見たことがないようなフォーマットのデータも数多くあった。
 それなりのデータ量だったため全てはダウンロードしていないがいくつか、手元にある。適当なテキストエディタで開いてみると、独自言語で構築されたプログラムのようにも見える。
 そういえば妖精は言っていたではないか。『それはわたしの人格形成のベースとなった人の記憶』と。記憶、とは言っていたが人格形成に記憶だけで十分なのか。また、そこまで詳しいわけではないが仮に脳内のデータを抽出することができたとして、それを取捨選択して抽出することができるのだろうか。そんなことを考えると佐倉 日和の専門は情報科学ではなく脳科学の方が正しいのではないだろうか。
 何はともあれ、妖精という存在が自分に近しい人間によって作られたことは判明した。あとはその目的と、何故全世界のハッカーに戦争の火種を撒いたか、という理由である。
 これは本人に聞かねばならないだろう。そして本人はどこに。
 命日に墓参りに来なかったことを考えると、研究室に入り浸っている可能性が高い、そんな気がする。
 そうなると研究室がどこにあるか、だが脳科学、それも人間の脳の情報抽出を研究している研究所の情報がそんなに広がっているはずがない。それこそ情報流出には人一倍敏感だろう。
 まずは研究所を探すところからか。
 先ほど世界樹にアクセスしたのとは別の回線で第二層にアクセスし、検索を始める。
 しかし、なかなか見つからない。
 脳科学の研究所自体もそれなりの数ある為決定打にならない。
 これは手詰まりか。
 そんなことを思っていたら。
 突然、AR表示で着信が入る。
 誰にも言っていないはずの、それも偽装ID用のオーグギアに、一体誰が。
 いや、違う。この回線を知っているのは、一人だけいた。
 世界樹の監視官カウンターハッカーの一人、匠海が唯一相棒だと認めることができた人物だった。
 緊急事態で、連絡がつかない時はこのIDにかけてみろと伝えていたことを思い出した。
 発信元のIDを見ると見知らぬものだったが、恐らくそいつも空気を読んでIDを変えているに違いない。
 通話ボタンをタップし、回線を開く。
《おい匠海!》
 声の主はやはり相棒だった。切羽詰まった声の様子から、先ほどの世界樹のアクセスの件だと判断する。
《やっぱりお前がいないと世界樹はガバガバだ!》
「どうした」
 敢えて平静を装って尋ねる。
《当事者が涼しげな顔してごまかしてる!》
 回線の向こう側から慌ただし気な空気を感じ、「これだけ監視官がいるのに侵入を許したのか!」などという声も聞こえてくるところから世界樹は今大変なことになっているらしい。
《お前が当事者じゃないと仮定して報告するぞ。世界樹が、中枢まで侵入された》
「ほう」
《うっかりかなんか知らんが何の痕跡も残さず侵入した奴が最後の最後でセキュリティに引っかかって判明した。今、侵入元を調査しているところだ》
「俺がいないと本当にガバガバだな」
《当事者が涼しげな顔してごまかしてる! なお2回目!》
 余裕があるのかないのか。
「なお2回目」の発言を考えると、相棒はそれなりに余裕があると考えてもいいかもしれない。匠海が侵入者であるという確信があるからだろう。
《緊急時につながらなければ、の緊急用IDだ、どうせ俺たちみたいにハッキング用の偽装ID搭載の脱法オーグギアじゃないのか? それを使ってる時点でほぼほぼお前が侵入者だと判断できる。まぁそれがなかったとしても監視官の半分はお前が侵入者だと確信してるみたいだがな》
「で、その報告のために連絡してきたのか?」
 ああ、と相棒が頷く。
《誰もお前が侵入者だとは言っていないがな。だが、複雑にサーバ経由してるから時間はかかるだろうが近いうちにお前にたどり着くだろうからな。その忠告だ》
「それはご親切に」
《しかしなんで世界樹に侵入しようと思ったんだ? やはり……妖精か?》
 まったく、この相棒は何かと事情を察していやがる。
 まあな、と今度は匠海が頷いた。
「妖精の生みの親を調べた。そうしたら死んだ彼女の親父でな」
《それはご愁傷さまと言うべきなのか? というか、お前の彼女の親父、しかも世界樹のサーバを借りてるって……》
