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未来を探して 第1章

by:tipa08 

 人類が宇宙に版図を広げ数多の銀河を掌握し、多くの居住惑星を所有するようになった中でも、農業というのは必須である。合成などで生み出せてしまう時代であるが、その素材を生産する必要はある。また、穀物はそれ自体を加工する方が楽である。それに生の農産物も高級食材として人気があった。
 様々な所での水耕栽培はもちろん、地球と同じ居住環境である事を示すAクラスの惑星では大規模な農場が作られ、栽培が行われていた。
 このサレリアはAクラスである事に加えて、気候に変化が少ない惑星であるため作物を常に安定供給出来る事から、大規模な農場が整備されていた。
 農場があれば、それを管理する管理者の需要が生まれる、需要があれば学校が作られるわけである。
 サレリア中央農科大学は惑星開拓と共に開校されたこの星で最も歴史のある学校であり、名門大学なのである。
 その学校の図書館でペンを持つだけ持ってレジュメを眺めている学生、スミス・マミヤは、はぁと大きなため息をついた。
「ほんとに農家で良かったのだろうか」
 もう一度ため息をつく、進学の際、ぼんやりとした考えしか無かった彼は、職業診断アプリで出てきたこの道を選んだのだが、なんとなく違うような気がしていた。
 彼はコースも終盤という所に来ていたから、今更悩んでも仕方ないのだがこうぼーっとする時間があるとつい考えてしまうのだった。
 考え事をしていながら勉強はできない彼であったが、なんとなくペラペラといくつかのレジュメをめくっていた。
「あら、勉強?」
 そんな彼に幼馴染であり、同級生であるサリュア・カリグラスが話しかけてきた。
 彼女は何を勉強しているのか見ようと机をのぞき込もうとする。
「まあね、家で勉強するよりはと思ったんだけど」
 彼はコロコロとペンを転がして手持ち沙汰である事を示す。
「みたいね、もう帰る?」
 私は帰るよと主張するためか、彼女はカバンを少し上に持ち上げる。
「そうだなあ、一緒に帰る?」
 勉強をするつもりはあったのに、できなかったものだからバツが悪く、頭を掻きながらそう尋ねる。
「ええ、そうしましょう」
 彼女はそう言うと嬉しそうに銀髪をたなびかせながら出口へくるっとターンする。
 彼は荷物をまとめるのは待ってほしかったなあと思いながら、慌てて荷物をまとめ出した。

