Vanishing Point / ASTRAY 序
分冊版インデックス
《
「確かに……」
アライアンスも慈善事業ではない。いくら裏社会のフリーランスの互助会だとしても無断で加入、離脱はできない。重要な情報を持って逃げられればそれだけで紛争の火種となってしまうから加入も離脱も厳重な調査の元行われる。
辰弥たち「グリム・リーパー」が
その点で、晃がアライアンスに通報してくれたのは都合が良かった。
《とりあえず、アライアンスに『グリム・リーパー』が『カタストロフ』に追われていることは伝えた。なんだよ君たちアライアンスよりもサイバボーンの依頼優先してたって? 即納でキャンピングカー用意できないかって言ったら『いい厄介払いだ』とかぶつぶつ言いながら用意してくれたよ》
「……なんか厄介払いとか言いながら親切だね」
移籍直後は日翔のALSの件もあり、アライアンスは千歳をけしかけてきたし「グリム・リーパー」はアライアンスの依頼よりも「サイバボーン・テクノロジー」の依頼を優先させた。
その点では信頼なんてなかった、助ける義理もなかったはずなのにと呟きつつ辰弥はマジックキューブをダッシュボードに転がした。
《そりゃあ、それだけ金を積んだからね》
なんて事のないように晃が言う。お金を持ってる奴は言うことが違うな、と三人が会話に乗せず心の中でぼやく。
「で、今回電話してきたのは?」
《ああ、本題に入ろう。とりあえず君たちのメンテナンスのことだ。特に鏡介君、君は直近でホワイトブラッドの透析が必要なはずだ》
「……確かに」
晃の言葉に鏡介が頷く。
通常の透析患者ほどの頻度ではないが、ホワイトブラッドの副作用を抑えるためにも透析は欠かせない。今回の依頼が終わって帰還してから透析に行こうと考えていただけにこの襲撃は鏡介にとって大きな痛手だった。
その辺りはウィザード級ハッカーである鏡介なら難なく探し出せるものだが、いくら誰でも歓迎するとはいえ闇
「当てはあるのか?」
鏡介の質問に晃はもちろん、と頷いた。
《日翔君の生体義体メンテ、
「うわこいつ遠足気分で俺たちのメンテする気だ」
後ろで日翔が呆れているが、晃がこのノリなのはノインのことで顔を合わせて以来数度程度なのにもう慣れた。「まただよ」という顔で辰弥は「助かる」と答えていた。
「助かるよ。予定としては鏡介の透析だけ?」
《一応日翔君の生体義体の追跡調査もしておきたいからね。御神楽には内緒で開発した武装オプション追加してるからどこかで試射とかできるといいんだけどなあ……》
「え、なんだ試射って俺生身で弾飛ばせたりするの!?!?」
晃の発言に目を輝かせる日翔。日翔としては生体義体になったということは以前の肉体のようなインナースケルトンによる怪力は出せないだろうと思っていたところである。一応「武装オプションは組み込んだ」と言われていても今回の仕事でそれを使うことはなかったし、そもそも使い方を聞いていない。
試射、と言われればいよいよその武装オプションがどのようなものか実際に使える、と日翔はわくわくしていた。
その点で言えば日翔は以前の肉体に未練を持っていない。とりあえず骨は両親の遺骨も納められているという無縁仏の墓に入れるということで車に積み込んでいるが、それは辰弥の希望で日翔本人は「燃えるゴミでよくね?」と気楽なものである。
《そうだな、生体義体の武装オプション、しっかり理解してもらわないといけないし次合流した時に微調整も兼ねてテストするよ》
「おう、楽しみにしてるぜ!」
日翔が腕を曲げ、力こぶを作るポーズをとる。
それを通信画面で見ながら辰弥も小さく頷いた。
「予定としては鏡介の透析、日翔の調整、それから俺の調整って感じ?」
《そうだな、優先度としてはそんな感じだ。エルステがトランス連発してるというなら話は別だがそうでもないんだろう?》
うん、と辰弥が頷く。
「とりあえず、俺たちは今河内池辺に向かってる」
《池辺か。結構近くだな》
「まあ、色々遠出する準備もあるし」
辰弥がそう答えたところで、通話に参加している全員の視界に一枚の地図が表示された。
「河内池辺で大型車が止まっても不自然ではない施設を探していたんだが、ここなら合流しやすいだろう」
鏡介の言葉に、他の三人が地図を見ると市街地から少し外れたところに構えられたキャンプ場にピンが立てられている。
「へえ、RVパーク池辺……RVパークって、車中泊しやすいように整備されたところだよね?」
「ああ、コテージもあるが、キャンピングカーや車中泊装備の客向けの施設だな。大型トラックも泊まれるように整備されているし、ここなら目立つことなくメンテナンスもできるだろう」
晃からの連絡に、鏡介は鏡介なりに施設を調べていたのだろう。a.n.g.e.l.のサポートもあるだろうが即座にこのような施設を調べ上げてしまうとは鏡介の情報収集能力恐るべし、である。
鏡介が送ってきた施設の詳細を確認した晃もいいね、と声をあげる。