 相棒は匠海の彼女、和美が事故で死んだことは知っている。それがきっかけで世界樹に挑んだということも。だから匠海も正直に伝えたのだが。
《かなり有名どころの研究者なのか? 個人で世界樹のハイセキュリティエリアを借りることはできないだろうに》
 そう言われてはっとした。
 メガサーバと呼ばれる巨大なサーバ群である世界樹は文字通り全世界のサーバとつながり、広大なクラウドサーバを構築している。だが、それとは別に中枢ともいえる特殊なセキュリティで管理されたものもあり、これは政府機関や大手研究機関などに提供されている。
 そうだ、世界樹のサーバ、それもハイセキュリティエリアを利用しているということは余程の信用のある研究機関である可能性が高い。妖精の出自ばかり気をとられていて失念していたが、世界樹を調べれば研究所に行きつける可能性が高いのではないだろうか。
「今検索している時間はあるか?」
《お前はバカか》
「だろうな。仕方ない、研究施設は俺が自力で調べる」
《だからお前はバカなんだ。もう少し仲間を頼れ》
 意外な返答だった。
 侵入者騒ぎで蜂の巣をつついたようになっている状態なのに、相棒は手助けしてくれるというらしい。
 すまない、と匠海は謝った。
「調べてほしいのは佐倉 日和が所属している研究所だ」
《情報が少ないな。せめて研究所名が分かれば……ていうか、お前さ……それ通常の検索で出ないか? 必要なのは研究所の場所なんだろう? そいつの名前で検索すれば研究所くらい……》
「それだ! 灯台下暗しだな、第二層で検索することばかり考えていて通常検索を忘れていた、それで調べてみる」
 なんということだ。世界樹のサーバを借りている研究施設なら有名なところだろうし、そこに勤めている研究者ならウェブサイトに名前が載っていてもおかしくない。そんな基本的なことがすっかり頭から抜け落ちていたのは妖精と和美のことで頭がいっぱいになっていたからか。
 相棒の「とりあえず警察が到着するまでに片を付けておけよ」というアドバイスもほどほどに通話を切り、検索を開始する。
 検索結果はすぐに出た。
 和美が暮らしていた市内にある大学の研究所。
 ここからさほど遠くない。
 軽く身支度を整えながら、匠海は考えた。
 和美の父親に会って、いまさら何を言うつもりだ。
 何故妖精を作ろうとした? それとも作り出した妖精を外にリークしたのは貴方なのか? それともそんなにも娘の死は受け入れられなかったのか?
 多くの疑問が脳裏をよぎる。いろいろ考えて、結局自分は何をしたいのか。
 和美の死を受け入れ、妖精のデータを完全に削除しろと言えばいいのか?
 そう思った瞬間、匠海は違う、と首を振った。
 自分が求めているのはそんなことではない。いや、妖精が和美のデータを元に作られたという事実に揺らいでしまっている。
 もう逢えないと思っていた存在と再会したようなものだ。それを消すなど。
 それで少し父親の気持ちが分かったような気がした。
 もう逢えない、その気持ちは親なら強いはずだ。だから、もう一度逢いたくて妖精を作ってしまったのではないだろうか。
 それを責める権利は自分にあるのか。
 妖精がいたからこそできたこともあったのではないだろうか。
 あの魔法使いウィザードを撃破できたのも妖精がいたから。
 妖精がいたから戦争が起こったとも言えるが、それでも、父親を責めるということは妖精の存在を否定することにつながる。それが、自分にできるのか。
 それでも。
 匠海は動かなければいけなかった。確かに妖精を利用したが、それでも妖精という存在は生み出してはいけなかったのだと。死者の冒涜につながってしまうと。
 ふと、時計を見る。
 回線を切断してからそれなりに時間が経過している。
 いい加減家を出なければ警察が来るかもしれない。鉢合わせしてしまえば父親を責めるどころではなくなってしまう。
 鞄を手に、立ち上がる。
 何か必要なものはないか。
 出先で、防犯システムなどを相手にハッキングを仕掛けることも考えると偽装IDのオーグギアは外せない。あとは……。
 ぐるりと机周りを見回した匠海の目に、一つの端末が映る。
「重要な局面に直面した時に使え」と敏腕ハッカーウィザードだった祖父が譲ってくれた手のひらサイズの端末。
 何らかの予感めいたものを感じ、匠海はそれを鞄に入れた。