「別に慌てなくてもよかったのよ?」
「たまに置いて行かれるからね」
 彼らが合流して一緒に帰る時は、彼女がよく先に歩いて行ってしまい川を渡るまでに彼が合流できないと軽く怒られてしまう。
「それで、先の事はどうするの? 農業系じゃないルートも勧められたって聞いたけど」
 農業の大学で、農業専門学科であるが、その就職先は農業系に限らない。直接野菜を育てる技術よりも、オートメーション農場の構築や整備に必要なメカニクス、品種の改良等の遺伝子操作などのサイエンスなどが学習の中心となるため、様々な業種で活躍することができるのだ。歴史がある名門だから、引く手も多い。
「まだ決めてない。どうすればいいかなあ」
「ふーん、まあまだ時間はあるしよく考えればいいんじゃない?」
 彼女が怒る目安である川、と言うより農業用水のための水路を橋で渡る。
「助言とかは無いの?」
 少し期待していた彼は、そう尋ねた。
「スミスの目標がはっきりしないもん、助言のしようが無いよ」
 ですよね、と言わんばかりに彼は肩を落とす。そんな彼に彼女は少しだけフォローをする。
「まあ、すぐに見えてくるって。お母さんもスミスくんは芯がしっかりしているから道を見つけたら伸びるよってよく言ってるし」
 家でどんな風に自分について語り合われているのか気になった彼であったが、ひとまずそれは置いておいた。
「まあ、頑張るよ」
「それでよし、悩んでると老けるって言うしね」
 ニッと笑う彼女を見て彼は少し顔を赤らめる。
 その後、他愛もない話をしながら、家に向かって歩いていた。
「あれは流石に先輩が悪いと思うんだけどなあ」
「流石にね……?」
 学校であった小さなトラブルの話をしていると、彼女の声が唐突に止まる。
 彼はどうしたのと声をかけようと彼女の視線の先を見つめた。
 そこには、〝GUF Sl 122〟と書かれた白色の装甲車が止まっており、その周りには何人かの兵士が銃を持って立っていた。
「UM55の汎用B型。白色、Slシエラリマだからここの治安維持部隊だけど、何事?」
 彼女が呟いた内容を彼はとっさに理解できなかったので、混乱する。
「えっと?」
 混乱する彼をみて彼女は軽く息を吐いて。
「まあ、あれしかないか」
 と呟いた。
 装甲車の周りの兵士たちは、二人を見ると動き出した。装甲車もアイドリングさせていたエンジンを回し、転回し始めた。
「スミス・マミヤ君だね。GUFサレリア保安隊のガラム中尉といいます」
 駆け寄ってきた兵士の一人が丁寧な口調で話しかけてくる。
「ええ、そうですが」
 彼の返事を聞いて、中尉は感情を読み取るのは難しいほどの複雑な表情をしながら告げた。
「君を隔離しなくてはならない。ついて来てくれるかな」
 淡々とした口調だった。
「隔離、ですか?」
 なにかした訳じゃない。何かに感染した記憶も、実感もない彼はその縁遠い言葉を聞いてすぐには頭に入らなかった。
「ああ、君の保護者にも同伴してもらいたい。今はどちらに?」
 最初に丁寧と言ったが、どちらかと言うと子供に話しかけるような口調であった。
「父は探検家で今は長期探索に出ています。母はいません」
 宇宙という広大な空間はまだまだ調査する事が多くある。そのため、探検家、開拓者とも呼ばれる職業がそれなりに一般的であった。
「そうか、ちょっと待ってくれるかな」
 中尉はそう言うと装甲車に駆け寄ってやり取りを始めた。
「スミス、きっと大丈夫だから。抵抗しても仕方ないし」
 ふと、落ち着いた声で彼女が彼に声を駆ける。
「いや、でも」
「大丈夫、私を信じて。また会えるから」
 彼女と彼はまっすぐと顔を合わせて、目と目で見つめ合った。
 彼はその透き通った瞳を見て少しだけ落ち着きを取り戻した。
「う、うん」
「それじゃあ、また」
 そう言うといつもと変わらず、振り返りもせず彼女は離れていった。
 彼らの様子を見ていた兵士達は彼女を止めるべきか、そのまま行かせていいのかが分からず、少し狼狽えはじめた。
 装甲車からこちらに向き直った中尉は、近くに立っていた兵士に指示を出し彼女を追わせて、彼との会話を再開する。
「保護者の同伴が無くとも収容しなければならないそうだ。あの装甲車に乗ってくれるかな?」