《ということはエルステの手料理食べられたりするのかな? ほら、日翔君から散々聞かされてるからさ、一度は食べてみたかったんだよ。あ、もちろん唐辛子もりもりの辣子鶏だと嬉しい》
「嫌だよ、なんで唐辛子もりもりの辣子鶏作らなきゃいけないの」
「いや、そもそも辣子鶏は唐辛子もりもりだ」
不毛な会話に律儀にツッコミを入れた鏡介、今は辣子鶏のことよりも今後の打ち合わせを早く済ませてしまいたい。
「とにかく、目標はRVパーク池辺、ただ、正直なところ俺も疲れているから一旦この近辺で休みたい」
元々仕事で武陽都の僻地に赴き、戦闘も終わらせた後である。いくら自動運転でも色々考えることが多い鏡介は一度休息を挟みたかった。
「別に自動運転なら鏡介は後ろで休んでくれてもいいんだよ。運転席に座るくらいなら俺でもできるし」
「未成年に運転席を任せられるか」
辰弥の外見はすでに二十代半ばのもので、それに合わせて各種身分証明になるものも偽造済みではあるが、日翔も鏡介も「辰弥に運転は絶対に任せない」とばかりに辰弥の真相が発覚して以来は一切運転席に座らせていない。
むぅ、と辰弥が不満そうに唇を尖らせる。
その辰弥の頭をがしぃ、と掴み、日翔が運転席に首を突っ込んだ。
「はいはいガキはおとなしく座ってな。鏡介、俺が代わってもいいんだぞ」
「嫌だ。お前が一番信用ならん」
「いけずー」
ここで辰弥や日翔に運転席を任せて仮眠を取ればいいものを、目的地の到着まで責任を持ちたい、と考えるのは鏡介の悪い癖なのか。
《まぁ、私も色々準備があるから今夜合流して調整とかはできないよ。連泊も下手をすれば目立つだろうし、今のところはどこか別のところで休憩した方がいい》
「助かる」
それなら、と鏡介がa.n.g.e.l.のサポートを利用しつつ直近の車中泊可能な道の駅を検索する。
ほんの少しできた沈黙に、辰弥が小さく唸って口を開いた。
「そういえば永江 晃……うーん、どう呼んだらいいの」
《君が呼びたいように呼んでくれていいよ。フルネームだと呼びづらいだろうから下の名前だけでもいいんだが》
呼び方についてはこだわりがないよ、と続ける晃に、辰弥は「それなら」と呟く。
「なら晃、あんたは俺の体についてどう考えてる?」
《初手から重い話持ってくるなあ……トランス可能なLEBの融合なんて初めてだから正直驚いてるよ。あの初回メンテナンスでざっくりとは調べたけどもっと詳しく調べたいと思ってる。クローン作って解剖したいレベルで》
「それはやめて」
相変わらず突拍子もないことを言う晃に、辰弥は少しだけほっとしたようだった。
「まあ、今後のメンテナンスで色々調べてくれたらいいよ」
《……》
通話の向こうで、晃が一瞬沈黙したのが分かった。
《……エルステ、何か言いたいことがあるのかい?》
その言葉に、辰弥が一瞬目を泳がせる。
「……いや、別に」
「なんだ? 主任と個別で話したいことがあるのか?」
辰弥の様子に何かを悟ったのか、日翔が身を乗り出して辰弥の顔を見ようとする。
「日翔、危ない」
そのタイミングで、キャンピングカーが路上の石を踏んだか一瞬車体ががたんと跳ねる。
「うぉっと」
慌てて後部座席に戻り、日翔がそれなら、と続けた。
「俺と鏡介は通話から抜けるが?」
元々、GNSの通話に発声は必要ない。今三人が声を出しているのはいつもの会話のノリで喋っていただけだ。だから日翔と鏡介が通話を抜けて辰弥が発声せずに会話を続ければ二人には辰弥の言葉は伝わらない。
「……いや、大したことじゃないから。ただの思い過ごしだよ」
ダッシュボードに手を伸ばし、辰弥はマジックキューブを手に取った。
何度かくるくる回すと、全ての面の色が揃う。
「ま、とにかく合流するとしたら
《了解した。君たちも気をつけるんだぞ》
晃の言葉に、辰弥がもちろん、と頷く。
《じゃあ、現地で会おう。それまで襲われるんじゃないぞ》
晃のその言葉を最後に通話が切れる。
「……ふう」
一つ息をつき、辰弥は手の中のマジックキューブに視線を落とした。
それから再びくるくる回して色の配置をバラバラにする。
「日翔も遊ぶ?」
「えー、俺マジックキューブ苦手なんだよなあ」
そう言いながらも日翔がマジックキューブを受け取り、遊び始める。
「いやー、こんなものまで作れるとか辰弥すげえな」
「ふふん」
少々得意げな辰弥の声に、日翔が苦笑して座り直す。
全てが明らかになる前はこんなものですら生成することはなかったのに、今では暇つぶしのためだけに生成能力を使っている。
それだけ成長したんだなあ、お父さんは嬉しいぞ、などと考えながら日翔は生体義体に移植した直後の辰弥を思い出した。
たった一度だけ、「父さん」と呼んでくれた辰弥に誇らしさ半分、恥ずかしさ半分の感情が入り混じる。
生きていてよかった、辰弥を悪い意味で泣かせなくてよかった、そんなことを思いながら、日翔はマジックキューブを回していた。
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