 

 電車の中で、考える。
 和美の父親、佐倉 日和を相手にした時の可能性の全てを。
 いくら脳科学が専門とはいえ、妖精のシステムを構築できるだけの才能はもっている。他人の入れ知恵でオーグギアにハッキングを仕掛けてくることも考えられるだろう。
 また、第二層に妖精をだしにした宣戦布告を行っている可能性を考えれば妖精のコピーを人質に何かを要求してくるかもしれない。
 AR表示させた仮想キーボードを展開し、想定できる全ての可能性に対応できるよう複数のアプリケーションを結合させ、対応プログラムを即席で作る。
 ちょうど一通り終わったところで、目的の駅に到着するという車内放送が流れてきた。

 

 気が付けば、研究所ではなく彼女の実家、佐倉家の家の前に立っていた。
 どこで間違えたのか。いや、無意識のうちにここへ来ることを選択していた、ということだろう。
 周りを高い塀に囲まれ、防犯カメラも設置されている。
 ここは研究所からそう遠くない。泊まり込んで研究に打ち込むことも帰宅して身の回りを整えることも簡単にできる。
 どうするか。
 人の気配は感じられない。研究所にいるのだろうか。
 ここに妖精に関する何かしらの物があるとは普通なら考えられない。それなのに、匠海はオーグギアを操作し、セキュリティの解除を始めていた。
 数分とかけずにセキュリティを解除し、門を開く。
 次の玄関の方がセキュリティは強固なもので、オンラインでの解除が不可能だったためロック部分のポートとオーグギアのポートを接続し、有線で解除する。
 数年ぶりに訪れる佐倉家。人感センサーを解除しているのか、家の中に踏み込んでも明かりは点灯しなかった。
 廊下を歩き、とある部屋の前に立つ。
 書斎の前。
 ここは父親が大切な研究をしている部屋だから立ち入ってはいけない、と和美は言っていた。
 だが、この局面ではその言いつけを守っている必要はないだろう。
 ドアノブに手をかけ、そっと扉を開く。
 そこに、男がいた。
 机に向かって座っているため、背中がこちらを向いている。
 部屋に入り、匠海は後ろ手で扉を閉めた。
「……待っていたよ」
 先に口を開いたのは男の方だった。
「永瀬 匠海くん、やはり君は私が見込んだ男だよ」
 椅子が回転し、男がこちらを見る。
「……佐倉……日和……」
 そこに座っていたのは和美の父、日和。
 待っていた、というのはどういうことか。
「世界樹の管理会社から研究所が借りているスペースにハッキングがあったと連絡があってね。もしかして君じゃないかと思って帰ってきた次第だよ。君なら、必ずここに来ると信じていた。それも真実を全て解明した状態でね」
「妖精は……本当に、和美なのか」
 かすれた声で、そう問うと、日和がああ、と頷いた。
「詳しい話は有線状態で話そうか。その方が情報共有しやすい」
 ケーブルを取り出し、自分のオーグギアに接続してからもう片方の端を匠海に向ける。
 それを受け取り、匠海もオーグギアのポートに接続した。
 次の瞬間、視覚が塗り替えられ、世界樹の中枢で見たあの青い光に満ちた妖精のサーバのイメージが展開される。
 タワー型サーバの上にちょこんと座る妖精に、匠海は思わず声をかけようとするが違う、これはただのイメージだと自分に言い聞かせる。
「安心してくれ、これは私のワークスペースの背景にすぎない。世界樹にアクセスしているわけではない」
 日和の説明に分かった、と頷く。
「まず、何から話そうか。そうだな、君が行き着いた真相をまずは聞かせてもらった方がいいね」
 どうも、この男はつかみどころがない、と匠海は内心思った。自分のことしか考えていないような、自分の目的のためなら何でも犠牲にできそうなところとか、自分とは価値観が違いすぎる。
 それでも、せっかく発言する機会を与えられているのだから何か言わなければ気が済まない。
 言いたいことは山ほどあったが、まずは日和の言う通り行き着いた真相を確認した方がいいだろう。
「……妖精が和美をベースにしたものということが事実なら、あんたは和美の死を受け入れられなかった、という結論になる。脳科学が専門のあんたのことだ、大方ネットワークの中だけでも和美を生き永らえさせたい……いや、いずれはこの世界に蘇らせたい、といったところか」
「なかなかいい線を突いてくるね。確かに、私は和美を蘇らせたいと願った。そのための技術も私にはあった」
 ちょうど人間の脳内の情報をデジタルデータ化する研究を行っていてね、と日和が続ける。
「だが、被験者になる人間がいなくてね。ほら、まだ研究途中なわけだよ。情報を抽出するにもその情報を取捨選択することはできない」
「つまり、全ての情報がさらけ出されるということに?」
「その通り。情報流出なんてものが起きればプライバシーの侵害どころじゃない。何しろ性癖や人格までさらけ出されるからね」