 彼はとりあえず頷いた。抵抗しても仕方ないという先ほどの言葉を認識できていたからであった。
 彼が装甲車に乗ると、周辺を警戒していた兵士も戻ってきて搭乗し、少々乗り心地が悪く感じる位の乗車率で発車した。
 装甲車の中では隔離の理由は説明されず、外もほとんど見えない狭苦しい装甲車の中で揺られていた。
 やがて装甲車はサレリア警察庁に到着し、彼は、その庁舎内にある保安隊の会議室まで連れてこられた。
「やあ、君がスミス・マミヤ君だね。いきなりこんな所に連れてこられて困ってないかな?」
 しばらくすると、一人の男が入ってきた。スーツがビシッと整っている人間から出る言葉とは思えないくらい馴れ馴れしい口調で話しかけられた。
「は、はい?」
 彼もその男の態度に動揺した。男が混乱を消すために馴れ馴れしく話しかけたのかもしれないが、むしろ混乱を悪化させた。
「ああ、名乗るのを忘れていたよ。ジョーニ・デイビス。サレリア司令部、あ、もちろんGUFだよ。そこで副司令をしている」
 副司令という立場にもかかわらずこんなに軽くていいものなのかと誰でも思うほど軽い感じで自己紹介をする。
「君が気になるのは理由と今後だよね、説明しよう」
 そう言うと、彼の座っている座席のモニターを起動させ。副司令も適当な座席に腰かけてモニターを立ち上げ、コンソールにデータチップを差し込む。
「さて、隔離の理由だが、端的に言うと病気だ」
 各自の座席モニターに分子構造モデルとその情報、そして名前であるサーミルウイルスという表記が表示される。
「サーミル感染症。宇宙生物であるサーミルが放出するウイルスがー、おっと、サーミルは分かるかい?」
 わりと連日報道されている宇宙生物であったから、彼も知っていた。
「ええ、最近よく確認されている宇宙生物ですよね」
「そうだね、最近我々の管轄宙域に侵入し、頻繁に戦闘が発生している宇宙生物。その侵入数は今年度だと、機械兵団に次いで二番目に多い」
 その説明に合わせて、モニターに宇宙空間を飛ぶサーミルの姿や侵入数を示すグラフが表示される。
「まあ、サーミルの事は気にしなくてもいい。サーミルという生物が出すウイルスに君が感染しているという事が問題なわけだからね」
 モニターからサーミルの侵入に関する情報が消える。
「さて、この感染症はまだまだ研究中の病気なんだけど、症状は分かってる。まず暴れ出す。周りの物を壊したり、人を傷つけたりする訳だ」
 モニターに破壊された建物が映る。そこで銃を持ち立っている兵士。すこしだが血痕も見える。
「さて、考えたら分かると思うけど、人が暴れても問題は少ない。道具を使えば家くらいは倒壊させられるだろうけど。普通の人間なら人間で取り押さえできる」
 モニターの画像がまた変わる。写真でもわかるほど変な行動をしている人と、そこから緑の光線が伸びている。
「問題は、このように空気中に漂う〝粒子〟を制御して扱えるということだ。この光線はブラスター並みの威力があるし、爪に〝粒子〟をまとわせて獣もよりも強力な引っ掻きを行えたりする」
 〝粒子〟とは、空気中は勿論、宇宙空間にも存在するある特定の粒子で、これを活用することで様々な事を行え、この文明はこの〝粒子〟によって成り立っているといってもいいほどである。
「いや、でもぼ、私はそんな風に暴れたいなんて思った事は…」
 彼は家族や物を大切にするタイプで最近、乱暴に扱って壊した物も無かった。
「うん、そうだとおもうよ。君は感染してはいるけれど、暴走はしていない。ためしに手のひらに意識を集中させてくれるかな?」
 彼は言われるまま自分の手のひらを凝視した。
「あー、違うね。手のひらで水を掬うようにして、少し上に意識を集中させるんだ」
 言われた通りに意識すると、不思議な事に意識した所が淡く緑色に光り出した。
「ほら、〝粒子〟は操作できるだろう? あ、念のために言っておくとこの部屋に細工をしたりはしてないよ」
 副司令も似たような動作をして、動作に反応して動く何かが無い事を証明する。
「集中を解けば拡散する。あっちに行け! と強く念じればそっちに飛んでいくそうだね」
 彼が集中を解くと緑の光は消失した。
「それで私はなぜ隔離を? 危険なのはわかるのですが」