 それは嫌だ。そんなことになるくらいなら初めから被験者になることは拒みたい。
 それで、和美を使ったのかと匠海は確認した。
 ちょうど、和美が事故に遭いもう助からないと宣告されたから最期は自宅でと医者をうまく言いくるめて連れ帰ったのかと。
 それを、日和は否定しなかった。
 それどころか、
「和美が事故に遭ったと聞いた時はいいチャンスだと思ったよ。確かに和美を喪うのは辛いことだ。だが、情報を抽出すれば和美はサーバ内で永遠に生き続ける」
「……狂ってる……」
 思わず、匠海は呟いた。
 自分の娘ですら、研究対象にしかならないのか。
「ははは、狂ってる、か。マッドサイエンティスト冥利に尽きるとでも言えばいいのかな」
「あんたは……あんたは自分の娘を実験台にしてまで技術の発展を望むのか!」
 匠海のその言葉ですら、日和は否定しない。
「技術の発展無くして人類の発展はあり得ない。死体の解剖が無ければ医療が発展しなかったようにね」
「詭弁だ。発展に必要な技術、不要な技術があるはずだ」
「そうかな? それなら、オーグギアは? 人間の視覚野を支配するこの技術は本当に人類に必要なのかな? 今、君が見ているのは現実ではない、仮想現実だ」
「それは……」
 これが目的だったのか。
 オーグギアによって視覚を上書きされている今、下手に身動きができない。
 それを見越して日和は有線で会話したいと言ってきたのか。
「脳内の情報抽出も同じだよ。脳に障害を負った場合、脳内の情報を抽出し、機械化することができれば人間は生きながらえることができる。最近の義手、義足の発展は素晴らしい、やがては全身を義体にしたサイボーグも実現するかもしれない」
「まさか……」
「そう、私は義体の開発を待っているのだよ。そしてそこに和美の記憶や人格パターン、いわゆるデジタルコピーされた魂を移植したい」
「デジタルコピーされた……魂……」
 義体に脳内のあらゆるデータを移植したい、ということは。
「じゃあ、妖精とは……義体を動かすための、OS……」
「話が早くて嬉しいよ。その通り、妖精はOSを開発する上での試作品なんだよ。義体が完成した暁にはこの妖精をOSとして埋め込み、人格や記憶を管理するつもりだ」
 本当に、狂っている。
 娘の死を踏み台に、好き勝手なことをしている、という印象を受ける。
 しかし日和の手中にある今、下手な抵抗はできない。
 それに聞きたいことはまだ残っている。
「聞きたいことはまだある。どうせろくでもない返答が来るだろうとは予想できるが……あんたは、妖精の情報を第二層にリークしたな?」
 日和の性格を考えると、何となく答えは予測できていたがそれでも自分の中だけで解決していい問題ではない。それに、「戦争」という単語キーワードを使っていたのは和美、それに影響を受けた匠海だけではないはず。和美が魔術師マジシャンであることを知っていれば日和もこの単語を口にすることは十分考えられる。
 できれば、否定してもらいたい質問ではあったが。
「その通り。私が第二層に火種を撒いた」
 日和はあっさりと肯定した。
 何故だ。
 今まで交わしてきた内容に矛盾する回答ではないのか。
 普通なら、そう思うだろう。
 第二層の魔術師たちに火種を撒けば、最悪、妖精のデータは全世界に流出するか削除されるか改ざんされるだろう。それなのに情報のリークをするということは。
「……やはり、思惑があってのことか」
「そこまで推測していながら、まだ分からないかな。確かに妖精のデータは私の手元にあるが、必ずしも自由に編集できるわけではないのだよ」
「どういうことだ」
 管理できても、編集ができないとは。
「君も妖精のデータに直接触れたから分かっているはずだ。どういう設定になっていたのか」
 どういう設定になっていたのか。
 普通に触るとセキュリティが反応した。それだけではない、ダウンロードする際に設定を変える必要があった。コピーも移動も不可という面倒な設定が適用されていた。
「コピーも移動も設定を解除しなければできなかった……まさか!」
 まさか。
「妖精のデータを世界樹から解き放つために敢えて火種を撒いたのか!」
 この設定をクリアし、本当に義体に移植できるようにしたかったのか。
 管理者がこの設定をクリアできないのはどこからか、大方人道的配慮が云々と抜かす勢力から圧力がかけられていたからだろう。だが外部の人間がハッキングして解除してしまえば、そのデータを回収してしまえば、圧力の網から逃れられる。
 きり、と匠海の奥歯が鳴った。
「あんたはそれでも人間か! 娘の死ですら、ただの通過点なのか!」
「君にそれを言われるのは心外だね。君だって、和美が死んだから魔術師として腕を磨き、世界樹の監視官になったのではないのかね」
「俺は! 俺は和美の死の真相を知りたくて世界樹に挑んだ。今も、その思いは変わらない」
 精一杯の抵抗だった。
 俺はあんたと違う、和美の死を踏み台にはしていない、と。
 だが、その抵抗も日和にあっさりと論破されてしまう。
「そうかな? 監視官として魔術師を捕獲、通報する、そこに何の感情もないのかな? 対戦ゲームのようなスリルや楽しみは本当にないのかな? 私も一応現在のハッキングに関しての知識はあってね。ほとんどゲームじゃないか。負ければ逮捕されるというね」
「違う!」
「違うというのかな? そう、全力で否定するのは事実を認めたくないからじゃないかね?」
 違う、本当に違うと叫んでいた。
 自分は、和美の死の真相を突き止めるためだけに、世界樹に侵入したのだと。だが……日和の言葉を完全に否定することができない、そんな自分がいた。
 ただ淡々と魔術師を排除しているつもりだった。それでも、どこかで、ゲーム感覚で楽しんでいるのではないか。腕の立つ魔術師であるほど、対戦のし甲斐があるある、と。
「俺は……」
「認めてしまえばいい、どうせ君は世界樹に侵入した犯罪者だ。自分の知的好奇心を満たすためだけに世界樹に侵入した、そうだろう?」
 否定できない。今回、侵入したのは妖精を知りたかったからに他ならない。日和に指摘されずとも、分かっていたはずだ。
 それでも、その根本には和美の死のことが絡んでいると思いたかった。
 これが、匠海の戦争の結末なのか。
 本当に、それでいいのか。
『タクミ、』
 認めるしかないのか、そう思った匠海の中で声が響く。
『諦めないで。戦争は、まだ終わっちゃいない』
 回線をつないでいないはずなのに、妖精の声が聞こえる。
日和パパの言葉に惑わされないで。今目に見えるものが偽りなように、言葉もただそれっぽく紡ぎだされたもの。タクミなら、分かるよね?』
 今、目に見えるものが偽りなように……?
 そうだ、日和はただ自分に都合がいいことしか口にしていない。
 匠海の視界を奪い、都合のいいことを口にし、追い込んでいるにすぎない。
 戦争はまだ終わっていない。今、ただちょっと不利なだけだ。
 それなら。
「さすが脳科学者。脳科学者が心理学に強いかどうかは素人の俺には分からないが、どんな言葉が相手を追い込むかよく分かってる」
 しっかりと日和を見据え、匠海は言い切った。
「確かに、俺は魔術師との戦いを楽しんでいるかもしれない。だがそれは重要なことか? 最終的に真相に到達すれば過程なんてどうでもいい」
「何?」
「それはあんたも同じだろう、自分の目的が達成されるなら、娘の死などただの通過点だと言い切れるならな」
 匠海の強い言葉に一瞬たじろぐ日和。
 その視界の外で、匠海の指が素早く動く。
「あんたは狂っている。娘のためと言いながら全くそのためじゃない、だが倫理委員会の目だけはちゃんと気にして裏口バックドアを開く、ただのマッドサイエンティストだ」
 あんたは正義じゃない。正義を騙る悪の組織だ。
 そこまで言い切り、匠海は息を吐いた。
「……はは……」
 片手で頭を抱え、日和が低く嗤う。
「そうだよ、その通りだよ! 私はマッドサイエンティストだ、それがどうした!」
「開き直ったな」
「娘の死を踏み台にして何が悪い、正義を騙って何が悪い! 技術が発展すれば、それが正義になるのだから!」
「……負け犬の遠吠えだな」
「ふふ……そうかな? 有線通話に応じた時点で、君の敗北は決まっているのだよ?」
 そう言い、日和が高らかに笑う。
「この部屋も私の研究室の一つでね。オーグギアと連動することで部屋にいる人間の脳内スキャンが可能になっている。それがどういうことか分かるかな?」
「な――」
「君と話している間に君の脳内データのスキャンをさせてもらったよ。データの分析及びハードコピーも完了している」
 それがどういうことか、すぐに察しがついた。
 日和は自分の娘を妖精にしただけではなく、真相にたどり着いた人間も同じようにデータ収集しOS開発の追加サンプルにするつもりだ。
 ハードコピーも終了している、ということはこのデータを世界樹に持ち込むつもりだろう。
 ……いや、違和感を覚える。
「待て、俺とあんたが会話を始めてどれだけ経過した? こんな短時間で抽出ができるものか」
「和美が死んでから3年、スキャナーの性能は日々進歩しているのだよ。これだけ時間があれば十分だ。君のデータは活用させてもらうよ」
 させてたまるか、と匠海は拳を固めた。
「監視官をなめるな! ARハッキングは体も資本なんだぞ!」
「分かっているよ、それくらい」
 殴りかかろうとする匠海を冷静に見据えながら、日和が答える。
 その瞬間。
 空間が白く塗りつぶされた。
「……何?」
 匠海の動きが止まる。
 同時に大量の情報が押し寄せる。
「分かっているよ、監視官は処理速度を上げるためにインプラントチップを埋め込み、ナノマシンを脳内に注入していることくらい。それを暴走させるプログラムを君も持っているとは、カモがネギを背負ってきたようなものじゃないか」