 彼は質問をした。危険な力を持っているのは分かる。しかし、サレリアはその体自体が兵器であるサイボーグ類も認められている惑星であった。
「何時発症して暴れ出すか分からないからという懸念だよ。なんで暴れ出さないか解明できていない以上、申し訳ないけど隔離するしかないのだね」
 明らかに作った申し訳ない顔で副司令はそう言う。
「えっと、隔離ってどこに?」
「ああ、いくつか先の星系にバルテニという星系があるんだけどね。そこにメルテンという惑星がある。同じAクラスの惑星だから住み心地は保証できるよ」
 モニターに青い惑星が表示される。ほとんどが海洋の惑星であるようだった。
「移送は今から一時間後、19…、いや午後7時頃に出発する。まずはサレリアの宇宙港に移動して、そこから宇宙の旅という手順だ。それまではここで待機。何か飲みたいものは?  休憩室の自販機で買ってくるけど」
 そう言いながら副司令は立ち上がる。
「え、えーっと。お水で大丈夫です」
 とっさに思いつかなかった彼は、喉の渇きを癒せるだけの物を頼んだ。
「ミネラルウォーターかな。ちょっと待ってて」
 パシュっとドアが開いて、副司令が出るとパシュっと閉まり、ピッとロックの音が響く。
 彼は何もする事が見つからなかったので、頭をかいたり、手を合わせたりしながら今後の事を考えようとしたが、すぐにドアが開いた。
「あれ、何もしてないのかい? 会議室の中なら動き回ってもいいんだよ?」
 そう言いながら、〝サレリアのおいしい水〟と書かれたボトルを目の前の机に置く。
「しかし、君は冷静というか慌てないね。普通は隔離と言われたら焦ったり混乱したりすると思うんだけど」
 ついでに買ったらしいカップのコーヒーを飲みながら副司令が尋ねる。
「混乱しすぎて逆にというパターンですね。もう何が何だか分からないので、とりあえず言う事を聞いておこう。といった感じです」
 彼もボトルの半分の飲む勢いで水を飲む。
「なるほどね、納得だ」
 そう言ってからコーヒーを一気に飲み干してから副司令は立ち上がった。
「外に兵士が待機してるから、なにかあったら呼んでくれるかな。それじゃあまた後で」
 そう言うと、カップを正規の手順で押しつぶしながら退室する。
 何もすることが無い彼が窓から景色を見ると、武装した小型の汎用VTOL垂直離陸機が警察庁の庁舎の周辺を回るように飛行していた。
 珍しい光景であったから窓に近づいて周囲を見渡すと地上には装甲車や警察車両が路上に展開していた。
 警察庁庁舎周辺の警備、警戒というのは重要施設であるから厳重である。しかし、装甲車、武装VTOLが警戒するというのは普通ではない。
 その疑問を抱いた瞬間、館内の電気が一気に消えた。
 ピュー、ピューという警報音が聞こえ、軽い衝撃が建物を襲う。
 廊下の外から〝敵襲!〟という鋭い声が響き、チャという金属音も響く。
 それからバタバタという足音も聞こえる。
 それからスピーカーから〝非常用電源に切り替えます〟というアナウンスが聞こえ、すこし薄暗いが照明が再び灯る。
 チュン、チュンという銃撃音も聞こえるようになった。
 状況が分からず動けなかった彼も銃撃音を聞くと流石に動き、入り口から死角になる机の影に隠れる。
 隠れた机の材質はサレリアの原生木材の一種であった。この素材は頑丈で磨くと表面がツルツルになるからサレリアのこういう会議室では一般的な素材だった。
 頑丈であるとはいっても木材である事は変わらず、歩兵の一般的な火器であるブラスターやレーザー銃に二発耐えられれば良いくらいの強度であったが、隠れないよりはマシであった。
 しばらく隠れていたのだが、静かになったので顔を出そうと体を動かそうとした時、ガンガンという金属音がどこからともなく響いてくる。
 最初はなにか分からず、とりあえず彼は隠れなおし、聞き耳を立てた。
 しばらく集中して耳を傾けると、天井の方から聞こえている事が分かり、さらに聞くと這っているような音だと分かった。
「なんだろう? ダクト?」
 彼は音の原因はなんとなく把握したが、それの原因を考えると警戒しないとならない事を認識した。
 常識的に考えてダクトのような空間を所有者側が這いまわる事はない、おそらく誰かは分からないが襲撃側の人間であると考えられる。