「く……」
「悪いが、君にはここで死んでもらう。なに、データはこちらにあるのだからすぐに和美に逢わせてあげよう」
 日和の勝利宣言にも似た言葉。
 まぁ、今の君には聞こえていないか、という呟き声が聞こえてくる。
「魔術師としては一流かもしれないが、相手が悪かっ……!?」
 突然、日和の体が吹っ飛んだ。
 彼が立っていた場所の、一歩手前に、
「ああ、魔術師なめんな」
 匠海が立っていた。拳を固く握り、日和を殴り倒したそのままの姿勢で。
「そんじょそこらの魔術師だったら今ので死んでたな。だがな……佐倉 日和、相手が悪すぎた」
「何故だ……何故動ける? オーグギアは完全にこちらが掌握していたはずだ」
 上体を起こし、日和がバカな、と尋ねる。
魔法使いウィザードって聞いたことあるか? オーグギアではなく、昔ながらのコンピュータを使ってのハッキングが得意な連中のことだ」
 そう言い、日和を殴ったのとは別の手に握っていた端末を見せる。
 二人が見る視界は、日和の室内、現実そのものに戻っていた。
「オーグギアの制御はほぼ、完全に奪われていたさ。だが、その支配も分かってりゃ多少は抵抗できるってものだ。有線接続でと言われた時点でポート一つとRAMを少し開放していた。あとは様子を見てこの端末から逆にハッキングを仕掛けて制御を取り戻した」
 といっても半分は分の悪い賭けだったが、と続ける。
「じゃあ……私が、見ていた君の姿は……」
「最後の方はダミーの映像だ。まぁ、脳内スキャンが完了するころまでは現実だっただろうが」
 妖精の声が聞こえてこなければ制御を取り戻すことはできなかったかもしれない。
「……佐倉 日和……あんたは技術の発展を私欲のために望みすぎた。技術の発展は、私欲のためじゃない、多くの人間のために望むべきだ」
「……私が……間違っているのか」
「ああ、自分でマッドサイエンティストと認めたくらいに道を踏み外しているよ」
 うなだれる日和に、匠海は窓の外に視線を投げながら言い切った。
 ついでに室内を調べるが、壁や本棚、調度品などにスキャナーが仕掛けられた形跡はなく、先ほどの日和の言葉はただのハッタリだったと認識する。
「なんだ、俺の脳内をスキャンしたという話は嘘だったのか」
「被験者が和美しかいない現状、スキャナーもキャリブレーション用のものから発展がなくてね」
 それでも、和美が生きているうちに魂のデジタルコピーは成功した、と日和は負け惜しみのように呟く。
 それに対し。
「……和美が死んだのは事故から2日後だ。確かに医者の見立てが誤っていたかもしれないが……一つ、気になることがある」
 日和の言葉に疑問が浮かんだのだろう、匠海はその疑問を投げかけた。
「あくまでも仮説にすぎないが……本当に脳内の情報を全て抽出するのは安全なのか? 実はまだ安全性が確立されていなくて、スキャン直後に和美は死んだのじゃないのか?」
「どういうことだ」
「あんたが言うところの魂のデジタルコピーは本当に安全なのか?」
 被験者は現時点で和美だけ、だから匠海の仮説が正しかったか否かは分からない。
 それでも和美が死んだタイミングを考えると、脳内の全ての情報、魂と言えるものを抽出したことでオリジナルがそれに耐えられないという危険性は考慮すべきだろう。
 匠海の言葉に、日和の顔色が変わる。
「まさか……私が、和美を殺した、と」
「あくまでも仮説の話だ。理論上では安全だっただろうが、そんなもの実際にやってみないと分からないだろう。機械的な要因か、それとも何か他の要因があったのか……だが、俺としては……魂のデジタルコピー、そんなこと神を冒涜する行為じゃないかと思うな。神が存在するかどうかは知らないが」
 神の有無は今はどうでもいい。ただ、脳内のデータの抽出はまだ確実に安全性が確かめられていないという事実があるだけだ。
「魂のデジタルコピー、か。もしかしたら、肉体に影響はなかったとしても魂にとってはそれはまだ危険な技術なのかもしれないな」
「嘘だ……私が情報の抽出を、魂のデジタルコピーを行ったから、和美が死んだ……そんなはずが」
「あんたは和美の死を受け入れるべきだった。脳内の情報抽出もちゃんとした手続きを踏んでちゃんとした被験者から、その前に動物実験で安全を確認してから行うべきだった」
「私は……」
 遠くでパトカーのサイレンが聞こえる。
「警察を呼んだ。まぁ、俺も逮捕されるがあんたも自分の罪を認めるんだな」
 サイレンの音が近づき、家の前で止まる。
 数人の警官が部屋に入り、日和に手錠をかける。
 匠海も、警官の一人の前に立ち両手を差し出した。
「元々は俺を逮捕する予定だったんだろう?」
 小さく頷き、匠海に手錠をかける警官。
 二人は連れだって家を出、パトカーに乗り込んだ。