 その這う音はどんどん近づいて来て、会議室には不釣り合いである露出したダクトに差し掛かったらしく音が変化する。
 そして換気用のスノコ状の鉄板を蹴飛ばして誰かが部屋に侵入してくる。
「ほっと、所定の会議室に着きましたよーっと。聞こえてます?」
 女性であった、そしていきなり耳に手を当てて何事かを口にする。
『聞こえてる。すぐに合流するから待て』
 通信手段らしく音が漏れて彼にも声が聞こえた。
「はいはいー。待ってますよ。って、男の子がいるんだけど?」
 キョロキョロと見まわした女性はスミスを見つけるとあっ、っと驚いたような顔をする。
『なんだと? 話を聞いてみてくれ』
「あいさー、はい、君。GUF?」
 ビシッっと指をスミスに突きつける。
「え、えっ?」
 唐突に質問されて狼狽える彼をみて女性は。
「慌ててるところを見ると違うみたいだねー。さて、君はなぜここに?」
 質問を続けられたので彼はさらに混乱する。
「え、えっと、サーミル症候群で隔離されるって話で移動を待っています」
 混乱していたので素直に答えた。
「ほー、私と同じな訳だね。隔離される事に抵抗は?」
 〝問題ないみたいよー〟と通信しながらさらに質問を続ける。
「分からないというのが正直なところ、ですね」
「そかー、そうだよねー」
 外からバタバタという足音が聞こえてきて、ドアの周辺で止まった。
「ありゃ、見つかったか。よし、君。ついて来て!」
 彼の手を強引に取る。
「いや、ついて行くってどこへ?」
 ドア周辺で大勢の足音が止まった以上、そこで待ち構えているのは明白だから脱出経路としては使えない。ここは数十階の高さがあるから飛び降りるというのもできない。
「おっ、ついて来てくれる事には抵抗がないのねー。お姉さん感激」
 その言葉が終わるか終わらないか位に窓ガラスが割れて光る何かが天井に突き刺さる。
 そのガラスが割れる音を合図にしたかのようにドアを開けて兵士たちが突入してくる。
 それと同時に女性はスミスを抱くと天井に刺さった何かから外に向けて伸びるワイヤーを掴んだ。
「おい、待て!」
 という突入するなり銃を突きつけながら制止するが、女性は気にせず。
「窓ガラスはごめんねー! ぐっない!」
 そのままワイヤーを掴みながら窓の外に飛び出す。
 ワイヤーの行く先には、輸送用のVTOLが傷ついた姿でホバリングしていた。女性はワイヤーを素手で掴んでいるはずだが、それを感じさせない滑り方でVTOLに滑り込む。
「ぶっつけで何とかなるねえ。おっひさータイチョー」
 VTOLの貨物スペースに着地した瞬間にコックピットに向けて声をかける。機内の貨物スペースに何やら配管がややこしい何かが入っていた。
「相変わらず軽いんだな。捕まっても変わったりしないのか」
 コクピットから男性の声が返ってくる。
「そりゃあ、私は私だからねえ。さて、君。ここに座ってシートベルト!」
 壁に折りたたまれて格納されていた座席を二つ出してその片方をバンバンと叩く。
「あ、はい…」
 素直に従って着席してシートベルトをしっかりと締める。
「OK! タイチョーお願い!」
 それを見た女性も素早くシートベルトをするとコクピットに向けて呼びかける。
「ああ、揺れるぞ!」
 その声と同時に貨物スペースに唸るような大きな音が響き渡る。
 機体がホバリングから前進状態に移行すると同時にその音は大きくなる。
「この音は?」
 疑問に思ったので声を轟音の中でも聞こえるように張り上げて言う。
「んー、宇宙貨物船用の航行エンジンだと思うよー」
 大きく声を出しているのにゆるゆるであるというのはなかなかすごい事であった。
「え、つまり?」
「簡単に言うと、無理矢理加速させるわけだよー」
 貨物船のエンジンは宇宙船の中でも推力が低い部類であるが、航空機からみればその推力は驚異的な物であった。
 それを使って加速すれば、途轍もない速度を出せるだろうが、その機体には途轍もない力がかかる事を示している。
 宇宙船が宇宙に行くときにかかる力も同等かそれ以上であるが、それは前提に設計されているから安全に負担に耐えられる。しかし、この低速で飛ぶVTOLに負担をかければ一体どうなるのだろうか。
 それは結果で証明できるだろう。エンジンの始動音は止み、猛烈な噴射音を響かせ始めていた。

 

 スミスは気が付いたら宇宙にいた。
「お、起きたねえ」
 スミスが少し体を動かすなり、女性に声を掛けられる。乗っている機体はさっきと変わっていた。
「いやー、加速が終わったら失神してるからびっくりしたよー。だいじょぶ?」
 心配そうにのぞき込んでくる。
「はい、大丈夫です。えっと、ここは?」
 少し目がグワングワンしていたが、スミスは大した事無いと判断して状況を尋ねる。
「サレリアの低軌道―。大気圏の離脱でエネルギーを使いつくしちゃったんで回復待ちだよー」
 正規の手段で大気圏を離脱した場合、宇宙船のエネルギーを損耗しないように工夫されるが彼らは正規の手段では離脱出来ないため、シールドで無理矢理離脱時の過熱を抑えた形になりワープに利用するエネルギーが無くなってしまったのだった。
「回復を待つ間に見つかっちゃうのでは?」
 宇宙に進出している軍隊が宇宙に対する警戒網を所有してないはずは無かったし、むしろ宇宙からの攻撃が最も大きな脅威であるからその警戒網は厳重である。
「ああ、窓を見てくれ」
 男性の声に従ってスミスが窓の方を見た。
 左右の窓から隕石などのデブリいくつかが近距離にあり、この機体がデブリに包まれている事が確認できた。
「見ての通り、デブリに包まれている。運が良ければ見つからずにワープできるようになると思う」
 電子煙草を吸いながらそう男性が呟く。
「えっと、見つかったら?」
 スミスは思わず訪ねてしまった。
「その時は運だな。まあ、なんとかするさ」
 ふう、と煙吐きながらなんでも無いように言った。
 それだけ言うと再び操縦席に戻っていった。
「あと二時間くらいで出来るようになるってさ。それまで何かしててー。私はちょっと休憩するよん」
 それだけ告げると移動してカーテンをシャッっと閉めた。
 スミスは急に一人になったのでする事が無くなったので手元の通信端末でとりあえずオセロでもしてみる事にした。
 さすがに二時間も潰せるほどオセロというゲームは許容量が大きいわけでは無かったがそれ以外ゲームは入っておらず、電波は遮蔽されているのか届かなかったので一時間半ほどオセロで暇を潰した。
「見つかったな。すぐに駆逐艦が来るぞ!」
 男性の声が響くと女性もすぐにシャッとカーテンを開いて宇宙服を着こみ始める。
「フェアリースーツは無いの?」
「この機体だと飛び出して戦闘すると置いてきぼりになるからな。銃座として戦ってもらう」
 女性は宇宙服を着ると珍しい形状のライフルを手に取って梯子を上っていく。
「あ、君は座っててー」
 とスミスに向けての発言があったのでスミスは素直に座っておくことにした。