 

  ◇◆◇  ◇◆◇

 

  Epilogue そして君に願うは永遠の誓い

 

「おう、匠海!」
 警察署から一歩出た瞬間、そう、声をかけられる。
 見ると非番のメンバー全員なのか、何人もの監視官仲間が手を振っている。
「お勤めご苦労様です!」
「おい、俺は服役してないぞ」
 思わずそう反論してしまうがその顔はゆるい。
「まぁまぁそう言わず。世界樹の最高責任者に『給料出すから迎えに行け』と言われたんだ、これくらいはいいじゃないか」
 それはまたどういう風の吹きまわしか。
 そもそも、匠海が拘置所ではなく警察署から出てきた時点で察しのいい人間は察しているだろう。
 そう、匠海は一度は逮捕されたもののすぐに「きわめて軽微なものである」として釈放された。
 そこに世界樹側から何らかの圧力があったのだろうな、と思いつつも釈放されるなら釈放してもらった方がいい。
 だがもう世界樹の監視官としては働けないだろうな、次の勤務先を探すにしても真っ当な仕事を探した方がいいか、などと考えていた。
 それなのに世界樹の最高責任者が非番の監視官を迎えによこすとは。
「最高責任者がお前と話をしたいってさ」
「それはまた珍しいな」
「そりゃー世界樹を2回も踏破したお前だしな」
 そう言われながら車に乗り、世界樹に向かう。
 その間他愛のない会話が続いたが、何故か妖精の話は出てこない。むしろ敢えて避けている感がある。
 その疑問を抱えたまま世界樹に到着し、車を降り、迎えに来た役員に誘導され最高責任者の執務室に入る。
「永瀬 匠海くん」
 部屋に入り、役員が退室するなり最高責任者は匠海を呼んだ。
「はい」
「今回の謹慎中に世界樹にハッキングを仕掛けた件、本来なら無期懲役クラスの犯罪だとは自覚しているかね?」
「……はい」
 複雑な気持ちではあったが、素直に頷く。
「それを、釈放するように手続きしたのは私だ」
「はい」
「何故か分かるか?」
 そう言われても、特に思い当たる節はない。
 沈黙を続けると、最高責任者は答えを提示した。
「君のハッキングは最終的に世界樹に対する脅威を二つ取り除いた。一つは『妖精』を目的とするハッカーの撲滅、もう一つは『妖精』の脅威を提示したことだ」
 世界樹の運営から初めて「妖精」の言葉を聞いた。
「我々は、『妖精』の噂は聞いていたが正体を突き止めることはできなかった。だが君はそれを我々に提示した。あの研究所の研究で世界樹が脅威にさらされるのはどうかと思うしな」
「……それで、『妖精』は……」
 勿論、削除されたのだろう。
「必ず戻ってくる」と約束したが、その約束は守られずに終わってしまった。
 そう思ったが。
「他の監視官から聞いた。君は、『妖精』とそれなりに交流があったそうじゃないか」
「はい」
「何故我々に報告しなかったか、という疑問もあるが、この際それは不問としよう。その代わりに、条件がある」
 条件と来た。
 釈放と、妖精の秘匿を不問とするに見合った条件のはず。
 こほん、と咳ばらいを一つし、最高責任者は匠海に宣告した。
「『妖精』を削除したまえ。君自身の手で」
「私の……手で」
「勿論、研究所には通告してある。だが各種ファイルに特殊な処理を施されているため、優秀なハッカーでないと削除できないようだ」
 それで、私に、と匠海が確認する。
「ああ、世界樹を2度ハッキングした君ならできるだろう。やりたまえ」
 ある意味、死刑宣告にも似た通達。
 長い、永い沈黙の後、匠海は、
「分かりました」
 そう、答えた。

 

 空はとても高く澄んでいた。
 花束を持った匠海が、墓地を歩む。
 あの、慌ただしかった命日とは正反対の青空を見上げた匠海の目が細くなる。
「……今日はいい天気だな」
 こんな日はどこかの公園の芝生でのんびり昼寝でもしたいものだ、と思いつつ、和美の墓に花束を供える。
「……まさか、お前が完全には死んでなかったとはな」
 データの存在として、AIとして世界樹に息づいていたとは。
 だが、匠海を世界樹に残留させる条件として妖精のデータの完全削除を提示させられてしまい、彼はそれに応じてしまった。
 今、世界樹の中枢に妖精のファイルはない。
 ただ一つ、研究所が借りていたスペースに小さな墓標のデータが残されているだけ。
 あの事件を忘れないために、と匠海が要請し、研究所もそれに応じたからだ。
「あ、そうだ。これだけはお前に報告しておかないと」
 思い出したように匠海が報告する。
「お前を巻き込んだ事故な、やっぱり巧妙に隠されてはいたがはっきりしたよ。お前がハッキングを仕掛けた企業が魔術師を雇い、無人配送車のAIを乗っ取ってお前を狙った。犯人も分かったから全部の証拠を揃えて通報したよ。逮捕されるのも時間の問題だろう」
 ここまでできるようになったのは、皮肉にも和美の死が原因だったが。
「……和美、これで俺とお前の戦争は終わったのかな」
 ふと、疑問を投げかける。
 これで全てが終わった。
 世界樹も公式アナウンスで第二層に「妖精は消えた、探しても見つからない」と通達し、それ以来ハッキングを仕掛ける魔術師の数は半減した。
 終わった、と考えていいだろう。
 少なくとも、世界樹は平和に一歩近づいた。
 気持ちのいい風が吹き、周りの木々を揺らす。
「……さて、報告も終わったし帰るか」
『お疲れ様、タクミ』
 風に乗り、妖精が宙を舞う。
『でも、本当にこれでよかったの?』
 ああ、と匠海が頷く。
 世界樹のあの場所に、妖精はいない。
 だが、匠海の隣に妖精はいた。
 あの時、彼は確かに世界樹の中枢から妖精の全データ、全記録を削除した。
 しかしそれは同時に移動不可の制限を解除することになった。
 匠海は迷った。全て消していいのかと。
 妖精の実行ファイルだけではない。和美の脳内のデータが全て残されている。
 それは匠海にとっても、喉から手が出るほど欲しいものだった。
 和美の記憶、少しでも多くの記憶を手元に残しておきたかった。
 散々迷ったのち、匠海は。
「これでよかったんだ。まぁ、お前のデータをハイセキュリティエリア閉ざされた世界からクラウド開かれた世界に移しただけだからお前も前より動きやすいだろうし」
『そうね。学習のための情報はいくらでも入ってくるし、オーグギア経由でタクミのサポートもできるし』
「と、いうわけだ。だから……」
 そこでいったん言葉を切り、それから匠海は妖精に向かって宣言した。
「俺はお前を永遠に守るし、削除したりはしない。だが……和美とは呼ばないからな」
『そこは呼んでくれると嬉しいなーって言うと思った?』
「いや、お前のことだから言わないだろう。何はともあれ、これからもよろしくな」
 そんな会話をしながら墓地を出る。
 匠海の戦争は終わった。
 世界樹の監視官として生きる以上、多少の闘争はあるだろうが、それでも平穏な日々を過ごすことはできるだろう。
 妖精と共に。これからもずっと。