 

 彼らの乗る宇宙船を発見したのはGUFの無人偵察機であった。
 この無人偵察機はデブリの軌道の変化、これは隠れる際に起こったものであるが、それを確認するために飛来してきたものだった。その前に優先度の高いデブリの軌道変化があったからあと三十分というギリギリの時間まで発見されていなかったのであった。
 その無人偵察機からの情報を受けてマスキャッチャーも兼ねた大規模な宇宙拠点である小惑星からサレリアの防衛を担当する宙雷戦隊が緊急出撃し、宇宙船の補足に向けて動き出し、陸上の基地からも迎撃戦闘機が次々と離陸した。
 GUFの拠点から逃亡を許したという事実を作り出したくないサレリアの防衛軍は逃亡者を確保、もしくは撃破するべく全力での迎撃を開始した。

「打ち上ってくるストラクチアなら振り切れるが駆逐艦は先回りされると面倒だな」
 この機体は高速の旅客機が原型であるからその速度は相当に速い。その速度は宇宙戦闘機並に早い。S/OF-34ストラクチアは高性能な戦闘機であったが、サレリアに配備されているのはOF、オービタルファイターに分類される地上から宇宙空間に対して迎撃を行うのに特化したモデルのみで、宇宙空間の速度ではこちらの方が上であるし、下、地上から迎撃のために上昇してくる時間を考えれば戦闘機が追いついてくる可能性は皆無であった。
 駆逐艦の方は速度では劣るが最初から宇宙空間にいるため、時間のロスが無い。軌道を予測し、待ち伏せをされれば何度かの砲撃の機会を得られる。旅客機が原型であるため、さほど耐久度は高くない。撃墜される可能性は十分にある。
「えっと、予想されないように進路を取るとか?」
 スミスは素人なりに思いついた事を呟く。
「無理だろうなあ。サレリアの配備艦艇は最新の一個宙雷戦隊だからサツキが八隻にアレンが二隻だから十隻。それだけあれば予想される進路すべてに待ち伏せする事すら可能だと思う」
 それから一間置いて。
「つまり、迎撃を受ける確率の方が高い」
 計器を見つめ、サレリアから離れるように操作しながらそう呟く。そしてスミスが突っ込みを入れる前にこう付け加える。
「祈るしかないってところだな。ミア、とりあえず張り付いている無人機を落とせ」
 それに女性に追加で指示を出す。男性が名前を呼んだことでスミスはそういえば名前を聞いてないし、そもそもついて来てよかったのかという事を今更ながら考えたのだが、その考えは始まった戦闘によって中断された。
 緑色で輝く強力な光線が伸びていき、無人偵察機に命中して爆散する。
 ミアと呼ばれた女性が手に取った人間が扱えるサイズのブラスター以外に火器があったとは思えないのだが、いまの所歩兵用のブラスターで大型兵器並みの火力を出せる火器というのは発明されていない。
 ではなぜそれだけの火力が発揮できたのか、それはサーミル感染症の能力によってブラスターから放出される〝粒子〟をさらに加速させ、その威力を高めているのだ。
〝粒子〟を単純加速させるブラスター、〝粒子〟を衝突させ急激に加速させる粒子砲にせよ、その威力は粒子の数と速度に比例する。
 サーミル感染症の粒子操作能力を用いれば加速させることができるし、量を増やすこともできる。
 よって、戦闘機並の火力を歩兵サイズのブラスターによって発揮することができるのだった。
「よし、これで少しでも逃げられる確率が上がった」
 観察されてないという事は予想が立てにくくなるということだ。
「レーダーとか、遠距離探知は大丈夫なんですか?」
「ああ、そういうのは対策済みだ。気休めかもしれないが」
 この機体は、一応出来る限りのレーダー、赤外線等に対する対策はしているが、実験はしていない、データ上の検証は行ったが、旧式の索敵システム基準で行ったため、最新型に対する有効性は不明だった。
 しばらくは順調な航海が続いていた。その後ろでは戦闘機隊が必死で追いつこうとしていたが、補助以外の噴進剤が切れたため、止むを得ず帰還した。
「最悪だ」
 ふいに男性がそう呟いた。
「え? どうしたんですか?」
 コックピットをのぞき込んでスミスが尋ねる。
「一隻しかいないのは予想通りなんだが、それが例にもよってアレンだ」
 そう愚痴りながら電子タバコを口にくわえる。
「アレン・M・サマナーですか? 嚮導の」
 スミスは雑誌で見た知識を引き出して話す。アレン・M・サマナー級、宇宙艦隊の中で最も機動力が高く、艦隊の中で最も小規模である宙雷艦隊の旗艦を勤めるべく運用される嚮導駆逐艦である。
「意外と詳しいと見えるな。ああ、駆逐艦の中では最も対空能力の高いアレン級だよ」
 〝サツキだったら余裕あるんだが〟とぼやきながら戦闘のためにスイッチを操作する。
「突入して混乱を招く。近接防護ぐらいはシールドで防げる」
 アレン級〝DDL-82〟も目標の接近に気づき射撃を開始する。
 まず旋回の速い粒子高射砲が、それから主砲が次々と発砲を開始する。
 多くの高軌道宇宙機には発砲の前兆を感知して緊急で進路を変更するシステムが備わっている。
 アレン級の最も火力の発揮できる方位から侵入してしまえば予想進路すべてを埋め尽くす砲撃が可能であったが、最も対応しにくい方位から侵入したためその火線数は少なく、それを利用してなんとか回避に成功していた。
「次は最も有効な角度で撃ってくるぞ。祈れ!」
 一度目の攻撃は姿勢を保ったままの射撃であったが、二回目は船体を回転させて最大火力を叩きつける事を決断したようだった。機体の速度に対して船体の回転では追いつかないため、一度の全力射撃の後は再度有効な砲撃をできなくなるが、ほどほどの攻撃を何度か行うよりも成功確率が高いと判断したのだった。
「ミア、主砲を狙撃してくれ! 多少でもマシになる!」
「あいよー」
 緊迫した声に対して緩い声での回答だったが、その行動によって得られた戦果は絶大だった、放たれた光線は艦首の第一、第二主砲の中間に命中し、両主砲の機能を一時的に麻痺させた。
 絶好の機会に二基の主砲が射撃できない事で火線の密度が低下し、機体には命中しなかった。近接防護のパルスレーザーの射撃は命中したものの、火力が足りずシールドを破損させることができず。逃してしまった。
「ミア、ナイスだ。シールドでちょっと消耗したがこの際仕方ない。ワープする」
 ワープドライブの唸る音が響き渡り、機体が急激に加速しそのままワープに移行した。
 取り残された〝DDL-82〟は茫然と立ちつくすように宇宙をなにもせず航行していた。