 

The End

 


 

あとがき

 

 はじめましての方ははじめまして。ツクールMVプラグインをご利用の方はありがとうございます。蒼井 刹那です。
 ここまでお読みいただき、まことにありがとうございます。
 作品投稿はキーワード小説第2弾からの参戦ですがいやはや、長かった……
 隔月連載で2017年4月スタート、よくここまで頑張ったと自分で自分を褒め称えています。

 

 と、いったところで「世界樹の妖精」はいかがでしたでしょうか。
 色々あってサイバーパンクな世界観が好きになり、サイバーパンクな物語を書きたい! と思っていたからか今回のキーワード(世界樹、戦争、妖精)で真っ先に浮かんだのがサーバ「世界樹」(初案では起動エレベーター「世界樹」に設置されたサーバ)とそこに棲む「妖精」なんですよね。と言いながら結局パンク要素あるの? サイバネティクスではあったとしてもパンクでは……まぁ、「サイバーパンク風」ということで。
 しかしサイバーパンク風に書いたとはいえ設定に関して矛盾が生じたり伏線張れていなかったり、とか唐突すぎるだろこれ! とか迷いや葛藤は数知れず。挙句の果てに某オンラインゲームものの劇場版と真相近いやん! いや確かにオーグギア自体あれにかなり近いしどうすんだよこれ……となったりしましたし。
 それでも、自分の色は出せたと思うしここから新しい物語が広がっていくかもしれないし、「もうこの世界観では書きたくない」という状態にはなっていないのでなんだかんだ言いながら自分で楽しめて書けていたと思います。
 反省点としては上記の通り伏線管理ができていなかったこと。後半で唐突+急展開になってしまった、というところから伏線管理が今後の課題になりそうです。
 あとはキーワードに拘り過ぎていたかなと思うところも。もっと自由な発想で書いてもいいはずなのに柔軟に対応できていなかったなー……そう思うのです。
 余談までにキーワード小説第1弾(水、空、鏡)のプロット考えようとして結局書けなかったのですが「ウユニ塩湖に旅行に行く」というネタが浮かんでもうそのまんまやんけー! と思ったこともね……もうちょっと柔軟な発想ができるようになりたいです。

 

 何はともあれ、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
 今後どうするかまだ決まっていないのですが新作書けたらいいなあ、と考えています。
 もし、新作をスタートすることができたら、その時もよろしくお願いします。

 

2018年2月 蒼井 刹那

 


 

この作品を読んだみなさんにお勧めの作品

 

 AWsの世界の物語は全て様々な分岐によって分かれた別世界か、全く同じ世界、つまり薄く繋がっています。
 もしAWsの世界に興味を持っていただけたなら、他の作品にも触れてみてください。そうすることでこの作品への理解もより深まるかもしれません。
 ここではこの作品を読んだあなたにお勧めの作品を紹介しておきます。

  三人の魔女
 本作のキーガジェットであった「オーグギア」。これが本作のようにクラッキングに使われるだけでなく、支配者層によって支配に使われたら、という世界での物語です。

  アフロディーネロマンス
 オーグギアとは全く違いますが、「二次元の嫁とシンクロして能力を得る」という未知のデバイスが登場する作品です。
 ほぼおもちゃのような扱いがされるデバイスですが、このデバイスには世界の形を大きく変えかねない秘密が内包されていて……。

  Dead-End Abduction
 同じ作者による作品。今回の物語がサイバー・パンク風味を目指した結果、サイバーに大きく振りすぎてパンク要素が薄かった反省を踏まえて、サイバー要素を薄く、パンク要素を強めた作品です。
 死体を労働力として使う「再起動者リブーター」という技術の存在する世界での物語です。

 そして、これ以外にもこの作品と繋がりを持つ作品はあります。
 是非あなたの手で、AWsの世界を旅してみてください。

 


 

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