「ワープの正常完了を確認。通常航行に移行よし。キャビンはどうだ?」
「キャビン問題なーし。彼がちょっと伸び気味だけど、命は大丈夫そう」
 ワープによって異常が発生していないかのチェックは大事である。相当前に確立され、信頼度の高い技術ではあるが、トラブルが発生しないわけでは無い。
「さて……、まて、君の名前を聞いていなかったね」
 スミスに呼びかけようとして、男性は名前を聞いていない事にようやく気が付いた。
「礼儀としてこちらが先か? オラルド・ステイトだ」
 宇宙服のヘルメットを外しながら女性も自己紹介する。
「ミア・ミスズだよー。よろしくー」
 スミスも自己紹介をされた以上は自己紹介をしなくてはならないと思い、彼も自己紹介をする。
「スミス・マミヤです。状況がよくわかってないのですがよろしくお願いします」
 その声を聞いてオラルドが少し驚愕の顔をする。
「おい、ミア。何も説明してないのか?」
「うん、時間が無かったからねー」
 はあ、とため息をつきながら頭を手で押さえる。
「まあいい、ベースに着くまでに時間があるからな。説明するさ」
 まあ、なんにせよ。と頭に軽くつけてから。
「珍しい物だから見ていくといい、この世界樹をな」
 と言って窓を示す。そこには長いシャフトを中心に多くの線が伸びていて、ところどころ輝いている不思議な物体が存在していた。
「世界樹? たしかに木のように見えますが」
「ああ、電力確保のために幹から枝を伸ばした木だよ。剪定もまともにされてないがな」
 確かに横の棒はめちゃくちゃに伸びていた。
「うん、ようこそ世界樹へ! よろしくねスミス君!」
 ミアはぎゅっとスミスの手を握る。ミアがまるでスミスがここに長期滞在するのは確定、という感じの態度であったのでスミスは少々狼狽えた。
「おいおい、まるで決まったような言い方だな」
 オラルドもそう感じていたらしく、突っ込みを入れる。
「あれだけ派手に脱走した以上、簡単には帰れないと思うけどなあ」
「それは事実だな。スミスくん、しばらく付き合ってもらうのは確定してる。まあよろしく頼むよ」
 オラルドは手を差し出してくる。スミスはその手を取り、握手をした。

 

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 こうして、スミス・マミヤは育ちの地、サレリアを離れ、混沌とした場所にたどり着きました。さて、彼はここで将来を見つけられるのか。
 彼の物語は始まりました。この先にはいったい何が待ち構えているのでしょう。

終わり

 


 

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